katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

ブランズシティ津田沼奏の杜のイベント2日目

2015-11-30 02:35:29 | モザイク教室
今日はキウイと2人昨日に引き続きのイベント教室。まずは朝食を昨日のかぐやと同じく奏の杜の焼き立てパン屋さんで食べてから、駐車場に車を止めて、手馴れて全てが昨日と同じ・・・・だもの支度もすんなり。イベント会社の方も今日もいらして・・・ここまでは何もなし。

トイレで水を汲みに行くのも迷う事無し。そんな中、昨日よりも来場者が多くてね・・・実は結果が伴ったから言えるのだけれど、昨日はそもそも人が少なくて・・・・どうすれば良いのかな・・・・って感じだったのね。

とは言え、いらっしゃいぃぃ・・・・って呼び込む場所じゃないし、大きな声も出しづらい。ただこれが社員さんがいかがですか?とご紹介して下さったり、イベント会社の方がさくらとして作っていて下さったりして・・・・場を暖めてくれた事もあって・・・・その上、来場者も多くなると、

想像していた家族層もいらして・・・・何とかカッコも付いて来た頃、顔見知りの方がいらしたりして・・・・。


そんな中、時間が無いお客さんがいらして・・・・でも欲しいって・・・・すると、イベント会社の方がすかさずプレゼント用の作品を作って下さい・・・・との事。たまたま昨日作ったサンプルがあったので1人目はそれで対応して、その後キウイにも作って貰って・・・・。

一応体験教室とうたっていたものの、イベントとしてはプレゼントであってもお客さんが喜べば良いのだし、とは言えこっちからは提案出来ないしね。
そんなこんなで結局2日間のトータルとしては作った下地は10枚ちょいしか余らなかった事を考えると、余分に作った下地にも手を付けたのだから、

どんな形であれ、イベントとしては何とか持ち直したって感じになった。そんな中、顔見知りの方がいらしたり・・・ちょっとほっとした。

ブランズシティ津田沼奏の杜でのイベント教室1日目

2015-11-29 00:57:07 | モザイク教室

今日はかぐやと10時からここでのイベント教室。その前に今まで住宅展示場って表現していたが、正式にはモデルルームだったのね。
ここはちゃんと入れとか無いと・・・・って事で。そんなこんなで・・・・。

昔かぐやはこの近くに住んでいて、結構詳しい場所だったが10年も経つともはや別世界。俺もここにはユザワヤがあるので随分と来たものだが、大通りを曲がればはるかかなたにユザワヤの看板発見・・・って感じで、一切迷う事無く行けたんだけれど、いやぁそりゃ変わったのね。

まっそれでも、かぐやほどでは無いのでそれから何度か来た事があるけれど、それでもこの辺の変わりようは半端じゃないのね。
そんな中、地元じゃ有名な焼き立てパン屋さんで朝食なんて随分とお洒落なスタート。

それでも1時間前には現地に到着するも、モデルルームも開いてないほど早い到着・・・・・まっそれでもすぐにイベント会社の方がいらっしゃって下さり準備を開始となるのだが、テーブルに新聞紙をひいた瞬間、あぁこれは違うな・・・・と思うや否や、それよりはマシって感じになり、

コピー用紙を会社の方が持って来て下さったが、イベント会社の方がそれを上回る白い布を持って来て下さった事で何とか助かったが、スタートでつまづいたのね・・・・気持ち的にね。こんな時思い出すのは、鴨川グランドホテル・・・・布を引いた所でその裾の高さまで調節していた・・・・。

あの時のようだったのね・・・・それがイベント会社の方はその布のシワまでスプレーで直そうとしたのを見る限り、ほぼあの時と何ら変わりなし。
・・・・良い勉強になった。すっかり忘れていた。汚さないように・・・って支度と、お洒落って支度は違う事・・・・。気を付けないと。

そんなこんなで何とか逃げ切って、少し落ち着くと、何だろうね・・・・アウエィ感・・・・ただイベント会社の方がとてもざっくばらんで話しやすく、そのアウエィ感の話をすると、先生何がそんな気持ちになります?・・・・って聞かれて、例えば今の支度の失敗も助けて貰って逃げ切ったとしても、

落ち着いたら落ち着いたで、今度は音楽がクラッシック・・・・完全にフォーマルってスタイルなのね。そんな中、かぐやはkatsuTシャツ、俺はいつもの作務衣・・・・カッコ正しかったかな?・・・・なんて思ったりする。これは明日是正した方が正しいのか?それとも・・・・なんて事を気にする・・・。

何て話をすると、先生OKですよ・・・・何も悪く無いって。じゃひとまず明日のキウイのカッコだけはTシャツもエプロンもいらないかな・・・。
なんて思ったり、いつもは持ち込みで音楽掛けたりするって話をすると、どんな音楽掛けるんですか?って聞かれて、クラッシック以外なら、

ボサノバ、ラテン、ジャズ、ポップス、歌謡曲・・・・結構色々あるんですけど・・・・クラッシックだけは格式を上げちゃう感じで、居心地が悪くなるんですよね・・・・って。そうかと思うと、この環境を通称流しの教室って呼ぶんですが、こんな場合、こちらからの声掛けをしずらい。

それがワンチャンスあるとしたら、子供さんに声を掛ける・・・・これしかないと思うんですよね・・・・なんて話をすると、すぐさまイベント会社の方が、あっと言う間にモデルルーム内の人達に声を掛けて下さり、一挙に知られる事になった。

これって大切な事で、一番声の掛けやすい人は社員の人なのね・・・・いかがですか?って堂々と言えるのは。それを考えると、何も知らないのと、知って貰っているのとでは伝え方が変わって来るのね。いずれにせよ、今までの流しの教室とは全く違うので、正直戸惑う事は色々ある。

ただそんな中、イベント会社の方がブログを読んで下さったようで、下地の準備やら色々と知っていて下さって喜んで下さっていたのは有難い話だったのね。そんな事もあってなのかな?・・・・とても親切な対応をして頂いたのね。

そんな中、何とか1日を終える事になった。


ひとまず下地には問題は無かった。時間も仕上がりも・・・・。それだけは唯一正しいと思えたのね。何しろもう1日あるので、是正出来る事は是正して何とか逃げ切りたい・・・・そんな感じである。

かぐやがやって来て

2015-11-28 09:05:58 | 休み?
今日はかぐやがやって来る。ただ何しろ急きょ決まったイベント。そんな訳もあり今回は新幹線って事で、東京駅に迎えに行く事になる。      
特に変わった事もなく、ただ明日はかぐや、明後日はキウイと変則的な事もあって、今日一緒に食事をしないと会う事が無いかも・・・って事で、

昼食を3人でって事になる。本来ならお疲れ様って感じの話だが前倒しになった。そんなこんなでアトリエに戻って支度をして今夜はおしまい。

キウイとお母さんの相席教室とシェテラさんの仕事の完成と・・・・

2015-11-27 03:24:09 | モザイク教室
今日は朝からキウイとお母さんの相席教室。まっキウイについては特に何も無し。来れば進んで1日分進んだ・・・・って話で、ではお母さん。


ここはいくらか問題が起こったのね・・・・何が?・・・それはお母さんの気分の問題なのね。明らかにテンションが下がった。何故?それは簡単な事で、
グレードが自分の思っているより下がったから。じゃ何処が?何故?って話になるのだけれど、全ては会話の中にある。

しかも今日はキウイが相席なので、確認するにも丁度良いのね。2人だけだと先生と生徒の関係性では一方的に言われた・・・・って事になる。
けれど、生徒の中で一番上手いキウイが同席となると、明らかにキウイに言われると生徒目線として同等で事が進む。

これが弟子のかぐやでは上手いのは当たり前で、それ程のグレードを求めていない・・・・と言われては、ある意味先生が2人になるだけで、頭ごなしの上乗せになる可能性が高い。これが高みを目指しています・・・・と言い切れる場合だと、素直に受け入れられるのだけれど。

さてそれを踏まえて、どんな話をしたか?を振り返ると、まず慌てて作るつもりは無い。自宅で最近はやっていない。考える事が少しおっくう・・・こんな事を言ってたんだけれど、そんな中、資料は?って聞くと、別にそれに最初から似せるようにはやっていない・・・・だから・・・って、

資料は持っていても観ていなかった。ほぼこれだけ揃えば間違いなく上手くは行かなくなる材料は揃った。それでは検証となる。まず何処が下がったか?それは一番上の花。どうして?それは資料を観なかったから。そして何故?それは勝手に思い込みで進めてしまったから・・・。

まず一番最初に作った一番下のバラのグレードを確認するとほぼ完璧。これはかなりアトリエに来ていた頃のもの。では真ん中のバラは?いくらかアトリエ色は薄まったものの同じ向きのバラ・・・・それにより大きくは外していない。では一番上のバラは?1つだけ向きが違うのね。

つまり本来なら一番難しいはずなのね。何故なら昔作った1輪のバラもこれ以外の2つのバラも色は違えど向きは一緒。だから作り慣れをしている。
でもこの向きは一度も経験値が無い。なのに資料を観ずに自由に作ってしまった・・・・それによって感でやってしまった。

これでは明らかにグレードは下がる。つまりこだわってやっていた時はきちんと資料を観て作り結果を得ていたのに、その作り方を辞めてしまっては、ただ切る事が上手くなった人だけになってしまう・・・・けれどそれに気が付かずに結果が伴わなくなり、テンションが下がったって話なのね。

大抵、こんな事になった場合、他の作品が作りたい・・・・とか、色の話とかしたりする。ほらみどりがそうだったでしょ?つまりお母さんもそう言う症状が出たって事・・・・何故?思ったように結果が伴わない、その上、単調に同じような色が続いている。そんな悪条件が続いた・・・。って事なのね。

だからお母さんもみどりと全く同じようにそんな話をし始めたのね・・・・ただ良く考えて欲しいのは、そのみどりは一体どうなったか?結局弟子になった・・・・つまり上手くなったって事なのね。そうね、要するにお母さんは上手くなっている人の悩みなのね。

それがキウイも気が付いて、俺が言わずとも判ってキウイに言われた・・・・これは大きい。何故ならみどりは弟子になってかぐや側に近い。
キウイはどんなに上手くても生徒、つまり今のお母さんの目指す一番の目標になる人だから・・・・。

ここが境目で厳しい事は言われたが、高みを目指して弟子になったみどりは1つ上の人になった。ここは目指そうが目指さすまいがその人の自由。
けれどキウイは生徒の一番上手い人。ここは生徒なら誰でも目指すべき位置になる。何せ条件は揃っているから。

つまり月に1回アトリエに通って、サークルに参加・・・要するにキウイと全く同じスタイルになる。しかもキウイはもう自宅ではやっていない。
お母さんも同じなら、全てに置いて一緒・・・・つまり年数分の見劣りはしたとしても、続けていれば時間が掛かるだけの違いになる。

つまりキウイのスタイルを真似ていれば、キウイのグレードに近づくって事。では戻ってキウイは是正に気が付いた。つまりキウイにはこう言う事が起こらないって事になる。要するに見極める眼を持っている違いなのね。

上手くなるっていうのは腕だけじゃなくて、先を読む眼を手に入れないとそれ以上は上手くならない。こうしたらこうなるかも・・・とか、経験値から、先読みを出来れば、こうしたらこうなるかも・・・では無くて、未然に防ぐって言う事も出来たりする。

それは腕では眼。けれどその眼は何故そうなる?って事を知る事・・・つまり自分を知る事になる。今、自分はどう言う状況、状態で通常より見劣りするのか?しないのか?そして基本を忠実に守りやって行けば良いだけだけれど、ある程度上手くなってしまうと、それでどうする?って話。

要するに目標みたいなものが無いから、何をどうしたいか?・・・・になる。野心と言うと大袈裟だが、例えば先生になりたい・・・って思えば、教える勉強をしたくなるし、作家となればネットで売るなんて事を考えたり、素敵なプレゼントを作りたいとか、宿題とか・・・・。

人にはそれぞれそんなものがあったりするが、これを趣味って言うくくりにすると、雨が降って来たくなる?暑い夏に電車に乗って来たくなる?
もっと楽しい事があったりすると思うのね。勿論、それが1人で出来ない頃なら、それでも来たくなるだろうけれど、お母さんくらいになれば、

趣味なら十分だと思うのね・・・・つまり今より何を必要とするのか?になる。その時にモザイクの魅力だけでそれ以上を趣味だけの気持ちで維持するのは難しくなる・・・・それを超えるも超えないも、その1つになるのが相席。モザイクだけじゃなくて、モザイク仲間と楽しむってスタイル。

そこに技術の向上では無い何かがあると楽しむ趣味ってスタイルにもう一つのバリエーションも加わるが、マンツーマンでは技術色が濃くなる。
ただそのモザイク仲間がキウイだと、楽しいだけじゃなくて上手い人と楽しむ・・・になる。

そんな事を踏まえて是正は簡単で、まず必ず資料は観ながらやる。いくら上手くなっても・・・いや上手くなればなるほど。
その上で、バラはこらえて今使った色の中で作り続けて、もし耐えられないのなら葉っぱの緑で気分転換。

何とかそこをこらえていれば、バックはいくらでも華やかに出来る。それを目先にとらわれると、花の部分に色を使えば、ほんの少しの分量しか使えないのにバックに使える色を少なくする事になる。

もしもっと調子が悪いのなら、幅だけ合わせる茎なんかをやる。ただ切るだけなら考える必要は一切無いのだから。もっと言えば、時間を掛けてやる作品・・・・そんな曖昧な表現だから、ついつい作り方を間違えてしまうのね。そして最初に何年掛かっても・・・・って話に戻れば、

それが実は大きさに限らず、その人自身の大作になる。つまりお母さんは自分超えの作品を作っている訳で・・・・その自覚を持っていれば、簡単なはずが無いし、楽しいだけのはずは無いのね。だから今のお母さんは自分の作品と向き合い疲れ・・・。

それでも何とか立て直して結果が伴えばやる気も出て来るだろうけれど、趣味って範囲に留まれば悩み事のように考える・・・なんて作り方を好まないし、けれど弟子になるなんて面倒な事は何らかの目標でも無ければ無理だし、大変だけで辛いだけ。

報われる事があるとしたら師匠の俺が売れてから・・・・って話。今のお母さんはそんな事に巻き込まれるくらい上手くなったって事なのね。
いずれにせよ、キウイにも言われたのだから何とか抜け出せるとは思うのだけれど・・・・ここは待つしか無いだろう。

さてそんなお教室の後、2つのメール。1つは先日サンプルを送った話は流れたのね。まっある意味そんな事は予期もしていたから、どうなんだろう?とやきもきする分、はっきりしたって話で切り替えるには丁度良い。ではもう1つは、シェテラさんから頂いた看板の完成の画像がお礼のメールと一緒に

届いたのね。


こんな感じに仕上がったらしいのね。無事取り付け終わって何よりなのね。何しろ岡山なんで中々観る事は出来ないけれどね。
そんな中、明日かぐやが来るので今日はおしまいにして、いつもより早めの帰宅となり・・・・何と無く塔の上のラプンツェルを観た・・・・。

かぐやから良いと聞いてはいたが、まぁラプンツェルの美しさが抜群で何だろう・・・・魅了されたのね。俺もこう言う子を作りたいな・・・いつかってね。流石に夢の国の映画は世界の人達に好かれるだけあって、こりゃ参るわっ。しかもモザイク壁画まで出て来るし・・・・。

そもそもこの映画にしても、まるで本物のようなのは何故か?・・・・相当本物に近付ける為に良く観て作られている・・・・それは技術として。
でも技術だけでは感動はしない。上手いな、凄いな・・・ではね。感動させるには内容。趣味趣向と言うのなら、ラプンツェルは可愛いって好み。

こんな話であって、好きかどうか?とか単純な事は好みで良いかも知れないが、内容を好みでは変えづらい。何かアナと雪の・・・よりも、キュンとしたのね・・・・泣けなかったけれど。何とも悔しいが、あの可愛さ・・・・いつか必ず俺も・・・。

ユーミンママの新作蝶尾モザイク

2015-11-26 01:54:36 | モザイク作家
今日は朝から雨・・・更に寒いと来たら・・・・そう暖房器具ね。先日、買ったんでアトリエは万全。さてそんな中、昨日に引き続き作家katsuなんだけれど、ん・・・そうね、これは中々判って貰えるかどうか判らないんだけれど、先生ばかりをやっていると、いざ作家の時にこんな事がある。

例えば、普通は初めてのお客さんだから、どんな趣味趣向か判らず、家族構成やら好きなものやら聞いたりして、モチーフの数を家族の数を合わせたり・・・そんな事を踏まえて始めるんだけれど、今回は何作も作らせて貰っているユーミンママ。

となると、もうやり尽くした感があるのね。しかも前回小物の悩みもした。何しろ最初に頼まれた壁画は2mくらいはあった。それからどんどんと小さい作品になり、1つ前の作品はポストって言う規制があったり、その前は掲示板だから縁取りの幅がほぼ決まっていたり、そんな事の中で何とか逃げ切った。

しかも段々小さくなった事で、手を変え品を変えと、色々アイデアを絞ったんだけれど、実はこの最後の作品ありきで悩んで来たのね。
何しろ大作で始まっては、何か変った事をやらないと見慣れた分、驚きは少なくなる。だから変化球的な事をやって見たのね。

更にそもそも頼まれたのは出目金の3作だったのね。そんな訳で最後の3作目は必ずアイデアは枯れる前提で、最後にそっくりそのままリアルにシンプルに作る前提でやっていたので、ある意味これが一番悩まなくて済む予定だったのね。そうじゃなくてもしアイデアで望んだ場合、さっきも言ったように、

確実にアイデアでは厳しくなる。それが証拠にポストの時に、小さいが故の厳しさがあった。そう言う事を前提にリアルにシンプルに・・・を最後に持って来たつもり。最初からここは予定通り。しかも、寄木細工みたいなアイデアが思いも寄らぬ拾い物だった事で、より良くなっては来たのね。

そこは思わぬ拾い物で、正直以前の予定には無かった事で、ある意味あの時予定していた仕上がりよりも良くなる可能性は上がった。
こうして語ると色々あったが条件良いじゃん・・・・先生やっていると、いざ作家に何がある?って話なの?って事になる。

要するにそうやって条件を揃えて良い状況にすると、良い事は負担が少なくなり、ただモザイクをする・・・って感じになる。悪い事は、それにより知らぬ内に思いの他進んでしまう事を能率効率でやってはいないか?とか、自分の思っている進行具合よりも進んだ事に疑問が沸いたりする。

かと思うと、しばらく作家から離れた事により、自分と向き合う事をやっていなかった事が本来の自分の力量より過信したり、卑下したりその日の気分で左右してしまったとしても、それでも条件を揃えていた事で、例えどんな気持ちであってもそこそこ進んで行く・・・そんな力を持ったとしたら?

これで良いのか?と悩んでも、切る事に困らないのだから、切る悩みはほとんど無い訳で・・・・つまりどうしようか?の悩みも、下絵は描き込んであるし、寄木なんて初めてな事もそこそこ上手くこなした・・・・けれど、もっともっと・・・・と考えた所で図面がしっかりして大工に渡したら・・・

そりゃどんどん終わって当然なんだけれど・・・。実は今、かぐやが作品の写真が多くなった事で、古いアルバムを整理してコンパクトにまとめる作業をしているのね。けれどまだかぐやと出会った所まで来ていないので、色々と聞かれて・・・・話す事があって・・・。

すると、昔の作品について・・・・かぐやの感想として、何か昔の作品って・・・何か気迫って言うか、何か・・・って言うのね。あはははは、当たり前なのね。路上のパフォーマンスやったり、収入らしきものは無かったり・・・そんな中、たまに来た作品依頼をさして相談相手も無く作れば、

良くも悪くもただ必死なだけ。そうね必死なだけ・・・それがかぐやには新鮮に見えるんだろうね・・・。今の俺はあの頃と大きく変わった。
昔、日高氏が一緒にやるような時、最初の頃はお前のやりたい事をやるには、人も時間もお金も3倍掛かるって言われてた・・・・。

それがいつしか2倍って減って、今は何も言わなくなった。まっ、それだけの見極めとそれだけの経験値と、少しの腕は上がったとは思うのね。
ただそれが逆を言えば無謀とも言える3倍はやらなくなった・・・・って事じゃないのかな?・・・・ってかぐやに言うと・・・・。

まだそう言う本気って言うか、腕を振舞うって言うか、大舞台立って無いだろうし・・・・・って。そうね、まだこじんまり知る人ぞ知るって程度だしね・・・・でも、何でも拾って何でもやって来て、いつしかここまで来ているのは事実なのね。

見せるものもそこそこ出来たし、そろそろ出会い・・・・一体、これらを持って、誰と何処でどんな・・・・これが一番大事になって来た・・・・。
ただこんな事を考えられるって言うのは、良くも悪くもゆとり・・・・今、困らない程度の小銭があって、そこそこすぐにお金になる仕事もしつつ、

作品作りもしている・・・・そうね、話は飛ぶけれど、朝ドラって成功者の話じゃない?別に心配しなくても必ず自分達よりも成功するのね。
しかも必ず誰にも認められずにコツコツ積み上げて行くんだけれど・・・・2つ道があって、貧乏スタートとエリートスタートってね。

今の朝ドラはエリートスタートなんだけれど、そんな人が炭鉱で働く人に改革を進めるのに、一緒に働いて信用を得て行くなんて、今は感じなんだけれど、夢なんか持つのは成功者であって、貧乏は今を生きるのに必死・・・って言われたりするのね。

その癖、そう言った貧乏人に子供がいて、毎晩酒を吞んでいたりする。逆に成功者になる主人公は子供どころか、お金には困らないが毎日仕事漬けで、旦那とも離ればなれ・・・・月並みだけれど、何かを得るものは何かを捨ててやっている訳で・・・・。

ただ逆の言い方なら、お家を守ろうとして必死に働いているから、子供が生まれず生まれないから必死に働く・・・・の繰り返しだったりしたとしたら?別に捨てている意識も無く・・・・って話かもね。

そんなものを観ていたりすると、いつの世も心を打つには余裕のある人には初心を振り返るようなものだったり、毎日の生活に追われるような場合、一時でもほっとする・・・・そんな何かだったりする。それを発信するには、余りに苦しむ状況では観ている方も辛くなる・・・・。

ただ楽で勝ち取るものなど何処にも無く、そう言う葛藤をしつつ勝ち取って行く姿・・・・それを信じてやって行くしか無いとは思うのね。
こんな事を振り返る余裕がある事自体、追い込まれている程、追い込まれていないとは思うけれど・・・・果たしてそれが良いのか?悪いのか?

荒々しさが無くなったように見えるのかな?・・・・それとも今は備蓄・・・・その日が来るまでの・・・って温存なのか?きっとそんな事を考えている間に終わってしまう感じがする・・・・・。これもまた昔とは違った葛藤の1つ。



ユーミンママの新作モザイク張り出し

2015-11-25 08:13:13 | モザイク作家
今日、明日はお教室も無く作家katsu。実はほんの少し張って見たんだけれど、撮り忘れちゃうくらい少しだったんで・・・・。
さてさて、それでは久しぶりに作家活動となるのだけれど、かなり下絵もしっかりしているし、ほぼどう仕上げるって言うのも決まっているし、

モチーフの金魚も相当作っている事もあって、自分で言うのもどうかと思うんだけれど、前よりも手馴れて来て上手くはなっていると思うのね。
しかも実は1つ1つ作品の作り方を変えていて、更に以前の金魚よりも段々大きくなっている・・・・これが昨日のさくらへのアドバイスでもある。



良く見て貰うと判るが、ウロコをきちんと切ってある訳じゃない。ただきちんとしたウロコの形も切ってある。そこにクラッシュを入れてあるんだけれど、確かにクラッシュは簡単と言っているが、単なるクラッシュを入れていたんじゃ先生としてはね・・・・。

そこでグネッとした変形のクラッシュを入れてあるのね。ただのカチッとしたクラッシュではロボットみたいにも見えるのね。でも最初はそのカチッっとしたクラッシュでも難しいからそれでも良いんだけれど・・・・。

例えば常連に作って貰った小さな金魚はウロコを切って・・・と注文を付けた。この時点でクラッシュなら目的意識の無いクラッシュなら、割ったものを入れるだけでも仕上がってしまう事を考えれば、きちんと狙ってウロコを切るって言うのはハードルが上がった事を頼んだのね。

さてその次はと言うと、今度は大きさを大きくする事でよりリアル感を追求する事で、金魚の写真を良く見て・・・と言う注文と、プレッシャーとして俺のと並べる・・・・2匹のスタイルみたいな事をやったのね。勿論、のりちゃんとお母さんはハンデを付けて3人で・・・にしたけれど。

それを踏まえてローマになる。あの大きさは最初の大きさなのだから、常連には単なる復習であって、お母さんは少し慣れた程度で、そこに初めての棟梁やらおかみさんに参加して貰った訳で・・・・。それら全てウロコありきでやって来た。

ではそれを経て、60cmくらいの大きさの金魚を作ったんだけれど、それはウロコを特に切っていなくて、クラッシュを多用している。けれど、割と仕上がりが良かった・・・・なるほどね、やっぱりそう言う事かぁ・・・・って思う事があって、今回に至るのだけれど・・・・。

大事なのは小さいスペースで単なるクラッシュのみだと、ただ切れないから・・・になるが、そこをきちんと切った人達・・・これが逆になったとすると・・・・?大きいスペースならウロコは切れる事になるよね?・・・・ここ。小さくてもきちんとした技術があれば切れていたよね?

要するにきちんとした技術を持った人に、今度はルーズなクラッシュでも質を上げる工夫として、ウロコを切らずとも見える・・・それが1つ前の作品。ただ技術無しでは、単なる大きいだけだから、ルーズに見せ掛けて・・・の狙ったクラッシュ。それをいびつな形のクラッシュにしてあるのね。

角がとんがっていると、ゴツゴツ見えるからね。そしてそれを踏まえて、今度は更にウロコも入っていてのクラッシュで作っているのね。
つまり大きさに適応した作り方がある・・・・って事が言いたいのね。

この大きさにはこんな作り方ってね。同じモチーフであってもね。それを単なるクラッシュのみで作り続けていては、上手くはならないのね。
勿論楽しむなら十分だし、切り始めたばかりならそれはそれで良いんだけれど、あくまでステップアップ前提なのね。

勿論作り方としていつも1つ・・・それは同じ演目を繰り返す伝統みたいなものには必要な事であるが、逆に新しい事を見つけるやり方って言うのもある。保守と革新・・・・まっ何事もバランスだとは思うけれどね。そんな事を意識したこの作品。



ぼーとさくらの親子教室

2015-11-24 00:38:53 | モザイク教室
今日は午後からぼーとさくらの親子教室。それまでの間は昨日のカルビの下地の続き・・・・。


これが意外と厄介なのね・・・。って判ってた上での事・・・・ただこの下地でね、もしやる気がよりいっそう出れば幸いなのね。
さてそれではぼーから。正直、ここんとこのぼーはくじけるのが早い・・・。大体理由は見当付いているんだけれど・・・。

1つはクラッシュは進むけれど、ウロコは進まないって知っている事。だから狙って切る形のウロコは難しい事知ってて、そう言う場所をやるって言うと、それだけで判るようになってしまった事。それと昔のように付きっ切りでこうしてあぁして・・・って俺が言わなくなった事。

そう言う事と、ぼー自体が大人になって行ってると言う事。要するに幼かった時は頑張れぇ・・・で頑張れたが、思うようにならないとどうやって立て直すか?・・・・って事が、中々見つからず、お母さんのさくらとの会話にちょいちょい乱暴な言葉が見られる・・・。


さてさて、どうやって終わりに向かおうかな?・・・・そんな感じなんだけれど。そんな中、さくらの方はと言うと、切れるかな?・・・・と何とかやってたのね・・・・。こっちは簡単で、今後は出来るかな?・・・なんて気持ちで取り組む時に、小さければ大丈夫って安易に大きさを決めないって事。

要するにさくらは体調が悪くなると1cmタイルが切る事が出来なくなる。しかもさくらの特徴でもあるそんな時の穴あけが出来るのはぺきぺきだけだし、なんて事から、苦肉の策で下地を分割して小さくする事でいつ終わるか判らない・・・って果てしなさを防いでやろうって下地だったのに・・・。む

ここ数日の下地の話と同じで、さくらのこう言った事を踏まえてモチーフを考える時に、自分の考えた事を絵にした時にそれを実現するには何cm?って考えられれば、ただその大きさに耐えれば良いだけなのに、下地を決めてからモチーフを後出しジャンケンするから、こう言う事が起きる・・・。

要するに我を通すって話。下地の大きさが決まっている以上、その大きさに見合ったモチーフにすれば良いのに、小さいスペースの中に自分のやりたい事を満載にする・・・。例えばこれを俺なりに解釈したとすると、真ん中にふくろうのみを作る。

そして六角の下地6枚の1枚ずつに神輿なら神輿のみを1つだけ作る。そうすれば内容を変えずに作りやすくなる。ただそれだけ。今後は下絵を描いたのを見せて貰って下地の大きさを決めれば良いだけの事。しかも結果的にはこうして向き合う事が出来るのだから、別に小さくする必要も無かった訳で。

結局具合が悪い奴が余計窮屈な作り方をした・・・って事になってしまっているが、俺も勉強させて貰った・・・。さくらの具合が悪いから・・・って理由で下地の大きさを小さくしよう・・・と思わない事。どうせ小さくした所でこんなに満載にしてしまうのだから・・・・。

もっと大きければ1cmタイルをそのままの形で使う場所だって出来るのだから。この指導をモザイクだけじゃなくて自分自身に当てはめれば、普段の自分の是正にもなるはずなのね・・・・つまりさくらがさくらの特徴である何か・・・を封印されたとする。

それなのに我を通せば、良さを封印しての我を通す事になるのだから、いつもよりも見劣りする事になる。そこをその環境に適した1番大事な事1つに徹して他を対応したとする。でももしそれによって仮にいつもの自分の我を全力で張れない気持ちになったとしても、そもそもその我の割り合い自体

がやり過ぎだったとしたら?・・・もしかするとその環境の中では、その位の我の張り方が、その環境の中での割合には丁度良いのかも知れないと言う事。恐らくこれだけで何か伝わる事があるはず・・・・。良く作品とは自分自身と言うけれど、そりゃ本当かもね・・・。

意地を張って見たり、くじけてしまったり、その日の気分にあった取り組む場所もあろうが、ここを進みたいって気持ちだけで進んで、思うような結果が得られなかったり、思った以上に進んだり、まっ良いか・・・って思えたり、チェッって思ったり・・・・。

そんな気持ちに自分の腕って言うものが絡んで来る訳で・・・・オリジナルを作るって言うのは、だからこそ難しいのね。そしてだからこそ、そんな葛藤の中での完成だからこそ、何と無く作ったものとは比較にならないものになる。

いずれにせよ、そんな事は使えるなら使えば良いだけで、ひとまず月に1回だけでも続けていると、何かしら手に入れられるものはあるとは思うけれどね・・・・勿論、それはモザイクに限らずね。


みどり、カルビに班長の相席教室

2015-11-22 23:47:48 | モザイク教室
今日は9時から班長教室だったんだけれど・・・・・寝坊したって事で、午後からとなり・・・それなら支度を済ませて金魚屋さんに・・・・。
ほんの1時間でも休めるのはほっとするのね・・・・さてそれでは戻って・・・みどりにカルビの親子教室。

ではカルビから。とうとう新作が始まったのね。昨日の下ごしらえを見せると、赤と青を何とかならないか?って事で塗り直しをしつつ、途中までバックは組み立てて・・・・・班長が来るまでの間はバック作りをして、来てからは初めての本格的な1cmタイルでの作品作りがスタートとなった。

まっ結果としては、もっと四苦八苦になるかな?・・・・と思いつつ、これが意外や意外で、別に何とも無いって・・・・おぉこりゃ楽しみなのね。
そんな中、みどりは・・・・遊びの作品作り。


まっこれは特に口出し無用って感じなんだけれど、そんな中、新作のラフ画を持って来た。


どうやら教会の扉を花嫁さんが中から外へ向かって開ける・・・そんな絵で、やりたい事は十分伝わった。ただここからは理想と現実の折り合いを付ける話となる。確かにこれを2mで作るのなら、このままのデザインでやれば良いと思うが、いくら大作とは言え2mは無いわな。

つまりいくら大きくても1mが限界とすると、一体この女の人はどの位の大きさになるのか?って事になる。ほら昨日に引き続きの話・・・。
そしてもう1つは本当にこの下絵のままなのか?それとも趣旨さえ踏まえれば変更もありなのか?・・・・。

例えばかぐやの作品。同じ教会だが、下から上へのアングルでより天井を高く見せているのね。それによって写真で撮ったような画像では無くて、ある意味想像図的で、より効果的にどれがメインって訳でも無く、全て特徴を捉えている・・・そんな絵。

するとみどりは教会のドアは背が高く、それは入れたい・・・って言うのね。って事はキウイの女の人よりも大木の方が大きくなるあんな感じ。
もし趣旨が単に扉の向こうに幸せがある・・・希望は明日にある・・・・・って事なら、別にまるで写真のようには作らなくても良くなる。

けれどもし、絶対に高い天井って事なら、かぐやのような工夫したアングルって事も出来る。いずれにせよ、大きい作品に慣れてしまうと、勉強の1つは大きさが定められている中での、最善とは?であり、いかに折り合いを付けるか?になる。

そんな中、かぐやの仕上がった作品を見つつ、予定していた油を塗られた自分の作品を見比べて・・・・やっぱり金が良いって言い出す・・・。
ばかちぃぃぃぃんがっ。また色で決めた・・・・。みどりの中では金も木に油を塗ったものでも、そんなに変わらない色と判断しているようだ・・。

あのね、油を塗るって言うのは、ナチュラルテイストなのね・・・自然風味。素材の良さを生かしてって感じ。では金ってどんな感じ?
それはお金持ちだったり、豪華だったり・・・ほら相反する考え方になるよね・・?それでは全く趣旨が変わって来る・・・・。

そんな大事な事がたった数週間で心変わりされてもね・・・・一見、カルビの塗りなおしも一緒じゃん・・・って感じにも思えるが、それは大きな間違えで、みどりは自分で決めて変更しようとしている。しかしカルビは何も決めて無くて、俺の提案したものを受け入れて、その上でこの色だけを

変えて・・・って言う話。大人な分、経験者の分、そして弟子になる分、カルビとは背負う分量が変わって当然であって、結果的には直すにしても、何に自分がつまづいてこうなったか?って事が判らないと、また同じ失敗をする。では一体どうしてこうなったか?

それはまず、すぐに自分の中で終わりを決めてしまう事。例えば不死鳥が張り終わったら、後はバック・・・・とか、後はこれで・・・とすぐに今ままでやった事が良かったら、そこに満足をし、後は・・・と簡単に物事を決めてしまう。

今度は目地をしていないのに全て張り終わったら、終わった・・・弟子になれる・・・と、決め付けて日高氏の評価はいつになるのか・・・・と、心待ちどころか、逆に苛立ちのような、そうかと思えば卑屈にもなるような、急激な心の変化を見せる。

ただ良く考えれば、まだ目地も額も出来てなくて、その時点ではまだほぼ完成ってだけ。つまりすでに油断だらけって事になる。更に目地になると、今度は暗黒と言う言葉をキーワードとして、経験値の無さを考慮はしても、決断とか勇気とかの無さって言うのと、自分の作品の重さって意味を、

少し判って来た分、今度はびひった・・・。そう言う事の繰り返しで今度は額・・・これは直すべき自分なのね。つまりかぐやのを見て後出しじゃんけんをしたって事・・・・弟子になれば条件は一緒だとしたら、かぐやのように自分が後出しじゃんけんをさせる先人であるべき。

上手くなるって言うのは、そう言う事も込みであると思われる。技術って言うのと、心って言うのは、全く別分野であり、技術が向上しても、それに見合った成長が無いと、作品は技術だけで作るものではない。勿論、それはオリジナル作品の話であって、商業ベースのモザイクのようなものには、

必要の無い話だけれど・・・・いずれにせよ、後出しじゃんけんでは無く、責任を持って自分発信で向き合う事に徹する癖を付けるべきで、みどりに欠けている部分はそこにあると思う。それでは遅れて来た班長。


ここは完全なる趣味とした人なんで、モザイクが上手くなるうんぬんよりも、創作活動に欠かせない洞察力、観察力、想像力の話だけでも十分な人なんだけれど、ここが大事なのね。さっきのみどりはプロとしてモザイクで仕事がしたい人になる。班長は完全なる趣味。

この大きな違いで考えたら、いくら向上しても終わりが無いプロと、趣味ならこれが完成したら十分じゃないの?って感じで、もはや趣味には見えない・・・とでは全く意味が違う話なのね。更に言えば、班長1人の問題に切り替えたとしても、いかに上手くなったか?を話すのに、こんなのはどう?

以前は仕事に生かしたい・・・・としてここに来ていた。今は完全なる趣味。では折角相席なんだから、弟子のみどりに表現して貰おうかね・・・。
ねぇ、この作品完成したらどんな感じ?・・・・凄いと思います・・・・って。そうなんだぁ・・・・凄いのね・・・なるほど。

だってさ・・・・って班長に言うと、アトリエ内にはかぐやとみどりの作品があって、そんな中なんで恐縮ありきなのかも知れないが、そうですかねぇ・・・・って本人は全くそんな気が無い。けれど、もう一回確認をして貰う為に、でもみどりってその不死鳥作った人だよ・・・って言うと、

凄いですよね・・・・って。ここ。つまり不死鳥は凄くて、みどりはそれより見劣りするから説得力が乏しくなる。これが作品に見合った自分になると、かぐやのようにkameyaさんでのエピソードで、先生に褒められるよりも嬉しい・・・・なんて事になる。

つまり何がどう凄いのか?って説明不足だと思うのね。そこで少なくとも不死鳥作った人が凄いって判断したんだよ・・・って念を押すと、そうなのかなぁ・・・・ってやや自覚しようかな?くらいにはなって来る。ただね、大事なのは仕事に生かそうって時は自宅でもやっていたのね。

けれど今は完全なる趣味でアトリエのみ。じゃこれが完成したら見比べると良いのね・・・・どっちが上手い作品に見えるか?自宅でもやって仕事に生かそうって言うのと、完全なる趣味・・・・比べるまでも無く以前の方がやる気があったように感じるでしょ?

でもね、そうじゃないのね。今の方が完全に上手く見える作品になる。何故か?そこに秘密があって、昔は言葉にすると仕事、やる気みたいなものがあるように聞こえるが、実は今よりも信頼感に欠けていたと思うのね。けれどモザイクの時間は多かったって話。

では今は?となると、モザイクをやらなくてもここに来る・・・って言っているくらいだから、あの時よりも信頼感が違う。ただモザイクの時間は短い・・・・なのに。要するに技術って言うのはこんなもんなのね。辞めないで続ければある程度身に付くものなのね。

そうなると大事になるのは、それを生かす目だったり、先を読む想像力だったり・・・ほら、今の班長はそれを習いに来ているようなもの・・・。
だもの、腕と目のバランスが良くなったって事なのね。つまりバランスが良いから困る事が少ないって話。

ではみどりは?・・・・モザイクの技術が向上した分、それに見合った目で無いって事になる。とてもバランスが悪くなっているって事なのね。
いかにその技術に見合った自分が作れるか?になる。ただねぇ・・・腕が上がったってのは厄介な話でね・・・上手くなると、少しのアドバイスで、

まるで自分が是正した気になる。それが親子の関係なら、判ってるよっ・・・・ってあのセリフ。本来判っている奴はやらないものであって、判らないから言われているし、今やろうとしていた・・・・って言われるのは、教える側の我慢の無さか、教わる方のモタモタ感なのか?判らないが、

いずれにせよ、今のみどりはそんな感じにはなって来た。そうね・・・ある意味、カルビと班長にはさまれた相席・・・みどりには良い勉強になるのだけれど・・・・その意味が判るかなぁ・・・・みどりに・・・。

ヒントは弟子の自覚があったか?・・・・3人の中で一番上手い人である・・・・って言うね・・・・もし2人と同じスタンスだったとしたら、一番下だった事になる・・・・自覚って技術だけじゃないって事なのね。ペンキの色なんて上っ面な事では無くて、本質を盗んで欲しいものである。


リピーターさん教室とカルビの下地の仕込み

2015-11-21 23:57:17 | モザイク教室
今日は午後から昨日の予約間違えによる振り替え。それまでの間はまず塗料を買いにホームセンターに・・・・カルビの新作にどうしても使って見たいものがあって・・・・何しろこんな事をやった事が無いので、どうなるか?は判らないんだけれど・・・・。

さてさてそれじゃ・・・・と軽く1度塗りで様子を見て・・・・。


こんなものをバックにしたいのね・・・・何しろシンデレラチックにしたいって言うのだから、そりゃね・・・どんだけ可愛く仕上がるか?って話。
普通に額です・・・じゃ物足りなくなる。嫌、言い方間違えると差し障りがあるから、そうね・・・例えばかぐやのグレードなら単なる額で十分。

けれど、そうね・・・アシストも多少必要かな?・・・・ってね。バックでいかに上手に編曲やら演奏をしてより良く見せる事を考えた上なのね。
他にはいかにやる気になる気持ちにさせるか?って下地に出来るかどうか?って言う意味もある。

大作って言うのは、みんながどう考えるか?判らないけれど、割と何と無く始まったりもする。こんなのが作りたい・・・そうね、カルビの場合なら、時計が作りたい・・・ってなり、どんな?ってモチーフを考えて来て、馬車になり、馬車の形のままに下地を切るかどうか?となる。

それが四角くしたいって事で、それならバックが必要になる・・・それじゃ馬車に必要なバックは?となり、お城って事になる。この時点で気が付くと、もはや馬車で始まった話が馬車よりもバックの方が大きくなった・・・・って事なのね・・・・。

だってそんな細かいお城が作れるはずが無いし、でも本人は黒い影みたいなお城で何と無く・・・・と思っていたのね。じゃもしそのままやっていたとしたら、本人の言う通りを言葉に置き換えると、四角い形の中に馬車の時計が作りたい。けれど四角いとバックが必要って言われたから、何と無くお城を

ぼやっと作る・・・・って感じだと思うのね。つまり馬車の時計がメインで後は何と無く・・・・。では対比としてみどりの不死鳥を思い出して欲しいのね。同じスタートだと思うのね、あれも。不死鳥が作りたい・・・・で始まった事。馬車で始まってもね・・・・でも大きく違う事がある。

要するにみどりはめいいっぱい不死鳥を大きくする事で、自分の作りたいもののスペースを大きく取った。これによりバックはその残りってスペースしか残らなくなった。つまりメインがメインとして成立する。勿論、これによって後半、残り少ないバックのスペースに苦しむ事になったんだけれどね。

良い事と悪い事は背中合わせなんでね。これ以上広げると元に戻らなくなるから、この程度にして、ではカルビの場合は?となると、四角い形の中に馬車を入れた時にバックを考えると、どうしてもお城を1cmで作るとなるとこの位の大きさになるって大きさが必要になって来るのね。

それはお城の先端の細かさの都合上ね。そうやってカルビの頭にある理想は何と無く想像は出来ても、実際にそれをカルビが作れると思うものに変えて上げると、こんな大きさになった・・・・明らかに馬車を作りたいでは無くなっていて、もはや馬車は作品の一部に過ぎない・・・・。

つまりこんな場合、2つ道があったとして、やりたい事は馬車の時計とするのか?それとも最初はそう思っていたけれど実際は作りたい馬車の時計が入っているし、それじゃモザイクの大作にチャレンジなのか?・・・・みたいにね。

そんな感じで選択をした時にまた2つに分かれたとする。後者のバックありを選ぶと、メインが大きいもの・・・・つまりみどりの不死鳥、ノアのフラメンコみたいなものになり、メインよりもバックが多いとキウイになる。馬車のみって言うのなら棟梁の犬の顔2つなんて言うものかな。

例外と言うのなら、かぐやの女の人、教会、カサブランカ・・・メインはどれ?って言うのもある。そんな中で考えたのは、バックの時間の長さに苦戦する人が多い事、でも馬車のみでは無い理想・・・・こんな事を踏まえて、余分に困らないように・・・でも何と無くのお城では無くしっかり作る。

それによって大作に見せる・・・ってアイデアなのね。少ないスペースで何と無くの部分を無くしてね。いずれにせよ、明日見せて創作意欲が涌けば・・の話なんだけれどね。って事も踏まえて、リピーターさん教室を見て貰えば、この話を引っ張った意味が判ると思うのね。

要するにもし小鳥ありきで作っていたとしたら・・・・小鳥はとっくに終わっていて、バックが果てしない感じになっている。けれど何と無く雰囲気だけなら特に何でも無い話・・・・その時にもしモザイクの練習なんて考えだったりしたら?別に色んな経験が出来れば今後に繋がる。

そんな考え方が出来れば、切る事の練習で色んな形を切る・・・なんて事が出来るが、作品の仕上がりのみに執着すると、安全安心のみを選びたくなる。この安全安心って言うのはクラッシュのみで・・・・みたいな1種類のテクニックのみ・・・みたいな話になる。

そうする事で不慣れな事をせず、慣れる事で進み具合を良くして、飽き無い程度に悩まずに・・・そんな具合で終わると予期しない辛さを味わわずに済むのね。ただクラッシュのみって言うのは、いずれ慣れれば飽きれて来る。何故なら安定感は生まれても質が上がらないから。

例えばストレートのみでストライクが入るようになった・・・・これを繰り返してもいつかそれで?って感じになる。それが単なる的当てなら当たれば良いから別に球種なんてどうでも良いし、単なるキャッチボールならそれでも十分楽しめて何の問題も無い。

けれどひとたび試合に出たい・・・となると、ストレート1本で通用する事はほぼ無い。ではこの場合の試合とは何?って事になると、恐らく自分の作品だけならどんな作り方だろうが構わないが、しかしもしみんなと一緒に・・・・なんて事をいつか・・・と考えたとしたら?

それは色んな経験を積んだ方が良いと思うのね。だからそんな機会の為の練習と考えれば、自分の作品は練習台なんて考え方も出来る。
そんな中、このリピーターさんもいつかみんなと一緒に作って見たい・・・・って話だったので、それなら色んな形を切る練習だと思って、

この作品を取り組んで見て・・・・ってな話となる。そう言う事なら、この作品は作品の良し悪しだけにこだわらずに、色んな形を切る事で練習するって考え方にすれば、この作品が終わると何かしら得る事がある・・・そう思うのね。ただ時間は掛かるかも知れないけれど・・・・。



住宅展示場のイベントの下地62枚完成

2015-11-20 22:55:33 | モザイク教室
今日は午後からリピーターさん教室だったんだけれど、どうやら勘違いしたらしく明日に変更。恐らくなんだけれど、カレンダーの見間違えだと思うんだけれど・・・・。まっ、ともあれやる事はあるし、明日への変更に問題も無いので朝から下地作り。

徹底的にペーパー掛けと油塗り・・・・地味ぃぃに時間が過ぎて行くのね。そんなこんなで何とか終了。その後、新作金魚の寄木に油を塗ったり、カルビの新作の段取りしたりしたけれど、中途半端な時間になり、明日やろうとしていた池の掃除。これですっかり外も暗くなり・・・・。

しばらくヤモリの絵を描いていたんだけれど・・・・今日はおしまい。