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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■わたしの心だ。きよくなれ / 山本陽一郎

2025年02月18日 | Weblog

2024/10/8放送

 「世の光」の時間です。いかがお過ごしですか? 山本陽一郎です。

 私の祖父は巨人戦の野球中継を観ながら「アンチ巨人」を公言していた人でしたが、何かに対して否定的な立場を取ることを「アンチ」といいます。ネットの世界では反対意見を押し付けたりする人を指します。

 ところが、自分が自分のアンチになってしまう場合というのもあるんですね。例えば人から褒めてもらったとき、「そんなことない。私なんて全然ダメ」とつい言ってしまうとか。謙遜しているのかもしれない。でも「自分は取り柄がない」「私が幸せになれるわけがない」、そんなふうに自分を下げて、否定して、自分のアンチになってしまう人が今増えているといいます。

 新約聖書ルカの福音書5章。その登場人物の一人に、全身をツァラアトという重い皮膚病に冒された人がいます。この人はイエス・キリストの前に出て平(ひれ)伏して叫びました。「あなたなら私をきよくすることができます!」と。

 ツァラアトは治療法がなく、感染した人は治るまで、あるいは死ぬまで社会から追放されました。感染してしまうからというのはもちろんですが、さらにもう一つ、触れると宗教的な意味で穢れると考えられていたからです。

 だから、ツァラアトに冒された人はどうしても人前に出る必要のあるときには、誰にも近づかないよう、また近づく人には「私は穢れています!」と、自分自身で伝えなくてはいけなかった。

 「私は穢れている」 心に浮かぶほど口にするほど悲しくなることばです。それは自分を否定することばであり、自分は幸せをもたらさない、幸せにふさわしくない存在であるという意味をもつことばです。

 ところが、「イエスは手を伸ばして彼にさわった」と聖書に書かれています(参照マタイ8章3節、マルコ1章41節、ルカ5章13節参照)。なんとイエス様は、自分から手を伸ばして彼に触れたのです。そして言われました。「わたしの心だ。きよくなれ」 この人は癒やされました。自分を丸ごと受け入れてくださる方に出会えたのです。

 イエス様は私たちに、「もう、あなたは自分のアンチにならなくていい。あなたは生きていていいのだ。わたしがあなたを生かすから」と言ってくださるのです。

 「わたしの心だ。きよくなれ」(マタイ8章3節、マルコ1章41節、ルカ5章13節)

 私たちの存在を受け入れ、罪から救ってくださるこのお方の声を私たちも聴こうではありませんか。


 ( PBA制作「世の光」 2024.10.8放送でのお話しより )


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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのもいいんじゃないかなあ。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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 このサイトは URL名として   http://yonohikari.biblica.info  が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。

 

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