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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■「ノリタケ」の創業者 森村市左衛門 / 岩井基雄

2020年07月20日 | Weblog

2020/5/25放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。
 第4月曜日は、歴史の中を歩んだクリスチャンの生涯から学んでいますが、今日は、人生の晩年でクリスチャンとなった森村市左衛門について学んでみましょう。

 森村市左衛門は森村家当主が代々名乗った名前です。六代目市左衛門は天保10年の生まれで、陶磁器で有名なノリタケの創業者として知られています。家業は武具商、陶磁器業を営んでいました。1853年、浦賀に黒船が来ました。開港すると、徳川家や旗本を相手に商売が始まりました。当時の日本は不利な為替相場で損をするばかりでした。市左衛門はその頃、福沢諭吉に出会い、「金を取り戻すには外国貿易以外にはない」ということばに触発され、ノリタケを創業し、外国貿易を始めます。それは私利私欲のためではなく、日本を豊かにするための一念発起でした。15歳年下の弟・豊に英語を習わせ、ニューヨークに遣わし「日の出商会」という小さな雑貨店を始め、それが大発展していきます。また、市左衛門は銀行などを創業しました。更に教育事業にも熱心で、森村学園を創立し、北里研究所創立にも協力。複数の大学も支え、社会奉仕活動も行い、人材を育てていったのです。

 人を育てることに使命を持っていた市左衛門は熱心な仏教信者でした。欧米で見聞を広める中、宗教には偉大な力があると確信を持ちます。そこで仏教を熱心に研究し、多くの教えを受け、お寺も建てますが、そこには生きた宗教があるとは思えなかったのです。そして彼は聖書を自ら学び、人生の晩年に洗礼を受け、敬虔なクリスチャンとなるのです。彼自身、もっとも嫌いであったキリスト教を学んでみて自分の求めていたものはこれだと感じキリスト教信者になった、と告白しています。本当に人を育て、自らも成長していく鍵は、聖書が語る神の愛、そしてキリストにある救いだと確信し、市左衛門は地上の生涯を終えたのです。

 聖書はイエス・キリストについてこう語っています。
 「この方以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人間に与えられていないからです。」 
          新約聖書 使徒の働き 4章12節

  (PBA制作「世の光」 2020.5.25放送でのお話より ) 
 
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 http://yonohikari.biblica.info  
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東海福音放送協力会へのお問い合せは、 
 464-0044 名古屋市千種区自由ケ丘2-10 自由ケ丘キリスト教会内 電話052-762-2196 へ 

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