29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

図書館のカルチュラル・スタディーズ序説

2009-07-01 13:37:33 | 読書ノート
マイケル・H・ハリス『図書館の社会理論』根本彰編訳, 青弓社, 1991.

  米国の図書館史研究家による図書館学の専門書籍。1970年代までの米国図書館学を批判する雑誌論文二編を東大の根本彰が訳し、長い解説を付したものである。著者によれば、米国の図書館は中流階級向けの施設となっており、また図書館における資料選択が彼らの階級的価値を補強しているという。

  ただし、資料選択に対する考えが相対主義的すぎるのは問題である。確かに文学作品の価値については様々な議論があるだろう。だが、科学的手続きを採っている書籍についても同様の相対主義があてはまるかどうかは怪しい。著者はT.クーンを挙げて、科学的発見についてもパラダイム次第とみなしているようだ。科学的発見の“内部”ではそのような認識も成り立つかもしれない。けれども、単なるフィクションと科学書籍を比較するとき、それらの価値を同列には考えられない。

  そのようなわけで、図書館の偏りに関する著者の議論がそもそも偏っている。階級的視点は、芸術作品の中でどれが聖典かという議論に対しては有効かもしれない。だが、書籍には別の価値評価軸もあるわけで、階級的視点だけで資料選択の是非を論じられない。

  もう一つの問題は、はっきりとは述べられていないが、前提に各階級は平等に情報へのアクセス機会が与えられるべきという考え方があるようだ。こうした考えは図書館関係者の間では珍しくないが、それ以外の人々を説得できるかどうか疑問だ。ややこしい議論になるので詳細は省くが、利用の平等こそ図書館が優先すべき事項だというコンセンサスが社会においてあるわけではない。教育成果を求める伝統的な議論もあるわけで、それは資源配分の効率性を求め、アクセスの平等性に価値をおかない可能性もある。

  上のような意味でやや偏った書籍だが、重要な議論を提供していることは評価してよいだろう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする