♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して66年の
「世の光」を文字で 

■神の愛の姿

2008年11月04日 | Weblog
 
 世の光の時間です。 お元気でお過ごしでしょうか、関根弘興(せきね・ひろおき)です。 今日も一日、さわやかに過ごしていきたいですね。

 今日は最初に「聖書中の聖書」「万人の聖句」と呼ばれている有名な聖書のことばを紹介しましょう。
 「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」 ヨハネの福音書3章16節 

 神は世を愛された。 これは聖書があなたに伝えたい最も大切なメッセージなんです。 ここで言う「世」とは私たち一人ひとりのことです。 ですから世ということばをあなたの名前に置き換えてみたらどうでしょう。 「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、あなたを愛された。」 このことばはあなたに語りかけられているんですねえ。 

 私たちは「神様の愛」ということばを聞くと、何となく漠然としたイメージを持ってしまうかもしれません。 でも聖書が示している神の愛の姿は、独り子をお与えになるほどの愛だ、って言うんですね。 これは最も大切なものをあなたに差し出す愛、ということなんです。 

 私はクリスチャンになる前に、誰も自分のために最も大切なものを差し出す人なんていない。 まして命を捨ててくれる人なんていない。 みんな自分が可愛いし、所詮いざとなれば逃げてしまう存在だ、って考えていました。

 しかし聖書が示す神の愛は私が考えていた姿とは全く違っていました。 
 新約聖書のローマ人への手紙にはこう記されています。
 「正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」(ローマ人への手紙5章7、8節)

 どうでしょうねえ、川で溺れていた人がいたらあなたはどうしますか? 川岸に立って泳ぎ方の講釈をするでしょうか? そんなことをしても無駄です。 救命具を投げるか、自分が飛び込んで救うしかありません。 神の愛はあなたを見て見ぬふりができないんですねえ。

 実は私たちは罪と死という沼の中に溺れかけているような存在だと聖書は教えているんです。 だから神の愛はそんなあなたを助け救うためにイエス・キリストをこの地上に送り、あなたのためにいのちさえも惜しまずにその沼から救い出そうと約束しているんです。 ぜひ知ってください。 あなたの人生はいろんなことがあったかもしれません。 でも神様の愛は変わることなくあなたに注がれているんです。 

 (PBA制作「世の光」2008.11.04放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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