katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

中学生教室とDucatiのモザイク

2020-05-31 02:30:39 | モザイク作家
朝、棟梁から電話があって、このコロナの状況下では今後の開催は難しいとの事。更に仏像彫刻や木彫が一年間中止になったらしく、足並みを揃える事になった。残念だけれど、致し方無い。正直、こう言う事も想定はしていたのね・・・

恐らく完全に落ち着くなんて言うのは、そう簡単な事では無く、そもそも解除になった事で、一層難しくなったのは確かなのね。例えは、あのままの状況なら、自宅待機と言う事になり、中止になる事を判断する必要は無い。けれど、解除となると、自己責任の自己判断になる。

そうなると、リスクを負う事になるのだから、かなり厳しい話になる。更に言えば、一番人数が少ない俺の場合、他の先生の様子に合わせる事になる。つまり選択の余地は無いと言う事になる。だから、こちらから何も言う事は無く、他の先生に歩調を合わせるのみ。そうなると、この選択はある程度予期は出来た話。

残念だけれどね。そんなこんなで中学生教室。これに付いても、自己責任や自己判断って事が付きまとうので、こんな最中に・・・なんて声が出てしまう事を考えると、やったってお知らせだけで、あえて落ち着くまでオープンにしないままで・・・が良いだろうと考えるのね。正直、大変な事になってしまった感じなのね。

何しろどう考えるか?は各々の取り方次第で、宿題だから・・・って言う事でも、人に寄っては消えているお教室がある中なのだから、それも賛否両論だろうし・・・。しかもこれからは、全ての事に見えない順位があって、何を選択するか?が問われる。例えば、生きる事に絶対必要な順位・・・食べる。

これを買いに行っても揃えるのか?それとも信用だけで配達を待つのか?ここで外へ出る機会が出来るのと、出来ない差が出る。この趣旨が食べるって意味なら、食べられれば良いから、外出する必要は無くなる。けれど、外に出ない・・・の出ないのなら、自らの意志で選択した事になる。それが出られない・・・だと、

一見選択はしていなくて、仕方ないから・・・と言う事になりそうだけれど、実はそこも選択しているのね。何故なら配達だけで、足りなくてもその中でやり繰りするか?と考えると、またそこにも足りないから、買い物に行くか?行かないか?の2択になる。ここで行かない・・・を選択するのなら、出ない、行かない・・・これらは

はっきりした意志が伺えるから、一貫していて判りやすい。けれど、足りないから仕方ない・・・結局何かのせいにして、だから・・・を付けて仕方ないって選択をした事になるのね。本人の意識は無く。何故なら、そこで無いは、無いなりに・・・と言う選択があったはずなのね。そもそも足らないから・・・となった時、

配達と買いに行くの2択の意味の違いは何か?と言う事になる。これをもし安全と不安全って区別なら、出ない事が安全で、出る事が不安全になる。けれど、それなら安全を取ったのなら、足らないものがあっても仕方ないはずで、足りない・・・って言う事が不安全を選択しないとならなくなる。あくまで安全を取るのなら、

それでも出ないを選択すべきで・・・。でも生きる事に必要な選択なのか?となると、栄養のバランスなんか考えると、足りなきゃ欲しいし、けれどそこで危険を冒す事は本末転倒と取るか?も決めないとならないが、そんな重大な事を決めている意識はほぼ無い。こうやって1つ1つの事が、何をやるにも問われる事になり、

理不尽な事に、それを守れば必ず救われて、守らないと感染してしまうのなら、判りやすいが、必ずそうとは限らない。何故なら、経済を回す為、生きる為の収入を得る為に、外に出ないとならない人が、家族の中にいれば、そのリスクを背負って外に出ている事になり、例え買い物に行かなかったとしても、

感染しない保証は何処にも無い訳で。厄介な話である。この話は生きる為の食事の話だから、仕方無いって言いやすいが、ステップなにがし・・・みたいにくくられていれば判るだろうが、俺は何番目?って事になると、冒頭の選択の無い下の立場になる。ならば、その中で生きなければならないだけの事。

ただこれは、じゃどうする?って言う事が自分だから良いが、安全、安心を取ったお客さん側を考えると、単なる趣味なら、楽しみが1つ減っただけの事なんで、代わりの楽しみを見つけられれば良いだけだと思うのね。しかし、もしそれ以上の何か?があったとしたら?それを無くす事はかなり大きい穴になる。

単なる趣味、単なるモノ作りの時間、単なる1か月に1回の3時間・・・これなら、材料さえ揃えば、たった3時間の事・・・いくらでもやりようはある。けれど、それ以上な事だったのなら?こちらとしては何らかのアシストをしないと、気持ちが切れる・・・それが一番厄介なのね。関わらない時間って言うのが、

発展途上では確立する前に積み上げたものが錆びてしまう。これがある程度、技術が確立していれば、また元に戻す事は錆びたら研げば良いだけで、確立したか?しないか?って言うのは、まだ包丁になっていないって事だから、火を入れて叩かないと、ここまでやって来たのに・・・って事なのね。

それを離れていて何かアシスト・・・となると、やれる事は気に関してのみ。気って話が、何らかの気分を高めたり、静めたりするのなら、やる気に火を付ける事になるだろうし、ただ思い付きで何かをする事を止める事も出来るだろうし・・・。簡単に言えば、今、物凄くやりたい・・・って人は、張らなくて良いからじっくり構想。

別にやらなくても・・・って言う人なら、コースターで良いから素敵に作ると良いのね。もっと言えば、モザイクじゃなくても良いのね。習っていた人が、モノを作るって言う時間を失うと、時間が経てば経つほど気持ちを失って行くものなのね。生きる為の食事のように、必ず・・・ってものじゃ無いから。ただね、災害時のような

もので、最初は衣食住が一番大事。けれど落ち着いて来れば娯楽が必要になる。これが単なる先方が配信したモノを見る聴くだったり、ゲームのようなものだったりすれば受け身なのだけれど、作る・・・って言うのは、答えの無い事を考えなきゃならないのね。

つまりこの先の事を考えずに、その時間だけは夢中になれる・・・そんな楽しみがモノ作りだったりするのなら?その気持ちが維持出来るのなら、別にモザイクじゃなくても良い・・・って覚悟までしちゃうのね。もし本当にあけない夜は無いのであるのなら、あけた時に必要とされるように準備をすれば良いだけで。

こちらとしては、その時間が他の事をする時間になる・・・と切り替えて行かないと、無くなった・・・って事ばかりだと、気持ちが削られる。ただ、幸いな事に今やる事はあって、ある意味、余裕も左程無いので、マイナスな気持ちが多少なりともあっても、前に進める。そんな中、当初から言っていた、今月いっぱいやった後、その残りから・・・そこからが本当の制作になる。

まだまだDucatiのモザイク

2020-05-30 07:55:53 | モザイク作家
今日は、制作して初めて立て掛けて掃除をしたのね。理由は、明日しばらく振りにお教室があって、このままでは流石に人を迎えられる状況では無いので・・・。そんな訳で、掃除がてらに。そんな訳で、ついでに綺麗にして進行具合のご紹介。この画像の後ろにドアノブが見えると思うんだけれど、縦は若干小さいが、横は完全

に作品の方が大きいのね。こう見ると、今月を後2日残してここまで終わっている事を考えると、まずまずだと思うのね。ただ単純にこの日数を倍にしたらバイクは終わるとしても、バックに目地に額となると、まだまだ油断は出来無いし、楽な話では無いのね。そんなこんなのここまでは明るい時間の話で、片付けの後もやって・・・


今日はここまで。

今日もDucatiのモザイク

2020-05-28 23:12:16 | モザイク作家
今日もDucatiのモザイク。まぁ毎日左程進まない状況では見ていても退屈かも知れないけど、一応新展開で、ちょいとボディの赤を入れて見たのね。これで随分とバイクっぽくなって来たと思うんだけれど・・・。しかし、ちゃんとやっているんだけれど、中々進まないのね。けれど、それでも割とバイクらしくなって来たのね。

またまたDucatiのモザイク

2020-05-27 23:33:32 | モザイク作家
今日もまた丸々1日Ducatiのモザイク。地味に進んではいるのね。ここの所、随分と上の方に手を出しているのは、椅子のクッションを肘当てに使った事で、肘が痛く無くなって、這いつくばった感じで出来るようになったのね。それで随分、前の方まで出来るようになった事で、かなり攻め込めるようになったのね。今日は結果のみ

かな・・・膨らませる話が無いのね。しいて言えば、すーさんから冷蔵庫が貰える話が出て、アトリエに設置なんて事が近い内にあるかも・・・って位かな?

またまた今日もDucatiのモザイク

2020-05-27 07:45:25 | モザイク作家
今日もまた丸々1日Ducatiのモザイクなんで、結果報告的なお知らせになっちゃうんだけれど、ちょっとだけ違う画像が見せられるのね。それが先日やった33Tokyoさんから、完成の画像が送られて来たのでご紹介なのね。


これが渋谷にあるのね。施工の時はまだドアも無かったし・・・素敵になったのね。更に解除になったし、営業も大変だろうけれど、ひとまず何より。そんなこんなで、Ducatiって事に戻ると、質の満足感はある。けれど、終わるか?って安心感となると、まだまだ果てしない感じがあって、終われるって気にはまだほど遠いのね。

ただ、全然余裕は無い癖に、何処か違う自分が、まぁ良い線行ってるじゃん・・・って思っているのね。例えば、夢中でやっていると時間の経つのは早い。だから当然、発するセリフは、もう、こんな時間かよ・・・になる。こんな時は充実している証拠。つまり焦っていないで、このセリフを言っていたのなら?質に心配はない。な

らば問題はスピード感になる。それをただがむしゃらに頑張る・・・なんて一体いつまで持つのかな?って話なのね。余暇も娯楽も休日も無く・・・しかも病は気からなんて言葉があるのなら、まず気を何とかしないと・・・になる。気が張る、気の迷い、やる気、根気、覇気、・・・何でも気なのね。だから、気を安定させてなんとかい

つもの通りにしていたいのね。そんな中、実家でお袋が気が滅入る・・・って言うのね。ん・・・そうだな、そろそろそうなるな・・・とは思っていた。いくら仲の良い夫婦であっても、外で人と触れ合う事も無く、話題と言ってもテレビの中の話ばかりじゃ、話が膨らむはずも無い。そこで孫にテレビ電話でお話をさせたりもしたのね。

そうね、孫の威力は生きる励みにもなるだろうしね。ほんのひとときでも喜ぶだろうし・・・と。ただそれは単なる飴にしかならないのね。当然ムチってものも必要になる。そこでこんな話をしたのね。恐らく後ろ向きな人は必ず、だけど・・・って言葉を言うはず。だから自分の日常のだけど・・・を取り締まる。言わない様にと。しつ

こくしつこく。そうね、ため息ついた時、ため息ばかり付いていると、ため息袋が満杯になるよ・・・なんて感じの話。それを本気でやると、あっまた言っちゃった・・・って感じになるのね。そう言う意識があるだけで、1日に何回も言う自分に気が付く。ほら、ここでもまた気なのね。そうすると、その意識が、何度も言っている自分

に苦笑い出来ちゃったりするのね。その苦笑いこそが自覚になる。本当だ・・・ってね。そうなれば、言わないようになるし、言ったとしても自覚を持ったんで苦笑いでも笑えるようになる。そうなれば、そうそうだけど・・・ばかりじゃ・・・と、昨日とは何か違った事をしようとする。つまり行動が変わる。だから意識を変える事で、行

動に変化・・・って事になるのなら、まず意識を変えないとになる。仮にそんなの当たり前じゃん・・・って言うのなら、じゃそんな時どうしてます?って答えられたリするだろうけれど、そもそも答えられるような人は、そんな話題にならないし、仮に答えられても、その人のやり方であって、万人受けするかどうか?も判らない。けど

ね、・・・けどだわ。けどね、の後がその人の本音・・・けどね、だけどを言わない様に取り締まる・・・これは子供でも出来るし、お金も掛からない。まぁゲームみたいなもんだから、試した所で薬じゃ無いから害は無いのね。もしそれで、苦笑いまで到達したら、次はそれから脱したいんだけれど、根が深いものでね。何しろ後ろ

向きって。そこで嫌な事に折角って言葉を付けて見るのね。例えば、折角雨だし・・・折角売り切れなんだし・・・みたいな。正直、馬鹿馬鹿しいんだけれど。でも、折角を付けると、何とかしなきゃ・・・的に、前向きにならないといけなくなるのね。例えば、折角雨だし、先日買った傘とお洒落長靴で買い物行こうかな?みたいな。

気分なんて、気の持ちようだし、何か気ってものに振り回されないように・・・なんて思うのね。そんな事を踏まえて、気って事でこのDucatiのモザイクに戻ると、これには色々と今までに無い事が含まれていて、作品作りってくくりを自由演技と規定演技に分けると、決まりのある規定演技の作品になる。似ているかどうか?

と。しかもその大きさはユーミンママの壁画に匹敵する大きさ。悩む所が全く違うし、掛かる負担も全く違う。納期がある無しでも大きく違うし、あの頃はお教室ありきの中での制作で、今回は全く無しの中。こうした違いの環境の中で例え同じ人物の制作であっても、必ず同じ満点を取れるとは限らない訳で。だって一流の

フィギュア選手だって、規定で落として挽回とか、規定で良い点出して、スレスレ巻き返されて・・・とか、あるでしょ?2つ揃うなんて中々有り得ない事だったりする。だから、安心なんて何処にも無いのね。だから初物的な作品になる。でも例えば湯婆婆の作品だって、1m近くあって、似ているか?似ていないか?の規定演

技。だからDucati側の規定演技だけれど、笑いながら似ているぅ・・・って言われる作品。勿論中には、凄いって言う人もいるけれどね。でもこれは本物みたい・・・って表現にならないと評価を下げるような作品。同じ似ている側の規定演技でも、まるちゃんとゴルゴ13くらい違うのね。同じ漫画でも、デフォルメとリアル。今回

のDucatiはゴルゴ13のような感じにならないとね。って思うと、今までとは違うスタイルになるし、今までとは・・・って参考にならないのね。スピード感とか。モザイクをするって点では一緒でもね。そうすると、当然心持ちって点でも変わって来るし、コロナの中って言うのでも環境や状況やは大きく違うし、だからこそ作るのは

常に自分であっても、今の自分はどんな感じ?って言うのと、大抵俺は?って傾向と対策的な事は必要で、こんな時、俺はこうなるだろうから・・・みたいに、心の準備をしときながら、簡単な場所ばかり進めないで・・・とか、パン、おかず、牛乳の三角食べなのか?はたまた攻撃は最大の防御なのか?みたいに戦略を立てて、ど

う言う展開になったら、こうする・・・こうなったら?こうする・・・みたいに詰将棋的になるのね。しかも6月いっぱいって納期が決まっているから、どう詰んでいくか?
みたいになるんだけれど、その1か月間にどんな気分になるか?・・・作っている人は変わらず、腕も急に上手くなったり、下手になったりはしない。だとしたら、変

わり得るものは気。こればかりは、ちょっとした事で大きく変化してしまうし・・・人は感情の生き物だし・・・。けれど、そんなのコントロール上手く出来たら、もはや親鸞聖人にでもなるつもりかっ・・・みたいな話で、ただ、なるべく安定感を保って・・・って話。こんな事を気にしてやっているってっお話。

今日もDucatiのモザイク

2020-05-26 07:47:45 | モザイク作家
今日も変わらずDucatiのモザイク。段々バイクっぽく見えるようになって来たし、朝アトリエに入っても大きさには慣れて、ビックリもしなくなった。最初この木をアトリエに入れる時は、四苦八苦して2階に上げて、台に乗せるのも大変だったし、何しろアトリエを行き来するのも、やっとやっとで、正直生徒さんが来ないから成

立しているだけで、どうやってやろうかな?なんて思ったりもしていたのね。でもこうしてここにあるモノ・・・って事になっちゃうと、その中でやって行くしか無いから、こう言うもんだ・・・って事になって行くんだろうね。慣れるって言うのはそう言う事なんだろうなぁ。ただ慣れるって、これもまた良い事ばかりじゃ無くて、こうし

た大作って果てしない場合、いつ終わるか?ってはっきりはしないし、何しろやるしか無い・・・って続くと、曜日や日にちや時間の感覚が鈍り、今日だか昨日だか、毎日がデジャブのようで、メリハリは無く、しかも夢中でやっていると、もう夕方なの?って感じで、しかもこのコロナの中、自炊なんか始めたんで、夕飯の支度なん

てしないとならない。そんな俺でもこの期間ずっとやっていると、最近はきんぴらとか肉じゃがが作れるようになったのね・・・何か笑っちゃうでしょ?知っている人なら、そんな事するなんて有り得ない・・・昔なら毎日はす向かいのお弁当屋さん・・・そんな感じだったから。でも、何か変えないと、自粛なんて中では、不便にな

る事ばかり。勿論、普段の生活って点では、普通の人なら、食事なんて事1つ取っても、奥さんがいれば、バランス良い食事なんて言う事があったり、えっ?今日もこれ・・・なんて、同じモノを食べるなんて事も無いだろうし、趣味とか楽しみなどがあったり、何らかの娯楽を持っていたりするだろうけれど、元々そう言うものが無

い俺の場合、それに匹敵するモノが、ホームセンターなのね。生活の一環なんて考えるとね。そこだけは俺の生息する場所としては大事だったんだけれど、10時から5時で、DIYのコーナーは禁止では、必要なものは買えても、加工出来なくては、何の役にも立たないし、こんな状況で職人さんってどうしているんだろう?って

考えちゃうのね。話は戻って、俺でもこうして不便な気分になるのね。それでどうして自炊に繋がるか?って言うのは、普通に生活していた人は、お母さんなら朝と夜は作っていたと思うのね。それなのに今は全員分を毎食となると、増々増えたとなると、負担が増える事になるから、元に戻りたい・・・って事になるし、逆に作り

応えがあるって言うのかも知れないけど。それと比較すると、俺はずっと作っていなかったのだから、作る事で新鮮さの方を取って作る事にしたのね。勿論不便と感じるし、けれど、そんな事しかやれる事無いし、スーパーに買い物はみんなやっている事で、理不尽な事では無さそうだしね。ただ作っていて思うのは、これを

毎日、毎食やるって、大変だわっ・・・ってつくづく思うのに、これで献立って・・・栄養って?・・・しかも腕が無いと作れないしね。そんな大変なら、やらなきゃ良いのに・・・って俺・・・って事になりそうだけれど、この不便さも、最初のアトリエの不便さの話と同じで慣れるもので、新しい事をやるのは億劫だけれど、考え方1つで、

新鮮だったりもする。日頃ならスーパーに行ったとしても、お惣菜のコーナーしか行かないのに、キャベツを買ったりする訳で。何か不思議な感じなのね。ただ出来ると嬉しいし、こんな事はモザイクでは忘れていた感覚だったりする。最初ってこんな感じなのかもなぁ・・・って。何でもこうしてやって損は無いし、きっとその

経験が役に立つ時があるだろうし・・・今しか出来ない事探しなのかもって。

Ducatiのモザイク

2020-05-25 04:44:36 | モザイク作家
今日は丸々1日Ducatiのモザイク。そうね、こう言う大作はユーミンママの壁画以来かな・・・?ただあの時とは違って、規定演技。オリジナルとしてデザインを考える事は無いけれど、そう・・・けれど。けれど、何があるか?となった時、当然何処まで似せられるか?になるが、そうする為には?となると、月並みだけれど、穴の空く

ほど良く見る。って言うのは当たり前なんだけれど、そう言う事にも増して大事なのは、作る姿勢と作戦みたいなものがあって、それはスポーツでも囲碁将棋のような事でもあったりするのね、俺の場合はね。例えば、ピンチの後にチャンスあり・・なんて言葉があるが、何故?そうなるの?って思ったりすると、それは精神的な

ものだったりする。つまりピンチのまま押し通されれば負けは確定する。当然相手は行けると判断するから、持っている力の全力を使う。いや、それ以上だったりもするだろうし、そこに観客の声援の後押しが加われば、更なる見えない力が加わる。当然劣勢や防戦一方なんて事になる。引けば増々押される事になる。そし

てそのまま押し切られればそれでおしまい。スポーツとはあっち向いてホイみたいに、あざむき、いかに相手に諦めさせるか?なのだから、戦意を喪失させられれば、押すのは簡単。所が万に一つの確率で、勿論それには相手の失敗など、アシストが必要だけれど、そこをしのぎ切れる事がある。それこそがピンチの後にチ

ャンスありに繋がる事で、それによって、一度は諦めかけていた気持ちのしのいだ側と、行けると思って全力でも攻め切れなかったと言う後悔すら感じる側の立場逆転の構図。そうなると、勝てなかった・・・と言う気持ちを抱えて今度は、守らないとならないし、逆に一度は諦めかけていた事が、無かった事にふり出し以上

の気持ちになったりする。こんな事が気持ち一つで起こったりする。これがスポーツって事なんだろうけれど、実はモノ作りも大作となると、まさにこれに該当するのね。要するに長い時間向き合う事になると、行けると思う事もあれば、果てしなさに諦め掛けたり、挫けたり、触りたくない事もあったり、どうしてこんな事にな

ったんだろう?と後悔したり・・・。つまり、向き合っている時間の長さは、環境や状況が季節のように変化する。飲み物1つにしても、暑いから・・・と冷たいモノを飲むだろうし、寒いからと暖かいモノを飲むようになるし、寒ければ手がかじかむなんて事もあったりする。暖かかった時は、手の痛みを感じ無くても、寒いと衝撃

が大きかったりもする。つまり同じ時間をやるにしても、環境だけでも同じ痛みにはならなかったりする。更に楽しくなる事が起きた場合と、辛い事があったり、自分に無くても、知り合いが困ったりした話を聞いた事で、感情移入をすれば、当然親しければ親しい程、ダメージが大きくなる。これがコースターや鍋敷きなら、3

時間内で終わるだろうから、そう言う影響を受けずに制作出来る。じゃこれをドラマの撮影なんかにして例えると、一話完結なら、2話目に髪をカットしても、美容院行ったんだぁ・・・って言う事にも出来るが、続きものだと、1日を2話またいだりする事があると、つじつまが合わなくなってしまう。これもまた同じ事で、短編なら

いちいち気にせず、その場の思い付きでも何とかなったりするけれど、続きものは、前後の繋ぎを考えなくてはならない。それが大作と小物の違いだとして、つまり大作は、自分の気持ちの変化に大きく左右されるもの・・・と認識して、1人スポーツなんだって気持ちでやったりするのね。つまり調子が良いから進むとか、気

が乗らないからやりたくないとか・・・では無くて、コツコツってね。それが仕事なら当たり前かも知れないが、それなら趣味では?それよりも気持ちが楽になるだろう。ただ楽になるのなら、余裕があるはずなんだけれど、そう言う理屈が通らないのね。何故か?と言うと、ある程度、強制みたいな見えない力が働かないと、中

々、自分をコントロールするって言うのは、ダイエットみたいなもので、ジムに通えば塾と同じで、やりたくないな・・・と思っても、強制力が働く分、結果は出やすい。けれど、1人でダイエットや勉強って言う事になると、余程の決意的なものが無いと誰にでも出来る事では無くなるのね。つまりプロは仕事って言う縛りがあっ

て、やらなきゃ・・・となれるが、趣味って場合は、それ以上の何か?を持てないと、まっ良いか・・・って簡単にやらなくても良い側に付けるのね。ある意味、プロよりも気持ちを作らないと難しいのかもね。ってここまでは、そこそこ単純な話なんだけれど、じゃプロは本当にそんな事だけ?となると、プロでも同じ事を毎日続ける

職業と毎回自分否定みたいに、新作を出して、また新作を出し、自ら旧作にしてしまう行為。この繰り返しは、まぁ追い込まれる事になるのね。しかも時間は限られたりするし、生きる為に予算の範囲内にしないと、継続出来無きなる訳で。良いモノが作りたい気持ちと、生活って狭間の中、何処まで折り合いを付けるか?って

ね。もう矛盾だらけ。これが気持ちって言う葛藤であり、いちいち気持ちでグラグラしていては、長い時間の中で、普通であっても色々あるのに、更にこんな事をもプラスしたら、気分良くなんて待っていたら、いつまで経っても終わらないのね。こんな事が気持ちって言う事の精神論的な事。だから極端に言えば、チャンスも

来なくて良いから、ピンチにならない様に防ぐ。そうすればいつも通り・・・みたいな安定感があれば、後は腕は裏切らない・・・って事に繋げられる。ただ腕は切る張る行為であり、動作みたいな話で、新しい事を生み出す為には、構想って言う常に考えるって行為が必要になる。って言うのがオリジナルのkatsuって言う人の

やり方であるのなら、規定演技の今回は、新しい事を考えるのでは無くて、どう終わらせるか?考える・・・つまり戦略になる。所が、そんなの何処からやっても、張る数は一緒じゃん・・・って人は、家事1つにしても、とっととやっちまえ・・・で終えられるんだろうけれど、上手く1日を回す人には無駄が無いもので・・・。例えば、外

食なんかに行っても店員さんの動き1つでも、お茶を出してオーダーを取って帰る人と、帰り際に食器を持って行く人とでは、はっきりとした差が生まれる。昔、タイル屋の修業の時、言われた事のみしか出来なかった頃、お前は飯食うぞって言ったら箸は使わないのか?って言われた。それがいつしか、お茶も用意しないと・・

になり、片付けるには一番最初に食べ終わらないと・・・となり、それは習う事でも、教わる事でも無く、気が利くかどうか?また気の話。気分だの、気持ちだの気なんてもんに左右されたくないのなら、受け入れて、俺は左右されるから、この長い道のりをどうこなして行くか?って考えるのね。その時に必ず自分の中に楽な場

所と、ここは辛いじゃんみたいな場所があり、甲乙丙丁ってものがあるのね。これを見余らない様にして、まずは最初から失敗したく無いから、安全な所で、始めるよ・・・って気持ちを整えて、元気なうちに厳しい所を責めるのか?まだ楽をするのか?みたいに自問自答になるのね。そんな中、今回は今月は強化月間にしたの

ね。厳しく攻めるってね。でもただやっていても、時間が解決なんて事じゃ無いのね。何処をどう攻めるか?こんな細かいパーツを隣同士キリが良いから・・・なんて、やっていたら、ピンセットで張ったばかりのパーツを倒したり、ボンドで隣のタイルを持って来ちゃったり・・・3歩進んで2歩下がる的な事になる。そこで少し離

れた場所に壁を作り、固まるまで放置している間にまた違うブロックへ・・・みたいに、それは囲碁将棋のような、時には戦国時代の陣形にも思えるようなある意味、戦略を立てて・・・そんな感じに進めるのね。それを漠然とやると、難しいゾーンばかりだったり、簡単ゾーンばかりだと、ピンチの後にチャンスありがあったり、

逆の立場になったりするもので・・・。子供の頃に習った、パン、おかず、牛乳の3角食べみたいな・・・とは言え、子供の頃はそれを知ってても、そもそも好き嫌いが激しいからおかずは残したけれどね・・・。いずれにせよ、出来るのなら淡々といつも通り・・・みたいな毎日の繰返しをしていたら、終わってた・・・って逃げ切りたいのが本音なのね。

Ducatiのバイクのモザイク

2020-05-24 07:40:43 | モザイク作家
今日は午後から野暮用があって、それまでの間、ちょこっとだけ進んだのね。何しろバイクの下部って言うのは機械類が多いのね。これがボディやら座席やフレームと言った大きいパーツになれば、切らなくても良い部分になり、スペースを埋めるスピードも上がっては来ると思うんだけれど、何しろ今月は下部強化月間

って感じで、左程進まなくても良いから、厳しいゾーンを出来るだけ責めて行く・・・何しろその後には、あの細かさのエンブレム的な文字もあるし・・・残された日にちで何処まで追い込めるか?・・・って感じなのね。何しろこう言う規定演技はこうじゃ無いと・・・って決まりだらけ。ん・・そうね、例えば料理のさしすせそ・・・な

んてあるんだけれど、それは料理の基本としてのルールで、きっとおいしく作る事を目指していた先人がこうしましょう・・・って言った決まりだから、そうするとおいしく作れる方向に行くんだろうね。だから初心者はその通りにやると良いのね。その当たり前の基本は、料理人さん達プロもきっとやってて、その基本をより忠

実に、しかもスピーディに、きっちりこなせるんだろうね。だから、根拠があるのね。その行為には。所がその料理人さん達は、口を揃えて必ず料理はひと手間とか言うのね。つまり手間が掛かるのね・・・美味しくするには。ここね。でも、日常のお母さんは、毎日なのね・・・賃金が発生せずに。つまりそのひと手間が邪魔なの

ね・・・出来れば減らしたい。そうすると、一番手間暇なんて掛けたく無くなるんだから、基本だのルールだのって言うのが一番邪魔。だから、そう言うものを無くして行くものがあって、出汁なんて料理人さん達なら命くらい言いそうな事を顆粒でとか、後片付けは食洗器とか、便利な事が増えたのね。じゃ昔よりも時間が

短縮されたのだから、さぞ昔よりも時間が取れるようになったね・・・と言うと、その浮いた時間は外で働ける・・・に使うと、文字にすると、楽をしといて、苦労しに行く・・・みたいになる。やる事が増えただけになる。逆に言えばプロの人達は、その事しかしないから、出汁に命を懸けようが、洗い物や皮むきの雑用は下働き

が修業としているし、家に帰って洗濯も掃除もしなくても良かったりする。だから身の回りの事をしない分、手間暇に行けるって仕組みだったりするのなら、プロとお母さんのひと手間の差は大きい。こう言う事が常識だった頃は、ハッキリしていて判りやすかったけれど、こう言う考えはほぼ壊滅的になったんだろうね。昔

で言う安物買いの銭失いって言うのなら、100均なんてダメだろうし・・・けど、昔の安かろう悪かろうは、今は悪く無かろうになってて、何か作ろうと思っても、全ての道具を揃えるには・・・になると、ハードルは高く、お金も掛かって諦めれば、大きくプロとの差は開くばかり・・・。だったものが、意外と簡単に安く手に入る

と、また元に戻って、それなら後は腕じゃん・・・になる。じゃ腕って何?って言うと、またひと手間に戻るのね。でもここが間違いやすいのは、ただ時間を掛けても上手くはならないのね。今時、昔のうさぎ跳びしている人はいないでしょ?あれじゃね・・・つまり、根拠を持ってして・・・長々やるんじゃ無くて、長く続けるのね。うさぎ

とかめにならないように。コツコツ。けどね、そんな当たり前の事が出来ないから、継続は力なり・・・なんて言葉があるんだけれど、その地味なコツコツには華が無いから、はしょりたくなるのね。だって地味なんだもんって。大抵モノ作りってお手軽簡単で始めようとすると、ここでつまづくと思うのね。んで、結局料理だと、

料理本だったり、テレビの番組だったり、今ならクックパットがあったりして、この通りやれば、そこそこ出来たりするんだけれど、それって先人が沢山いて、需要と供給のバランスが良いから、洗練されて行くし、興味が無い人へも、まさかのこの人が・・・とか、お洒落にとか、有名人とか、あっという間にとか、スタイルを変

えて、色んなのがあったりして・・・じゃモザイクは?となると、お手軽簡単ならいくらかはあっても、その本を1500円とか2000円出してまで、それを作りたい?って言うと、そこまで魅力を感じ無いから、料理本のように発展しないし、必需品って感じも無いと思うのね。やっぱワクワクしないと。けど、最初は出来たらラッキー

って感じなら、謙虚に進めるけれど、ついつい道具だ本だ、材料だ・・・と揃えたものの、その見返りがこれ?ってなると、結果にとらわれ過ぎると、楽しくなくなる。だから、まずは楽しむ事になるんだけれど、どうしたら楽しいか?がいきなり結果だとね・・・、そこで結果重視ならそれでも、じゃ時間ね・・・と引き換えにすると、労

作展の子供達のように、最低100時間にしてくれれば、初めてなのに?こんなに?って作品になるって話。おっと話を戻して、規定演技って言うのは、肉じゃがとか、きんぴらみたいに、先人が名前を付けちゃったようなモノだから、これを作る為には、これが必要っていう基本がある。そこに達者な人は、これも入れちゃえ、こ

れも・・・と足し算にする。そもそも引き算しちゃうと、必要最低限って言うのが基本の意味みたいなものだから、成立しづらい。って事で、プラスにする足し算はちょい足しでも足した。つまりひと手間って事になる。しかも基本を変えるからアレンジ。ほらこれがオリジナルへの第一歩になる。人と違う方向だから。でもね、こ

こがまた難しいのは、じゃDucatiのバイクのモザイクって肉じゃがレシピのようにあるか?ってなると、結局正解なんて無いし、考えなきゃならないのね・・・全部。こうかな?こうかな?ってね。しかも似て無きゃ似てねぇーって事になるし、あぁ似てるじゃん・・・では、かなり質が低い。そうなると、どんなリアクションが金額相応

なのか?なんて、結局凄い・・・しか安全な表現は無い訳で。けど凄いって言うんだって、バイクはいくら?なんて聞き方は子供みたいな話で、Ducatiだって有名なバイクであっても、100万代から500万超えまである。勿論100万だってバイクってくくりなら、十分高価だと思うけれど。つまりあんまり興味が無ければ、高いとか

凄いみたいな表現で終わっちゃうもので・・・出来れば理想は、えっ?ってこれだけで十分なのね。そんなのを目指したいのね。ただそうする為には、ひと手間だったりする・・・ってまた戻っちゃったのね。料理なら、隠し味なんて言うテクニックとかあるんだよなぁ・・・。


キウイのオンライン教室とDucatiのモザイク

2020-05-22 23:40:21 | モザイク作家
今日は午後からキウイのオンライン教室。そんな訳でその前に必要なものがあって、ホームセンターへ。その足で役所に行って、用事を済ませてからスタート。生で見られないのは残念だけれど、オンラインになってからのキウイは随分と進んだのね。こんな進むと額の方も考えた方が良いのかも・・・それと目地なんかも相談。

例えば向こう岸と湖を濃淡なんて違いが出来たら、もっとメリハリも付いたりするだろうし・・・。手前の大木にしても、結構濃い目なのも良いだろうし。全体的にぼかす・・・なんて選択もあるのかな?ただ色目地みたいな事をすると安くなる気もするし、例えば緑の場所に緑みたいに・・・それは避けたいかな・・・。


そんな後はDucatiのモザイク。良く見ると少しづつ進んでいるでしょ?・・・まぁ進まない。そんな中、遅くまでやっているじゃん・・・と大家さんが夜に顔を出したんだけれど、入って来るなり、えっ?こんなに大きいの?ってビックリしてて・・・これ終わるの?・・・先日のモンゴルのも大きかったけれど、これはこれで相当掛かるよね?っ

て。まぁやるしか無いんだけれど・・・。何しろ昨日お知らせしたように、今月が終わった時点で何処まで進んでいるか?それが貯金の進行具合であって、それがその後の目安になるのね。

Ducatiのモザイク

2020-05-22 00:02:56 | モザイク作家
今日は丸々1日Ducatiのモザイク。これが1700mmもあると、手前から張って固まって行かないと、体を伸ばしてなんか張ると、袖に引っ掛けたりして・・・だから手前をどんどんとやって行こうと思っているのね。と言う事になると、この位で前輪に向かって張り上げて行くって感じなのね。まぁしかし、進みが悪いのね。質は問

題無いと思うけれど。かなり雰囲気あるし・・・。ただ下の部分に剥き出しの部品がいっぱいあるから、ボディのようにツルっとした所よりも時間は掛かるのは仕方無いんだけれど。それとマフラーに桜の花びらがあって、それを桜吹雪みたいに外に飛び出したようにするには、車輪を作ってしまっては入れられなくなるか

ら、今の内に花びらを入れとかないと・・・と、数枚入れたのね。まぁ今回はそんなに数は要らないのね。いくらかあれば十分に雰囲気あるし。そんな中、こうして数日やって見て、質の良さと進み具合を天秤に掛けて、気分って事を計って見ると、悪くは無い・・・けど、そうけどなのね。これがいつものように特別期日が無け

れば、何の問題も無く進めるが、6月いっぱいとなると、今月何処まで進めるか?になると思うのね。それは気分って話だから。何度か触れた事があるけれど、要するに最初にヒットが出るかどうか?なのね。何でもそうだけれど、最初にヒットが出た・・・例えどん詰まりでも、えっ?今のエラーじゃないの?って事だったとしても。

それによって気持ちが楽になったりもする。これが結果として紙一重でアウトになると、失敗を取り戻そうと気持ちは焦ったりする。全部気持ちの話。焦れば結果は出ずらいし、焦れば落ち着いていないのだから、普段の練習通りには出来ないもので、焦った分、はしょったりしてしまう。だから余裕を作らないとならない。そ

の余裕って言うのがラッキーなんて言うのに該当する。所が、そのラッキーには、運も実力の内なんて表現もあって、そうね、そのラッキーを生む為にも、気分良く・・・って言う余裕を作りたいのだけれど、普通なら余暇なんて言うだろうし、ペットや園芸など趣味なんて言うものもあったり、物欲的な事での満足感なんて

言うのもあるだろう。ただ、俺も無い事は無いけれど、正直、今その余裕すらも削られている感じなのね・・・時間が勿体無いなんて感じで。もうほとんど起きていたらモザイク、後は寝るだけみたいに。でもこれでは余裕なんて作れない・・・でも何処かでこの5月いっぱいで、貯金・・・って言う気持ちを作りたいんだろう

ね・・・進んだって言う。だから、5月を無かった事にして、6月からスタートなんて言う、貯金スタートみたいに考えているんだろう・・・と思っているのね。きっと作家katsu的には。ただもう一人の自分の中に休みたい・・・みたいな気持ちがあるんだろうね。それが本来なら、下地を作ったりする事で息抜きになっていた事が、

今はコロナでそこは解放されていないし、そもそも今、それをやる余裕すら無い。って事に気が付いているのね・・・自分が。だからこそ、休みじゃ無い様な休み時間って言うものが必要なのね。そう言う意味では、オンラインの先日のお教室は、教えたりする時間があり、自分も少し進めたり、人に接する時間だったり、今の

環境の中では、失礼になるが余暇って気持ちにもなるんだろうな・・・って気になる。それでもそこは作家じゃ無くて、先生katsuになるから、不慣れなオンラインでの指導が上手く行かなければ、それとてストレスにも繋がるのだから、良い事と悪い事は背中合わせな訳で。ヒット曲が出た古賀さんと、中々ヒットの出ない古

関さんでは、心の余裕は違うし・・・ただ、無い事には気付きやすいが、ある事には中々気が付かず、月並みだけれど、それも知っているから、そうならない様に・・・と思うと、この5月にもっとやっとけば良かった・・・にならぬ様に、今・・・ここが余裕を作る時間ってやっているのね。ただ、流石にただでさえ、コロナで追い

込まれる気分の中、更に追い打ちみたいになるのは防がないと・・・。けれど甘えたら切りないし、追い込み過ぎても、まだ先は長い。ただ1か月なんてあっと言う間だし・・・中々の追い込まれようである。ただ質の良さだけは救いではある。