河童メソッド。極度の美化は滅亡をまねく。心にばい菌を。

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2616- ペンデレツキ、シマノフスキ、諏訪内、ハース、ラヴェル、カンブルラン、読響、2018.9.28

2018-09-28 23:46:42 | コンサート

2018年9月28日(金) 7:00pm サントリー

ペンデレツキ 広島の犠牲者に捧げる哀歌  10

シマノフスキ ヴァイオリン協奏曲第1番op.35  25
 ヴァイオリン、諏訪内晶子

(encore)
イザイ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番、第1楽章  3

Int

ゲオルク・フリードリヒ・ハース 静物  10+8+9

ラヴェル ラ・ヴァルス  14

シルヴァン・カンブルラン 指揮 読売日本交響楽団


カンブルランならではのプログラム。
後半の2作品が濃すぎて気がつくと前半に何やってたのか覚えてない。という事は全くなくて、ペンデレツキの哀歌、この緊張感たるや並ではない。ガサガサと弦の塊が断層のようにランドスライディングし、崩れ落ちる。この心象風景。研ぎ澄まされた神経細胞が透けて見えるよう。膨らみでは無くて、突き刺す音楽。音楽とタイトルが最終的に近づいたのは親和性によるものだろう。カンブルランは外から眺めることはせず作品の中に入り込んでいく、真実味が増す棒さばきでお見事。

シマノフスキのこの作品は2度目の生聴きと記憶。
なぜかペンデルツキの続きのように聴こえてくる。初めて聴いた時とは印象がだいぶ異なる。落ち着きのある現音のように聴こえてくるから不思議だ。諏訪内のヴァイオリンは厳しいもので、指揮者の毒気が影響したのかもしれない。噛み締めるような演奏で、縁どりは指揮者にまかせたから、といったプレイで、これはこれでよかった。全部聴かせどころのような弾き具合でしたね。

後半の1曲目、ハース静物。尺でもシマノフスキの上をいく。かなりデカい作品で、カツ、重い音楽。ヘヴィーでした。初演者のタクトで聴けることは誠にかぐわしい。
3部構成。2部の16分音符を主体にした刻みの流れはほぼフィリップ・グラス状態とは言え、PGとの違いは主旋律がどれなのかわからないようにしているのと、1部のブラスの長い音符による執拗なうねり前提で出来上がっている余波の香りがきつい。1部を早回しすると2部の波形になるのではないか、着想としても。
興味深い作品でもう一度聴いてみたい。
ブラスセクションによる唸るようなしつこい流れに始まった曲は、短い音符の刻みとなってオーケストラ全般に波及していき、複数のハーモニーがかなりきつく響き合いながら閉じる。なにやら名状し難いが終わってみると静物だったかと思わせるところがありました。
カンブルランの二の腕は全く動かず、肘から指先までで全てをコントロールしている。これは見栄えとしても凄いものを魅せつけられた気になってくる。
現音はカンブルランのように振らなければならない。と改めて思わせてくれる納得渾身の棒。

それで、ハースでヘヴィーにもがいたところで、最後に、ラ・ヴァルスを置く。一見するともがきの連続ではないのか。何も解決するようなところはない、等と考えたくもなるがそこはカンブルラン一流の選択と配置。
ひとつひとつの音が長め、ひとつずつ響きを確かめていくようだ。アタックは柔らかくでフワッと浮く。全体が練り上げられていく。コッテリとディープに造り上げられていく。
読響に浸透したカンブルラン捌きで響きを入念に確かめながら進むラ・ヴァルス、妖しいうねりが少しずつ過熱していく。カンブルランの角度から見たラヴェルを一緒に垣間見る。一体化したオケが凄い。指揮者思いのままの演奏。
ご本人も会心の棒だったようで、コントラバスまで走っていって握手したのにはびっくり。
緊張感あるいい演奏会でした。
おわり

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