♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して67年の
「世の光」を文字で 

■どんな益があるというのか / 福井 誠

2019年10月30日 | Weblog
2019/9/25放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。

 継続は力なり。聖書を一日一日と読み進むなら、不思議にも自然に養われていくものがありますね。今日も聖書を開いてまいりましょう。ヨブ記21章15節から「どんな益があるというのか」と題してメッセージをお伝えします。
 「全能者とは何なのか。私たちが仕えなければならないとは。
    どんな益があるのか。私たちが彼に祈り願ったところで」と。



 ヨブと友人たちの議論もだんだん煮詰まってきていますねえ。そしてヨブは、まず自分の言うことよく聴くように頼んでいます。ヨブは杓子定規に物事を見たりせず、自分の信仰を認め、悪人呼ばわりすること止めるように語っています。身体が弱り、心が弱っている時には、あれこれ言われたくない、むしろ受け止めて理解して欲しい、というのが私たちの自然な気持ちでしょう。

 そこで、ヨブの言いたいことはこうでした。悪者の栄光は一時である、そんなことはわかっているのだ。けれども社会は様々な矛盾を含んでいて、要領の良い悪者が社会を支配し、貧しい者、力なき者が虐げられていく。神が彼らを罰することもなく、彼の財産は増え、子孫も栄えていく。そんな私たちの信仰が否定される状況がある中で、私たちは苦しむことがあるのではないか、と。

 確かにヨブが語る通りの面もありますね。しかしヨブは悪者と同じような考えに陥っていますね。悪者は、全能者は何なのか、なぜ私たちは彼に仕えなければならないのか、私たちが彼に祈ってどんな利益があるのか、と考えます。つまり悪者は損得で物事を考えて、得することがなければ神を信じる意味などない、と考えます。しかし神を信じていても苦しい時に神を信じる意味はないと、考えてしまったら、それは悪者と同じことでしょう。

 信仰者は、良い目見たさに神を信じているわけではありません。神を信じるのは、ただ私たちを愛しておられる神がおられる、という現実のゆえにです。腐ってしまいそうなことは五万とある世の中で、そのような事柄に振り回されない、神の存在をただ認めて喜んで行く信仰を大事にしたいものですね。

 では良き一週を祈ります。
 (PBA制作「世の光」2019.9.25放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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