katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

クリスマス用の下地制作

2016-10-31 08:25:48 | モザイク教室
今日は高洲のサークル主催でクリスマスの教室を開いてくれるらしく、その為の下地作り。1枚の木で4枚取れるので、きりの良い数で12個彫っては見たのだけれど、ここまでで5時間。これからペーパー掛けとニス塗り、そしてフック付けとなるから、明日またやって見ないと判らないけれど・・・。

いずれにせよ、結構な手間が掛かるのね。本当は何とか1日で終わらせたかったんだけれど、流石に日曜日だし、朝から彫るってやりずらかったんで、遅くした分、暗くなってきたし、じっとしている分、冷えちゃってね・・・・。寒くて終了。

昔なら、暗くなったし・・・とアトリエ内でペーパー掛け・・・なんて事も出来たが、今は完全にお部屋だし、そう言う訳には行かないので、その後の時間は今後に使えそうなもので、どうするかな・・・?と考えていて・・・あっと言う間に12時前に・・・。

そんな中、酔ったすーさんがやって来て・・・忙しくて困った時だけで良いから、手伝いに来てよ・・・って。まぁ困った誘い方をする人なのね。
これが力づくで誘うなら、きちんと悪いけど無理・・・・と言えるのだけれど、この誘い方の意味が判るだけにきつい・・・。

要するにただ向こうの都合って言うのをお金と引き換えにする・・・通常の仕事ってもので誘うのなら断れるのに、明らかに俺の事を心配した上で誘っている事が相当含まれている・・・・。先日の日高氏の話の後なんで、非常に優しく感じる・・・。

ただ、どの人も最初はみんなそう言う気持ちであったりするのだけれど、継続して行く事は難しいもので・・・一応、こんな話をしたのね。まず、きっちりお断りした訳じゃない事を判って貰いたい・・・・それと、断りずらい誘い方に困っている・・・・と。

正直、今の関係が良好ならこのままが良いんじゃないか・・・・と思っている。その今の関係とは、大家さんのお兄さんであり、その人が昔馴染みなんで、頑張れ・・・と協力をしてくれる・・・こんな関係。これには利害関係が余り含まれていない。

それがもしすーさんの仕事に行く事になると、一体俺はいくらなんだ?って言う事が発生する。要するに俺の作品の値段みたいな悩みが発生する・・。俺を助けたい・・・と思う値段を付ければ、いつか続かなくなるだろうし、賃金とのバランスを考えた時に、文句の1つも言いたくなるだろう。

とは言いつつ、では俺が楽になる誘い方になるように・・・と安い値段では、すーさんの俺を助けるって気持ちの賃金にはならない。要するにこの時点で、忙しいから・・・と自分の都合を多めな分量での誘いでは無いって事が良く判る。

そもそもお金じゃ動かないのは良く判っているのだから・・・。それなら誘われるがままにとっくにやっているのだから。

だから正直、有難い。ただ、こんな事もある。正直、すーさんとタイル仕事をするって言うのは凄くプレッシャーになる。そもそもが現役の時でも引け目を感じていたのに、15年も離れた今、このポンコツに何が出来ようか?・・・更に現役の時の俺を知っている人にその仕事を見られる・・・。

正直、こんな事して得たお金と引き換えにすーさんとの今の関係を崩すきっかけにはならないか?・・・・果たしてお互いに今のままでいられるか?と考えたりする。ともかく、今日の所は断らなかった・・・・で勘弁してくれっ・・・・って言うと、苦笑いしていたから何か伝わったんだろう。

4年間疎遠になっていたけれど、毎日目の前にいて、こうして時々来て話して、新しい情報を更新して、その上でのすーさんの話なのだから、そう簡単には答えは出ない・・・がしかし、この話は有難う以外に返す言葉は無かった・・・・。



カルビ、みどりの親子教室

2016-10-30 08:10:05 | モザイク教室
今日はカルビとみどりの親子教室。その前に高洲でクリスマスの教室を開催してくれるらしく、他にもまたアクアリウムバスに参加する事もあって、その下地の為の木をホームセンターに買いに行く。そんなこんなでアトリエに到着して、入り口でバタバタしていると・・・・。

あったぁ・・・先生ぃぃって・・・・誰?・・・あっ、棟梁と娘さん。どうやらお出掛けするらしく、その前に新しい場所になったアトリエを見に来た・・・って話なのね。それが先日のKAMEYAさんでの教室で、他の人もアトリエに行きたい・・・って話が出たらしく、ただ運転は棟梁・・・。

そんな事もあって、一人で出歩く事が余り無い棟梁なんで、娘さんがいたんで良い機会だったのね。そんなこんなで教室前の賑わいっ感じになった。
では、お教室。そうね、細かい事を言ったら段々と難しくなるのね・・・建物だから。

色んなモチーフがある中、建物って傾いたり曲がったりするとどう思う?問題あるでしょ?それが花だったらどう思う?ね・・・それが左右対称の柄や模様だったら?・・・こう言うのは大事な事で、そんな事を踏まえると、馬車とお城の難易度は全く違うのね。

例えば馬車は車輪がもし同じ大きさだったとしたら?きっちり合わせないとバランスが悪く見える。もっと初歩的な話であれば、丸くないと車輪には見えない・・・もっと掘り下げれば、大体丸ければ、車輪に見えるかも知れないが、走るような車輪には見えない。こう言う変化がある。

つまりここが難しい事で、まず丸く無いと車輪に見えない・・・この時点で下絵はどんな感じだったか?それが車輪はコンパスを使った。ほら道具を使ったよね?じゃお城は?・・・定規を使ったかな?・・・使ってはいない・・・ここね。つまりこれがカルビの次なる課題なのね。

そもそも下絵の段階の時、ここまで出来る状況の下絵では無かった。でも継続する事で、馬車は素敵ぃぃと言われる所まで来た。今日も棟梁に褒められていたしね。でもその成功はそうした裏付けあっての事。そんな事教えれば良いじゃん・・・って言う声も聞こえるが、あえて言えばそんな必要は無い。

そもそも最初はそこまで望んでいなかったはずなのね。それが上手く出来た馬車によって良く見えて、下絵の時より欲張る気持ちになったって話なら、仮に少々失敗しても、欲張った分難しくなる事を考えると、どっちが良いのかな?・・・って話なのね。

つまりもし馬車のグレードにしたいのなら、定規を使ってきちんと水平垂直を直して下絵を描き直す・・・って事になる。ただそもそも最初はこの下絵もアップアップだったのだから、そんな事をしていたら、もっともっとモザイクは出来ていなかったはずなのね。

結果が出て・・・気分が変わったのなら是正するも良しだし、その都度、それを意識して直して行くも良し。いずれにせよ、言葉こそ悪いが自分の思っていた以上に評価が出たからこそ、こう言う事に出くわす。ただこの馬車に見合うお城はそれ相応で無いと、見栄えは悪くなる。

がしかし、当然そんな事を是正し始めれば大変になる。どうする?それは自分で決めないと・・・俺がそうしろこうしろでは無く、自分で決めないと。
そうじゃないと、この先面倒な事だらけなのだから、言われたから・・・になる。依存では続かない。

でもそれよりも何よりもどっちを選んでも、事実は馬車の評価は落ちないのだから。だからどうする?なのね。これを単純に良いのが良いから直す・・・なんて簡単に手を出せば、あれもこれもと直したくなる。本当にそんな事が出来るのか?・・・・

その時に良く考えなければならないのは、一体どう直すと思い描く馬車に見劣りしない結果になるか?・・・ここなのね・・・つまり直すと良くなる前提で始めても必ず良くなるとは限らない・・・しかもどうしたらそうなるのか?も何らかな根拠を持ってやらないと、ただ剥がす・・・とか、

ただ描き直すでは、何をどうする?そうしたら?どうなる?と何度も考えないと、後悔をする事になる。労力を掛けて結果が出ず・・・が一番辛いのね。
それをきちんと悩んでから、やらない覚悟、やる覚悟のいずれかを勇気を持って選択をする。

この覚悟を持って進まないと、積み上げれば上げるほどグラグラするもんなのね・・・何しろしっかりしていない2段目を積むと、その後はしっかりしていない2段目の上に積み上げて行く事になるのだから・・・・。

そう言う点では、カルビは何と無く始めて、結構続いた・・・そしたら何と無くの割には続いた分、結構な結果が出ている。そしたらその結果によって、もっと良く・・・なんて事を望む権利を得た感じになった。だからどうする?なのね。

また何と無くお城が終わるか?となると、最初に戻るとフリーハンドのお城は曲がっているって事。それでは恐らく無理・・・そこでせめて意識だけでも・・・なのね。今、そう言う事になっている・・・・それでどうする?ってね。何も気にせずにタイルを切っても曲がったラインのままでは・・・

ってね。意識せずにコンパスを使ったラインは、下手だった頃には切れる切れないに関わらず、その線の通りに切ろうと出来た・・・。
でも今はあの当時よりも上手くなった。でもフリ―ハンドの線でのお城の下絵・・・しかもそのままの線の通りに切れてしまう・・・。

これではどんどんと悪い方向に行ってしまう・・・ちゃんと今の自分のやっている事は何なのか?と考えて、ちゃんと振り返って、上手くなったら時には立ち止まって、良く見て見ないと・・・。タイルを切るんじゃなくて、お城を作っているんだ・・・ってね。

そんな子のお母さんのみどりは・・・って言うと、


本当に下絵が上手くなったのね。上手く切れるようになって、上手くなった下絵。それならそのまま進んでも結果は良い方向に行くのだけれど・・・
それを更なる向上となると、いかに思いを膨らませられるか?なのね・・・。

それは何か?となると、では趣旨確認。これって何?これってどんな感じ?その趣旨にもっと合っている事って無い?・・・って感じの繰り返し。
じゃ具体的に言うと、明日に向かう娘と、昨日を振り返る母の関係の絵なんじゃないのかな?・・・・

つまり門を超える向こうに不幸せがあるとは思っては進まないでしょ?でも必ず幸せが待っているとは限らない。でも母としてはなるべく明るい未来にしたい・・・と思えば、こっちもあっちも幸せ・・・って演出をする?それなら、披露宴も電気をこうこうと付ければ良いじゃんって話。

要するに演出感としては、向こうに何があるか?は判らないけれど、明るい未来と言うのであれば、より明るく見せる為には、こっちを暗くするべきなのね。単純な話。では何故こっちは位のか?・・・となると、変わるモノと残るモノの意識の違いで、残されたものは常に失った・・・になる。

つまり暗い扉の手前は母としてのみどりの気持ちであり、扉は老婆心である・・・そんな例えだったり、比喩であったり、思いであったりするんだけれど、それをいかに言葉では無く伝えられるか?となると、何と無くタイルを切っても伝わらないのね。

それで良いなら、綺麗に黒い枠みたいに切れているんだから、ガラスタイルでも入れてステンドみたいに見せれば・・・・そりゃ綺麗だわっ。
そうでは無くて、いかに明日の未来に向かう時に、母や妹を置いてまでも出て行く後ろ姿に見えるように・・・と作るのなら、作品の重さが違う。

もしそうしたいのなら、そう簡単に開けさせてはいけない。簡単に出られるのなら、もっと開けるべき・・・もっと言えば少し景色が見えても良い。素敵な明日がより見えた方が、流れて行きやすいし、もっと言えば片足が見えていたり、靴が脱げていても良い。

よりそっちに幸せがあるようにも見えるから。でもこれは全て母としてのみどりのエゴなのね・・・そんな作品なのね。きっと。それなら、いかに行かせたくないか・・・でも・・・やっぱり・・・ん・・・・って悩みに悩んだ結果の絵にしたいんじゃないのかな?・・・

そうなると、私達を置いて行くんだから・・・位のプレッシャー感も必要で、老婆心の扉を少し開けた・・・・心配の扉をね。でも簡単に開いちゃってるじゃん・・・って話。思いが強いのなら、強いとは?と考えた時に、奇麗なガラスタイルか?って話・・・。そんなでは軽く無いかな?

そうじゃなくて、さび付く位に頑丈の方が思いが重くないかな?・・・それを開けようとしている・・・いや開いている・・・でもね、それでもまだ粘りたい心があるんじゃないの?・・・って話。行ってしまう当日まで・・・・なんて気持ちがあるのなら?・・・粘りが欲しいんでしょ?

その粘りこそが、錆まで付いた頑丈な老婆心に更なる行かせたくない・・・・って上乗せになる。ではその粘りを何で表現するのか?となった時に、みどり・・・って名前からも、ツタなんじゃないのかな?・・・つまりみどりのツタでね。ただカッチリ扉を結んだらただのエゴだし意地悪なのね。

それを絡めて、ブチブチに切れている絵にする。それこそが本当の気持ちなんじゃないのかな・・・?まっ、これについて思い付いたきっかけは、さっきの棟梁と娘さんの話や2人を見ていて、思い付いた事なんだけれどね・・・・。

何しろ娘が結婚をして行くって、境遇の似たお母さん2人の気持ちを聞き、2倍の重さも判ったし、俺なりの解釈で考えると、正式に決まったとしても、まだ心を残し・・・・って聞こえたし、そう考えると、もしそれが正解なら、みどりのツタは必要なアイテムなのかもね・・・・。

そんなのを踏まえると、親としての老婆心の扉も子供の成長の元、いつしか錆びたものになって、頑丈だった扉もいつしか開けられる・・・。
おめでたい事なのかも知れないが、でも・・・・。そのでも・・・・が、みどりのツタなんじゃないのかな?ってな話。

ただね、今のままだと錆び付いた扉が母・・・つまりみどりとなるのだが、古いだけってなるのが嫌なら、ここが腕の見せ所で、いかに錆びた色だらけになるのを挽回するには?いつも言う形にこだわる。いかに形だけでお洒落だったり、美しさだったり、何らかの工夫をして見せるか?なのね。

後はカルビ。カルビを入れる事でより重みを増すのね。俺なら馬車とかに見える模様を何処かに入れるね・・・きっと。だって置いて行かれる身の側だもの・・・でもね、それが直接表現として見たままの馬車じゃなくて、馬車?・・・って感じのデザインなんか入れると良いかな?

ただ、出来ればカルビに見える・・・だから、そのデザインは呑気な感じだとより良く見えるんだけれど・・・あはははは。いずれにせよ、さっきのカルビの話もそうだけれど、テーマの重みを感受性を屈指して、こうやって組み立てて行くと、より思いが増すんじゃないのかな?

でも、いくらそれを考えられても、タイルを切れないと、思うようには描けないし、下絵も上手くならないと・・・。いずれにせよ、順番はどれでも良いが、全部揃ってからやろうとする事が、一番結果が出にくいのね・・・何しろ1つ始めないとね。

それが切る事からなのか?構想なのか?はたまた下絵なのか?・・・・俺はそれを切る事から始めるってだけなのね。

そうね・・・さようなら

2016-10-29 02:08:25 | モザイク作家
今日は先方の奥さんの趣味に合わないとの事でキウイと取り付けて来たものを日高氏が持ってやって来るのだが、9時半に・・・と連絡があって、その前にアトリエに到着して待つと、日高氏がやって来た・・・・すると、メールの内容を口にしたので、こうなる状況下ではあったね・・・と話しをした。

そもそも何度も趣味趣向を確認したけれど、大丈夫と判断をしたのは日高氏・・・しかしながら、結局一番の権限を持っていたのは予想通りに奥さんだった・・・つまりこうなるべきして起こった事。更に言えば、そうなる事も予期した前提に看板を作ったので、仮に気に入らなかったものだとしても、

そう言う事を踏まえた上でのご判断を・・・って感じだったと言うと、その言いぐさがむかつくので剥がして来る・・・とまた戻った。残念ながらこれで終わった・・・って事。要するにこうして剥がして来たって事は、日高氏の一存で決められたと言う事なのね・・・。

奥さんの趣味趣向で飾った作品は返品となったのは、これは仕方無い。何せ一度も会った事は無いし、最初から元々手元にあったものであり、先方に合わせたものでは無い・・・がしかし、日高氏が剥がして来たこの看板はすでに設置してあったものであり、名刺に基づいて制作したもの。

つまりこの為のもの。しかしながら、同じ却下でも意味が全く違う・・・つまりもし全て話し合いの元なら、1回目に全て持って来たはず・・・。なのに、わざわざ戻って取り付けてあったものを日高氏の判断1つで剥がしたのなら、これについては自己判断となる。

つまり日高氏が気に入らなかった・・・と言う事。ただこれについても、実は予定通りでもあり、いつもならこんな限定した文字では、使い回しは利かないのだからプレゼントしていただろう・・・なのに今回はレンタルとして2年後にこの店舗を壊した時には返して貰う事にしてあった・・・。

それは何故だろうか?・・・答えは簡単。つまりこうなる事も予期していたから・・・。そもそもこんな事になった時、いらないものは返品、いるものは頂く・・・って言う事になるでしょ?でも坊主に憎けりゃ袈裟まで憎い・・・と言ったもんで、場合に寄ってはくれとは言ってない・・・なんて事もある

それならレンタルとして置けば、2年後には返って来るのだから・・・2年の辛抱をして貰えば良いだけだからね・・・ただね、そんな待たなくても日高氏の性格上、こんな事も事実確認をしただけでも、十分こんな事になる可能性は高く、そうすれば貸し借り無し。

ただ、それとてやってやっている・・・って態度の場合、折角こうしてやったのに・・・と言う態度になるから、今の俺の立場で言うのなら、相手が正しいと言う事になる。ただね、これが俺と2人なら良かったんだろうが、剥がしに帰っている間にキウイがやって来たのね・・・・。

そんな中、説明をしている中、日高氏はご迷惑掛けました・・・と心無い言葉を残しそそくさと帰ったのね。言葉こそ合ってはいるが、昨日同行したキウイにも聞かれてしまったのね・・・だからどう聞こえたか?まで確認が取れる状況にもなった・・・。がしかし、自己責任で剥がした事だけで十分。

今までどうもありがとう・・・さようなら・・・と心で言って、いえいえこちらこそ・・・と声に出した。これで会う事の無い人になった。
もしかすると、死ぬまでに付き合う事があるかも知れないが、ただわだかまりを持って付き合って行く事にはなる。

今は今までの感謝をしつつ、もう付き合わなくても良いように準備をする・・・ただそれだけ。さて折角、早めに返って来たものだから、行先考えないとね・・・ただ、それも戻って来る前に考えて置いたので、特に問題は無いと思うが、一応、キウイとかぐやに確認をすると良いと思うと言われたので、近いうちに交渉しに行こうかと思うのね。

さて、この2日間でキウイがいてくれたお陰で、いつもなら大きなダメージになる所を軽減して貰ったので、立て直しで作品作り。



そうね・・・事実のみお知らせ

2016-10-28 00:48:22 | 休み?
今日は本来は朝からキウイ教室だったんだけれど、昨日日高氏から連絡があって、例のイタ飯屋さんの作品の設置出来ない?との事。そこでキウイに確認を取って午前中に取り付けを一緒に行って貰って、午後からお教室ってお願いをしたのね。

そこで寸法も大体聞いてあったし、じゃ手元にある作品を多めに持って行き、そこでみんなに選んで貰ったのね・・・。ちなみに、俺とキウイと日高氏とオーナーさんの4人・・・。そこで大体決まった所で、金具を付けると、日高氏が小さい作品の金具がバランスが悪いと言い出す。

更に金魚?と今更ながら作品の内容まで言い出す・・・そもそも何でも良いと言い出したのは日高氏なのだが・・・。それについては何度も何度も確認をした・・・ただ大事な人に確認をしていない・・・そうね、奥さんには一度も会っていない。

そんな中、小さいフックを買いに行った時に、クロスの穴隠しも買った・・・何故ならそもそも本当に穴を開けても良いのね?とそれについても何度も確認をした。けれど穴を開けて良いかどうか?と言う質問は、50個開けても良いの?と言うような質問な訳である。

何故なら作品の位置が永遠なら同じ場所のまま作品を合わせる事になるが、大きさもその都度マチマチなら、色んな所に穴を開ける事になる。所が作品は都度変えるよね?と質問を受けるのだが、つまり変える事は理解していても穴は理解されていない・・・それでは言われる前に・・・と言う話。

そんなこんなで取り付けも終わってアトリエに戻りキウイ教室。


ここは特に見て貰うだけで良いだろう・・・あえて新展開と言うのなら、下の方に枝を追加した・・・そんな事。そんな中、キウイが終わろうとする頃に日高氏からメールが入って、奥さんが店の雰囲気に合わないと言うので、明日作品を返品しに来るとの事・・・。

残念ながら縁が無かったと言う事で・・・終了。そんな後、少しだけ家族の紋章。



くじら教室と家族の紋章

2016-10-27 02:59:49 | モザイク作家
今日はくじら教室。まっここは特に広げる話は無いのね・・・何しろモザイクは2の次であって、俳句をやっている事からも、そちらにしてもオリジナルなのだから、全てが自分自身・・・・つまり徹底的に話す。それも全てに置いて何についても、必ず自分がどう感じてその答えなのか?

何でも良いのね・・・お題はね。例えば野球が好きだから、日本シリーズでも良いし、芸能でも良い。お昼ご飯を何でそれ?でも良いし、何しろ感じた事を話す。それについて、俺はどう感じたか?も話して、大きすぎる差があったら、一体普通はどっちよりなのか?とか、それについての基準を探したり・・

そんな事をして、是正したり確認したり、そんな中で、あっ・・・って気が付く事があったら、それについて話す前と話した後で感じ方が変わったら、そんな事が勉強になったりする。もし話す前も後も何も変わらずなら、最低1人、つまり俺はクジラの話に共感した事になる。

ここでそれを得られると、得意な俳句に共感する可能性はあるが、そんなに長く話しても共感を得られないとなると、たった17文字の俳句で伝える事は不可能に近い。要するにいかに17文字で伝えるか?となると、無駄を削げ落とし、それなのに情景が浮かぶようなキーワードを入れ込めるか?になる。

勿論、それが日本人ならではの言わ無くても判るでしょ?的な、いちいち説明せずも判るでしょ?って言うテクニックの1つが季語なんてもんがあって、風鈴とか金魚と言えば夏でしょ・・・みたいなルールがあったりして・・・それとて何百年前ものルールだから、はぁ?なんてもんもあったりして・・・。

例えばそんな昔じゃ携帯電話なんて無かったし、でもそんな言葉を使って現代風の俳句を作れたりもする。ただこれが厄介で、例えばもっと凄いスマホなんてもんに変化をして行くように、ちょっと前ならポケベルなんてもんもあった。つまり流行りものを使うと変化した時に時代遅れなものに思える。

それがおにぎりなんて言葉を使っても、昔も今も昔と変わらないような気もするし、今後も変わらないだろうな・・・ってもんは色褪せしない気もするが、その言葉を使った俳句なんてきっとうんざりするほどあるだろうし・・・新しい言葉を使って斬新さなのか?それとも保守的な伝統なのか?

みたいな話で、いずれにせよそれはモザイクでも同じで、お花や生き物も模様だったり、先人達が食い荒したお題ばかりだし、かと言ってじゃ新しいものに手を出せば斬新過ぎれば安く見えるかも知れないし・・・。

例えば俳句は材料を買わないからお金持ちも貧乏も無く平等だが、モザイクだとピンからキリまで材料はあって、高価なものは確かに良く見えたりするし、音楽なら楽器の良し悪しで音色は変わるし、化粧ならすっぴんとの比較みたいなもんだし、全てお金で変わって来たりするものだが、

俳句はその人の生きて来た道みたいなもので、平等な感じはする。17文字って制限もあるしね。ただ逆に17文字なんでまぐれでも良いものは出来る事もあるだろうね・・・素人ならではのビギナーズラックみたいなね。これが小説のような字数だったら、恐らく完全に素人では結果は出にくい。

これはモザイクも一緒でお手軽簡単・・つまり小物なら飽きる前に終わるから、楽しいって気分の中での結果なんで、場合に寄ってはあれ?良いじゃん・・・なんてもんもあるが、大作となると、結果うんぬんじゃなくて、終わらず・・・なんて事もあったりする。

じゃ釣りなら?なんでも良いから釣れれば良いのなら、可能性はある。つまりこれが小物作品であったり、17文字ならもしかしたら・・・であるが、こんな大きさのタイを釣りたい・・・と結果を限定すれば、確率は悪くなり釣れないなんて事になったり、大作なら終わらず・・・とかに繋がる。

要するにこんな事がこだわりだったりする訳で。勿論、それを超越するのが腕であって、石ころで綺麗に並べただけでもきれいに見えたりもするし、模様なら切らなくても、色合いや並べ方1つでその分野の技術としての経験値が無くても、結果が良い事もある。

人はそれをセンスなんて呼んでみたりするが、それは真似をされやすい。それが切るって技術は会得なんて事があって、繰り返す事で身に着ける事が出来たりして・・・それは磨かれれば、そう簡単には真似は出来ないものになる。勿論、今はそれとて3Dプリンターなんてもんも出来たけど・・・。

いずれにせよ、良くも悪くも17文字・・・その分野の人達の枠だけで考える事と、外部の人間が入る事で新しい何か?が入った事で、常識だった考え方が、時にその分野の常識では考えられない非常識がいつしか常識になる事って時もある。

それに気が付くか?気が付かないか?受け入れるか?否か?で保守と革新なんてもんになったりするが、俺の考え方は海イグアナでも、陸イグアナでも無く、水陸両用のハイブリッドなイグアナであって、それによって非常に生命力はアップする。がしかし、みにくいアヒルの子になる可能性は高い。

勿論そこにたどり着くまでの間には何前何万の個体が死んでいったとは思うが・・・いずれにせよ、斬新さなんてもんはそう言う繰り返しの中で生まれるもので、たどり着いたとしても、イグアナ嫌いぃぃの一言で終わってしまうようなものでもある。

つまり好みに当てはまらなければ、ハイブリッドであっても大して意味は無い。ただ絶滅種になるとお金を出しても守って貰えるだろうがね・・・あはははは。いずれにせよ、モザイクも俳句も、ちまたに出回っている人数から言うと、守って貰えるほど甘く無さそうだし・・・・ね。

そんな中、受け入れられるものと自分らしさの折り合いなんかを付けて試行錯誤しつつ続けて、いつか自分らしさを良いね・・・と言われると、妄想から脱出出来て、想像って格上げして、それが買って貰えるんだろうね・・・。

まっ、こんな話がくじらの教室。そんな中、突然の来客・・・・俺の親父だったのね・・・・まぁ連絡無しって言うのは、ビックリなんだけれど。
ここにはタイル屋の頃はしょっちゅう来ていたから、親父もすぐに判ったみたいだけれど・・・・随分と変わったなぁ・・・って。

何だかこっちに用事があって寄ったらしいのね。まっ、いずれにせよ、くじらの教室で良かったのね・・・これがご新規さんだったりしたら・・・と思うと、ちょっとね・・・。そんなこんなで教室が終わってからは家族の紋章。


モヤッとさせるの難しいのね・・・・。



家族の紋章の終盤

2016-10-25 23:41:53 | モザイク作家
今日も朝から家族の紋章。その前に朝ドラで、女学校時代の3人組が戦後に出会い、得意の裁縫を使って商売を始める・・・って話になるのだけれど、働かないと喰えない2人と割と暮らしに困らない1人・・・ただ若干病弱・・・そんな中、その義理の母から誘わないで・・・ってシーンで終わったが、

いずれにせよ、結果から言えば仲間として働く事になるのだから、どんなきっかけから働くのか?そこが早く見たいのね。いずれにせよ、状況がやるしか無い程貧しければ、選択肢が無いって事なんだけれど、暮らしに困らなければ保守的になりがちだし、どんなきっかけでやるって言い出すんだか・・・。

さてそんなこんなの作品作りなんだけれど、昨日知った青のシャガール・・・って事と子供さんが青が好きって言うのがかぶるので、迷いなく青っぽいガラスタイルは触れるのだけれど、良く資料を見ると、何だかボヤッとかモヤッとしているのね・・・・シャガ―ルって。

そんな中、かぐやと話すと意外にもかぐやはシャガールが好きって言うのね・・・・へぇ、じゃ少しシャガールについてお話して・・・って事になり、かぐやの知識を頂いたのね。随分と詳しかったのね・・・ただかぐやのプレゼンではシャガ―ルを好きになるには至らなかったが・・・。

でも、それはそれで何も知らなかったよりは親しみと言うか、かぐやを通じて入って来た事が単なる知識だけよりは良かったかな・・・って感じ。
ただあのモヤッと感は中々モザイクでは難しいし、何しろ邪魔だらけのバック・・・まっここは雰囲気で青っぽければ良いんじゃないの・・・と思いつつ

出来るだけ何とかならないもんか?・・・と考えるんだけれど、モヤッって言うのは、カチッとしてはいないから、しっかりした形では駄目なんだけれど、そもそもしっかりした形の隙間が空いちゃっているし、ゆる過ぎると雑に見えるし・・・そうなると単純に色合いだけって感じになる・・・。

それと余りゆるいと濃い目地をした時に目地の色合いに影響を必要以上に受けると、どぎつくなるので、それも困るし・・・・。そもそもシャガール風味にするのなら、目地はライトグレーなんて良いかも知れないが・・・・。

いずれにせよ、方向性が決まったので、そこそこ前進した感じではあるが・・・・

みどり教室と家族の紋章

2016-10-25 07:30:48 | モザイク教室
今日は午後からみどり教室。それまでは家族の紋章の作品作り。と、その前に朝ドラで、人は知らず知らずに人を傷付ける事があるけれど、逆に救われる事もある・・・みたいな話が出て来て・・・。これは良く弟子達に限らず常連にも話す事なんだけれど、要するに対象とする比較の差で生まれる。

つまり貧困と裕福とか、賢いと馬鹿とか、両親と片親とか、上手いと下手とか・・・こんな場合に良く起こる事で、余裕と窮屈や卑屈みたいな気持ちを生んだりする中で、意識をしないと自分を中心に普通と言い放つと、相手との差いかんでは、こんな関係性の中では良く起こりがちである。

しかもこの関係性の特徴は朝ドラのように、自分が圧倒的に有利な側で普通を使うと、相手を卑屈にさせる事があり、逆に自分が不利な側で普通を使うと、何か貧乏臭くなったり、相手に全く状況を把握出来ない気持ちにさせたり、もっと言えば、言う事すらためらう事が多々ある。

ただこれは関係性がはっきりしているから判りやすいが、普通はこんなにはっきりしている状況では無い。つまり常に悩みと言うのは、はっきりしている時では無く微妙な時・・・こんな時は数字にすると判りやすい。例えば10対0なら今の話だけれど、8体2なら?まだこの例に該当しそうだ。では7体3なら?

そして6対4なら・・・ここ。要するに単純な計算なら次は5対5で同点なのだから。つまり6対4は必ず考えないとならなくなる。どうすんの?ってね。
それが人間関係ならそう言う気持ちでどんな付き合い方になるのか?とか、ビジネスなら取引きが出来る価値があるかどうか?とか、

趣味で言うのなら、勝敗が関係するチームの一員とか、そして家族や親族とか・・・場合に寄っては逃げられない関係性もある・・・。しかも、これはあくまで数字で見えるから、判断もしやすいが、全てに置いて数字で判断するのでは無いから、その日の感とか思い付きだとか気分に頼ったりする。

勿論それをデータ化したりして確率を上げたり、運勢とか占いなんてもんがあったり、立派な人なら千利休並みのブレーンに相談なんて事もあるだろうし・・・もっとシンプルならその人との関係性に信頼やら信用、契り、約束、誓約書・・・と何らかの他の人とは違う・・・と言う付加価値を付けて、

友好関係を作る事で、少々の失敗は許し合うなんて事が出来たりするが、それが行き過ぎると図々しいなんて事があったり、逆にその関係がより親しいに繋がったり、本音と建前なんて事だったり、いずれにせよ、何らかの超越する関係性を築かないと、必ずこう言う場面に出くわす。

ただ中々普通は気が付かなかったり、気が付いても気が付かないフリをして見たり、不確かな関係性の中での口約束だったり、相手との思いの違いの露呈で傷付いて見たり・・・それが人間だって言えばそれまでだが、それは人間が気紛れであるからでもある気がするのね・・・。

機械なら壊れるまで一定であったりするが、それとて人間がメンテナンスをして、時に油を差し、部品を交換したり、継続する為の労力やお金や技術を使ったりもする・・・では人間関係にそんな意識を持つ人はいるだろうか?・・・となると、ほぼ悪くなるまで感で過ごしたりして・・・。

勿論、永遠なんてものを手にした人達には関係の無い話だが、現状までに失敗をして来たり、月並みだけれど出会いと別れを繰り返したりする訳だけれど、常にそうなる原因と結果があって、そんな中で許すとか、忘れるとか、機械には無い人間ならではの曖昧機能で成立しているような気もする。

いずれにせよ、この先に朝ドラはどうやってこの関係性を修復して行ったのか?・・・あくまで朝ドラは成功者であるのだから、1つの参考例になるのだけれど、問題は朝ドラの主人公は常に貧乏人がいない事なのね・・・。つまり叩き上げの人じゃないのね。

そもそも先の、朝が来たでも戦後まもなくの状況で銀座の店舗を借りられる・・・いくら借金とは言えどねその時代の女社長にそれだけのお金が工面出来る状況って言うのが不思議だし、今回でも闇市に出入り出来たり、戦前に女学校に・・・なんて、有り得ないお嬢様である。

ただ、逆に言えばそんな上から下まで落ちるって言うのは、上であればあるほど転落した事になるのだから、普通では経験出来ない。逆にそこからお嬢様が這い上がる・・・ってものが見せて貰えるのだから、逆に伸びしろみたいな話で、普通ならくじけているんだろうね・・・そこで。

何しろここに出て来る人達は全てが成功者なのだから、生き様の何か?を得られる先人でもある。そう思っているのだけれどね・・・。
さてそんなこんなでみどり教室になるのだけれど、先日の指導は理解はしたものの、解決策が見付らず、とは言え今の模様に結果が見えていて、

それを気楽に進むと、万が一また立ち止まる気分になった時の保険に取って置きたい部分になる訳で・・・。そうなると、また八方塞がり・・・。
要するにそこまで判っているのなら、また保険になるような場所を作れば良いだけの話なのね。じゃそんな場所になりそうな箇所探し・・・。

それが蜘蛛の巣みたいな場所なのね。要するにここは鉄扉で繋がりのある場所なのだから、今のままのタイルで良い訳で、色選びをする必要は無い。
しかもその幅をキープするだけなのだから、気楽でもある・・・がしかし、油断は禁物で、何処の何に気を付けるべきか?になる。

簡単な話で、鉄扉を開けると光が差す。つまり光が差した所は同じ色では無いって事と、美しい鉄扉とは?・・・と考えると中心部からスタートすると、綺麗に見えると思うんだけれど、最初みどりはバッテンみたいに交差させて一本真っすぐに張ったのね・・・こらこら、それ美しい?

そうかと思うと、バッテンに追加させようとするから、中心部がバラバラに見えてしまって、全部バラバラならまだしも、合わせているようないないような・・・みたいな半端に見えてしまうのね。要するにどうすれば?と立ち止まり、そっかぁ・・・と思うと考え無し。

ってやらずに、立ち止まるような気持ちがあるのだから、活路が見えても慎重に今までの雰囲気を壊さないかな?と再確認して、あぁこれだなと思ってからやる・・・って事が大事で、あくまで楽が出来るかも知れないのは切るって部分だけ。考えるって部分に楽なんて何も無いのね。

そこがしっかりしていれば、芸は身を助ける・・・に該当するのは、繰り返している切る、張るって行為であって、考えるって部分は、切る張るって行為と比較すれば見劣りになる。さっきの枕の話と同じで、他人との比較の話じゃなくて、自分の中に2人いるようなもの。

見劣りする自分と、達者な自分とね。そこをはっきり意識出来れば、謙虚な姿勢で臨めるが、それをごっちゃにすると、自分が落ち込んでいる時は、卑下をして全てを否定されたような気分になり、絶望感に襲われたり、逆に元気ならまっ良いか・・・と流せたりの繰り返しでは進歩が無い。

そもそも人に上手いと言われるようになったのなら、上手く見えるのは何か?と冷静に考えれば、上手くなったのは切る張る技術であって、悩むでは無く考える・・・って言う事を意識して、理由付けをして説得みたいな繰り返しでやり取りをする・・・であって、何か気分で・・・とやらない。

こんな事1つでも無いよりはマシ。1つでも提案して答えを出すと、それを踏まえて良い、悪いと色んな話の展開は出来る。けれど、漠然と悩んだだけで、どうしたら良いか?・・・は確実にただの丸投げ。これが上手いと人に言われる人がやる事か?となると、とても先人に見えない・・・。

そんな意識1つで何かが変わって来るはずなのね。何せ美しいもののが良いでしょ?・・・ならひと手間。その手間とは?考えるって事なんじゃないのかな?・・・しかもこの絵、4分割したような模様・・・1つパターンが出来ればただの繰り返し。ここをきちんと乗り切れば保険ソーンは増える。

がしかし、もし失敗すれば、失敗を繰り返す事になる・・・・もはやホラー。終わりが無ければホラーで、終わりがあるのがファンタジーって何度も言ってんのね・・・あはははは。まっいずれにせよ、切り抜けられたのなら、この安心の間にきちんと次なる悩みと向き合わないと・・・・。

それを楽してしまうと、また引っ掛かりで転ぶのね・・・備えあれば患いなしなのね。何せ大作、油断なんてあって良いはずが無いでしょ?ねっ。
そんなこんなの俺は・・・・色々考えて、シャガールの青と子供さんの青好きに引っ掛けた色と、ピカソのデッサン力あってのあの絵・・・。

つまりきちんと切るバックじゃなくて、クラッシュじゃなくて、どちらも・・・そんな事はやった事が無いから、それがこの着地には良いのかな?と。
そもそも家族がいない奴の家族の作品・・・・押し付けにならず、理想を掲げるでも無く、判らないから好きな事を入れる・・・そんな着地。

考えた末の結論なんだが・・・・。

家族の紋章のモザイク

2016-10-24 07:32:18 | モザイク作家
今日はお教室も無く、かぐやも帰って、家族の紋章の作品作り。昔なら息抜きに金魚屋さんに・・・なんて事があったけれど、今はそれも無く気分転換が無い・・・・。こう言う時って正直きついのね・・・何しろ相談相手だった奴らはいないし、折角話をしたのに結果が得られない。

だからと言って、また何もきっかけさえも得られない2日も続けてただ考える・・・なんて時間を取れる余裕は無いし、深みにはまる事は許されない。
そこでひとまずお教室の話から離れて、今は作品作りに切り替えてやる事が順番としては正しいだろう・・・と考えたつもり・・・。

ただ今度はまた作品作りとなると、家族ってテーマと向き合う訳で・・・しかも今までは下絵の通りであって、ここからはまた考えないとならない。結局、また考える・・・折角、考えるから離れようと思っても、結局また考えるからは逃げられない・・・・。まっ、しょうがないのね・・・。

さてそうなると、最小限に済ませたいのだから、もう一度、打ち合わせメモの確認をしたのね。要するにメモからここまで作って来たのだけれど、その時には漏れたアイテムも、ここまで来て状況が変わって、使えるものなのかも・・・・と刑事ドラマの現場を振り返りみたいなもの。

ただほぼ聞いたものは全て入っているし、使っていないのは、シャガールとピカソって書いてあったが・・・正直、俺はあんまり好きでは無いし、ピンと来るものは無く・・・・ただ調べては見るだけは、調べないと・・・そんな中、青のシャガールって言う文字を見つけたのね。

まぁ何しろ知識の無いもんでね・・・俺は。初めて見たのね・・・すると、メモにも青が好きって書いてあったのね。勿論、最後は青を使おうとは思っていたんだけれど・・・・。あっ、もう最後って事か・・・って事なのかな?・・・・それじゃ・・・青ね・・・・。

じゃ恐らく中心部が青になるのなら・・・・外側には紺が良いな・・・じゃ紺として、どう切る?となると、普通はクラッシュって事になるだろうが・・・。でもそれは入り組んだ中心部で使うだろうから・・・何か他のものが良いな・・・・って事になる。

じゃどんな形にする?・・・前回、白と黒のラインは法律の天秤みたいな意味合いで、使ったんだけれど、その天秤とはバランスであって、偏らないって意味なんだろうから、意味合いとしては違っていても白と黒でははっきりしてしまっている。

俺の場合のバランスは、白と黒は何にでも似合って、正反対にあるものなのに、どちらも正しい・・・って言うバランスを意味したつもりだったが、逆の意味合いとしては、はっきりしてしまう・・・・とも思えたりする。ん・・・・と考えた答えが三角。

そうね、丸でも無く、バツでも無く・・・・そしたらどっちにも付かずなら三角。そこで三角の形で入れる事にしたのね・・・・。そうね、今の気分は三角・・・良くも無く、悪くも無く・・・・だから三角。ちゃんと意味はあるのね。何しろ作品は自分自身でもあるのだから・・・。

まっ、ここまでは逃げ切った・・・って感じではある。そんなこんなで気が付くと、夕飯の時間って感じになってて、近所のコンビニに行った帰りにすーさんとバッタリ。そんなこんなで飯に誘われて・・・・そこにはもう1人いて、どうやらすーさんの知り合いらしく、2人はお酒。

俺はラーメンをご馳走になり、帰ろうとしたら、その知り合いの人の身内が緊急入院となったらしく、2人はお酒を吞んじゃっているし、この展開では俺が送迎・・・って感じだったので、そんなこんなで病院に送る事になったのね。

確かに初めて会った人ではあるが、すーさんの・・・と言われれば、これはね・・・。そんなこんなですーさんとアトリエに戻って来たのは12時では、流石に帰宅となった。

KAMEYAさん教室

2016-10-23 04:11:13 | モザイク教室
今日はかぐやと朝食をして地元の駅に送って、KAMEYAさん教室。結局、昨日の続きの話で、何も出なかった・・・って言うと、いずれにせよ方向性やら選択肢やら、色々と出た事だし、これ以上の良いアイデアが出なかったら、その中での選択になる・・・そんな話をして残念ながらかぐやは帰った・・・

それではKAMEYAさん教室。今日は3人。そうね、比較対象としては1つの例として良い参考になるので、トップの画像と比べて貰おうかな。


2人共に花を作っているのね。方やパンジーを沢山、方や菖蒲とかあやめとかって感じを1輪半って感じ・・・方や自由な空間と方や銘木が彫ってある・・
方や、ボタニカルアートの絵を見ながらの制作で、方やアップの写真を見て・・・。ほら全てが花って共通なだけで、対比するには良い事例。

つまり作り方を変えないと、同じような気持ちで作ると上手く行かないし、相手の指導を参考にしようものなら、もはやどうして良いか?判らなくなるのね・・・。だからこそ、ここが大事で、今自分はどっち側のものを作っているのか?・・・・って確認ね。

まずパンジーの場合、小さい花が売りなものだから、中々メインにはなりずらい。だから束なんだろうね。絵のバランスとしてね。ただここが大事で小さいが売りだから、余りアップにして大きくリアルに作ってもパンジーに見えなくなるかも知れないし・・・つまり小さくて可愛い・・・。

そう可愛いって言うのは小さいって言う事も大事でね。つまり作れる範囲のなるべく小さく・・・であって、リアルを追求では無く、パンジーに見える事だけを目指すから、必要最低限を守る・・・って作り方であって、そうなるといかに特徴を捉えるか?なのでデフォルメって感じになる。

逆に菖蒲やあやめみたいに大きく1輪となると、本物そっくりに作らないと花が大きいだけに粗雑に見える。つまりリアルの追及になる。だから葉脈だの色合いだのって言うのもいかに繊細に作れるか?なので、2人の作り方は全く違うものになるのだけれど・・・・。

更に言えば、パンジーの方の方は空間が自由なだけに、下絵からはみ出てしまっても、自分自身がしっかり取り締まらないと、ついついオーバ―してしまったり、逆に小さ過ぎる事になる。逆に銘木を彫った下地は大き過ぎると入らないから切り直さないとならないし・・・・。

ただ、逆になら小さくすれば入るかぁ・・・って思ってしまうと、スカスカのまま進む事は簡単だけれど、それでは何の意味も無くなり、美しくはならない。今はなるべくキッチリ入れる・・・って意識が強制ギブスみたいな練習になる。2人のやっている事はこうした違いがある。

ここをしっかりした意識で進めないと、相手の指導が耳に残ると自分のやっている事の全てが間違っているように聞こえるのね。だからちゃんと自分のやっている事を意識して進めないと、ついつい他人の畑が・・・って話になる。何しろ相手の指導に迷わされない事なのね。

そんな話をして、もし次の作品なんて事になったら?お互いに今度は逆の立場になって作って見ると、何が何処が違うって比較を自分自身で体験する事が出来るだろうね・・・って言う話もしたのね。何はともあれ、2に共コツコツ進んでいてかなり雰囲気はあるのね。



って事で棟梁だけれど、ここはぺきぺきだし、特に難しい事は言いっこなし。良い物を作ろうって言うより、新作の下絵をやるまでの繋ぎみたいな感じだし、楽しめば良いのね。とは言え、何も教えない・・・って言うのも乱暴なんで、意識は可愛く見せる為にはどうすれば良いか?って事と、

あえてもう1つ言うのなら、十二支は12個揃って1つの塊となるのだから、1つだけを見ない事。必ず全てを見渡してから・・・それがト―タルコーディネートって話で、1つ1つ単独で作るのなら自由だが、あくまで棟梁のは12で1つのもの。そんな意識を持てると、何かが変わるのね。

そんなこんなでアトリエに戻って、明日はお教室も無いんで、また家族の紋章に戻るんで、また・・・って気持ちになる前フリみたいな話で、さてさてどうやって向き合うかな・・・と、進むとか進まないとかでは無くて、例え何も進まなくてもじっと見る・・・何か方向性が見付るように・・・。

それをやるだけでも、明日になってどうしようかな?・・・・ってよりも、何かきっかけだけでも見つかれば、そのきっかけが良いか?悪いか?だけの検証から入れる訳で・・・・いずれにせよ前進には繋がる・・・・そう考えてなんだけれど。

アトリエで一人・・・・

2016-10-22 07:50:02 | 休み?
今日は昨日とは打って変わってアトリエで一人・・・今日はかぐやは私用でいないし。そんな中、昨日の話を参考に色々と実験する事にしたのね。
まっ、昨日の話やら色んな事を参考にすると、モザイクらしいとはどんな感じか?となると、いびつな形の繰り返しだと思うのね・・・・。

つまりズマルトのような何cmの形・・・と言えないようなそんなもの。そうなると、1㎝タイルのように小さい素材はいびつな形にしようとすると、細かくなり過ぎて不利だし・・・・そうなると、技術と手間が掛かる。また昨日の話に戻ってしまう・・・。

そうすると、以前やった事のあるエミリアってタイルがそんな事をするのには、とても向いているのだが、果たしてタイルを購入してまでやるべき事か?すでにやった事のある事の温め直しなのか?それとも違う事をするべきなのか?・・・・となると1つやって見たい事はあるのだけれど・・・。

それは新しいアトリエになって・・・だからこそ・・・って言う自分の持っている材料を確認したからって事で・・・それなのかな?って思うからなのか?いずれにせよ、やっては見たいものの、失敗したらただ勿体無かった・・・って事になるし・・・・と勇気が出ず・・・・。

他には?とそれを避けて、違う素材でやって見るものの、結果が出ず・・・こうなるのかぁ・・・と言う事の失敗だけを手に入れただけで、残念ながら成功って結果は得られず・・・そんな事をやっていると思うような結果が出なかった事の繰り返しのダメージだけが残り追い込まれる・・・。

しかも折角の3人で話した事を生かせない焦りみたいなものもあるし、出来れば夕方かぐやと合流した時までに、何らかの手掛かりみたいな事を得てそれをヒントにこの話の着地を見付けたい訳で・・・・。そんな事が更に焦りを生むのね・・・・。

そして時間だけがいたずらに過ぎて行き・・・そうなると自分の無能さを責めるようになり、もはや負のループ・・・そんな気持ちになったら、そう簡単には抜け出せない。そこでもう一度、趣旨確認をして、何が良くて、何が悪いか?・・・みたいな事をしつつ、何をしていないか?・・・

そうすれば、何も出なかったとしても、こんな事は試して見た・・・・後はこれだけ試して無い・・・って相談する事は出来る。それが勇気が無いのか?無謀な事か?負の気持ちになり過ぎれば、まともな気持ちでは無いのだから決め兼ねる・・・。

そうね、感じとしては車の芳香剤を選ぼうとして嗅ぎ過ぎた鼻みたいに、もはや訳が判らなくなった・・・って感じで、かんぜんにドツボにはまった。
結局、かぐやと合流してもこんな事はやって見た・・・こんな失敗した・・・そんな報告をして終わった・・・・。