katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

野暮用と小学生教室最終日

2023-08-30 22:29:16 | モザイクタイル教室
今日は午前中は、ちょっと野暮用があって、午後から小学生の男の子のラストデー。この子は去年も来てくれて、誕生日が一緒で色々とエビソードもあって、少ないながら思い出があって・・・

梨が好きなんて事もあって、ちょうど梨園へ行った後だったりして、丁度梨があるから食べる?なんて一緒に食べたりして・・・野球が好きって言うから、選手の名前を言い合いっこしたり・・・

何せ二人っきりだから、退屈なんて事になったら大変・・・こっちも色々頑張っているのね。あはは。ただ、何しろ飽きたり、挫けると今日が最後だからね・・・でもそんな事は気にしなくても、

全然平気で、流石に2年目。ほぼ時間通りに目地まで終わって完成したのね。ただ終わったって事はこれでおしまい・・・しかも6年生だからね。またね・・・が無いのね。

バイバイかぁ〜、毎度の事なんだけど、寂しいのね。これを何回か繰り返すと、本当の意味で俺の夏も終わるのね。お疲れ様でした。労作展もそうだけれど、全てが終わったらアップって事で。

そんな中、斜向かいのバイク屋さんのお客さんって方が、前々から興味があった・・・って事でいらしたんだけど、今店舗を作っているらしく・・・やるやらないはともかく、こうして寄り知って

頂いた事はこれはこれで前進なのね。もし興味が多ければ、インスタなど見て頂けるだろうし・・・そんなこんなで、夜はさいたまコープさんの例のさいたまアリーナのイベントの打ち合わせをかぐやと・・・。机や椅子を借りる為の配置などから、いくつ借りるか?みたいな。

これから一体何をするか?で下地作りって事になるんだけれど・・・。

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金魚の壁画と小学生教室

2023-08-18 04:04:43 | モザイクタイル教室

今日は午後から小学生教室。と言う事で、金魚の壁画。しばらく振りに全面アップ。

そうね、これだけの大きさになると、流石に果てしなさは半端無いのね。これいつ終わるんだろうか・・・って気持ちになって来る。しかも、下地だなんだと、あれこれやる事が増えるから、これだけに専念し続けられる訳でも無い。

そうなると、あの時どんな風に、どんな気持ちで、何をどう入れようとしたんだっけ?・・・って忘れるような事になる。だって何ヶ月振りだっけ・・・触るのって事になるのだからね。しかも完成図として下絵が全て描き込まれているのなら、そのまま切り続けて、張れば良いけれど、

良くも悪くもそこまで描き込まれてはいないのね。つまりいくらでも変更が利いてしまうのね。そうね、これは絵の上手い人には理解出来ない話だろうけれど、そもそも絵が上手い人はこの程度の絵はサラッと描くだろうね。つまり絵はすんなり描き終えるだろうから、後はモザイクのみになる。

じゃ俺を含めた一般的には、その絵に四苦八苦するもんなのね。それは絵が未熟だから、あれこれ悩んだり、デッサン力の無さだったり、構図の悪さだったりしてね。ではその下絵が完成するのはいつ?って事になると、モザイクはいつやれるの?って事になるのね。それではやる気が削げる。

だから、そうならないように、メインの絵が描けたらGOって事にするのね。それが変わるようなら、そもそも何も決まっていない事になってしまうからね。例えば夕飯の支度と考えて貰うと良いのね。今晩何にする?・・・この時点で、ん・・・って言っているような場合、ノープランなのね。

その時に例えば、今日は魚だなとか、肉だなとか、ザックリ決まっていれば、大きく変更は無いのね。この時点でそれすらも変わってしまうのなら、お花を作ろう・・・くらいの話で良いのに、やっぱり犬を作ろう・・・ってもはや何も決まっていない事になるのね。これは問題外になるのね。

つまり最初の段階では、まずメインディッシュとして、機内で肉ですかor魚ですか?この程度は決まらないと。そうね例えば、植物、動物、景色、昆虫・・・って感じにね。だからまずはこれって決める事。それが覚悟って話なのね。これにするってね。そこがブレたら何も始まらないのね。

勿論、コースターにそんな覚悟は要らないのね。そりゃフィーリングでやれば良いのね。そんな事は失敗したら次で取り返せば良いし、お金に余裕があるのなら、無かった事にすれば良いから、何も考えずに楽しめば良いのね。つまりこの話は大作を作るって話ね。

そうなると、そこは変更が無くなるから、今度は割合いって事になるのね。全体の何割がメインなのか?ってね。そう思ってこのシャチを見て見ると、下地いっぱいの絵になっているのね。勿論、これを体を曲げればもっと大きくなるけれど、問題は持ち時間。その人がやろうとしている時間・・・

そこを判断してこの位だろうな・・・で今回はこうなったんだけど、要するにこれが分量になるのね。つまり肉料理だとしたら、小さければ80グラムの肉になるし、それが200グラムなのか?、1キロなのか?ほら食べられる量の問題になる。勿論その日で食べるのか?一食分なのか?

はたまた、3ヶ月なのか?ってね。でも1ヶ月に1回のお教室なら、3ヶ月と言っても3回だから9時間。それは3日続けて来ても一緒なのね。同じ9時間なのね。これが大人と子供の持ち時間の違いなのね。子供は短期間に集中出来るのね。これが夏期講習の仕組みで特訓とはそう言う事なのね。

つまり俺のイベント下地も特訓みたいなもんで、考え方は短期集中って事になるのね。これが定期的に何枚って話になると、デイ・サービスの毎月10個みたいな話は、1ヶ月間の中で、毎月定期的に・・・になり、イベントは短期間に一体いくつ作るの?になる。同じようだけれど全然違うのね。

話は戻って、ではモチーフとして何かを決めた。今晩はカレーみたいにね。その決定打的なものがウチの犬的な話なのね。ただの犬好きが犬を作るのでは無くて、ウチの犬なのね。限定中の限定。こんな覚悟がある作品は絶対にブレないのね。だってウチの犬って言って、やっぱ辞めたってねぇ・・

普通はそんな事は有り得ないのね。だから後はバックの話になるのね。そこで肉料理は決定って事になるんだけれど、普通は肉料理だって決まっても、ステーキなのか?ハンバーグなのか?焼肉なのか?肉野菜炒めなのか?・・・になる。ここが厄介で、そして人のイメージってもんがある。

簡単な話、ステーキと肉野菜炒めで肉多めって言ったとする。どっちが高い?見なくても、普通はステーキのが高い感じがすると思うのね。こうしたちょっとした感覚が、常に言っている五感の話に繋がって行くのね。そう言う感じ・・・そうなると、ステーキを作るのなら、ガラスタイルが良いかな?

みたいになったりもする。勿論、予算があるんだけれどね・・・また戻って、つまりカレーって決めても何カレーって事になるんだけれど、ウチの犬は、ウチの・・・だから、他とは違うのね。でも仮に上手く出来たとしても、一般的には見分けが付かない。だからウチのネームが入っていたりする。

そこが大きな違いになったりする。こんな感じにメインディッシュが決まって、終わる頃までにはバックとなるんだけれど、後はバック・・・って感覚の場合、ワッペンのように、犬に使わなかった色でクラッシュを入れれば、きっとメインより時間は掛からないで済むはずなのね。

所が、ネモフィラを入れる・・・となると、スペース的にもそこそこあるから、ダブルキャスト的になる。それがもし犬に負けないグレードになったとしたら?ほらダブルライダーキックになる。犬だけでもキックが半端無かったら、それと同様となると、ハンバーグとステーキの二枚看板。

ほら豪華になった。まぁ理屈としてはこんな感じね。では金魚の壁画・・・もはや金魚よりもバックの方が多い・・・つまり後はバックの表現には当てはまらないのね。しかも、って事は、金魚が良かったとしたら、それよりも遥かに多いスペースに金魚以上の何か?が必要になるのね。

そんなスペースをノープラン作成・・・そんなの無理でしょ?つまり描き込んで無かったとしても、ブレない構想さえあれば、その都度追加出来るし、変更も利くし、もっと言えば、予算に応じての削除なんて部分でもあったりもする。まぁ普通はね。ここなのね、普通はね・・・。

つまりそれをやると普通になっちゃうのね・・・みんな仕事なんだから、賃金ありきでやっているのね。俺もタイル屋の時は割りとそうだった。けどね、モザイクになってからは、考え方を変えて行ったのね・・・そうね、例えば俺が売れたら?って言うのと、やってもやっても売れなかったとしたら?

の両極端の筋書きがあって、売れなかったとしたら・・・の方は、誰もが想像出来るから、考えなくても死が待っているだけなのね。だから必要無し。つまり売れたら?の方向だけを考えるべきなんだけれど、この表現が厄介で・・・。どうしても賃金を考えると、早く終わらないとならない。

でも早く終わるものが凄いかな?普通は、時間を掛けてコツコツと・・・なのね。でも圧力鍋を使えば時短になる。つまり既存の形あるタイルを張れば、素人にはその違いは判らない。そもそも技術って言うのは経験者にしか判らないものだからね。つまり物事は見た目で判断するものなのね。

つまり形あるタイルは、切っていない分、正確であり、綺麗なのね。それを使えば誰にでも簡単に作れる方向にあるのね。ただこの表現に気が付くと、間違いは無いんだけれどね・・・ただ方向にあるだけ。作れるとは言って無いのね。つまり切らなくても良いがデザインの良し悪しは問われる。

それをスペースを狭くすれば、差は判りづらくなる。って話ね。また話を戻して、この大きさになると、何もかもが当てはまらなくなるのね。つまり予定調和の普通では無くなって行く。ほら見た事無い方向になって行く・・・所がなのね。仕事ってそれで飯食える?そんな事したら死ぬわ。

そうなのね、時間を掛けて良いのを作れたとしても、料金が決まっているのだから、普通は死ぬ方向に歩く訳ね。あらっ、でも死んで無い。ほぉー、俺はこれを1年以上作っても、まだ何も賃金が発生していないのに死なない・・・辛うじてでも生きている。凄くなったわ。つまりお金に焦らない。

この作品を趣味感覚で作れる訳・・・つまり一般的な娯楽の時間程度に、仕事をしている合間にやってる事になる訳で・・・それでこのグレード。ただこれがいつか終わる日が来たとしても、アトリエの生徒さんやブログを見てくれているわずかな人しか知らない作品になる。

それが知る人ぞ知るって話ね。まぁ大抵はその前に諦めるし、続けられないから倒産や余力を残して撤退なんて話なんだろうが、所がハングリーって死なないのね・・・ゾンビだから、立ち上がっちゃうのね。それを20年以上立っているのね・・・経っているとも言うけれど・・・。

それが凄く下手でも経っちゃっているし、凄く上手くても経っちゃっているのね。でもどちらでも継続は力なり・・・ただ俺下手って言われた事無いんだよね一度も・・・普通とも言われないし・・・って事は、変わっているのね。しかもかなり・・・凄く・・・人とは違っているようなのね。

つまり人とは違う事をしたい人には、持って来いって事になるのね。こんな変わった人が作品を作ると、こんな事になり、先生として教えると、シャチになったりもする。十分に変わった作品なのね。ただお母さんに質問されたんだけれど、自分で彫って無くて大丈夫ですか?って。

そうね、つまりこの質問って言うのは、全てがオリジナルとして自分でやらないといけないんじゃ無いか?の質問なのね。やって貰っている部分があってはいけない・・・ってね。大丈夫、絵も字も自分で描いたものを彫って貰った・・・そう書いて、判らない先生なら困るなぁって事なのね。

そんな事言ってしまったら、世の中の設計士、ガウディや岡本太郎も全てインチキと言ってしまう事になる。それを子供にやれとでも・・・。良いんだよ、全てやらなくても・・・デザインだけで飯食ってる奴がいるんだよ。シンガーソングライターじゃ無いと、作詞だ作曲家は片手落ちって事に

なっちゃうじゃん・・・って言ってる事になるのね。ただ願わくば、そんな先生がいない事を望むのね。そしてここは塾。思い切り人とは差が出て当然。やる気がある人が時間を掛けているのだから、普通と違って当然。むしろ思い切り差が出て欲しいのね。そして凄く見えて普通ってくらいにね。

そしてこのシャチが3回で終わったとしても、疲労に蓄積があって、蓄積疲労と言うのなら、去年も作ったんで、彼は蓄積制作になるだろうね。だから、この位作れて当然。そんな中、野球選手の名前を代わりばんこ言っている内に時間が来たのね。そして完成まで後1回・・・。

小学生最後の夏・・・俺も彼との思い出の最終日になる。何か爪痕を残して、彼の記憶の中に住めるように頑張らないと・・・。


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体験教室と花の祭典と金魚の壁画

2023-05-04 02:38:55 | モザイクタイル教室

今日は体験教室からスタート。最近何か体験がチラホラとあるのね・・・ゴールデンウイークとか関係あるのかな?まぁ体験の鍋敷きは何度もやっているので、何も問題は無く実績もあるし・・・結果もこの通りなのね。そんな中、モザイクって良いですよねぇ・・・って言うのね。

どうやら海外で見て・・・って。そりゃね、本物見ればね。例えば、大谷さん見て野球が好きにならなきゃ、もはや興味が持てないのだし、刺激としては抜群なのね。そんな方が、アトリエの作品を見て写真撮って良いですか?って言ってくれるのだから、良く見えてくれたんだろうね。

そんな方は、ご興味を持っているから、きっとそれを誰かに見せようとして下さる訳で・・・しかも、今日の鍋敷きの体験の理由が、母の日のプレゼントに・・・って。ちなみにそのお母さんが、今日も俺と同じ位の方らしいのね・・・最近そのパターンが多くなっているのね。

まぁいずれにせよ、これなら誰に見せても体験なら十分に完成度が良いし何よりなのね。そんなお教室の後は、昨日、父と病院の帰り道に、花の祭典ってイベントが明日から・・・って言うのを見て、明日連れてくよ・・・って言う事にしたんで、近所だし連れ出したのね。

しかし老人二人を連れて行くって言うのは、そう簡単じゃ無いんだけれど、いくらか慣れては来たと言っても・・・ね。そんな中、母が昔何度か来た事ある・・・って言い出してね、自転車乗って近所の人と一緒に・・・とか、孫を連れて父と、遊具に並んだとか、話だしたのね。

何か懐かしいって。ちょっと曇天な時間帯だったんで、暑いかな・・・と思ったけれど、何とか持ったみたいだし、芝の上も歩けたし・・・気分転換になったようなのね。父は1500歩超えたって言ってたが、普段の散歩よりも楽しかったみたいで何より。そんなこんなでアトリエに戻って金魚の壁画

まぁ地味過ぎるなぁって感じの進行具合。ただ、この次に線香花火なんて事を考えては見たものの、そうするとバックを黒くしたくなる・・・って思うと、そこだけ黒いって言うのもなぁ・・・って言う事で却下にしたのね。あんまり考えなしで、フィーリングって感じだったのかなぁ・・・。

ただ秋の部分に稲穂は入れたいと思っているんだけど、冬に椿、春にさくら、中間に藤・・・こうなると夏は朝顔とかになって、秋の前くらいにトンボとか・・・花火欲しかったんだけどなぁ・・・場所も限られているし・・・まぁやりながらだなっ・・・前には進めないとって事もあるしね。

 


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ウチの犬の杏さん教室と金魚の壁画

2023-04-17 02:11:45 | モザイクタイル教室

今日はウチの犬の杏さん教室から。それが会話の中で、昔ブラスバンド部にいた・・・って話が出て、担当楽器が主旋律を弾けるようなものだったのね。例えば、ギターとか、トランペット、サックス・・・みたいなやつね。それってザックリ言えば目立つと思うのね。

それが同じ楽器でも、とても地味な存在って言うのがあるのね。そんな事1つ取っても、話は広げられるものでね、例えば犬なんてモチーフはメインな主旋律だから、ちょっとでも外せば、影響力が大きい分、失敗度は激しい。しかしながら、成功感も大きく得られるのね。これが良い事と悪い事は、

背中合わせって仕組みだとして、後はバック・・・ってスタイルなら、犬に使った色を避ければ、犬に影響は与えない分、大きくダメージは受けないから、犬の成功の点数は取れる事になる。つまり本物に似ている点数が入るのだから、図鑑のような扱いにはなる・・・こんな感じね。

つまり寄り似ている・・・これが点数の良し悪しを決める重要な事になる。ではもしバックと言えど、手は抜かずにさらなる高み・・・となると、一体どうする?となると、今までの似せるって話とは大きく違うのね。今までの場合、犬に似せる為に、穴の空くほど良く見て作るだったのね。

でも、バックはこの写真では無いものになる・・・つまりどうするのか?を考えないとならないのね。明らかに作り方が違うのね。それをネモフィラって言う花で・・・とモチーフは決まったのね。恐らく、何度も聞いていて変わらない事から言って、決定だと思うのね。

そうなると、後はネモフィラの数って事になる。これを例えば音楽だとすると、犬のみって言うのは、ギター一本って感じだと思うのね。それをバンドって言う事になると、何人いるとそう見えるのか?になるし、でもそれはバンドってスタイルから考える考え方であって、例えばそれが5人とする。

でもその5人が、1000人の会場でも10000人の会場でも一緒か?って事になると、場合に寄ってはオーケストラ的に、管楽器でワイドさを加えて見たり、迫力でツインドラムなんてものもあったり、さらなる厚みでコーラスだったり、見栄えと言うのなら、ダンサーなんてのもあったりする。

これは箱の大きさって言う事も重視した事だとすると、モザイクでも一緒で、犬の他にどの程度のスペースがあるか?になるのね。考え方としては、こんな考え方があったりするのね。ただ更に何を選ぶか?なのね。例えばバラだのひまわりなら一輪でも十分に存在感があったりする。

でも小花だと沢山無いとパンチが無いし、折角入れても寂しく見えたりもする。つまり最低何個は入れないと・・・になったりする。そう言う点では、ネモフィラは沢山の方向になると思うのね。どう見せたいか?って言うのはこんな考え方になるのね。そしてそれを今の段階から徐々に・・・

ただまだなんだけれど、今の段階で考える事で余裕の時間帯になると思うのね。それまでの間は考える時間としてね。そんな後は、金魚の壁画。

かなり観世水も終わって来たんだけど、あれこれやってて悩んじゃうのね・・・

 


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中学生の相談とプチさくら・・・

2023-04-10 08:54:26 | モザイクタイル教室

今日は午後から中学生の相談日。それまでは金魚の壁画なんだけれど、そんな中、大家さんが見に来て・・・金魚の壁画が進んでいるのを見て、これ久し振りに進んでいるじゃん・・・って。そうね、時々見に来ると、教室サンプルだったり、しながわ水族館の下地だったり、作家katsuを見せていなかったのね。

すると、katsuちゃんって上手いね・・・って言うのね。えーって思ったけれど、正直に言って見たのね。今のさぁ、すーさん・・・つまりお兄さんに言われたら、少しカチンと来ちゃうかも知れないけれど、大家さんに言われると、何か少し笑っちゃうし、苦笑いにしとくね・・・って。

更に、だって世の中って理不尽なんだよっ・・・仮に俺が大家さんに、ペンキ塗るの上手いね・・・って言ったら、職業として何十年もやっている人に、素人の俺がペンキの評価をして、どんな位置から上手いね・・・って言ってんだって、誰かに言われそうでしょ?上手くて当然なんだから。

でもね、俺にはみんなが言うのね・・・上手いねって。あははは。一応俺もモザイクをやって20年を越えたのね。下手なら即刻辞めてしまえじゃん。プロなんだから・・・って言うか、生きては行けないから、自ら辞めて行く事になるだろうしね。つまり生き残っている事が答えなのね。

ただ、それだけに甘んじる事無く、応援されている身としては、もっと上に行くのを見せないとならないから、上手いとか凄いなんて言葉に惑わされる事無く、ただ前に進むように・・・これだけ。そんな話をしていると、中学生がやって来て・・・相談に。

去年の子なんで、相談のやり取りを心得ているのね。さて、何するの?・・・って、たったこれだけで、下絵が出て来て、へー良いじゃん。このテーマは今年4人目で初めてで、被る事も無く面白い内容ではあったけれど、リピーターなら全員受賞者なのね。だからあえて、もうひと押しと伝えたのね。

んーそうだなぁ、ネタばれしないように説明すると、例えばテーマを決めるって言うのは、WBCの監督になったみたいな話とする。だとすると、チーム編成みたいに、モチーフを決める事になる。その時に大谷ジャパンって言うのなら、バック無しで鳥とか、キリン、花一輪を大きくとか、そのモノ

1つを切り抜いた下地を作ってあげれば良いと思うのね。でもそれだと、ジャパンにならないから、大谷くんだけになっちゃうのね。だから、最低でも後8人、例え小さくても作らないとならないのね。9人いないと野球にならないからね。でもこれって監督って言う事から始まったからなのね。

だからそれを辞めて、大谷くんが大好きなファンって作れば、内容は一切変えずに、大谷くんだけ作れる事になる。じゃそれで良いじゃんって人は、それでも良いのね。・・・それでも・・もなのね。最高じゃんにはならないのね。何故?それは作れば良いだけじゃ無いからなのね・・・労作展って。

制作だけなら親がやったって、何処にも証拠が無いのだからね。本人が作ろうが作るまいが判らない・・・なら簡単な話なのね。所が労作展は、製作日誌を書かないとならないのね。作ってもいない奴が、そんなもん書けるかな?そして作ってもいないのに簡単に製作日誌って書けるのかな?

そしてもし、それを第三者が手伝ってしまったとして、それが仮に大人だとしたら?・・・子供の文章で書けるものなのかな?考えれば、考えるほど、まず無理だろうね。大人になってしまった人、親になってしまった人、当然先生になってしまったら、手伝いなんて出来るものでは無いのね。

つまり教えるって言うのは、答えを教えるのでは無く、あっ判ったかも・・・ってきっかけまで連れて行く事だと思うのね。話が反れたんで戻すと、つまり監督の話で始めると、格式が高くなるから、フォーマルなものを作ろうと言う心持ちになる。逆にファンですスタートは、いささか軽く、

比較すると、明らかに安くカジュアルになる。もうスタートで考え方がこんなに違うでしょ?ではそれを心掛けて文章にして見て。前者なら、WBCの監督なんて自分に務まるだろうか?非常に悩んだ・・・。そして色んな人に相談すると、お前なら出来るって激励もされたりして・・・。

そんな中、後押しに拍車を掛ける出来事があって・・・例えばこんな文章が書けたりする。適当にまとめただけでも、この程度なら俺でも書けるのだから、慶応の中学生なら、もっと素晴らしい語学力を使うと思うのね。じゃその力を使って、ファンって方向で文章を作って見て・・・。

僕は大谷さんの大ファンだからモチーフにしました。おしまい。・・・広がるかな?カジュアルってのはその程度のものなのね。比較をしてしまえばね。何でもそう。何でも良いなら、ラフに制服なし、冠婚葬祭をジーパンでもOK。気は心だから、お賽銭はくらいでも・・・。こんな感じになる。

つまりフォーマル感を出そうとすると、それらは一切排除になるし、良いじゃん、何でも・・・ならカジュアル感満載。まずここを選ぶのね。この両極端の選択をしても更に、サッカーなら、手を使えるキーパーとその他の人達とか、キャッチャーとその他の人達とか、指揮者と演奏側とか・・・

同じ仲間のくくりでも、大きく違う人が1人いたりするし、こうして同じテーマでも、サッカーをワールドカップや、野球をWBCとすると、格式が上がりフォーマルになるし、逆に指揮者がいるって事は、クラッシックだから、フォーマルか?と思いきや、小学生の演奏って事なら、薄味のフォーマルなんて事にもなるのね。これがさじ加減。

こんな事がある中で、下絵さえ描いてしまえば制作はいくらでも出来る。けど・・・けどね、余りにカジュアルだと、製作日誌が膨らまないのね。それが通用するのは、去年まで小学生の1年生だけ。しかもだよ、受賞者ってクラスに何人しかいない・・・そんな人達が、大好きだからこのモチーフ。

あり得ないわーって俺は思うし、それだけで製作日誌を乗り越えられないと思うし、それでは相談には一切乗れない。お金を貰って教える側としてはね。これが1年生なら、良いじゃん!それ最高じゃん!って、何で好きなの?好きになったきっかけは?っていくらでも膨らませる手伝いが出来る。

それは受賞者でも無く、去年まで小学生だったのなら、完成度よりも作りました、頑張りました・・・の姿勢の方が大事だから。だから一生懸命さだけで十分なのね。しかしながら、受賞者ってのは特別な目で見られると思った方が良い・・・。もしかすると凄い扱いを受けるかも。

その目は期待の掛からなかった1年生とは、大きく変わっているかもね・・・勿論、かもね。この、かもね・・・が備えあれば憂いなしなのね。かもねを用意してある人は、かもねが起こっても、準備して置いたんだから、やっぱりね・・・って思うだけなのね。ある意味予定調和。

でも、もし用意していなかったら?そんな事が起こってから、何でそんな事を言うの・・・みたいな気持ちになる。まんまと引っ掛かってしまうのね・・・ドツボに。勿論、かもねだから、かもねは起こらなかったりもする。そしたら、無事に過ごせるだけで、保険と同じ。

使わないと損なのか?使うと大事件なのか?は起こって見ないと判らないし、どう考えるか?で、備えも変わって来るし・・・俺は、先生として、かもね・・の備えを考えていなかったのなら?それを教えないとならないし、かもねを用意してあるのなら、そのかもねを増やす事も一緒に考える。

その人の持ち時間を踏まえてね。そんなこんなで、次回までに下絵を送ってね・・・下地を作るからって話でお開きになると、入れ替わるようにさくら。そうね、さくらはこの話に付け加えて、ジャッカル、ハイエナ、コンドル・・・そしてライオン。肉の食べ方ってどんな感じ?

こんな話を付け加えて・・・理解出来れば、そんな事が、さくらのかもね・・・の話。自分の姿を鏡に写すと、一緒に餌は食べないと思うのね。何故なら、みんなライオンの餌になる可能性があるから・・・。能ある鷹は爪を隠すってもんらしいぞ・・・そして弱い生き物なら敏感さが必要になる。

強い生き物なら、多少鈍感でも、強い分チャンスは何度も巡って来る。けれど、自分でどっちの生き物なのか?判断出来るのなら、自分の目の判断が正しければ、問題は無いが、もし誤ってしまうと、相手を大きく傷付ける事になるか、大きく馬鹿にされる事になる。

ライオンだと思って威嚇をすれば、相手がもっと上なら、威嚇返しを食らうかもね。まっそれで済めば良いが・・・逆に弱いと思っているから、謙虚に・・・と判断した時、すんなり仲間に入れる可能性もあるが、ひとたまりも無く喰らわれるかも知れない・・・。

そして問題なのは、テーマから反れて、自分は草食獣なんだ・・・と思い込み、そして更に、性善説に基づいて、何もしなければ喰らわないはずと思い込んでいたとしたら・・・まさかの攻撃に合うかも知れない。更に事件なのは、その草食獣なんだ・・・の思い込みや決めつけがそもそも間違って

いて、自分は草食獣だと思っていたのに、鏡に写った自分の姿が、思い切り肉食獣の姿だった・・・こんな場合、相手が強ければ問題が無くても、相手が草食獣だったとたら・・・無意識に相手を傷付ける事になる。意識するって言うのは、意識すればプレッシャーにも繋がったりもする。

でも意識する事で、準備も出来る。どっちが良いか?なんてのは、人それぞれなんて言うかも知れないが、それなら先生は要らないのね。自分で決めれば良いし、自分で考えれば良いのね。ただもし必要であるのなら・・・簡単に言えば、意識をすれば準備が出来る。準備は時間も掛かるし、気も使う。

しかし、もし万が一の事があっても、準備をしていた分、ダメージは軽減される。逆にその時が来てから考える・・・って人は、その時が来て、何でこうなったんだろう・・・って思うだろうし、それを乗り切れば、ラッキーって事に繋がるのね。つまり何でこうなった?とラッキーの繰り返しで、

人生が構成されるのね。ただこんな事は、幼稚園の時に既に習っていたのね・・・うさぎとかめの話で。毎日コツコツなのか?その時だけなのか?って・・・どっちの選択?ってね。ただ俺の頃は亀が正しそうな教えだったが、今の俺はそうは思わないのね。ただその人が選択をする前に、

もし選ぶ中に無い考え方を提供出来たら・・・選択する底辺が増える事になる・・・って思うだけなのね。さくらはいつも1個しか無い人だから・・・。いずれにせよ、人と向き合う仕事が先生と言うのであれば、また今日も勉強させて頂いた事になるのね。


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中学生教室と金魚の壁画

2023-04-08 23:50:29 | モザイクタイル教室

今日は夕方から中学生教室。それまでは金魚の壁画。そうね、一応バックを春夏秋冬って感じにしようと思っているのね。って事で、冬の部分を観世水ってクネクネした模様をブルーで寒そうな感じにして、白丸を付けて、エアーにも雪にも見えたら・・・って感じになっているのね。

この後、予定では、斜めにザクッとラインを入れたかったが、どうもそれが出て来ないのね。そこでそこは置いといて、例えば右側に回転した部分は、秋となるし、逆なら春って事になるのね。そこでそれを感じさせる花なんかどうかな?・・・と。それがこれ。まずは春は・・・。

そして冬と言ったら・・・梅か寒椿なんかどうだろうか?ただ桜と梅が被りそうなので、寒椿の方が良いのかな・・・と、

そんなこんなでお教室。仕込みのパーツが沢山切ってあったのね。今回は1cmタイルを大量に切らないとならないモチーフでね、とても根気がいるのね。昔なら、ぺきぺきから1cmタイルに変わった瞬間、硬さと細かさや果てしなさで、辞めてしまう人もいたくらいで・・・。

まぁただそこは労作展。宿題である・・・って言う、ある意味諦められない状況だったり、お金の心配が無かったり、サポートがある前提だったり、もっと言えば、期間が限られているって言う事だったり、何しろ状況や環境が恵まれているのね。これが大人だとすると、仮に同じ事をしたら・・・

まず掛かる時間として、仮に完成まで200時間掛かったとすると、今から8月末の間にそうした時間を取る事になるのね。つまり数ヶ月の話なのね。これが大人だったら、月に1回の3時間だけで、自宅でもやらないとしたら、66回とすると、6年弱って事になる。単純計算でね。結構果てしないのね。

例えばマラソンなら、1日で走り切る事になる。勿論、走れれば・・・だけどね。これを分割して、3時間ずつ走る・・・これなら出来そうって思えば、走ろうって気力も生まれるかも知れないって思えるか?それでも果てしなさに負けちゃうか・・・。これは腕の話じゃ無くて、気持ちの問題。

そして更にここに、金銭的な問題も加わって、何より一番違うのは強制力。方や宿題、方や趣味。しかも趣味って言うくくりは、とても曖昧でね・・楽しみって言うのなら、苦しみは要らない。そして楽しみって言うのなら、気ままで良いのね。ほらここでも気・・・。気分なのね。

そしたら、やる時はやる。でもやらない時もある。って起伏が大きければ、やらない時期が多くなればなる程、面倒臭くなるものなのね。そこからやるって気になるのは、相当な事でも起きない限り無理なのね。所が、仮に1ヶ月に1回でも、必ず続けていると、いつかは終わるのね。

このいつかは・・・を果てしなく感じるのか?そうね、いつか終わるね・・・って思えるか?で大きく違って来るのね。いずれにしても、今回も終われば、きっと凄い・・・と思われる作品になる予兆みたいな感じはあったのね。ただ、夏休みに大きく来られない期間があるって言うのは、かなり不安

材料ではあるんだけれど・・・。

 

 


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闘牛士のリピーターさん教室と金魚の壁画

2023-04-08 01:11:56 | モザイクタイル教室

今日は午前もお教室だったんだけれど、ちょっと事情があってお休みとなって、午後からの闘牛士のリピーターさん教室のみとなったのね。そんな訳で、金魚の壁画になって・・・

ひとまず夜間も込みで、ここまで来たのね。まぁ大体このブロックは何とか感じが出て来たかな・・・。そんなこんなのお教室。何しろ良く見て作っているのね。それが良く伺える事があって・・・例えば黒っぽい所があったとする。この文章だけでも十分想像は出来るんだけど・・・。

これを黒っぽいから黒って決めつけるような場合は、思い込んでしまっている分、仮に見た所で、黒から始めようとするし、もっと言えば、仮にタイルに詳しくなったら、どうせ混ぜられないし、この黒しか無いし・・・みたいになったりして、工夫って考える事から大きく反れたりするのね。

所が、黒っぽい・・・って黒とは言ってないよね?・・・って少し天の邪鬼的に、へそ曲がりのような感じ方の場合、黒では無いものを探そうとするのね。この感覚がオリジナルを作るのに一番大事だと思うのね。この2つの違いが、後々大きく変わって行く事になる理由として、例えば、誰でもある

ここは曲げられない・・・って感覚は大事なのね。でもそれが、ここもここもここも・・・って全部曲げられないのは、たしかに几帳面とも言うだろうが、逆から見たら、融通の効かないとも言えるし、そもそもがモザイクって、混ぜられない不都合を、いかにそう見せるか?が腕の見せ所であって、

色が無い・・・で始まったら、根本的な問題になってしまうのね。つまりタイルを作った人達は最高の色数では無くて、最低限これだけあれば・・・の色数なのね。そもそもその色数で日本の壁画は作られているのだから。そう考えれば納得も行くのね。これが前者の人の是正としたのなら、後者

の人は、想像力が豊かな分、いかに本題から抜け出そう的な発想になる。こんな考え方の違いがあって、どちらも続いたとする。例えば3年。この考え方の違いであっても、どちらもタイルを切るって事には違いは無いのね。色数も両者一緒。つまり違いはそもそもの考え方だけなのね。

だからこの考え方でそのまま進むと、考え方を教えないと、ただ切るだけを教えただけ・・・みたいになるのね。そんな事を踏まえて、話を元に戻すと、例えば音楽だとすると、人と違う事ばかりを探そうとする人には、そこが普通になるから、基準としての一般的から大きく反れるのね。

だからこそ、何処が本当の意味の普通?って言う事を知る意味でも、普通を知る考え方が大事になるし、逆に身の丈身の程みたいな感覚で、普通って決める人は、普通よりも割と下にして抑える感覚があったりするのね。それが料理なら薄味、濃い味みたいな味付けみたいな話になるし、

最前列と最後尾なんて事にもなるし、オフェンスとディフェンスみたいに、たてとほこの話にもなったりするのね。勿論、全てに置いて全部そうとは言ってはいないのね。例えばおとなしく見える人が、運転だとイケイケになったり、おとなしく見える人が、ゴルフだと攻めるとかね・・・。

人は見かけによらなかったりもするからね。でもそれだって、実は第三者側から見て、人を見かけで判断しているから、思い込んでいる分、その思い込みが大きければ、大きいほど、見かけによらないって見えるだけかも知れないのね。そう考えれば、つじつまが合って来るのね。

そんな考え方をすると、逆も真なりと思われるのが、そもそも日本語には、二兎追う者は一兎も得ずと言って置いて、一石二鳥って言う、肯定文と否定文が存在するのね。これをどっちが正解?って聞かないでしょ?でもね、例えば、弘法筆を選ばずって話で考えたとしたら?・・・

どっちなの?弘法さんは筆を選ぶの?選ばないの?・・・普通の解釈では、上手い人は選ばずに、どんな筆でも上手い・・・って感じなんだよね。でも日本語には2つあって、肯定も否定もあるって言うのだから、今どきなら、諸説あり・・・なんじゃ無いの?って考えれば、じっくり選んだかもね・・・

普通の人は選ぶ時に、あれこれ触ったり、キョロキョロと目を動かしてしまうけれど、もしこの中から・・・なんて場合だとしたら、弘法さんクラスなら、その中の一番良い筆を選ぶ事はいとも簡単だろうね。つまりもしかしたら、誰にも判らずに選んでいたかもね・・・って考えたとしたら?

楽器だって、車だって、家だって、メーカーだけ選べは一緒なのだろうか?違うのね・・・誰が作っているか?なのね。機械なら一緒かも知れないけれど、造り手が人なら、考え方や気で大きく変わってしまうものなのね・・・だってそれがもし腕って言うのなら、下手っぴか上手いだけ。

でも最低限それを持っているのなら、実は繊細さって言うのが大事になるし、けれど、心が繊細だと、折れる事もあって・・・楽しいだけなら、読んで字の如しで楽で良いんだけれど、大作って時間が掛かるから、いつもいつも同じ気持ちを続けるってとても難しいもので・・・ひょっとして、初めてのそんな日かな?と思ったが、取り越し苦労だったみたいなのね。それは一安心。

 


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リピーターさん教室と鯉のぼりの目玉の仕込み

2023-04-03 23:20:12 | モザイクタイル教室

今日はウチの犬のリピーターさん教室。いよいよバックに入ったのね。ただこれが結構、人に寄って大きく変わるんだけど、性格だったり、考え方だったり、目に見えない事1つで変わって来るのね。これが例えば、体験だったとしたら、3時間で完成させるのだから、ラストスパートって感じ。

しかも、ここまでの時間で、切る事に慣れては来ている。しかし、蓄積疲労もしているはず。そんな中で、ヘトヘトでも、ゴールが見えて来ると、何とかかんとか終わる人もいれば、後はバック・・・って、ラストスパートって感じにどんどん進むって人もいるのね。

そんな理由の1つに、メインのモチーフ・・・例えば犬だったりすると、イラストを見たりして下絵を描いたり、絵の上手い人なら、サラッと描いたりもする。ただその絵はどんな感じ?って言うのは、体験の場合、どちらも輪郭線だけで始めるから、どちらも条件は大体一緒なのね。

その時にここでも良い事と悪い事は背中合わせで、絵が上手くない人は、何とかかんとか描いた・・・から、モザイクをしに来て、まさかの苦手な絵を描くとは・・・って感じになり、エネルギーをかなり使っちゃったみたいになる。逆に絵の上手い人は、描きなれているし、特に困る事無く、

方やヘトヘトに対して、サラサラ、チャカチャカって感じになるから、疲労度0みたいになる。結構な差でしょ?所がいざ始まると、前者は当然だけど、おっかなびっくりでタイルを切るから、上手くは行かないのね。ただそれは初めてだから。慣れて来ると、どうやって切るんですか?

みたいな事は無くなり、夢中で切っていると、慣れて来るし、輪郭線をはみ出さないでね・・・って事で段々形になって来るのね。それは目の丸だったり、鼻の三角だったり、毛並みの形だったり、ある程度の指定された形みたいなものを意識して切る順番があって、目はいきなり丸?って思うが、

たった2個って言い方もあるし、もっと言えば痛みの判らないウチとか、元気なウチに・・・なんて言い方だってあるのね。そして鼻。たった1個だし、まぐれでも良いし、丸のように同じ形で左右対称よりは、比べる事が無い分、気持ちが楽だろうし、そして毛並み。同じことの繰り返し。

こうしてメインのモチーフが終わったら、後はバックとなり、今まで切ったパーツに見えない形で、今まで使った色は使わないルールね・・・ってこんな感じで進めるんだけれど、そもそも前提として絵が描けなかっただけで、どちらもモザイクは初めてって事なら条件は一緒なのね。

だから下絵さえ逃げ切れば、モザイクをしに来た・・・タイルが切れる・・・ってクリアーしている事になる前者は、気が楽になって来るのね。そしてラストスパートって事になれば、トラックに入った選手がスピードが上がるなんてのは、良くある光景なのね。では逆に、絵の上手い人。

こちらは、きっと絵が上手い事を何度も褒められた事があると思うのね。だから今日も俺に褒められる。そんなスタートになる。ただ絵の上手い分、思ったように切れないタイルが、気に入らない・・・絵のような筆のタッチに切れない。そりゃそうなのね。だって絵が100点なら、モザイクも

100点にしたくなるだろうが、切るのが初めて。流石に大谷くんが野球が上手くても、バレーボールが上手いとは限らない。と考えれば、作詞が上手いから、作曲も出来るとは限らないのと一緒で、自信は過信に繋がっておごりにも成りかねないのね。そうすると、思うように行かないって感じになる。

ここが分岐点で、だからこれはもう良いか・・・って、これは合って無かったなんて事になるし、逆に今度こそ・・・って次に繋げたりもする。つまり前者の悩みは、余程高いハードルのモチーフを選ばない限り、納得行くケースは多いもので、逆に後者は、モチーフを本人は落としたとしても、

絵の上手さが自分を苦しめる事になったりもするのね。ただ、ここも良い事と悪い事は背中合わせで、前者がヘトヘトなら、もう懲り懲りなんて事もあるだろうし、ただそれで辞めても渾身の1作だから、体験としてはまずまずなんだけれどね。かと思えば、上手く出来た感触が、もっとやれば、

もっと上手くなるかなぁ・・・って事で、楽しくなる人もいる。後者の場合も、いつも上手く行くのに・・・って場合なら、1回で懲りるだろうし、あぁこんな感じなのねって、1回でコツを掴むような器用な人もいる。こんな例が、体験だったりして、ではリピーターさんは?となると、ここまで、

長い道のりでようやくバック。既にほほ写真通りのリアル感満載。そのリアル感に繋がったのは、さっきの説明のパーツの切り分けが沢山やってある事からなのね。ただ毎回の繰り返しだから、短時間で終わらせていない分、今日は疲労度0でスタートになるのね。それでバック。

今までは、ここのパーツはこんな感じ、ここはこんな感じみたいに、形がある程度決まっていた分、切れるか?切れないか?は別にして、決まり事があったのね。でも今日は自由なのね・・・色も形も。でもこの自由がやったーって人と、えっ?って人に分かれるのね。

やったーって人は、ここはこんな感じ、って強制っぽく感じていたんだろうね。だから、自由で開放される。犬の色、犬の形からね。だから色んな事が出来る・・・ってね。所が逆で自由が不自由になってしまう人もいるのね。どうしたら良いんですか?みたいに・・・。

要するにこんな感じ・・・って何か指針になる言葉を欲しがっちゃうのね。好きにして良いってのが、えっ?ほったらかし・・・って感じに思えたり、何かアドバイスを・・・みたいにね。ただタイルは切れるからここまで来たのね。つまり好きな形が浮かばないからなのね。

例えば丸って言えば、大小様々にね・・・ってこの1つでサクサク切れるようになったのに、じゃお任せって言う、スタイルが初めてなのね。じゃそれって何?って言うのが、初めて考えて作る・・・って自分で考える事がお題なのね。 

だから悩みはするだろうけど、こうして進み具合は順調なのね。きっと本人の気持ちとは違って、あっけなく終わると思うのね。そんな後は、鯉のぼり。

まずお絵描きタイルを丸く切って、ペンキで中心の黒から順番に白、色、白、色、そして瞳の白って具合いに26個やるんだけど、サンプルの時は1つだから、

何とか頑張れば逃げ切れるが、こんなになると、さっきの蓄積疲労的に、まだ終わらないのか~みたいに果てしなくなるのね。ただ毎月のデイサービスで、

慣れているんで、こうなるだろうな~って判った上の下地作りだけれど、目のペンキ塗りは流石に、こりゃ厄介だわ~って感じ。やりつけ無いし、不得意だし。

思った以上に時間も掛かり、カワウソの時計迄回らなかったのね。

今の所はこんな感じ。


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ウチの犬の杏さん教室とサンタのリースにスマホスタンドに・・・

2023-04-03 00:18:06 | モザイクタイル教室

今日は朝からウチの犬の杏さん教室。そうね、前回剥がす・・・って事でちょっとした諸注意があったけれど、今日は目が肥えるって話をしたのね。良く上手くなる・・・なんて表現があるけれど、そもそも上手くなるってどんな感じかな?って話なのね。勿論、技術なんてもんがあって、切る張る

なんてもんだったり、色合いだののセンスなんて、目に見える事が判りやすいが、結構大事な事で、目が肥えるって言うのがあるのね。その初歩って感じが、これは違うかな?・・・って正解は判らなくても、何か違う・・・って不正解な気がする。って目が必要なのね。

それは五感の話で、例えば、聴覚って言うのなら、音のズレや音色なんて事が判ったりすると、それを微調整すると思うのね。かと思うと、味覚って言うのなら、甘みだ酸味だ、旨味だななんて使い分けたりする訳で・・・勿論、触覚と言うのなら、タイルを平らに張るなんて時、目で調整だけで

無く、指で触って平らかどうか?なんて触覚を当然使うし・・・それを出来る・・・って前に、何か変って事に気が付かないと、是正する気が起きないのね。つまり是正って言うのは、気が付く・・・ほらまた出た・・・気なのね。これがあると、こだわりは強くなるし、何か変だって気が付けば、

正解は判らずとも、是正はしたい・・・って気になるのね。この気が大事なのね。ただこの気って言うのが、指導としては難しいのね。何しろ何か変ってだけで、何が変か?が判るくらいなら、そこだけを直せるだろうね。だからこの違和感を感じる事が出来た・・・それは大事なのね。

ただ気が付いた。でも是正の仕方が判らない・・・それが、段々とレベルがアップすると、目が肥えるって言うのは、腕よりも凄く肥えたんだろうね。つまり見付ける事の出来る目が、それを見付け出す所までは良いが、それを直す腕の方がその目に追い付けない・・・っい感じなのね。

そうね、例えば向上心はあっても、点数に反映しない学生さんみたいな感覚かな・・・ただその意識が無いと、こだわれない分、進めるし、ただ進むから上手くならないって言うか、ある程度のままになるから、手応えが無い感じになる。つまい停滞状況が続く事になるのね。

だから、年数が短ければ出来ただけで楽しかったものが、1年、3年、5年・・・と重ねて来ると、1回で終わる小物作品だらけになると、何処かで飽きて来る事もあるし、逆に大作にチャレンジするものの、余りに進まないと気が滅入ったりもする。良い事と悪い事は背中合わせなのね。

中々良い塩梅って言うのは、その人その人で大きく違うものだから、教える方は難しいのね。ただ中学生のように宿題って言う、強制的なものがあると、やらなきゃ・・・に繋がったりはするものの、それだって期間が限られているから、我慢なんてもので乗り切れたりもするのね。

ただ我慢は限界が来るから、短い期間に限定なのね。だから早めに来て100時間を最低超えれば、凄く見える作品になる・・・って話。ただ大人は仕事があるし、強制も無いし、何しろ趣味って言う楽しみって感覚だから、辛いなんて言葉からは大きく外れる事になる。

ほらこうした比較だけでも、中学生が有利なのは見えているのね。ただ同じ道のりなら・・・の話で、それなら我慢では無く辛抱ってスタイルにすれば良いのね。我慢が短期間なら、辛抱は辛く抱えるのね・・・いつまで?それはその日が来るまで・・・結構気長に構えないとね。

つまりその環境や状況にならないのなら、敢えてそちらとは違う方法でやれば良いだけなのね。それが逆も真なり。しかも中学生が我慢って短期間で結果を出している・・・って結果も見せて貰っているのだから、大人は長期的に辛抱ってスタイルで、その時間にたどり着けば良いだけなのね。

そう言う点では、そうした時間に慌てたりする方では無いんで、そこは全く心配はしていないのね。そうなると、慌てていない事で、じっくり美しいかどうか?だけになれるのね。それなら話は簡単で、だから目に見えない五感の話なんてものが出来たりするもので・・・。慌てていないからなのね。

それと大作に挑んでいるから。これが簡単な小物ばかりなら、段々と俺は要らなくなるもので・・・ここも良い事と悪い事は背中合わせで、簡単な小物を量産したって事は、小物のベテランになるって事だから、小物を作っている以上はベテランなのね。だから口出し無用になるのね。

だから、小物では無くなるような時には、必要になるかも知れないのね・・・いずれにしても、バックになるまで何の問題も無しなのね。そんな後は、サンプルや下地のオンパレード。まずはスマホスタンドから。

更にサンタのリース。

そして鯉のぼりの仕上げのペンキ塗り。

サンプルと下地三昧だったのね・・・ただ後もう1つあって、今構想中なのが、カワウソの時計・・・まだ下絵の段階で、何処に時計を入れるのか?・・・って話で、それとキャラ的に果たして可愛くなるか?って言うものもあるし、それが実現可能か?なんてのもあるのね。

金銭的にも、時間内にも、出来るのか?って。


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中学生教室とサンタのリースの下地

2023-04-01 01:40:38 | モザイクタイル教室

今日は朝から中学生教室。自宅で下絵を写したものの、大作をやった事がある人なら判るんだけれど、こんな事になるのね。

リアルに写せば写す程、訳が判らなくなるのね。そこで、これを同じタイルを使うような濃い部分を塗って見ると・・・

別の場所だけれど、少し判りやすくなるのね。そこでこの場所を集中的に終わらせた後に、次の色に・・・ってやると、悩まなくて済むのね。ただ常に良い事と悪い事は背中合わせなんで、良い事がそれなら、悪い事はずっと果てしなく同じ色の繰り返しになるのね。単調って感じにね・・・。

そんな中、更に良く質問されるのが、こんなに細かく判らなくなるほど必要ですか?って言われるんだけれど、例えばそれなら、楽譜なんてあんなに細かく色々あったって、出来る訳無いから、最初から要らないじゃん・・・とは言わないのね。だから出来ようが出来まいが楽譜は一緒なのね。

つまり最高な楽譜のような、最高の下絵にしてあるとするでしょ。そしたら、それが出来るかどうかは別にして、それを何処まで出来るか?は、その人の腕次第であって、出来る範囲になるのね。でももし適当な下絵だとしたら?出来ない人は、それでも良いかも知れないが、もしもうちょっと出来たと

したら?・・・手を抜く事になるよね?それが質を落とす原因の1つなのね。だから、リアルに似てるって言うコピーみたいな場合は、いかに繊細に写すか?は必須なのね。ってそんな後は、コーナンで鯉のぼりの下地とサンタの下地彫り。

鯉のぼりは、おかみさんから2組頼まれたんだけど、サンタの下地もあるし、それならついでにもう少し彫り下げようかなって。気にならないけれど、どうせ行くのなら・・・って。その後、アトリエに戻って切り抜き。

そうそう、冒頭の画像ね・・・それが大家さんが、前々からこれ俺の家の方が目立つんじゃないの・・・って言われていて、まっそりゃそうなんだけど・・・ってそんな訳で、こんな事になったってご紹介だったのね。


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