くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「恋都の狐さん」北 夏輝

2012-09-17 19:29:11 | 文芸・エンターテイメント
 「恋都」で「こと」と読みます。北夏輝「恋都の狐さん」(講談社)。
 帯によると、「゛掟破り゛?の第46回メフィスト賞受賞作!」なんだそうです。読めばわかります。魅力のある作品は、賞の傾向をも乗り越えることがあるのだと。
 わたしにとってメフィスト賞といえば、長編ミステリのイメージがあったんですが、この作品は254ページ、人は死なず難解な謎もなし。どちらかといえば、恋愛小説ですよね。
 ふと気づきましたが、わたしのカテゴリーには「恋愛小説」という項目がない。エッセンスとしての恋愛は好きなんですが、それだけに特化したものはあんまり読まないのかな、と。
 で、これは珍しくストレートに恋愛ものです。主人公の「私」は、大阪の自宅から奈良の女子大に通う二十歳の大学生。コンピュータのプログラミングなどソフトの勉強をしているそうです。これまで恋愛経験はなし。授業で聞いた二月堂の豆まきに行ってみようと思い立ち、足を運んだところで狐の面をつけた着流しの男性と知り合います。彼と一緒にいた美人の「揚羽さん」とともに、恵方巻きと鰯を食べて酒を飲んで酔っ払い、ふと気づくと初めての無断外泊!
 その後も二人と出かける機会があり、すっかり親しくなるのですが、「狐さん」は決してお面を外すことはなく。ものを食べるときでもずらすくらいで顔を見せてはくれないのです。しかも、洗顔中は覗かないように釘を差していく。覆面レスラー並み? と思いましたが、実は彼には理由があったんですよね。それを感じさせることなく、軽快な筆致で描いていくのはなかなか興味深いです。
 で、一体揚羽さんはどういう存在なの? という読者にとって当然の疑問になかなか気づかない主人公なんですが、采女神社で溺れかけたことをきっかけに、狐さんのことが気になってしょうがない。
 なんともいえず可愛い。でも、コミカルなのに、ただのラブコメではないんですね。彼女が決意をするまでに、狐さんの心の動きが丹念に書いてある。彼女の出現によって、それまで動かなかった歯車が動きはじめたという感じですね。
 爽やかで、素敵でした。奈良に行ってみたくなります。せんとくんのぬいぐるみをおぶって帰るところが好き(笑)。