29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

音楽とは何かについて生物学と人類学を使って答える大著

2024-01-02 21:33:02 | 読書ノート
マイケル・スピッツァー『音楽の人類史:発展と伝播の8億年の物語』竹田円訳, 原書房, 2023.

  心理学と進化論と比較文化の三つを切り口とした音楽論。著者はリバプール大学教授で、ビートルズの逸話も披露される。だが、基本的なトーンは西洋音楽批判であり、クラシック音楽を念頭にすべき内容である。そのほか、中国、インド、中東、アフリカの音楽、クジラや鳥の歌など、日本人には馴染みのない音楽がたくさん紹介される。YouTubeでそれらの動画を検索しながら読むと理解しやすくなると思われる。原書はThe Musical Human: A History of Life on Earth (Bloomsbury, 2021)である。

  第一部は音楽享受の発達段階論、といっても心理学的にではなく、比較文化的な視点から論じている。近年、欧米の人々のライフサイクルにおいて、歌い演奏したりするのが子どもの頃だけの行為となり、大人は大半が聴くだけの人間になってしまっている。著者はそこに演奏する者と聴く者を分かつ西洋音楽文化の問題を見る。西洋以外の地域では参加型の音楽文化があり、また西洋においても民衆文化の領域では参加型の音楽文化があるとする。例としてサッカースタジアムでの大合唱が挙げられる。

  第二部は音楽史で、石器時代から始まって、西洋、イスラム、インド、中国へそれぞれ分岐してゆく様子が描かれている。西洋はポリフォニー、イスラムは装飾、インドは味、中国は音色にそれぞれの特徴があるという。また、西洋音楽が強力だったのは、他の文化圏とは異なり、師弟関係に基づいた伝承ではなく、記譜法によったからだとする。この部は情報量が特に豊富であり、日本の音楽家として久石譲と武満徹、伊福部昭が言及されている。あとK-POPの世界制覇にも触れられている。

  第三部は音楽の進化学で、音楽を奏でる昆虫、鳥、クジラなどが採り上げられる。サルや類人猿は歌わないらしい。進化学の論理では、それら生物が音を出すのは「生殖のため」と単純化される。しかし著者は、彼らは音を出すのを楽しんでいるのではないか、という説を提出している。なぜ音を出すのが楽しいのか。それは集団との一体感が得られるからだ、というのが究極の答えとなる。人間においてもそのような性向が遺伝的にあるはずだとし、新しいテクノロジーが参加型の音楽享受(例として初音ミクが扱われている)を容易にすることが期待されている。

  以上。時間的にも文化的にも生物学的にもスケールの大きい議論で、あちこち話が飛んでゆくので、わかりやすいとは言えない。本書は、著者の博識に幻惑されながら読むものなのだろう。議論の大枠そのものだけでなく、挙げられたトピック──ギリシアの音楽がどういうものだったかとか、クジラにも音楽の流行があるとか──が初めて聞くような話ばかりなので、そこを楽しめるかどうかだな。僕は面白かった。
コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 2023年10月~12月に読んだ本... | トップ | 電子書籍をめぐる出版社vsテ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

読書ノート」カテゴリの最新記事