katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

シドさんの花台張り終わりと湯婆婆のモザイク

2019-12-31 22:30:07 | 休み?
今日は大晦日かぁ・・・また1年が終わろうとしている。毎年やって来て、一日はどんな1日も一緒なのに、何か必ず振り返って、一体何していたんだろうか?・・・と思ったりもする。ただ別に何もしていなかった訳でも無いし、ただ応援して貰っている身としては、結果が問われるから・・

単純に頑張りました・・・って言うのも何か違うような気もするし、ただ区切りと言うのなら、いつものようにやれる事をやって、また1日が終わったら、その一日が大晦日だった・・・ってだけ。ただね、歳を取ると何か重いね・・そんな気分。って事でまずは、シドさんの花台張り終わり


その後は湯婆婆のモザイク。

一見終わったように見えるも・・・

側面が残っていて、頭のてっぺんもあるから、もう1日掛かるだろうけれど、明日の元旦は先日の台風の時の避難先の妹の家で、みんなが集まり新年会を毎年していて、俺は去年初めて伺ったのね・・・ただ去年は途中からだったが、今回は両親と一緒なので朝からなんで、帰って来てから、

いくらか進められるとは思うんだけれど・・・そんなこんなの大晦日なんで、今年も1年有難うございました。来年もよろしくお願いします。それでは良いお年を。

湯婆婆のモザイク

2019-12-31 09:59:27 | 休み?
今日は昨日に引き続き、シドさんの花台補修の後、湯婆婆のモザイク。そうね、こんな時思うんだけれど、1つの作品が10年以上離れてしまったら?普通は余りにも当時がへたっぴで、何だろうこれ?って思ったりする。それはその時よりも、腕が上がったから・・・と。けれど、こうした昔

の作品に向き合った時、小物はともかく時間を掛けた作品の場合、結構凄い事やっていたんだな・・・とか、えっ?って思う位、これが第三者が作ったとしたら?嫌だな・・・と感じる時があったりする。そこから読み取るに、余程の時間とその労力は、恐ろしい気迫も感じるし、一体どんな人

が作ったんだろうか?って。そうね、その時は意地みたいな作り方なんだろうね・・・とことんって感じで。ただ、当然がむしゃら・・・だけでは・・・と、いつしか作り方は変わって来る。その作品に見合った労力みたいなさじ加減なんて感じに・・・良くも悪くもね。

それは以前の自分なら、方法がこれしか無い・・・って感じで、得意料理が1品みたいな感じだけれど、今は色んな事が選択出来る・・・そんな違いがあって、でもその1品の作り方にとても迫力を感じると、見込みって言うか?今後この人が何年も続けるとどうなるんだろうか?と考えると、今

の自分が脅威にも感じる位、プレッシャーも掛かったりする。ただあくまで自分なんで、良く頑張って作ったなぁ・・・じゃ、あの時の自分に邪魔にもならず、目立ちもせず、残してあった後片付けでもするか・・・って、今の自分の成長を見る事になったりもする。

あえてテクニックの説明をするのなら、頭の部分の右側と左側の違いがお解りになるだろうか?ちなみに、左はほぼ昔の自分、右は今の自分。何が違うか?と言うと、左はレロレロってラインをこれでもか・・・と大小並べて、なるべく折らずに張っている。だから流れるように見えるのね。

逆に右はその部分も残しつつ、大きなパーツを入れたりして、流れは止めずに大きなブロックごとに捉えているのね。これは視覚で言うのなら。では触角的には?当然長いままのレロレロな形を並べれば、緩やかなカーブを描く頭には、ギッタンバッコンしてしまうはず。それをいかにボンド

の付け具合いで調整したとしても、触ればガタガタしているのね。けれど右は角度が悪いとそこで折ってカーブに沿った形で対応しているから、割となだらかに張ってあるのね。つまり1つの形で押し通した左は、その繰り返しの迫力があり、右はそのレロレロな形を目立たせるがごとく、

そこ以外のパーツをレロレロしない事で、よりその形を強調させるような方法を取っているのね。それに寄っての能率の違いは、あれだけ残っていた頭が、このままだと3日位で終わってしまうと言う事・・・きっとあの当時の自分が見たら?ビックリするだろうな・・・。

ただ逆にこれだけの質を当時にキープしていたのか?・・・と思うと、今の自分にプレッシャーを掛けて来る・・・中々悪く無いし、これなら古い作品とは言え、今持ち歩いても恥ずかしくない出来栄えになっている。とは言え、いくら何でも時間が掛かり過ぎなのね。

やり残した事、それは湯婆婆

2019-12-30 00:29:09 | 休み?
今日はシドさんの花台をやれる事はやってからの、アトリエのリフォームや片付け、更に看板の補修、そして今日は追加にかぐやが持って来てくれたチラシ入れも設置・・・一応今年中に終わらせたい事は終わったと思うのね。そうなると、後は私利私欲でやりたい事・・・それは湯婆婆。

これを作ったのは、まだ駆け出しの頃で、誰もいなかった頃でね、依頼作品なんか1つも無かった・・だから自由に何でも作れた。ただいくらオリジナルを作っても、ヒカルの碁のハクにしろ、湯婆婆にしろ、有名な人気アニメのキャラの威力は抜群で、ストリートの時には眼を引いた。

ただそれから少ないながら、ポツポツと生徒さんや依頼品の話も頂いたりして・・・今に至った。そうなると、中々これを作る機会が無くなったが、イベントの時に引っ張れるような移動可能になった事で、一目に触れる機会が出来た。そうなると、完成していない事が目立つ事になった。

中々作る時間が取れなかったのか?それとも逃げていたのか?ただ生活に追われていたのは事実で・・・しかし今でも楽では無いが、今までよりは多少増しな年の瀬であり、そんな中、アトリエやら看板やらをやれた・・・そしたら、後何やる?ってなったら、いの一番にこれだった。

人に寄っては、こんなもん・・・って思うだろう。もっと言い方を変えれば、依頼があるのだから、それをやるべき・・と。ただ、この時間にやらなければ、またお蔵入りになってしまう。話は飛ぶが、昔はストリートを昼間は近所の公園、夜は銀座でやっていたのね。ただひたすらタイル

を切っている所を見せるだけ・・・それも全てアトリエに人が来なかったから。人に知られたい・・・と必死だった。今はかぐやのホームページのお陰で、あの頃よりは知名度も上がって、少ないながら人に見つかるようにはなった。しかし、あの頃やっていた事を今やるべきなのでは?

と思うのね。あの頃は切るのを見せた。しかし作品の写真を見て貰ったとしても、1.2冊程度だった。けれど今ならあの頃とは違って見せる作品は多い。つまり切らなくても、これを引いて見せれば十分宣伝効果はあると・・・。更に話は離れて、去年だったかな?君の膵臓を食べたい・・・を

見た事で、いかに自分が親と向き合って来なかったか?を知った。そんな時に父が入院したのをきっかけに、携わるようになると、実はその前の年も入院していたらしく、家族で俺に隠していた事を知った。更に姪っ子に誘われて新年会に初めて顔を出すと、それは毎年行われていたらしく、

知らない事ばかりで、両親は恵まれた環境にいる事を知った。しかも俺は何もしていない中、2人の義理の兄弟は本当の親のように接していてくれて・・・昔は幸せな場所が苦手だった。幸せな場所は俺が居なくても成立すると思っていた。気を使わせる事が嫌だったし、会話するにも何も

広げられる事が無かった。それが姪っ子の、かっちゃん来なくちゃダメだからね・・・その言葉と映画から、俺は売れていない事を理由に逃げていた事に気が付かされた。もしそれが正しいのなら?湯婆婆も同じで、これをやる時間が無くなったとか、そこに意味があるか?とか、依頼品が・

・・とか、色々理由を付ければ、何とでもなりそうだが、初心とは何か?と考えた時、良く判らないながら、人に知られる為に泥臭くストリートなんてやっていた・・・今それをすれば、見せるモノがある。逆にあの頃は、テレチャンの優勝とわずかな作品のみ・・・比較をすれば判るように

昔は知名度のある番組とわずかな作品、今はそれが無くても少ないながらの実績と積み重ねた作品の数・・・これを考えれば、無いものねだりみたいな話になるが、あの頃に作品の数があれば、もっと見せられたろうし、逆に今、知名度の上がる事に触れられれば・・・とね。

そもそも泥臭くって言うと、選挙活動に使われる歩いて回ったりして、1人1人と握手をするみたいな・・・感じが思い浮かんだり、流しって言うスナック廻りをしながら、1曲200円で歌わせて下さい・・・みたいな話だったり、手売りのCD販売だったり、そんな事が浮かんだりする。

その繰り返しをして、最後にレコード大賞や紅白、選挙も同じで、投票しようとした時に、無党派であると、あの時の握手した人だ・・・って、位の話でも入れてしまったりした時に、当選なんてすると、俺の入れた人みたいに思ったりして・・・。いずれにせよ、宣伝担当のかぐや

がやれない事をしないと、新しい何か?は生まれないし、かぐやがネットなら、俺は泥臭くやる・・それが俺らしい。ただね、正直昔もそうだったが、ストリートって1回目がとても気後れするのね。何しろ車から降りられない・・・びびるもんでね。恥ずかしいしね。そんな時、知り合い

になった人に電話して、今、車から降りられないんだけれど、何ビビってんだよ・・・ってののしってくんないかな?って頼んで勢い付けたりしたのね。ただこの湯婆婆を引いていた時に思い出したのね。もうあの時とは違って出来る・・・ってね。そうあの時とは違って・・・。

人は成長する。あの時は?で言うのなら、前のアトリエのリフォームの時は、みんなが手伝ってくれた。ここに来た時はすーさんが床をやってくれた。でも今回はかぐやに教えながらやった・・・はぁ?って思う人もいるだろうが、こんなどうでも良い事に成長があるのなら?本気で時間を

割いている事なら、成長は尚更。だったら上手くなって当然。けれど、上手いだけじゃダメなのね・・・タイル屋の独立の時もそう。仕事は会社とは違うから明日の仕事を取らないと、今日を働いてばかりでは、仕事は無くなる・・・つまり営業。しかし、タイル屋の営業って?何。

となると、結局あの頃から何にもして来なかった。じゃ今何をする?・・・その時に普通営業って・・と普通を言ってしまえば、それが出来るかどうか?になる。所がオリジナルを目指すとなると、普通では無くなる。タイル屋の時なら、お酒を吞んだり、ゴルフに行ったりと、人と接して

・・・なんて事があったりもした。今はそれも無い。ならそれに代わる何か?が無いと・・・ただ無くなっただけになる。勿論、当然ながら折角無いのだから、その時間は違う事に使う時間になるだけであり、しかも結局、モザイクに関わる何か?の時間なだけで、何をしても無駄にはならない。ただ無防備な戦って言うのもね・・・だから、湯婆婆って言う戦車作りとなった。

中学生とリピータ―さん教室

2019-12-29 08:17:12 | モザイク教室
今日は前半がリピータ―中学生、後半はリピータ―さんの教室。流石に中学生はハンドルネームを言うと、もう始めてんの?みたいなプレッシャーになるのも何なんで、あえて伏せるとして、モチーフは決まって、サイズも決まり、いよいよ下地に描き写し始まった・・・そんな感じ。

次回はいつになるのか?は判らないけれど、いずれにせよ次回かその次には張り始まる・・・そんななのかな?そんな中、入れ違うようにリピータ―さんになるのだけれど、何しろ先日左手を怪我してしまったって事で、ギブスしている状態だったんだけれど、それが外れていて、ホッとした

のね。別にあったから、無かったからと言って、凄く良くなった訳では無いから、見た目の痛々しさから解放されただけなんだけれど、逆に本人しか痛みが判らないのだから、良く見ていないと無理されるのも困るし・・・ただ利き手じゃ無かった事が幸いって話なだけで・・・。

そんな中、頼まれていた下地は8cmくらいの丸が2つに、もう一つはドーナツみたいな感じの穴の空いた下地。それをブローチとかにしたい・・って話で、で、どうします?・・・となるのだけれど、本人はノープランだったらしく、えっと・・となるのね。その時に起こる事が、最高な事を

考えようとすると、どうしようかな?・・と悩む事になる。そこで浮かぶ事はサンプル。つまりサンプルとは先生が事前に用意してあり、それを作る手順まで教わり、しかも時間まで読んであり、順番通りに言われたままやっていると何とか完成する・・・こんな感じの事が浮かぶのね。

所がオリジナルって言うのはサンプルが無い。つまり自分で先生のようにサンプル作りをするかのごとく、0から悩まないとならなくなるのね。つまり考えないとならないのね。その時に大抵、泥沼に陥るパターンは、最後の最後結末まで決まって始めたくなるもので、そうなると簡単な話で

レシピ、図面、楽譜と言った決まり事を決めてから始める・・と言ったようなものなのね。それは無理なのね。それがたった3時間の中で出来たらその人は天才か?、思い付きの自己満足か?いずれにせよ、そう簡単に思ったように作れるのなら、先生はいらずにみんな作家さんになれる。

って事はまず全ての結論ありき・・ここを捨てる。これでスッキリした。0ベースで始められる。これが、あれこれ悩んでいても何も解決はしない時間はただ過ぎて行くだけで、虚しさしか残らずその上、お金が発生するなんて馬鹿馬鹿しいにも程がある・・・そんな感じになるはず。

そこで、当然指導としては、そこを解決しないとならないから、まずその考え方を捨てて貰う。つまりレシピや図面や楽譜って言うのは、仕込んで仕込んで、仕込みまくったものの事で、思い付きのモノなんて早々無いのね。つまり考え方はアドリブなのね。思い付きやひらめき。

こんなインチキめいた、言葉1つで始めるのだから、さっきのきちんと良いモノを作ろうとした人からすれば、全く反対の話なんで、そう思い込んだ人でいればいるほど、インチキさが増して、納得出来ない気持ちになるのね。だって先が見えないからってね。所が素直にそうですよね。

と受け入れられる人って言うのは、一旦その考え方を白紙に戻せるのね。このスタートの違いが大きくこの後に結果が変わって来る話になるのね。まず前者の場合、自分の納得したものを作る・・強い意志みたいなものも感じられる。一見良さそうにも思えるが、それは思ったように、

進んだ場合に限るのね。では仮にモチーフをこの8cmで考えた場合と建築物としての玄関の床みたいに、一生に1回みたいな話の両極端の話で例えると、まずはその考え方で8cmに取り組んだとしよう。下地を生で見るのは初めてで言われた通りに作られている。ではどうします?となり、

えっと・・・って事になって、何分後?何十分後?何時間後?・・・張り出すのかな?考えがまとまるのはいつなんだろうか?ちなみにサンプル作りするにも、俺は下絵に何日も掛かってしまうんだけれど・・・。ではそんな人が一生に1回の玄関の床をやるとなったら?ほらもう果てしない。

つまり自分の思い描く良いモノが作りたい・・・って一見素晴らしい表現に聞こえるけれど、こんな事が起きたりするのね。勿論、こんな考え方をする人はツワモノだから、8cm程度は難なくクリアー出来たりもする場合もある。そりゃ海千山千のような人だったりするから。

つまり器用であり、あれこれと今までに色んな分野のサンプル体験をこなしてきたりしていたりするから、こんないきなりの場面、いくらでも体験しているだろうし、逆にそんな中で自分だけの何かをほどこしたりして、周りに上手いわね・・・なんて言われちゃったりもしていたりするもので・・・。けれどそれら全ては、体験の中の1時間や2時間で終われる話の前提であって、当然それなら8cm・・・こなすだろうね。

所が、では鍋敷き15cm、トレイ30cm、ミニテーブル45cm・・・と大きくなった時、いつものようにならなくなったりする場面が来るもので。つまりその人はそこまで止まりで、そこで初めて先生が必要になる人になるか?もう飽きたから・・・とか、次の分野に行く人になるのね。

恐らくこんな感じが前者。では後者では、スタートは良いモノが作りたい・・・ここは一緒なんだけれど、浮かばないぃぃって素直に表現しちゃうのね。困っています・・・って。そこできっかけ作りになるのね。ひらめきを作ってあげよう・・・ってね。それは何か?それが素材。

普通なら料理教室で、三枚おろしの勉強をするような人達なら、アジやイワシの大量に取れる安い魚で練習って感じじゃ無いのかな?(アジはともかくイワシは高級魚になっちゃったかな?)それをマグロは出さないだろうし、ヒラメやカレイみたいなイレギュラーな魚では無いよね?

そこをね、気分を上げないとならないから、今までに無い事・・・新鮮さとかが必要になるのね。これを今の実力からして・・・とぺきぺきだったりしたら、素材も切れ味も知っているとなると、それは日常になってしまうのね。勿論良い事と悪い事は背中合わせで、良い事は手慣れて

いるから戸惑わない。けれど逆に、驚きもときめきも無いからすんなりと・・・ってなってしまう。では怪我をしてまでいらっしゃる人が必要なのは何か?一体これは何か?と考えれば、自ずと答えは見つかったりするもので・・・。まず、怪我をして不自由をなさっているはず・・・。

それなら気分転換なんかが良いだろう。つまり予定調和はいらないかな?だって転換だから。つまりいつもと違うのが良いだろう。って考えたりする。しかもこれは何?となった時、身に着けるものとして使うって言うのなら、ひらめきはキラメキってすぐに思い付くじゃない?・・・

やっぱり身に着けるものなら、キラッが欲しく無いですか?・・・と見せると、可愛いぃぃって事になった。ほらスタート切れるでしょ?つまり0から1に変わった。ではこのキラッありきでスタートしましょ・・・になる。では1になったから2決めましょ。外側の縁取りをどうしましょ?

みたいに1にあった2を探し、決まったら張る。ではそれにあった3は?・・・と順番に張れば、あっ出来たぁ・・・って事になる。つまりオリジナルの練習なんだから、良いのを作るでは無く、練習なんだから、出来たら良いな・・・何が出来るんだろうか?なのね。

ん・・そうね、あそこに行く旅行みたいに場所が決まっているのでは無くて、ミステリーツアーみたいな感覚。同じ旅行でもね。しかも小物・・・つまり日帰りだな。それなら気負う必要は無い。これが世界旅行なら金額も張るし、行き先の判らない旅行なんて嫌だよね?

つまり大作ならガッチリ練ってスタート切れば良いのね。物事何でも例外以外はほぼ一緒。こうして1つ出来てしまえば、自分のサンプルがあるのだから、俺は目地まで大した役目は無いのね。ちなみに右は付きっ切りで、左は一切口出し無しの自力。こうして2つが完成したんだけれど、

本人曰く、こんな小さいの3つじゃ時間余ったらどうしよう?・・・って思っていたって。ほらね、やっぱり・・・でも、でも前回その話の時に3つもあれば大丈夫。って言いましたよね?って言うと、出来ると思っていた・・・って。そうね、思い込んでいただけなのね。

つまり思い込んでいればいる程、最初の過ぎて行く時間ってダメージは大きいのね。ただ、この方の勝因は受け入れるのが早かったのね。それからは迷いが少なく進んで行ったと思うのね。それはきっかけになったガラスタイルがドンピシャだったからであり、提案したものが当たった

事と、どうしようか?・・・からの思い込みを捨てて、これが可愛いぃ・・・の、ひらめきやら乗り換えやら、何でも表現は良いが、要するに切り替えの早さが結果に繋がったと思うのね。結果も喜んでくれていたし、良い気分転換になってくれたら、それが何よりなのね。

人それぞれの楽しみ方があるし、必然性もある。前半の中学生にしても、少し早いな・・・と思うものの、もっと良いのが・・・となれば、別に早いに越した事は無いし、時間を掛けるって値するものになれば良いと思うのね。しかし、単純に賞を取った人のもっとってどんな感じ?

って言えば、どの分野の子もそうだったが、恐ろしい程のクオリティ・・・それじゃ致し方無い気もする。しかも、早めに始動したとしても、仮に月1回にしても6月までに6.7回。でも下絵に取り掛かるだけで2回使った・・・それではちょっとグレードが上がる位の話であって、制作

時間を短縮する程の余裕にはならないのね。つまりより過酷になった・・・そう言う考えの方が正しいと思うのね。だから間違っても早い指導が安心では無くて、思っているモチーフのグレードを上げられる時間とでも考えた方が良いだけなのね。こうした必然性の話もあれば、後半の

気分転換なんて、腕を怪我しているにも関わらず、モノを作るって事の楽しみを知っている人は、じっとして映画を見るとか、ウインドショッピングのように腕には負担にならない事だけで楽しめる人とは違って、それらよりもこっちを選んでしまったりする人だったりして・・・。

没頭するとかって言うような夢中で時間を過ごす楽しさを知っていると思うのね。勿論、気分転換は没頭する程、コン詰める事じゃ無くて、あくまで気が晴れれば位の話で、過酷さは必要無いし・・・でも考えるって言うのは、一切怪我の負担にはならない事であって、それも結果が

こうして出れば、報われた楽しみとして成立したりする。特訓の人もいればリハビリや一時の気分転換、何でも良いが自分に合ったものが作れると良いと思うし、もっと言えば、習った時間が多い程、チャレンジも多くなれば、失敗や悩みも多くなったりするし、けれどそれを乗り切った後の結果は、自分に何が出来るか?のチャレンジをした人にしか判らない事であって、体験では得られない楽しみがそこにある。

人には追求しない気楽な・・・楽な楽しみ方もあれば、追及して自分自身のオリジナルのこれぞ1品を作りたくなる、苦労してでもの楽しみ方もあって、そこまで行ける人もいれば、行けない人もいたりして、自慢の1品は人に出来ない事・・・だからこそオリジナルな訳で。

いずれにせよ、先生として、その人が何が必要なのか?・・・オリジナルの作り方って言う点では、中学生の大作も凄いが、この方の小物作品も、ここでは珍しい身に着けるブローチみたいなものなんて、これもまたオリジナルであって、サンプル無しでもこれだけのモノが作れる。

そんな事例になるし、またこれを見た人の中で、私もこんなのを・・・なんて人も出たりすれば、それはそれでまた刺激にもなる・・・そんな話だと思うのね。一応これで予約のお教室は全て終了したのね。


今日もシドさんの花台の修繕

2019-12-28 01:43:25 | モザイク作家
今日もシドさんの花台の修繕。

何しろ壊れた箇所があっちこっちなんで、逆さまにしたりすると、今日はここまで・・・みたいな感じになって、待ち時間なんかもあって、その間に、看板の補修もやったりして・・・

そんな中、夕方に明日の中学生の下地の準備をして・・・その後、休み中にやりたい事があって、その準備もやったりして・・・終了。

シドさんの花台の修繕

2019-12-27 07:21:32 | モザイク作家
今日もシドさんの花台の修繕。何しろお見せしたように、アトリエに持ち帰り翌々見ると、あっちもこっちもと被害が大きく、ここをやってからここ・・・みたいにクルクル廻しながら。そう言う点では、アトリエのリフォーム&片付けが終わってからの受け入れにしたんで、広々とした中

での事なんで、条件の良い環境で直しているのね。ただもしかしたら、こんなに大きな被害の修繕は初めてだと思うのね・・・けっこう気持ちもやられるし、もう無いタイルがあったりして、そんな中、拾い集めたタイルのボンドを剥がして、汚れていてもあくまで、それを使う方向で・・

って直しているのね。ここで新しいタイルで、いかにもここを直しました・・・は、カッコ悪くなるし、例え汚れていても、周りのタイルとの兼ね合いを考えると、壊れた前の日に戻す事が一番美しいと考えての事。いずれにせよ、しばらく掛かりそうなのね。それと、これを直しても今回

の台風で今後も・・・と考えると、土台の改善もやらないとならないと思うのね。それは年明けだな・・・。って感じ。

シドさんの花台の修繕と池袋の芸術劇場へ・・・

2019-12-26 02:17:58 | モザイク作家
今日は夕方までシドさんの花台の修繕。見た目よりもアトリエに持って来るとかなり重症で・・・思っていたよりも厳しく、シドさんにその旨を予定よりも掛かるかも知れない事を伝えた。正直やって見ないと、何日掛かるか?良く判らない・・・そんな感じ。そんな中、夕方は・・・


M・Y・Yさんの展覧会へ。一応、ここに来たって事で正式な契約って事で良いのだろうが、来春には具体的にご紹介となると言う事になるが、またモンゴルの額縁の話を頂いたのね。今回は以前の話よりもみんなにも判りやすいモンゴルの話なんで、何か身近な感じがすると思うのね。

いずれにせよ、来年に向けてまた1つ仕事がある・・・って事で、何より有難い話なのね。


あじさいのサンプルの作り直しとシドさんの花台

2019-12-24 23:44:03 | 出張教室
今日はまず、先日作ったカエルがいるあじさいの下地の作り直しから。先方から大人のお教室なんでカエルを取って貰えないか?と言う事で、今年中に作る事になったんで、それからスタートとなったが、正直あじさいをモザイクで作るとなると、どうしてもハードルが上がってしまうのね。

もう何度かあじさいをモチーフとしてやっているけれど、そもそも小さな花の集合体なんで、どうしても細かくなる。そこで苦肉の策としてクローバーのタイルを切らずに張る事になるのだけれど、流石にそれでは単なる色選びの取り付け・・・それでは制作したって感じが薄過ぎる。

ただ葉っぱをぺきぺきで作れば、時間調整にはなっても、結局葉っぱは緑となると、作る前からどれも一緒・・・これでは何の個性も出せない。そこでカエルを入れると、ここで少し変わった色が使えるとグンと個性が出る・・・そんな理由からだったんだけれど。残念だが仕方無い。

ある意味、先日の棟梁はこれによって1点モノになってしまったのね・・・さてそうなると、また振り出しに戻ってしまったのね。これでクローバーは無くなった。そもそもクローバーを使ったとしても、青、ピンク、白こんな程度では、話にならないのね。となると自力で・・となる。

ただとは言っても普通のあじさいのような形では、小さな花の集合体では無くて、単なるクラッシュでは、どう見てもカラフルなボタモチにしか見えないだろうし、そうなると、昔作った時も、ガクアジサイはアジサイに見えやすいのね。つまり白い部分の花は4枚で1セットX5.6個となると

20枚~24枚の花びらを切れば、後はクラッシュでもそこそこのあじさいには見える。ただ、たったの8cm程度の中身のガクアジサイでも俺でも1時間・・・果たして終わるのかな?・・・と若干不安は残るものの、一応何とか是正は出来たのね。その後、シドさんに連絡をして花台を引き取りに

・・・。実は先日の台風で花壇から落ちて破損、ただ昔のアトリエのように1階では無いし、しかも土足でも無い状況だと環境がかなり不利で、そんな中、引き受けるにもアトリエが片付かない事には、手狭過ぎて受け入れられない・・・。って事で、ようやく落ち着いたので連絡となった。

それがただ確認しに行った時は、壊れたタイルを持って来たりして、見た・・・って感じだったが、実際積み込むと、その時にも剥がれたりして・・・かなり重症な感じがしたのね。何処まで復元出来るのか?って・・・。

こんな状態を実際、いざ直そうとすると、かなりショックも大きいし、先日の掃除では無いが、何処から手を付ければ良いのか?って途方に暮れる感じがしたが、まずは怪しい所を壊す事にしたのね。その後、何しろ張る前の下準備だけはして見たのね・・・。

そんなこんなの1日が終わろうとしていた頃に、飲み物でも・・・とローソンに入ったら、女の人のサンタが2人・・・それで今日がクリスマスイブって事に気が付いて・・・鶏喰っとくか・・・とLチキ買って見たのね。ただ流石に本物は買えず、でもLチキじゃ日常じゃん・・・と思いつつ

それでも鶏だし・・・って何だかパッとしない感じで終わったのね。

多肉植物の玄関とアトリエの片付け

2019-12-24 02:29:39 | 休み?
今日もアトリエの片付けと多肉植物の玄関の目地。ようやく終わりが見えて来た感じなんだけれど・・・ひとまず玄関は完成したのね。

男前のトイレと言い、この多肉植物の玄関と言い、自分のやり方には無い新しい試みだったんだけれど、結果として1回目でこの出来栄えなら、まずまずなのと、何よりもプチリフォームとして取り組んだ時の棟梁の玄関でさえ、4.5日掛かってしまったのに、このスタイルだと、1.5日で完成

出来る・・・そんな手応えも感じられたし、プチってリフォームの提案がしやすくなったとも思うのね。そんなこんなで後はアトリエの片付けと掃除なんだけれど、リフォームしつつなんで、中々思うように進まず、ただ一応もう1日やれば、メドが立つ感じにはなって来たのね。

今年最後のkameyaさん教室

2019-12-23 01:54:03 | 出張教室
今年最後のkameyaさん教室は3人。先月に引き続き9時からと1時間早め・・・今日はおかみさんの用事での事なんだけれど、銭湯なんでゆず湯の日って事で段取りがあるみたいなのね。そんな訳で棟梁から。先日作ったサンプルがやりたい・・・って事で、下地を作って来たのだけれど・・・

3時間で終わらないってどんだけ時間を掛けてやってんのかぁ・・・と言いたい所だけれど、あれだけの大作をやっているのだから、息抜き作品も
やりたいだろうし・・ただそれだけの意味じゃ無くて、ご新規獲得の為にも外に小物作品を飾りたい・・って前向きな話も出たので、こんな話を

したんだけれど、これは自分の作品?それともサンプル?すると、サンプルだけど、自分の作品・・・と言いたい事は判るんだけれど、明らかに表現として難しい事を口にするのね。例えば自分の作品です。と言い切った場合、じゃ持っている技術で仕上げてね・・・になるだろうね。

所がサンプルと言うと、相手は初心者な訳で。そうなると、全力の棟梁の作品なんて結構上手い人じゃないと、完全にムリ。それなのに、ここまでしか終わらない状況では、これをサンプルって言っても、仮にこれがやりたい・・・と言われても、真似すら出来ないし、仮に出来上がっても

果たして満足して貰えるか?となると、やって見ないと結果は判らないけれど、少なくとも今まで俺はそんなサンプルを作った事が無いのね。サンプルはあくまで初めての人っぽく・・・けれど目のような場所のみは揃えても、拾ったパーツを入れたりして、全力で切らずに、素人感を出す。

そんな工夫をして、更に言えばその会場で真ん中位の実力者に見えるような感じにしたいのね。それによって、中には私の方がサンプルよりも上手く出来たぁ・・・なんて気持ちの人もいたり、何かサンプルと同じように作れたぁ・・・とか、もっと言えば何も変えられなくて困っていたり

した人が色さえも真似て何とか終わった・・ってそんな人の救済になるようなサンプル・・・そんな気持ちで作っているのね。ただ全てに置いて良い事と悪い事は背中合わせで、この考え方の失敗は、余り質を落とすと簡単過ぎるように見えて幼稚に見られたりもするのね。逆に良くなると

当日に終わらなくて困る人がいるだろうし、さっきの例の、先生サンプルだけが独り勝ちの結果になるだろうね。、ただそれは今までの俺の考え方であって、棟梁がそのスタイルでやる必要は無いけれど、何も考えずにやるのと、そんな事が起きる可能性がある事も考えて作るのでは、

意味が変わって来る。ただそんな事を考えないと、結果が予定通りにならなかった時に、何でだろう?何でこんな事になったんだろう?と戸惑うだろう。その1つの例は、これでも全力じゃない・・・と言うのね。でも3時間でも終わらない・・棟梁なのに。それではきっといつか満足するもの

を作るんだろうね。じゃそれは何時間掛けるのだろうか?そうなれば増々絶対真似出来ないものを作るんだろうね。つまり自分の作品を作るのと、サンプルは上手くなればなるほど、難しくなるもので・・・作れないサンプルではサンプルの意味が無くなる・・・。まっやり過ぎ禁止の注意。

これがりょうさんなら、自分の作品なんだから、全力で自分の持っている技術で・・・となる。とてもシンプルで、もっと簡単に言えば、あれ?この雰囲気りょうさんの?って、

言われるようになれば良いだけで、それこそがオリジナルの考え方であったりするのね。個性的って言うのは、人と違う事ってだけを思ってしまうと、後出しジャンケンすれば、一通り見て変えるだけで変わって見えたりする。そうじゃなくて、一番最初にやって0スタートで作る・・・

ほらそうなると、これを作っているのはりょうさんだけだし、サンプル無しで進めている訳で・・・そう言う点では、おかみさんも同じ。


ただ難しいのは、素人が見た時に、可愛く見えるのと、凄く見えるのでは、凄い方が立派に見えるものなのね。つまり出来そうか?出来そうに無いか?と言う判断になるから。その時に習っている人なら、例え可愛く見えても、その技術を見るから、単に見た感じ・・みたいな雰囲気には

騙されない目を持っているのね。つまりそれこそが目利き。何の何処が凄いか?とね。だから見比べて、りょうさんのが上手くて、おかみさんのは可愛いから作れそう・・・なんて言わないのね。所が棟梁が3時間掛かっても終わらなかったものは、体験の人でも終わる人はいるのね。

しかも見比べられて圧倒的に凄いと言わせられるか?・・・となると、それは難しいのね。つまりこうした下地の場合、みんな同じ土俵になると、いかにアイデアが良いか?となったりするので、いかに精度を上げて切った所で、左程見た目は変わらなかったりするのね。

そうなると、おかみさんのツリーのように凝りまくると、そりゃ見比べなくても、体験の人には出来ないし、圧倒的な力の差を見せつける事になる。要するに、そのスペースに誰も考えない事が出来るか?になるから。これが個性的な作り方。いずれにせよ、今年最後のkameyaさん・・・

話す内容も結構小難しい話が多くなったけれど、まぁそれはみんなが上手くなったからであって、単純に出来たら嬉しい段階は終わった人達の集まりであって、ご新規さんが入って来たとしても、十分に先輩として見せられる作品を見せられるようになった証拠なのね。

そんなこんな後、アトリエに戻って片付けの続き・・・。