2025/1/29放送
「世の光」の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 大嶋重徳です。
私の担当する今週は、聖書のルカ福音書8章の種まきのたとえを通して、聞くことについて一緒に学んでいます。
種は神様のことばです。そしてそれを受け入れる土地は私たちの心のことです。
イエス様は間違った聞き方について話されました。
三つ目の間違った聞き方は、茨(いばら)の生えた心で聞くことです。聖書のことばを心に受け入れ、やがて根が張り、芽も出ます。
しかし茨のようなものが自分の人生には多く生い茂っている。花を咲かせ実を結ばせようとしたとき、茨が邪魔をしてきます。
茨とは生活における思い煩いです。お金の問題や自分の欲望に耽(ふけ)る時間が生活に覆いかぶさっていると、神のことばを聞いても、「そうは言ったって」と生活の不安が心を占めてきて、心が鬱状態になっていきます。何よりやめられない悪習慣、止められない思いが頭を覆い尽くすとき、せっかく聞いた聖書のことばが成長していくことを邪魔してしまっているわけです。
この聖書のお話を準備しながら、自分の聞き方はどうだろうかと考えていました。私は聖書のお話をする側ですが、一番最初に聖書のことばを聞く者でもあります。このたとえ話をじいっと聞きながら、自分の中の道端の心、岩地の心、茨の心に気付かされました。自分の中にある聖書のことばを素直に聞こうとしない心が見つかります。聖書のお話を準備しながら、「このたとえ話を語れる生き方をあなたはしていますか?」とイエス様の鋭い刃が自分の生活に突き刺さってくるのです。素直ではない罪にまみれた心でも、それをまだ砕かれたくはない。
しかし聞く耳を持った良い聞き方とは、イエス様が打ち込まれる神の鍬(くわ)を受け入れることです。岩地のような心が砕かれ、身が軋(きし)むような思いをするとき、そこから逃げてはいけません。まっすぐに神のことばを受け止めるのです。聖書のことばを語る者こそ誰よりも砕かれていかないといけないのだと教えられました。
神様は今週、このたとえ話を通してあなたを砕かれ耕そうとされていることは何でしょうか。最初はそれが痛いかもしれません。
しかしこのことばを受け止めるとき、種が奥深くに入り、根っこが地面の奥深くに伸びてゆく良い地になっていくのです。良い地に蒔かれた種とは、砕かれた心で聞くことです。
( PBA制作「世の光」 2025.1.29放送でのお話しより )
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