1999年12月25日(土)、六本木WAVEは閉店した。
日比谷線六本木駅を出て、六本木通りを渋谷方向に向かうと麻布警察があり、その先に日産のビルがありその先隣りの円筒形のビル。エレベータを4階で降りると、右側がジャズコーナー、左側がクラシックである。何度かレイアウトが変わったが、同じフロアにジャズとクラシックがあるというのは、銀座の山野楽器なども同じスタイルだ。河童はジャズとクラシックは全然違うものだと思うけど、両方好きという人は割と多い。とくにオジサン系に。フリードリッヒ・グルダはマジに取り組んでいたのだろうか。単なる息抜きではなかったのか。そんな気持であったなら別に聴きたいとも思わない。ジャズは内部から湧き出る感情である。それをしっかりと受けとめて聴くものだ。やるほうも真剣勝負でなければならない。リコのために、のような甘いメロディーから始めて、その後ジャズを通過しただけだったのでは無いだろうかと感じる。
それで、左側がクラシックコーナー。そんなに大きなスペースではないが、そんななかにモーツアルト・ハウスがある。少し間仕切りされていて、いい感じであった。そのあと確かオペラや歌のコーナーになったような記憶がある。クラシックコーナーは完全に多品種少容量のポリシーとみた。どこかのお店みたいに同じ商品をダラダラならべることもなく、コアな品が揃っていた。渋谷の東急本店通りのビルの一角にあったHMVなんかもその頃はやはりうぶだった。
12月になり閉店セールが始まった。日を追うごとにだんだん安くなっていくのである。ある日河童も悪友と禿鷹のごとく、漁りにいってみた。でもいいものはもうない。賞味期限が切れてなくて安くできないものや、売れ筋ではない初期のオペラなどがなんとなくならんでいる。これは河童の出番だ。
河童「このデニス・ブレインのセット物はなんで定価なんだ。」
店員「はい。まだ賞味期限が切れてませんので。」
河童「割引してくれたら買う。」
店員「だめです。」
河童「河童の記憶によるとこのなかの1枚は、別のシリーズでも出ていて、そっちのほうは賞味期限が切れているはずだ。だからこのボックスは丸ごと安くしても法律違反ではないはずだ。」
静かな悪友S「そうだそうだ。」
店員「。。。。」
河童「なぁ。」
店員「少々お待ちください。」
ムム
店員B「お河童様。お待たせしました。お河童様の言う通りでございました。割引対象でした。」
河童「で、5割オフだろうね。」
店員B「。。。。。。。。。。はい。そうでございます。」
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こうやって河童はデニス・ブレインの12枚セットものを格安で手に入れたのだった。
1954年ルツェルンの第九でフルトヴェングラーのもと、ホルンを吹いていたブレインはフィルハーモニアのオケCDで割と聴くことができる。しかしソロの味はやはり格別である。カラヤン好みと言われる前からやわらかで滑るようなビロードの音、境目のないフレーズ。やはり素晴らしかったのであろう。しかしその夭折は車とともにあっというまにやってきてしまった。今日の割引価格は長年お世話になったWAVEへのお返しだ。
ほかにはグルックやヘンデルのオペラなど売れ筋でないものを買い、ナップサックに入れて帰った。はずだった。しかしここは六本木だった。河童の皿を潤さなければならない。河童用のアルコールで皿を洗い、五臓六腑にしみわたった頃には、CDの割引価格など意味もなくなるぐらい酩酊河童になっていた。
WAVEは、今の六本木駅からバブルヒルズビルへ通る地下通路のあたりに位置していた。
「WAVEにCDを買いに行こう」というのは合言葉であり、CD買いは口実。そのあとの1次会は河童好物の〆た鯖がうまい行きつけのおばんざいでおいしいものを食べながら買ってきたCDを見せっこするのである。バブルヒルズビルができたせいで、我らの楽しみは一つ消えてしまったような気がする。
おわり