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電子書籍をめぐる出版社vsテック企業の攻防、その前半

2024-01-08 21:39:44 | 読書ノート
John B. Thompson Book Wars: The Digital Revolution in Publishing. Polity, 2021.

  米国電子出版についての、一般書寄りの研究書である。2000年代から10年代のおよそ20年の間、電子書籍をめぐって米国の出版関係者がどう反応したのかを、膨大なインタビューによって明らかにする。1980年代から00年代までの変化を描いた Merchants of Culture の続編で、本書も物理的に分厚く500頁ほどの分量となっている。はじめに+全12章+結論という構成となっているが、以下では前半6章までの内容を紹介したい。

  出版関係者が恐れていたほどには電子書籍は普及しなかった、という認識がまず示される。Kindleが登場した2007年から2013年までの間、電子書籍の売上は急速に伸びたが、2014で頭打ちとなり(ピーク時で紙の本:電子書籍=3:1)、以降は紙の本を含めたシェアの15%ぐらいの売上で推移しているという。内訳をみると、ロマンスやSFといった読み捨てにされやすいジャンルが電子書籍の売上の多くを占めた。どうやらちゃんと紙で持っておきたい本というのがあるらしい。結局、電子書籍は紙の本全体を代替したのではなく、マスペーパーバック──あちらでは同じテキストがハードカバー、トレードペーパーバック、マスペーパーバックと発行時期と形態を変えて三度出版される──を代替しただけである、と結論する。

  以降は、上のような結果をもたらした要因について探っている。まずは電子書籍の形が紙ベースの書籍をモデルにしたものとなった事情についてである。ネットでの中編電子書籍販売やインタラクティブ書籍販売という新しい出版形態は失敗した。質は高いが制作コストのかかる作品は、毎日ネットに大量に投入される低質の作品の中に埋もれてしまって、低価格化への圧力にさらされる。ネット発の高品質オリジナル作品は制作コストを回収できない。そこで既成の出版物に頼ろう、というわけでバックリスト問題となる。

  既発表の作品の電子書籍化は著作権問題を引き起こす。1994年以前の作品の場合、紙版の出版社は電子化する権利を持っていない。このことを見抜いたベンチャー企業が法廷闘争を勝ち抜き、未契約のバックリストを開拓していったという。とはいえ、バックリスト問題の真打はグーグル社で、グーグル・ブック・プロジェクトは出版社団体や著作権者団体からの訴訟を受けて12年に及ぶ法廷闘争となった。当事者間の合意が裁判所によって破棄されるということもあって、その顛末を簡単に要約することは難しい。結果だけをみればグーグルが勝利したと言える。しかし、敗北した側の出版関係者は、この法廷闘争が著作権のある書籍をネットで無料公開しようとする今後の試みへの牽制になったと評価している。

  バックリスト問題で出版関係者がもめている間に、Amazonがするすると電子書籍市場を独占するようになった。大手出版社は価格決定権をめぐってAmazonに対して訴訟を起こす。大手出版社は、Apple社に対して出版社側は「徒党を組んで」取次モデル(agency model)での契約──出版社が価格決定権を持つ──を行い、iPad向けの電子書籍を供給していた。これが反トラスト法に抵触した。結果として電子書籍販売における買切モデル(wholesale model)は認められた。しかし、司法判断が下されたのは2014年で、電子書籍市場はすでに飽和していた。このため、Amazonは大手出版社とagency modelで契約した。その理由は、販売価格を高く保つことでマージンを維持し、かつ他の業者が新規参入してくるのを防ぐためだとしている。一方で、個々の出版物の目立ちやすさ(visibility)を高めるAmazonのレコメンド・システムは高く評価されている。

  Amazonが消費者に安価で優れたサービスを提供しているのは確かである。けれども著者はAmazonを警戒する。独占的な地位にあっても消費者に不便をかけさせて「いない」という点で、米政府はAmazonを反トラスト法の取り締まりの対象としていない。これに対して、Amazon側はその市場シェアにもとづく交渉力を出版社に向けている。Amazonは自身の取り分を多くするのに、小売価格を上げるのではなく、出版社の取り分を下げることを目指す。その結果として、出版社は苦境に陥り、これまでならば可能だった質の高い書籍の発行が苦しくなるのではないか、そしてその結果は貧しい商品の選択肢として消費者に跳ね返ってゆくのではないか、と著者は問題を提起する。これは、ネットでの消費が一般化することで壊滅した音楽市場を見れば杞憂ではないという。

  以上が本書の前半。後半についてはまた後日。
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