2013年10月05日同名欄より続き。
著者が何を言っているのか、ようやく全編を通じて把握できた。米国部分の議論に、理屈は別として、納得するのに時間がかかった。
つまりcivilizationでもcivilityでも、現象そのものを俯瞰的に眺めるならば「文明」、それを構成する人間から捉えれば「市民道」であり、そしてその根幹を成す要素は「公共意識」、何が「公共」であり「公共」でないかを測る基準をどこにおくかで「文明」と「市民道」はありかたを変える、さらにいえば、個人の概念がないところでは「文明」と「公共(の意識)」はありえるが、「市民道」は存在しない。
(Cambridge University Press, in March 2012, originally in 1948)
著者が何を言っているのか、ようやく全編を通じて把握できた。米国部分の議論に、理屈は別として、納得するのに時間がかかった。
つまりcivilizationでもcivilityでも、現象そのものを俯瞰的に眺めるならば「文明」、それを構成する人間から捉えれば「市民道」であり、そしてその根幹を成す要素は「公共意識」、何が「公共」であり「公共」でないかを測る基準をどこにおくかで「文明」と「市民道」はありかたを変える、さらにいえば、個人の概念がないところでは「文明」と「公共(の意識)」はありえるが、「市民道」は存在しない。
(Cambridge University Press, in March 2012, originally in 1948)