katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

リピーターさん相席教室

2016-02-29 07:39:05 | モザイク教室
今日は午後からお教室だったんだけれど、枕話としては、昨日の夜に昔馴染みの方のせがれさんが就職が決まって地方に行ってしまうって話で、食事に誘われて外食したんだけれど・・・・それは昔、男の子の2人兄弟で上の子が小学生なんて頃知っていて・・・・。

数年前にお教室に来た時には、その子がタバコを吸っててそんな歳になってビックリしたし、兄弟も増えてたし・・・・。そんな中、昨日はビールを飲んでいて、そっかぁ・・・親子でお酒を吞むってこんな感じなのかぁ・・・・って思ったりしたのね。

そうかと思うと、大所帯の家族での食事も、確かに手伝いとかして貰った時にみんなで・・・・なんて事はあっても、それはみんな大人であって、雰囲気が違い過ぎるのね。そんな中、katsuさん完全に雰囲気に飲まれているよね・・・・遅れるなぁ・・・ってみんなに笑われて・・・。

そうなのね、完全に飲まれちゃったのね。食べっぷりも飲みっぷりも、大所帯も・・・・なのに、今日呼ばれた理由が1人就職で旅立つって・・・。
何だかなぁ・・・ってね。でも、しんみりするのもされるのもどうかと思うけれど・・・・あははははって話。

そうね、昨日の話にも通じる話で、判ってはいたつもりだけれど・・・って話。タバコを吸うならビールだって飲むだろうし、当たり前って言えば当たり前だけれど、そこまで掘り下げなかったんだろうね・・・きっと、そのときの俺もね。

それとそう言うのを見ても、何か昔のイメージがあって・・・・あの子がぁ・・・・ってね。だから自分のイメージを上書きして行かないと、いちいちそんな気持ちになったりするんだろうね。そんな話をかぐやにしてて、それがさぁ、更にそんな大きくなった人に生意気な口を叩いている子がいたのね。

一番下の子がたぶん10歳位は離れていて・・・・あっ、不思議に見えてても、俺も一番下の妹とは8歳離れているから、こんな感じだったのかぁ・・・って。そんな気分にもなってさぁ・・・・もう何もかもがビックリだったよっ・・・・って話をしたんだけれど。

そう言えばかぐやとだって、兄弟くらい離れているけれど、これだけ大人になると別に何の違和感も無いが、高校生と小学生って考えると、俺もこんな時あったのかぁ?と思っても・・・・でも何を話してたんだろうか?・・・・って何か思い出せない。

むしろ仕事を一緒にやっていた事があるから、凄い子供の頃と大人になってからの記憶はあるけれど、何かポッカリ記憶が飛んでいる・・・ってそんな話をしたのね。いすれにせよ、こう言う時にしか体験出来ない事なのね・・・・俺には。

そんなこんなで枕も終えてお教室。もうこの方は困る事は右下の絵に入るまで何も困らないので特に指導らしきものは無いのね。結果の報告みたいな話で、綺麗なモザイクが出来ているのね。何しろソックリに真似ているって言う点では、完成度が高く見えるのね。


そんな中、私のは幼稚っぽい・・・って言うので、こんな説明をしたんだけれど、もし本当にそう思っているのなら、下絵は考えずにコピーをする事をお勧めするし、リアルなモチーフにするべきなのね。昨日も言った事だけれど、可愛いモチーフはどんなに時間を掛けても可愛いって評価になる。

それが下絵の段階で大人っぽいものであると、きちんとその通りに切る事が出来れば、下絵そのものが大人っぽいのだから、完成も大人っぽくなる。
ただモザイクの経験者が技術をきちんと見てくれたとしたら?切っているパーツ1つ1つを見るから上手さを判って貰えると思うのね。

でも一般的には技術うんぬんは判らないのが普通なんで、完成の出来栄えの好みやらリアル感やら、似ているか?似ていないか?って単純な事だったりするって話で、本当に凄いものって言うのは、それも超越してかぐやの作品みたいにモザイクを知らない人でも、凄い・・・って言ってしまう。

そんなものだったりもするが、いずれにせよ見栄えの違いこそあっても、切る技術がそんなに劣っているようには見えない。ただもし評価として自分が見ても上手くなった事がはっきり判りたいのであれば、リアルなモチーフで人の絵で、似ているを目指す事をお勧めするのね。って話。

いずれにせよ、これだけ見る限りでは随分と切る事に慣れた人達に見える。それが感想なのね。

その後、お教室が終わってから確定申告の準備・・・・・何かため息しか出ないのね。何とも苦笑い・・・・。


KAMEYAさん教室

2016-02-28 01:43:28 | モザイク教室
今日は午後からKAMEYAさん教室。それでは初参加の例の棚の方から・・・・自分で目地をして完成したのね。それが中々こんな大きな作品の目地を見る事は無いし、使う道具も本格的にコテを使うので、棟梁は興味津々。まっそんなのも最近の大作の人達の大きさになれば使えるけれど・・・・。

そんなこんなの棚も大きかろうが、やり方をきちんとすれば、あっと言う間に終わってしまうのね。むしろ目地の乾き待ちって感じなのね。
そんな訳で最後の仕上げ拭きは俺がやって完成。本人は何せ妊婦なんで・・・・目地の水拭きを終えたら帰宅となったのね。

それでは、残りのいつものお2人さんは・・・・


まずは棟梁から。ここはほとんど何も問題は無く、イメージは作ると言うより遊ぶになっている。この作品に悩み事は無いし、完成すれば飾れて、可愛い・・・って終わりも待っている。ただ1つ決定的な事は、あのリアルな犬を作ってしまった事。

あれで凄いぃぃ・・・・って作品が作れるんだ・・・・って本人も知ってしまった。そうなると簡単とか、可愛いとかって作品は、本当に心から楽しめるか?となると、どうしても物足りなくなるのね・・・・。何故なら何も決まりが無いから・・・・。

例えばいついつまでにプレゼント・・・・とか、クリスマスに飾りたい・・・・とか、確かにこの作品を今年中に作って来春には飾りたい・・・って言うのなら期限もある事になるが、じゃ他の作品を作らずにこれに専念したとする。それなら簡単に終わってしまうと思うのね。

けれど専念してしまうと遊びじゃなくなる・・・・要するに上手くなった人はチャレンジする作品をするのね。すると構想やら下絵やら、確実にモザイクを始める前の準備に時間が掛かる。それではモザイクがしたいのに、モザイクが出来ないって時間が長くなってしまう。

そこで何も考えなくてもただひたすら切る・・・・ただひたすら図面のように作る・・・・ただ楽譜の通りに弾く・・・・ってスタイルの形にして、考えるでは無くて、その分野の技術に専念をする形にすれば、悩みが変わるのね。

例えば、書道だとして、この字を書きなさい・・・・だと、先生のお手本を見ながら書くでしょ?ほら悩みは技術。上手く書きたい・・・ってね。
じゃちょっと趣向を変える。じゃ、貴方の心の1文字を書きなさい・・・・って言ったらどうする?ほら、悩んだでしょ?

じゃ悩みは何だった?・・・・オリジナルとは自分自身と言うのはそう言う事なのね。そこが判ると、更に書道だと、じゃ心って書こうかなぁ・・・って、安易に考えたフリをして書くとするじゃない?あはははは、たった4画かい・・・・じゃ3秒もあれば終了。

では考えた時間と、書いた時間、どちらが長かった?って話。つまり考えるって言うのは、たったの1文字ですら悩む時間が必要になる。
それでね、更に書道だから数秒だったけれど、陶芸だったら?・・・・乾燥させて釉薬塗って焼いて・・・けれど、続けては出来ない。

完成品は数ヵ月後。じゃモザイクは?ほらね、ずっとやり続けないとならなくなる。つまり1作品に掛かる時間が長いのね。なのに、適当に考えた事を始めてしまったとしたら?・・・・そりゃ果てしなく感じる事になるだろうね。それで最後の更に、上手くなった眼でこだわるのね・・・・。

しかもこのこだわる自分に気が付く事無く、こだわるから自覚が無いからこそ、果てしなさが増したりするのね。

もっと言えば、これは遊びだから・・・・ってね。良く考えて見て?1つのキャラは普通の体験教室と同じ位の大きさだからって考えれば、確実に毎回目地まで終わっているでしょ?つまり3時間X12回の36時間あれば、完成するはずなのね。だって体験の人より確実に上手いはずでしょ?

あはははは、つまり体験の人でも、たったの40時間程度で終わっちゃうようなものなのね。そう時間で計算したらね・・・・。でもね、果たして体験の人が40時間をたった・・・って表現が出来るか?って話で、つまりその時点で無理なのね。そうね、目的意識が無いから。

要するに絶対作りたい・・・・って気持ちは無く、何か良いかもぉぉぉ・・・・・では、果てしなさに負けるだろうね。けれど、これを労作展のように9月に提出しないとならない・・・・となれば、例え初めての子供であってもあぁして完成する。

こんな事を踏まえると、棟梁は必ず完成する。しかも完成度も期待出来る。ただね、じゃ最初に戻ってこの作品を遊びとするのなら、一体どの位の時間を掛けて絵を描いた?どれ位悩んだ?そしてどれ位掛かる?・・・・・ほら段々そう考えれば遊びじゃなくなって来た・・・・。

それを棟梁の表現では、遊びの本気・・・・って言うのね。あはははは。じゃ、この言葉で少し遊んで見よう。俳句のくじらなら理解するには簡単だと思うけれど・・・・ちょいと付き合ってね。じゃ遊びと本気の文字を入れ替えて見て。遊びの本気と本気の遊び・・・・。何か気にならない?

意味が大きく変わる気がしない?この意味のニュアンスが大事な事なのね。スタートが遊びだと思ったのに本気・・・では結果的には本気になっちゃうのね。つまり言い方を悪意を持って言えば、遊び・・・って楽しかったり楽だったりそんなイメージでしょ?それを本気に変える事になるんだから、

砂糖食べて塩食べる・・・みたいにならないかな?それじゃ思い切りしょっぱいよね?つまり棟梁のやっている事は遊びの本気じゃなくて、本気の遊びだと思うのね。何しろ最初からきちんと下絵も取り組んだしね。じゃ本気スタートだったとしよう。それなのに遊ぶ事になる。

つまり切るだの張る行為のモザイクってものと、それを作る為に考える・・・・この2つを比較した時にどっちが遊びでどっちが本気か?と比べれば、明らかに考える行為の方が棟梁には難しかったはず。だから本気で考えて、遊びのモザイクをする・・・・こんな感じの表現が正しいと思うのね。

それが判れば、そう言う事だ・・・って理屈は判ったはず。それで問題なのは、今度は遊びってどの程度の時間で終わるべきなんだろうか?って話なのね。判りやすくすれば、じゃ棟梁の名刺代わりになる犬の作品と比較して見ると、もしこの作品が犬の時間まで掛かったとしたら?どうかな?

もはや遊びとは言えないよね?じゃどの程度の時間なら遊びで済むのかな?・・・・ここなのね。要するに本気ならいくら掛けても惜しくないのに、遊びではそれだけの時間を掛ける事は惜しくなる。しかも果てしなくやっても犬との比較では、犬の評価の方が高くなるだろう。

要するに報われる時間ってものがそれぞれにあると思うのね。それが大作って時間が掛かる作品を作った人は、時間を掛ける事に慣れた人でもあるのね。それは確かに凄い事なんだけれど、それが出来ると、ついつい遊びの作品も時間を掛けても平気になっちゃうのね・・・・。

まっこうして考えても答えが何時間で終わると遊びで、何処から本気なんて正解は無いかも知れないが、大事なのはこう言う事を自覚してやっているか?いないか?なのね。それを踏まえて、この位?・・・・って目安が無いと、大作を作った事がある人が果てしない遊びをする事になるのね。

これがもう一人の方だと意味が変わって来るのね。


この方の場合、思い通りの形に切る事がやっとやっとなのね。それが反復練習のような雲をしばらくやり続けると、慣れて来て1回にどれ位進むか?とか、この位のグレードなら・・・とか、何と無く手ごたえみたいなものが自分なりに判って来るのね。

だから最初の頃とは違って、先生これはどうやるんですか?・・・・これは?・・・・・みたいな回数が減るどころか、もう呼ばなくなる。
これは知らず知らず慣れたからなのね。しかも、これは大丈夫だろう・・・・って判断する目も付いて来た事でもある。

所がその慣れもフイを突かれるような箇所が現れるのね。同じ事の繰り返しをしているとね・・・・例えば、あっ枝だ・・・とかね。その時に、えっと枝は・・・・と何ヶ月もやっていないと、雲とは違うし・・・・と考える事になる。つまり慣れると考える事無くこなすになって来たりする。

それが証拠に枝だってこれだけやっているのなら、特に問題なく進めるはずなんだけれど、急にだからえっ?って思うものだったりするのね。
それはまだ思い通りに切るとか、こう切った方が良いよなぁ・・・と慣れていないって事でもあるのね。

さっきの話と比較すると、この方は全力で切っているのね。しかも下絵は描いていないし、つまり国語の書き取りみたいに点々をなぞっている感じ。
だから切るに専念しているから、何をやっても手馴れていない事だらけなんだけれど、ここで色んな切り方を練習した後に、2.3回で終わるような、

そんな作品をリアルに作って見ると、恐らく自分でもビックリするような素敵な作品が出来ると思うのね。同じぺきぺきの素材を使ってもね。
勿論、さっきの話と比較しても同じぺきぺきの素材であっても、悩みが大きく違う事が判ると思うのね。

上手くなるとか、遊びとか本気とか、趣味とか、全てが意味があって、全てがニュアンスが違うのね。それを間違えると、何だか自分の思っているようなものにならなかったり、こんなはずじゃ・・・・と言う事も起こり得るのね。

いずれにせよ、上手くなるってテクニックだけじゃない・・・・って話。




新作の下絵と例の棚としばらく振りに・・・・ユニディ

2016-02-27 06:46:33 | モザイク教室
今日は朝から昨日の新作の下絵を変化させて行く事から始めるんだけれど・・・・どうしてもこの文字をポルトガル語で、出来れば筆記体にしたいのね・・・・俺の作り方として、お客さんと打ち合わせなんて堅苦しいもんじゃなくて、まっお茶のみ話みたいな中で、趣味趣向なんて事を聞くとね、

今回なら旦那がサッカーって言うのがあって、レッズが好きらしいのね。そこでレッズのエンブレムのスタイリングを頂いて、苗字のお花がメインのマークにして、家族の名前を入れて・・・・なんか奥さんがアンディ・ウォーホルって画家さんが好きらしく、そこで更に調べて・・・・

先日のラフ画にたどり着くんだけれど、ブラジルに住んでいた事があるらしいのね・・・・じゃやっぱポルトガル語のが読めないんじゃないの?普通の人は・・・・英語より今回は雰囲気あるんじゃないの?・・・・って思ったんだけれど、かぐやがいないし、自力でそこそこ調べたんだけれど・・・・

限界あるのね。先日の学校のハングル文字だって、何度か描き直しているのね・・・・そもそも合っているか?判らない事の是正なんて判るはずも無く・・・・けれど進みたいのね・・・・こんな時にエレーナがいれば、聞けるんだけれど・・・・電話で質問するにも、どうすれば良い?

何しろ目の前にいれば聞きやすいけれど、中々ねぇ・・・・ん・・・・そこで、お客さん本人に電話して様子を聞くと、旦那は判ると思うけれど、私は・・・・って言うので、ん・・・・・おぉぉぉぉ、いたいた俺のブレーンにもブラジルに住んでいた人が・・・・・。ユ・ニ・ディ・・・・。

そこで早速ユニディに電話をしたんだけれど・・・・・何しろくじらから聞いていたんだけれど、奴のとこは受験らしく忙しかった事もあって・・・。
最後に会ったのがアトレ・・・・ちょうど良い感じの電話かもなぁ・・・・・って感じだったのね。

すると、ご無沙汰してますぅぅぅ・・・・・・katsuさん何か届きました?なんか気持ち悪いぃぃ・・・・って言うのね。はぁ?何がぁってよくよく聞くと、昨日アップルさんとしばらく振りにアトリエ行くぅ?って話をしたらしく、今日予約の電話入れようかと思ってたらしいのね・・・あはははは。

おやまぁ、じゃ呼ばれたんだね・・・・何せお教室は1年以上振りだし・・・・いずれにせよ、余りに開き過ぎだから、何をしたいか?は連絡してね・・・準備しなくちゃならない事があるしね・・・・ってな具合で予約を貰ったのね。

んで、こっちの用事を聞いて見ると・・・・・まぁザックリといつもながらのユニディらしい説明を受けたんだけれど、私もあんまりアテになんないし・・・・ってな感じだったが、知らないよりは前進。そんなこんなで色々あって・・・・2枚目が左。

更にうさぎにタンポポってメモに書いてあったのを見つけて・・・・・頭に乗っけたのが右・・・・何かなぁ・・・文字があってんのかなぁ・・・?
って気持ちでやってっから・・・・ほら良く見ると、2枚目の下の文字が1文字抜けてて・・・・だから3枚目で是正。

このうさぎとタンポポがティアラに見えてくれて・・・・もう1つ引っ掛かるのが奥さんも旦那さんも白と黒が好き・・・・まさか家族のエンブレムを白と黒って・・・・何かいかがなもんなのかなぁ?・・・・・とも考えたり・・・・ん・・・・・ちょっと休憩だわっ・・・って、


みんなに貰ったチョコを食べていると・・・・ん・・・・箱にSINSEなにがし・・・・・って、おぉこれ良いじゃん。雰囲気あるじゃん・・・と、
また奥さんに電話をして・・・・・えっと、いつ結婚されました?・・・・・それで入れる事にしたのね。

まっいくらか進展あって、気分は悪く無いけれど・・・・やっぱり文字がなぁ・・・・。それでギリギリまでやって、さっ後は明日の・・・って、例の棚のコーキングをやろうとすると・・・・げっ、車にその道具が無いじゃん。ってな訳で危なくunidyが閉まる前にゲット。


コーナーの目地が割れるだろうから・・・・とここにコーキングをして置けば、割れる事は無いし・・・・と、これで安心なのね。
これを明日、KAMEYAさんにいらして自分で目地がやって見たい・・・・って話になっているのね。って訳で準備OK。

仕込みのペンキの補修と新作のラフとさくら教室

2016-02-26 07:08:04 | モザイク教室
今日は午後からさくら教室だったが、3時頃になるとの連絡が入り、思ったよりも遅くなったので予定よりも時間が出来たので、それまでにやる事を広げる事にしたのね。そこでまず先日の東京朝鮮第二初級学校の下地のペンキの補修をする事にしたのね。



こんなに複雑の形の目地をすればこんな事になる。側面に白い目地の拭き残し・・・・その補修をペンキ屋さんの専門用語でタッチアップと呼ぶのね。
それをやって・・・・その後は、次の新作作品のラフ画に取り掛かる事にしたのね。

少し前に打ち合わせに行って、趣味趣向やら家族構成やら、どんな感じの部屋か?とか、色んな事を聞いた事をメモってて、それらを網羅すると・・・・


こんな感じかなぁ・・・・?って言う1枚目の絵が出来たのね。勿論、これで決定では無くて、ここから変化させて行くベースになるものとして。1
そう言う点ではかなり具体的な1枚目にはなった感じはするんだけれど・・・・。まっこれからなのね。

そんな中、さくらがやって来たのね。まっひとまず完成となって目地をしたんだけれど・・・・。今までやったのを合体すると・・・・


こうなるんだけれど、後3つが合体して完成となるのだけれど、さて次は・・・となり、縁取りの色を決めようとするのだけれど、わざわざ持って来て並べているのに、それを忘れて何色にしようかな?・・・・と出して来たのは1cmタイルの紺だったりする・・・・。

こらこら、今までやったのを良く見て・・・・縁取りは9.5mmのタイルを使ってて、更にマットを選んでいる・・・・恐らく俺も昔聞いた趣旨からすると、1年の行事を2ヶ月単位で作って行くみたいな事になり、次は7.8月となり、恐らく紺を選んだ理由は夜だから・・・って理由からだと思うのね。

この考え方がさくらの大きな欠点なのね・・・・えっ?何処が?何が?・・・・まず別に2ヶ月に1つのテーマを作る事には何の問題も無いが、どうやって縁取りを決めようとしたか?なのね。つまりすでに何も相談は無く、もう何を作ろうか?は決まっていて、尚且つその内容に沿って決めようとしたのね。

きっと・・・。その何が悪いの?・・・・ちゃんと考えてやってんじゃん・・・・しかも、その紺にしても真ん中の家紋とかぶっちゃうかぁ・・・と辞めてるじゃん・・・・とでも考えているんだろうけれど・・・・それが俺にやらなくても伝わっちゃっているのね・・・・。

つまりやったも同然で、そう言う考え方を持っていた・・・・って言う事を相手に伝えたって事になる。では正解のやり取りがあったとするのなら・・・?例えば7.8月分のデザインを月見を作りたいんだけれど・・・・?と聞けるとする。それなら質問された側にも選択権がある。

しかし、それでも恐らくほって置けば、縁取りを張ってから、デザインを勝手に描き込んで来て・・・どうすれば良い?・・・・と完全なる後出しジャンケンをして来るはず・・・・それを後の祭りと世の中では呼ぶ。それでは聞かれた側に選択権は無く後始末みたいな話になる。

完全に無理難題になる。所がここも聞かずに何と無くだが判るのは、月見も考えているんだけれど、花火も・・・と実は悩んでいたりしていて、まだ本人が決まっていないから、質問が出来ないし・・・・それで悩んでいると思っていると思われるのね・・・・。このばかちんがっ。

面倒な弟子である。そもそも迷ったら自分のやって来た事を検証しろっ・・・・って何度も何度も言ってあるのに。ただ口すっぱく言っているから以前の作品を持って来た所だけは合っている。ただほぼ置いただけで、自分の好きなタイルを掴んでは見比べて悩んでいる・・・・。

つまり偶然に今日の気分に似合うものを探している・・・・って言うようなフリをしているだけ・・・・なのね・・・・こっちから見ていると。
大ばかちんがっ・・・。何処の何を見るのか?今の気分なんてどうでも良いのね。どうせそんなもん日に日に変わるのだから。

それよりも今までどうしていたか?なのね。何故ならもう1つ前は一体いつの事だか?・・・・って昔に終わった事はどう言う考え方だったか?を読み取らないと、トータルコーディネートにならないから。こう言う合体ものはそう言う考え方では無いとバラバラになる。

これがもし学校の話のような場合、みんながそれぞれの夢を描いて良いよ・・・・と1人1人の個性なんてバラバラなものでも、1つのしっかりした額に収める事で格式なんてもんを上げたりして、まとめたりするのだけれど・・・・ではさくらの場合は?と考えると、さくら1人の作品の集合体。

つまりしっかりしていればまとまりあるものになるのに、しっかりしていないと1人なのにバラバラになる。ただ問題はさくら考え方1つなんだけれど・・・・。ではそれを踏まえて、何度も言うように迷ったら今まで自分はどうしていたか?を検証する事。

中身としての2ヶ月に1つの行事を入れる趣旨は1つ選べば良い。だからここは何も問題が無い。じゃ枠。真ん中は艶のある黒。じゃ他は?全てマットの9.5mmを選んでいるのだから、まずは今まで使っていない9.5mmのマットを全て並べる。まずは9.5mmを・・・・。なのに何故1cmタイルを見る?

それは意味の無い事。選択する必要の無いものは比べる必要は無い。和室の座椅子を探しに行ったのに、リビングのソファ見て良いわ・・・って言っているようなもの。それは和室じゃないって・・・・。つまりさくらはその寄り道している事に気が付かないから、そんなもんを触るのね。

しかも見るだけじゃなくて心を奪われるから出して見たくなる・・・・だから迷う。そもそもがしっかり9.5mmのマットしか使えない・・・とちゃんと以前のやった事を見ていれば、悩む必要は無い。何せそもそも9.5mmのマットしか選択権は無いのだから。

ここでもし9.5mmのマットを出しても、また使ったタイルを出せば、好きだから以前張ったと思えば、好きな順に使った事になるから、今度は4番目に好きな色を選ぶ事になる。もしこれを今までの3つの色を使い回しをするのなら、それはそれでコーディネートされる事になるがね。

しかも4番.5番.6番・・・・となればテンションが下がるのか?それとも、1番.2番.3番・・・・また1番から・・・とすれば、4番にするよりマシなのか?・・そこには選択権がある。ただ恐らくさくらの考えは、月見か花火か?決まっていないものの縁取りを決めようとしている・・・と悩んでいる。

違くて、考え方は月見か花火か?って決まれば縁取りが決められる・・・・って言うのなら、1つに決めて進めば良いが、それが決められないから縁取りが決まらない・・・・と悩んでいないで、道は1つじゃなくて、それなら縁取りを決めて、それに合う中身にすれば良いだけ。

つまりその9.5mmのマットを使っていたのを確認して、緑、水色、紫・・・と使っているから、例えば今まで使っていない黄色やピンクのようにただ違うものを後3色考えてから進むなんて選択もあるのに、要するにこれを決めてからこれ・・・ってやり方じゃないと嫌なんだろうね・・・。

本来大事にするのは何か?なんだけれど。確かにこれもあれも思い通りに越した事は無いし、それが満足に繋がるだろう。ただそれなら全部の下絵を描き全部の色を決めて最初に悩んで決定して進めば良いものであって、それが出来ないから小分けにしたのに、結局そこにつまづく。

つまり大作は大きなスペースでやりたい事をワイドに出来るが、ワイドになった分、構想が必要になる。所が小物は小さなスペースだから、やりたい事を1つに絞って増やすのでは無くて減らして行くって考えになる。

これが判れば、大きな部屋だと色んなものがゆったり置けるが、小さな部屋では、1つ大きなものを置いたらこじんまりまとめるみたいな考えにしないと、あれもこれも置くだけでも大変なのに、それを全部作るとなると果てしないで済めば良いが、細か過ぎて作れないってな事にもなる・・・。

なんて考え方にも応用出来るが、さくらの場合は、じゃこじんまりした部屋なんだからきちんと収納すればあれもこれも・・・みたいなどうしても・・・みたいに押し通そうとする。ただ本人の意識に押し通そうとしている意識は全く無いのだけれど・・・・。

その時に大作は覚悟や勇気。これを作る為なら・・・・って覚悟や勇気でスタートになる。それが小物の場合は、大事なものを1つに絞る。
そうね、巨大戦艦なら乗組員を沢山配備出来るけれど、手漕ぎボートじゃ2人だな・・・・ってな具合。大事なものは1つ。

こんな考え方ね。大抵どうして良いか?判らない?って言っている人ってのは、理想を叶えるには?・・・・ってって結論ありきで考える。しかも結果として成功を目指して・・・・ただオリジナルに成功ありきで・・・・ってどうなのかな?それなら図面や設計図や下絵のきちんとしたものがあって・・

のスタートなんじゃないのかな?つまり見切り発車しちゃった人は、その都度悩む訳だ。そんなもんを用意していないのだから。しかもやっちゃっている事もあるのにね・・・・不良債権じゃないけど、無かった事に・・・って出来るなら良いけれど、モザイクって言うのは時間が掛かるのね。

書道、華道、食事、陶芸・・・・なんでも良いが、はかないものが売りの世界なら取り返しも付くが、その都度の是正は出来ても、無かった事にするには辞めるしか方法は無く、続けるにはどんなに失敗しても進むしかなくなる・・・・残酷なものなのね。

だからこそ、失敗しないように・・・・になる。成功するには?じゃなくてね・・・・。道があって先が見えるなら時間の問題。けれどオリジナルは誰も見た事が無いからオリジナルなのに、図面も設計図も描かないでその都度考えているのだから、その都度好き勝手やって整うはずが無い。

ただある意味、こんなに悩むなら最初に覚悟や勇気で大作の下絵を取り組んで置けば、今こうして悩まなくても良かった事になるが、あの当時はそんな大作に取り組む気力も勇気も無かったし、体調も非常に悪かった。じゃ今はどうだろう?結局悪いんじゃん。つまり勇気だった事になる。

つまり辞めない・・・って1つだけ覚悟していれば、こうして続けられているのだから終わりへ向かっている事になる。もし最初からこんな大きなテーマにするのなら、前にも言ったが、真ん中にふくろうを作り、各ブロックの6つに行事事に関わるアイテムだけを作れば、ワイドに作りやすかった。

でも、それはここまで作れたのなら?とか、こんな事が作りたかったのなら?であって、一体何が大事か?だと思うのね。そう言う結果重視なら、ついついもっとこうして置くべきだった・・・・だから言ったのに・・・・って後の祭りを言いたくなり老婆心に繋がって行くのね。見守る側としては。

ただ、さくらは具合が悪い・・・・って思われたくないって意地を張って見たり、ダメだわぁ・・・・って言って見たり、そもそも意地を張るのなら、大作へ・・・・と覚悟をし、ダメだわっ・・・・って言うのなら、具合が悪いなりに出来る方法を模索するってスタイルを確立すれば良いのに、

その日の気分で決めようとしたりして、その日の気分で覚悟をしたり、諦めたりするから、見ている方側からすると、一貫性が無い様にも取られる。
言って出来なかったらどうしよう・・・・やらなきゃならないならタンカ切るかっ・・・・これをその日の気分や体調で決めるって・・・。

極端過ぎるだろっ。しかしながら、何ともこいつとも付き合いが長くなったもんで・・・・ひとまず心に届く話はしたはずだから、やるやらないは奴次第。俺は出来ない事は言わないし、漢方薬のようなじっくり効くような話はしなかった・・・・。

ちなみにキウイも横にいたんだけれどね・・・・・。いずれにせよ、作品とは?自分自身なのである。

高洲公民館のサークル活動と東京朝鮮第二初級学校の目地終了

2016-02-25 03:01:32 | モザイク教室
今日は高洲公民館のサークル。いつもの5人で・・・・じゃ一挙に。


12月にクリスマス小物、1月はブランズの3cm四方の小物と2回立て続けに小物をやったので、しばらく振りに元に戻って・・・・。
まっ特に拾う話は無いんだけれど、どれ見てもやっぱり上手いのね。ただキウイにタピオカ・・・・上手い2人がぺきぺきって・・・あはははは。

そんな後、目地入れ。


これでひとまず完成ではあるけれど、これからはあると良いな・・・・的な便利グッズって感じになるんだろうけど・・・。

東京朝鮮第二初級学校の桜の仕込み張り終わりとノアのお遊び下地

2016-02-23 23:56:09 | モザイク教室
今日は何と無く池の掃除からスタート・・・・火曜日はイオンの得々市でかぐやがお買い物もあって、雨も止んでて、しばらく水換えしていなかった事もあって・・・・そんな理由が揃って、そんな事になったのね。そうね、後は決定的なのは午前中、そうしても仕込みが終わると確信したから。

ってな事で水換えを午前中に終わらせると、昼から仕込みとなる。そうね、かぐやも繋がっていないし、しばらく振りに音楽聴きながらにして見るかぁ・・・って事になり、そうだなぁ・・・・何にしようかな?とCD棚を覗くと・・・・宇多田さんと眼があって・・・・。

じゃこれにしよっ・・・・と聴くと、何だろ・・・・このやるせない感じ・・・・いつ聴いても宇多田さんの歌声は本当に切なく・・・・昔はね、こんな時、浜田省吾さんとかのロックのリズムで詩の内容が成り上がり的な・・・・そんな感じで勢いで乗り切った事もあったりした。

勿論、作家の時のkatsuはテーマで曲は選ぶんで、その時によって変わるけれど、お教室の仕込みでCDって・・・・そりゃかなりナーバスにやってたんだろうね・・・布団も敷かなきゃ、電気は付けたまま・・・・そこにテレビも・・・・なんて時は、かなりやられている時にある事だけれど、

今回もそんな事が続いた・・・。そんな張り終わりの日に宇多田さん・・・・って。やるせないんだな・・・・俺。しかも、そのやるせないって意味?
皆さんご存知?・・・・正直、使うは使ったけれど、合ってんのかな?・・・・って辞書まで引いちゃったのね。

やるせない・・・・って、切ないって意味もあるんだけれど、何処にもあたりようも無い気持ち・・・・みたいな事らしいのね。確かに切ないって言うのは、何か自分の中の気持ちみたいな感じがするんだけれど・・・・やるせないって言うのは、誰のせいでも無い・・・・みたいなそんなニュアンス。

宇多田さんのお母さんは若い頃から、切ない歌が似合ってしまう・・・・そんな歌声だったが、宇多田さんの歌声はその上を行くやるせない・・・そんな気がするのね・・・・何か壮大な感じがするのね・・・。何かね・・・まぁしょっちゅうって感じじゃないが、聴きたくなるのね・・・。

そんなこんなの張り終わり・・・・予定通りにね。そうそう、朝ドラで言ってたっけね・・・・言霊ってもんがある・・・ってね。
その話をかぐやとしたのね・・・ただね、これはあくまで俺の見解だから、何とも言えないが言霊ってものがあって、口にするとそうなる・・・って。

まっ簡単な話で、口にするって流派と口にしないって流派が2つあったとする。これは例えば、何も考えないで・・・って言うのと、何でもかんでも良く考えてやって・・・・ってあんな感じの事なのね。一石二鳥と二兎おうものは・・・ってあんな感じ。

それでね、口にするって流派は、口にする事でみんなに伝わる。勿論、言っただけじゃダメだけれど、もし本気が伝わったのなら、それを聞いた心ある人がまたその次の心ある人へ繋げてくれると、バスの伝達ゲームのように伝わって行く・・・・って話。

これが逆も真なり・・・と言うのなら、ペラペラ口に出すと安いものになる・・・・だから口に出すのでは無く、態度で示せ的な話。これが昔の人達の2通りの考え方なら、今の時代はネットなんてもんがあって、言霊なんてものでは無く、単なるつぶやきも世界に発信出来る。やって見た・・ってね。

後は検索されるようにSEO対策をして、トップに上がって来るような努力って言うか、ちょっとした資金で操作する事で検索順位を上げる・・・・。
そんな事でも変わって来るだろうね。ただいずれにせよ、確固たる技術って言うか実力が無いと、見慣れれば飽きられる。

そこも良い事と悪い事は背中合わせで、知られるって事は飽きられるって意味でもある。真の技術って言うか実力って言うのは、一体どういうものか?って探しちゃいそうだけれど、それも今となってはパッとしない話で、一体何をどのように選んだか?だと思うのね。

例えば、先日行ったように書道やスポーツ、華道に茶道・・・・一瞬の本番の為に日々の努力を重ねるものと、とんでもない時間をかけて行く建築だの、そうね・・・どちらかと言うとモザイクもそっち側にいるんだけれど、失敗はやるされない・・・やり方や考え方が違うものがある。

偶然の1回があったりするものと、日々の繰り返しだったり、いかに自分の目指している分野がどんなものか?でやり方が変わって来ると思うのね。
それで、大体は自分が作った分野じゃない限り、先人がいて必ず基本ってものがあったりする。

そうね、少しひねくれた言い方をすれば、俺が知らない間に作られたルールってね・・・何せ俺はそこに立ち会っていないのに・・・・許可無く。
あはははは。当たり前だし、俺は何様だって話だけれど。そこでそんな大昔のネット無かった時代の基本って言うのが本当か?・・・・って、

検証したくなるのね・・・・本当に?ってね。それを知識じゃなくて、知恵でね・・・・。俺は常に知識は後回し。まずは感じる事から。
何をどう感じるか?そしたらどうしてそう感じちゃったか?・・・・みたいなね。これを売れた立ち位置なら、感性の人って言うんだろうね。

ただね、そんな感じるだけでやっていたら、先生になんてなれないのね・・・・だって、そんなの人には教えられないから。ただ教えるって言うのも、こうするんだよ・・・・と結果へ導くんじゃなくて、探し方だったり、進み方だったり、立て直し方だったりすると思うのね。

それが想像力、洞察力、観察力に繋がると思う訳ね。それをサンプルを真似するばかりになると、考えるってものつくりに一番重要な事を育てないって事になるのね。あくまで最初は真似で良いんだけれどね・・・・。ここが難しいのは、先生katsuは説明が必要になるから常に考える。

けれど、作家katsuはひらめき・・・・いかにキラッとする事が浮かぶか?になる。全く交わる事は無い、別人格だと思うのね。
そう考えたら、この仕込みは一体どっちでやったんだろうか?・・・・って思うと、何か作家katsuがいた気もする・・・・。そんな仕込みだったかな?

そんなこんなで張り終わったんで、夜の部は例のご老人のお教室下地を切って貰うのと、ノアのお遊び下地の作成の為に本日はホームズへ。
それがMDFって木じゃない、紙を圧縮したものが切って貰えるのがホームズしか無かったからなのね・・・。


ってな訳でこんな感じ。下絵ありきで彫るだけなら、考えなくて良いから比較的楽なのね。

ノア教室

2016-02-22 23:06:52 | モザイク教室
今日はノアとエレーナの相席教室だったんだけれど、体調不良らしくノアだけ、お昼を一緒に食べてからのお教室。
今日はレンガ部分をやったんだけれど・・・・・まぁ教えるこっちも余裕無く、アップアップな感じになっちゃったのね。

資料を見つけながら進めていたりすると、ちょっと見なかっただけでも、あっ・・・ここ・・・・なんて事になっちゃってね・・・出来れば出来たで、2人で見ると微妙にズレ手足り・・・・是正に是正を重ねてここまでやったのね。正直、引っ越す前で良かったのね。

こんなシビアな事をネットで教えるなんて難しいだろうなっ・・・・・って思うも、何とかそうして伝えて行かないと・・・・って、気負っちゃうのね。
何かもうこうして教えられるのは・・・・・って思うと、これもあれも・・・って言いたくなるんだけれど、何か前回と違って落ち着いたかな・・・。

何しろ向こうでなるべく困らないように・・・って、それだけ。そんな中、向こうで遊ぶモザイクとしての下地を2.3個頼まれて・・・その中の1つ。


何か鏡台の天板のガラスが割れたんで、そこに・・・・作るんだって・・・ぺきぺきで。ラフ画だったんで、描き直したのね。
そんなこんななんだけれど、もう遣り残しは無いのかな?・・・・俺、やっぱりそんな事を考える・・・・。

そんなこんなの教室が終わった頃に小雨が降って来て・・・・何か疲れたから帰宅。

みどり教室

2016-02-22 06:55:55 | モザイク教室
今日は午後からみどり教室。そんな訳で、朝は金魚屋さんへ息抜き。まぁ本当に50過ぎの親父の趣味としては、お金は掛からないわ、時間は掛からないわ、何より江戸川に近いのは助かるわ・・・・なのね。さて、それじゃちょっと休んだので、みどり教室。

まっ、この金魚を教えてグレードを上げた所で何の役にも立たないので、これは暇つぶし・・・・大事なのは次の新作の下絵の方なのね。


女の人の拡大して来たものと、バックの扉のラフ画を描いて来たのね。ほぉ中々感じが良いので、それじゃもう一度ブレが無いように、趣旨を説明して貰おうかな?・・・・と聞いて見ると、この扉を開いて、外がちょっと見えちゃってて・・・・って始まり、ただの扉の説明を始めた。

ばかちん。それは扉の説明。俺の聞きたいのは、趣旨説明。昨日、かぐやのせがれ達がみんなの前で発表した・・・・って話をして、じゃ、俺にプレゼンしてみ・・・・って言ったのね。だから、英語の時に習った5w1h的な・・・・。あれあれ。

それを誰に、どうして、何を・・・・それには?どうすれば良いか?・・・・こんな提案をします・・・・みたい話を聞きたいって言ってんの。
すると、もじもじ・・になった。さっき、扉の説明をし始めた時は、相当思い入れがあり、しっかり自分なり考えて来た・・・・って、声を張った。

そんな感じを受けたのに、こんな簡単な質問をした瞬間、えっ?・・・・・と戸惑う。もうこうなると、へっぽこなパソコンのように固まってしまう。
じゃ、俺がプレゼンするから、良く聞いててみっ・・・・。

では、聞いて下さい・・・・私が今プレゼンするのは、老婆心の扉です。今自分の子供が結婚しようと決意しています・・・・。その子に持たせようと思っています。そんな事を踏まえて、こんなお話の下絵になります・・・・。

昔から言い伝えで、その扉だけは絶対に開けてはなりませんと、お婆さんの代から聞いて来ました。それを私もずっと守って来ました。所がある時、自分の娘が、扉の向こうには何があるの?・・・・向こうの世界には何があるの?と聞きます・・・・。

そう言い伝えですから・・・向こうには恐ろしい事がきっとあるのです・・・・私はそれを何度も繰り返していたのです。それが証拠に私達は今困っていないじゃないの・・・・ねっ・・・・。私もそうして来たのですから・・・・あなたも・・・・って。

ただその子は何度も、何度もその扉を触ったり、押したりし続けます・・・・そして何年も何年も気紛れでは無く、大きくなるにつれ、その気持ちが大きくなるのが判ります・・・・でもそれでは開かないのです。いくら押しても・・・・ある時、泣きながら向こうを見て見たい・・・。

そう言われた時に、思い出しました・・・私も向こうを見た事を・・・・。向こうへ行く為の鍵を・・・。それはもうすっかり忘れ去られた埃まみれになった箱の中から、出て来たのは薄汚れた黒い服・・・・これを着て扉を押しなさい。ただし絶対に戻れなくなるのです・・・・判りましたね。

その時が来ました・・・・その黒い服を来た娘が老婆心の扉を開けます・・・・二度と会えなくなる・・・・そんな扉を。
するとあれだけ開かなかった扉がゆっくりと動き出しました・・・・そのゆっくり動き出した扉の向こうから入って来た日差しに当たった腕が、

純白のドレスになって行きます・・・・あんなに黒かったものが・・・・あの服は黒かったのに・・・・。向こう側に何があるか?何故私達はここにいたのか?どうして向こうに行かなかったのか?どうして向こうに行きたいのか?・・・・ただ鍵だけ、二度と会えない事、それだけは覚えていました。

どうしてそんな事をしてまで、この扉を開けて向こうに行きたくなるのでしょう・・・・ただ覚悟を決めた人がそこを開ける・・・もしかすると、あの扉は行かせたくない人達の扉だったのかも知れません・・・・って位の話だったら、ほぼ真っ黒な絵で、手元あたりが明るければ良いんじゃない?

すると、黙ってしまうので、更にばかちぃぃぃんになる。そもそも娘なんてお題で、俺程度の人間に押し返されるような趣旨説明なんて、何年も時間を掛ける価値があるか?・・・・ってな話。そもそもあの不死鳥を超える作品なら、この程度の話を考えようよ・・・・って。

先日、かぐやのせがれがそんな事をしている・・・・って聞けば、こうして出て来るし、くじらに・・・と言うのなら、こんな長々な小説ばりでは・・・って言うのなら、老婆心の扉・・・・たった5文字でほぼ説明終了。みどりに足りないのは、スターウォーズのエピソードなにがしのやり方。

つまりダースベーターにどうしてなったか?・・・・要するにこうこうこうしてこうだから・・・・じゃなくて、これです。ってインパクトある言葉で、それを説明する・・・・そう言うやり方を勉強する事。1分のお笑いの持ち時間でも落語をしようとするのは無理。

ただやりたい事をダラダラ並べると、何が言いたい事ですか?・・・・と聞きたくなる。ただ俺もこうして長くなるけれど、それは教えるって説明になるからで、本当に伝わるようになれば老婆心の扉が作りたいんだろっ?・・・・それでどんな扉にするの?ってだけの話が出来るが、

そもそもが単なる扉をテクニックで作ろうとするから、趣旨が甘くなる。それが証拠に老婆心の扉って言うのなら、まぁお母さんってうっとうしい生き物を置いて行く・・・・だって彼氏の方が楽しいもん・・・・って言うのなら、お母さんの干支なんてドアに付けると良いんじゃない?

って話をすると、描きました・・・・って。ほらね。その程度なら俺でも考えるのね。そう言うテクニックじゃなくて、これが言いたい事って事をインパクトを持って・・・・でもね、もし俺の言う通りみたいな事をしようとすると、昔かぐやが作ったペガサスにかなり雰囲気は似て来るのね。

勿論題材は違うものの、もしそう言うものなら参考になるはずだし、盗むとはそう言う事で、先人とは?そう言うものなのね。ただあの時のかぐやはもう1人で考え出していたし、ある意味みどりはこうして趣旨から確認が出来る。ただ1人は自由でもあり、みどりはこうしていちいち言われる。

どちらが良いか?は本人次第だが、あえて言うのなら、今まで得て来た知識や常識は、その立ち位置のままで衰退して行くつもりなら通用しても、1歩も2歩も進化、進歩したいのなら、その知識や常識はいつか通用しなくなる・・・って言う事もあるかもね。って話。勿論、俺の指導もね。

幼稚園、小学生、中学生、高校、大学、そして社会人。常に進歩や進化が判り易い。では結婚してお母さんってくくりになったら?さっきの話は同じくくりの人になる・・・・って意味でもある。つまり娘では無く、お母さんの先輩になる・・・・土俵は一緒。

それが何を意味するか?・・・・その位の事は、弟子を名乗るなら言わずに理解して欲しいのね。その扉の向こうに何があったか?もう知っているのだから・・・・ただその人その人に歴史は刻まれるが、向こうに日差しさえあれば、何も描かなくてもそれこそがバージンロードな気がする。

俺はきっと段々みどりに言う事も少なくなる・・・・それは弟子となり自分で考えないと言われた道だけを歩く楽を選ぶだけで結果が出るから・・・と、考える事を忘れてしまうから。もうほぼモザイクで教える事は少なくなった・・・・だから教える事が趣旨だの情緒になっただけ。

けれど、モザイクなら腕で乗り切れるかも知れないが、根本的な趣旨がたった数回あっただけのみどりの娘へ送る作品なんて俺に、親のみどりがプレゼンに負けてしまうのでは話にならない。ある意味、モザイクに入れば今よりは楽になれるかもね・・・・あはははは。

ただね、今の趣旨説明だって、みどりは仕込んで来て、俺はアドリブ・・・・そんな事が出来るようになる為の練習が、昨日の日高氏やかぐやの1つのテーマと向き合う・・・あれなのね。それをディスカッションとかって言うんだっけ?外国では・・・でも、俺は井戸端会議をやるつもりも無いのね。

油も売る気も無いし・・・・ただ明日の糧にしたいだけ。いかがかな?って話。いずれにせよ、一石は投じたんで、心には残ったはず。
もう一言付け加えれば、たった数回の娘さんでこうなるのだから、これがもしカルビの作品だったら?・・・・

きっとその程度じゃ、100万年経っても俺には服従になるな・・・・もっと必死で考える事。考え疲れして泣く涙が枯れるまで。そんな作品が娘へ・・って作品なんじゃないの?ってね。大体、喜びなんか作るのに、悲しみが無いって言うのが浅いんだよっ。

0をスタートとして100喜んでみ。それじゃ100にしかならん。けれどね、娘との思い出を抱えた母の気持ち、そして自分もそうして来たからまたその母の気持ち、それを置いて出て行くその人の気持ち・・・・でも行かせて上げたい気持ち・・・・複雑なんじゃないの?

それを万歳、万歳って楽しく、綺麗で、華やかで・・・・あぁ幸せ。ホントかい?ってな話。何か綺麗事だらけじゃないの?しかもだよ、もし私の人生がバラ色で、貴方もそうしなさい・・・・って言うのなら、それも良いが、もしそうじゃなきゃ、ただの押し付けじゃん。

それを向こうの景色は丸っきり見えていたんじゃ、あっちの水は上手いぞぉぉぉってそそのかしているようなモザイクになる。
それを開けたときの喜びって言うのなら、みんなそう思っていたはず・・・・ならば、こっちは暗くても良い・・・・。

あっちをより明るく見せてあげたいから・・・・・そうね、それはクリスマスのケーキのろうそくのように・・・・。それを灯りを付ける前提で、吹きなさい・・・・って言うんだよ・・・・見守る優しさって言うのはそう言うもんじゃないのかな?・・・・ってね。

そしてね、実はこの老婆心の扉とは娘の為でもあるが、見送る自分の覚悟の扉でもある。そんな気持ちで作れば、作品に重みも出る。
俺は別に名のある作家では無いが、その程度の気持ちくらいは入れる事・・・・良く言うじゃん・・・立派な先生は魂を入れるんだとさっ。

俺はこの程度の奴なんで、気持ちくらいは入れて見た・・・・薄味でしょ?魂ほど背油多く無いから・・・・あははははは。

仕込みと日高氏と大雨と班長教室

2016-02-21 07:48:39 | モザイク教室
今日は午後から班長教室。それまでは仕込みとなるが、かぐやが担当者さんからメールが来ているとの事。先日のキウイの一件をかぐやもブログを見たらしく、どうなっているのか?・・・・って話になり、いずれにせよ、その旨を伝えて担当者さんに送って貰った。

全ては1回で済ませたいので、この話は全て終わってから・・・・にする事にして、1つだけ伝えるとしたら、先方は子供達の思い出としての楽しみが趣旨・・・・それを全面的に前に出してそれを守ろうとするとこうなった・・・・俺の解釈では・・・ってだけ。

全ては結果・・・・ただね、流石に昨日の今日では立て直すほどには戻らないし、もっと言えば、昨日とて進んだとは言え、楽しかったって仕込んだ訳では無い。ただ趣旨から言えば、それで良い。嫌、むしろそれが正解と考える。気分が重い・・・・そんな気分が丁度良い。

そんなこんなでもキウイがやっているんだから・・・俺も・・・・と昨日はやっていたと考えれば、1人そんな事を考えつつ、進める仕込みはスイスイとは行かない。ただ、それでもほぼ予定通り。こう言う事は必ず起こり得ると思っていたから。それ位、この仕事は重い。

そんな中、日高氏がやって来た。何か近所で仕事をしていたらしいが、雨だと出来ない・・・・そんな理由らしい。それが、かぐやが実は・・・と、話し出すと思い出す話があって、それがせがれが東京に来ていて、今これからネット配信で写る・・・・って。

そうなのね、どうやら学校の単位の話らしいんだけれど、決められた企業のプレゼンをみんなの前で発表する大会みたいなものがあって、せがれがその1人として出る・・・・って事で、日高氏と観たのね。何か不思議の時代になったもんだな・・・・ってのが感想。

昔は何らかの形でテレビの向こうの人と観る人の区別があって、そう言う所に何か素人参加番組とかあったりして・・・・それがいつしか、自分達で配信出来たり、もっと言えばこうして生で観れたりする・・・・しかもかぐやも大阪で共有出来たりする。

まだ3人が会った頃には、こんな事は無かったと思うが、貧乏な俺ですらそんな事が出来たりする・・・・全く不思議な話である。
俺がこの平成の世を生きると、みんなのように当たり前と流せる事が、何もかも不思議な事だらけで、本当にビックリする。

そうね、例えば地球の裏側の料理をテレビでやっていたら、美味しいって聞いたから・・・・って、すぐに食べられるのが日高氏。きっと俺は一生食べないで生きるし、きっと日高氏が食べろよ・・・・残しても良いから・・・・ほら・・・・ってやるから、゜いつか食べる機会があるんだろうな・・・と、

考えて心の準備をする・・・そんな感じ。それをかぐやなら?って・・・・こう言う話を各自に質問して、必ず自分の意見を言わないといけないルールが俺達の会話で、必ず本気でどんなお題に対しても答えないとならない決まりがあるのね。

だものさっきのせがれの話だって、この子は慣れているよな・・・とか、かつぜつ悪いなぁ・・・とか、その程度は当たり前で、それをどうしてかつぜつ悪かったのか・・・みたいな事まで広げて行ったりするのね。例えば、この子は実は風邪を引いてしまい、仲間に言えず無理をして参加して、

体調を崩していて、喉が乾いちゃって・・・・それを今度は逆に声を張っている子がいれば、逆に大きな会場は空調なんかの関係で、普通でも喉が渇くから、さっきまでのど飴にマスク、そして始まる前にお茶・・・・みたいな完全なる準備をしていた子なのよ・・・みたいな作り話をしたり、

今度はそんな話の腰を折り、だからさっきのかつぜつ悪い子は、その準備した子がお前も飲んどけよ・・・・って出されたペットボトルを飲めなかったんだね・・・・風邪をみんなに移しちゃうから・・・・って・・・・回し飲みだったから・・・・。あれ最後なら飲み干せたのにね・・・。

みたいな話を広げられるのが日高氏とのやり取り。つまりかつぜつ悪いのをかつぜつ悪いだけ・・・では終わらなかったり、予選が通らなかった時にそいつが俺が・・・・すまん・・・・って泣いたら、同級生としてどうする?とか、引率の先生だったら?とか、親だと?いや新幹線の中では?・・・

日高氏なら、お土産買わなきゃ・・・・とか、良いタイミングで流れを変えるんだろうけれど・・・・とか、声を掛けずに寝るとか、席を隣にならないようにするとか・・・・いずれにせよ、それが他人だから、何とでも言えるのだけれど、もしそれが自分だったら?・・・・ってね。

俺のかつぜつで・・・・の場合とか、日高氏のかつぜつで・・・・とか、かぐやのかつぜつで・・・とか、全く逆で、そいつを見守る側たとしたら?みたいなね。それを今日のお題・・・・って掘り下げるのに興味深いものがあれば時間の中で、やり続ける・・・・馬鹿な人達なのである。

まっ、今日はそれじゃなかったんだけれどね・・・・。いずれにせよ、そんなくだらない話が俺には大事で、かぐやは昔、俺達のこのやり取りを見て、この人達と一緒に仕事がしたい・・・・って思ったらしいからね・・・・相当なばかちんだわっ・・・・あははははは。

そんな時間も仕込みはボチボチやってて、常にやってて良いから・・・・って言われているので、遠慮なく手を動かしていたんだけれど・・・。


そんなこんなで雨も強くなり、日高氏は帰ってかぐやと2人になる。ただ2人になれば広がる話は無く・・・・いつか神になりたいな・・・その位言わないとやり切れないわっ・・・・・と大声を出して見た・・・・こんな事じゃ流れは変えられないけれど・・・・。

そんな中、班長教室なんだけれど、時間が過ぎても来ないので連絡すると・・・・すいません、忘れてましたぁぁぁって。あはははは。最近、班長はこんなのばっかだけれど、画像を見る限り上手くなったのね・・・・例えどうであっても、これを見れば今はそれだけで十分。




言葉にならず・・・大きな代償

2016-02-19 23:49:06 | モザイク教室
今日は午後からキウイが仕込みに来る事になる。実は昨日、キウイが40人全ての下絵に色を塗り更にキットのようにクラッシュを袋詰めにする提案をされたが、確かにそうする事は理想だったが、余りにも膨大な仕込みになる予感があったので、クラッシュでは無く短冊にタイル切りを使って、

真っ直ぐのタイルを入れようと提案したが、キウイに押されてお願いする事にした。確かにキウイの言う通りにすれば理想ではある。がしかし、今の俺はとてもそんな余裕は無く、しかもすでにやり過ぎにやり過ぎを重ねるような状態。そこへキウイの手間はタダって仕込みになるような事を、

頼みたくないし、負担はこれ以上は避けたい一心で言うも、別に苦じゃない・・・・と言ってくれて、尚且つ無償も辞さない覚悟らしい・・・。
もうこうなると、やって貰う方としては、何も言う事は無いし・・・・ただ、果たしてそこまで必要なのか?その日が楽になるだけなのか?

それをすれば正直、確実にいつも以上な仕込みである。ただ、キウイも判っているだろうが、いつもの俺ならもう一人入れて5人にする所なんだけれど、
すでに限界はとうに超えている状況。そこで4人にしているようなもの・・・・。

それも判っての仕込みをしてくれようとしているのかも知れないが・・・・明らかにそんな事をすれば、何日も掛かるような仕込みになる。
が本人は、それ程では無い判断をする。そこで昨日、随分と激しくやりあったが、結局助けようとする人と、老婆心の人の話で、

楽をしようとか、無理させようとかの話では無いのだけれど、キウイの一言がそれに・・・と決める一言だった。それは当日安心だから。
正直、常にこう言う仕事を受けた時、企画をして学校に残そうとする人達と、それを置いて行かれる人達と、そして作る人達と三者三様で、

良かれと企画した人から受けた話だから、そことはお話が出来るので、ある意味金額と内容の折り合いが付いたからスタートしたのだから、そこは特に気にする必要は無い。ではそれを置いて行かれる学校側だとしたら?素敵に越した事は無いのね。何しろ今までもそうだったが、ただ作るだけでは、

グレードは下がる。それを何しろ初めてやる事を練習無しに数時間のぶっつけ本番でやるのだから、そうなる事が当たり前。けれど、それをもし全力でやったとするのなら・・・・?と考えると、ただ並べただけよりも切る事で作るを全面に出したい訳で・・・。

要するに並べるモザイクって言うのは、誰かの下絵を拡大し、それを順番に並べるだけなので、ヘタって言うモノも無いし、上手いって言うのも無い。
つまりグレードも時間も安定なのは並べる方をお勧めするのね。下絵さえ素晴らしければ、誰がやっても同じだから・・・・。

そこを作るって言うのを例え上手く行かなくても切る事を全面的に出す事で、作った感を出そう・・・って趣旨であり、初めてでヘタかも知れないが、そこを何とか見栄えをキープしつつたどり着いたとしたら?・・・・作り手と置いて行かれる学校との折り合いが付くのではないか?と考えていて、

常にこんなスタイルでやっているのだけれど、色んな事を考え尽くした中で、こう言う事になったが、もはや俺の仕込みも全力過ぎて、いっぱいいっぱいを迎えた中での、キウイの一言・・・・当日安心・・・・それに尽きるな・・・・って気持ちになった。もうやり過ぎだってね・・・。

なのに、当日安心を得るには、相当な仕込みを更にやらないとならず・・・・しかもそれをキウイが1人でやると言う。そんな中での仕込みとなる。
それで昼食を一緒にして、結果的には10時40分だった・・・・。当然こうなる事は判っていた。

簡単な話で、短冊に切るって言うのは簡単に三等分とか、半分とかに切れる。しかし、クラッシュとなると、一体何個15cm角の中に作らないとならないのだろうか?しかも、キウイは生徒のエースと言うくらい上手い人である。当然、どんなにザックリやろうとも、初めてやる子供達より上手い。

そうなるとただ張る事も出来る精度の良いクラッシュになる。それによって自分ではそれ程・・・と思っても、本人は判っていないがキウイは生徒のエースである・・・・って事なんだけれど、それを判って貰う為にくじらにもキウイさんはエースなんで・・・・と念を押して貰ったんだけれど、

もう一つ気になったのは、くじらが子供の頃にものつくりが苦手で、卒業記念の彫刻の時に自分の担当がただのバックで、何も無い彫るだけで安心した・・・・って話を聞いたのね。それで根本的に張るだけでも良いのかな?・・・・と思った矢先の当日安心って言葉・・・・。

それで全てを踏まえて、張るだけも良し、当日安心に越した事無く・・・にするには・・・・とキウイの提案をキウイにやって貰うお願いになった。
ただ結果的には10時40分・・・・・俺は仕事だが、キウイは奉仕になってしまっている・・・・。

しかも、これは何を意味するか?になると、俺は美としてのグレードを上げる為の桜を仕込み、生徒のエースのキウイに誰でも出来る雑用を無償で頼んでいる事になる・・・・しかも夜まで。結局、昨日に引き続き2人でこの話をぶり返す事になり、一緒にやる事は難しいとの結論になった。

俺は仕事だから、明日に繋がれば・・・・と無理も出来る。ただその無理は生活費も脅かす・・・そんな事に繋がる。だからこそ、満足な賃金を支払えない以上、お手伝いは無理しちゃ行けない・・・・これが支払いをちゃんとしているのなら、仕事としてやって当たり前でも良いが・・・。

そんなやり取りがキウイは楽しければ良いし、有難うで出来るのに・・・・と言うが、それがプロとアマチュアの違いでは無いか?って話もした。
生活が掛かっているプロは責任を負い、楽しければ良いし、有難うで出来るのも、キウイは上手いからなんだよ・・・って話もした。

下手な人には頼めないし、満足なお金が支払えない事を説明せずに理解出来る人だから・・・。ただ、結局こんな遅くまで一緒だったが大した話もせずに、黙々と仕込みをして、結局キウイの出した答えは、もう一緒には無理・・・・だった。

本当に今まで有難う・・・・としか言う事しか出来ず、出来れば成功するその時に一緒にいたかった・・・とは思ったが残念な事をした。
そんな大きな代償と引き換えでは、きつい話だが、この仕事の趣旨からすれば十分過ぎる悲しさを背負った。

これなら何事も無く終わるだけで欲をかかずに済む。