♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■女子教育の先駆者 成瀬仁蔵 / 岩井基雄

2018年11月26日 | Weblog
2018/10/22放送

 世の光の時間です。お元気ですか? 岩井基雄です。第四週の月曜日は歴史の中を歩んだクリスチャンの生涯から学んでいますが、今日は愛による女子教育の使命に生きた成瀬仁蔵について学んでみましょう。

 先月は日本の最初の牧師として歩んだ澤山保羅(ぽうろ)について学びましたが、成瀬仁蔵は澤山保羅と共にキリスト教女子教育に携わっていくのです。仁蔵は1858年安政5年、澤山と同じく長州の吉敷村で生まれました。仁蔵は明治9年に山口県教員養成所を卒業し、県内の小学校で教鞭を取ります。しかし規則に縛られた教育に疑問を感じ、自己の信念に基づく新しい教育をしたいと願う中、アメリカ留学後に吉敷へと一時帰郷していた澤山に会うのです。仁蔵は澤山の生き方と教えに深い感動と共鳴を覚え、澤山が信じる神様を自らも信じ、聖書を学び、自分の罪を認め、信仰を告白し洗礼を受けました。澤山が大阪で牧師をしつつ創立した梅花女学校の教師として仁蔵も教壇に立ちます。澤山は病身をおして各地へ行き人々に神様の愛を語りますが、病は進み約34歳で神様のもとに帰っていったのです。
 澤山の死後二ヶ月して、仁蔵は神様の愛の使命に立つ新潟女学校を開校します。しかしこの頃、キリスト教系の学校の経営は厳しくなりつつありました。そこで仁蔵は明治23年、今後の方向を求めてアメリカに渡り、神学校や大学で女子教育を研究し、大学の必要性を痛感します。そして帰国後、仁蔵は女子高等教育機関の設立に奔走し、明治34年、ついに日本初の女子総合大学・日本女子大学校の創設を果たします。小さく弱い存在にも学びと愛を届ける使命を仁蔵は澤山から引き継ぎ、『女子教育』という本も出版し、満60歳で亡くなるまで、神様に喜ばれる生き方をと女性の教育発展に力を尽くしました。

 聖書のことば
 「人知をはるかに超えたキリストの愛を知ることができますように。そのようにして、神の満ちあふれる豊かさにまで、あなたがたが満たされますように。
    新約聖書 エペソ人への手紙3章19節 (新改訳2017)

 思いをはるかに超えた神様の恵みと愛の御計画に信頼を置いて私たちもまた歩ませていただきましょう。

 (PBA制作「世の光」 2018.10.22放送でのお話より )
 
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