書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

「文質彬彬」の意味

2018年01月25日 | 思考の断片
 文质彬彬を「文:文采;质:实质;彬彬:形容配合适当。原形容人既文雅又朴实,后形容人文雅有礼貌。」と訳している語釈をみてたまげている。
 これは、一語ごとの解釈とそれを繋げた句としての解釈の間に断絶があるのも言語道断だが、それよりこれは現代人向けの超訳なのであろうか。文言文、それも『論語』の原典の解釈なら、何晏と邢昺の注疏(どちらも本文の理解に資するためではなく中世人らしく自説のため、また注のために注をつける人だ)の内容を、現代漢語に直しただけではないか。もっとまじめにやれというほかない。
 宮崎市定御大の訳は何如と検してみるに(『論語の新研究』)、私とほぼ同じだった。アプローチ(テクスト読解の際の)が基本的に同じだから答えも同じになるのだろうと理解した。
 徂徠の『論語徴』も見てみた。「文」は礼楽のことだと相変わらずの一辺倒だが(ちなみに「質」は德行であると更にとばしている)、「野」を「野人」と解釈もしくは翻訳するのは、宮崎御大と同じである。ただ「史」は、前者は「文書作成管理係」(現代日本語に訳せば)の一方後者は「代筆屋」と、ややずれる。