書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

小西甚一 『日本文藝史』 Ⅰ

2018年02月15日 | 抜き書き

 孔子は晩年に易を研究した。易は、もともと占いの方法である以上、超自然的な存在から啓示を与えられるはずのものだが、孔子の易研究メモである「繋辞」から知られるごとく、孔子はそれを人間・社会における変化および変化を貫く秩序の理法として認識しなおした。驚嘆すべき合理精神というほかない。この研究メモは、宋代にいたり、程子や朱子の性理学にまで発展し、儒教の合理主義はその頂点に達するわけだが、それよりはるか以前の段階でしかない合理主義さえ、七世紀ごろのヤマトにとっては驚異だったはずで、そうした合理性が日本で浸透してきた九世紀に、草や木と語ることのできた言霊は、すくなくとも面立った場での力を失い、新しい「雅」の文藝に席を譲るほかなくなってゆく。八世紀は、その交代期に当たると考えられる。
  (「古代 言霊の時代」“一-(二)雅の意識と文人世界”、本書248頁。下線は引用者)

(講談社 1985年7月)