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文学から各時代の理想の恋愛像の変遷を描き出す

2012-12-03 09:51:37 | 読書ノート
小谷野敦『日本恋愛思想史:記紀万葉から現代まで』中公新書, 中央公論, 2012.

  日本文学で男女関係がどう描かれていたかを検討し、そこから当時の日本人が理想とした恋愛観を探るという試み。古代から昭和半ばぐらいまでは文学に材料をもとめ、以降は映画・歌謡曲・テレビドラマ・漫画なども扱われる。いつもの小谷野節のため、脱線が多くて読みやすいとは言えない。けれども、彼がこれまで行ってきた議論を総括する著作となっており、彼の作品をたくさん読んできた者にとってはコンパクトに整理された内容に見える。

  前半では恋愛は西洋から輸入された概念だという説を力強く一蹴し、西洋の恋愛表現と古代から近世にかけての日本のそれが比較される。公家文化においては『源氏物語』を筆頭に片思いに苦しむ男の姿が美しく描かれるが、武士の覇権の下では「もてる男」が称揚される。片思いをする男は三枚目役に格下げされ、もてる男一人とそれを慕う女二人の三角関係という恋愛表現のパターンが江戸時代享保期に出来上がる。このあたりは著者の『「男の恋」の文学史』(朝日新聞, 1997)の方が詳しいのだが、西洋の恋愛文学についてなど新しい情報も加わっている。

  後半は、正しく恋慕の感情を扱いえているかどうかで近代作家の作品を選り分ける。特にロマンティックラブ・イデオロギーとの関係が焦点となっており、日本で性道徳が厳しかったのは終戦後しばらくの間の期間に過ぎず、恋愛・性・結婚の三位一体は日本で成立していなかったという。むしろ恋愛と結婚の結びつきのみが強固になり、現在も続いているとのことである。このあたりは著者の『恋愛の昭和史』(文藝春秋, 2005)の方が詳しいが、明治時代も押さえているところがポイントだろう。

  新書なので裏付けとなる材料は不十分に見えるが、著者の他の作品を読めということだろう。脱線部分や個々の作品評価も興味深く、面白い。
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