親社会主義か儲け主義かの沖縄政治



 
 上原康助氏は全軍労委員長から、国会議員になった人である。
1963年には全沖縄軍労働組合(全軍労)に改組・拡大し、以後沖縄で最も存在感のある労働組合として、大量解雇撤回スト(1970年)等の争議を指導して待遇改善を勝ち取り、また沖縄革新陣営の中核として、屋良朝苗の行政主席当選などに貢献した。1970年、沖縄において戦後初の衆議院議員選挙に日本社会党から立候補し当選。以後連続当選10回を果たす。党内では左派系の「平和戦略研究会」代表を務め、安全保障問題に取り組んだ。
党国民運動局長等、田辺誠委員長を首班とする社会党シャドーキャビネット防衛庁長官を歴任(山花貞夫に委員長や首班が交代した後も留任)。1993年細川内閣で北海道開発庁長官、国土庁長官、沖縄開発庁長官として入閣を果たす。1994年には社会党副委員長となり、1996年社会民主党副党首に就任する。
「沖縄もう一つの選択」 [編集]
かねてから、沖縄基地問題に対する社民党(特に沖縄県本部)の硬直した対応を疑問視していた上原は、1998年5月、政策研究会「未来21・沖縄」を結成し、日米安保体制がアジア地域における安全保障の公共財産となっていると認めた上で、基地問題解決を図るべきであるとする「沖縄もう一つの選択」アピールを発表した。なおこの時期保守陣営から大田昌秀の対抗馬として県知事選に擁立する動きもあったが結局立たず、同年6月19日には社民党を離党し除名処分を受け、民主党入りし1999年9月民主党代表選挙では新政局懇談会会長横路孝弘推薦人名簿に名を連ねた。
 上記の経緯が遺恨となり、2000年の第42回衆議院議員総選挙では社民党サイドから「大田落選は上原の裏切りのせい」と激しく攻撃され、沖縄3区で東門美津子に敗れ、また比例復活もならず落選する。この選挙を最後に政界を引退する。2002年勲一等旭日大綬章受章。

 
 アメリカ軍が沖縄に駐留しているのは社会主義国家とアメリカが対立しているからであり、アメリカ軍が駐留していなかければ中国が沖縄を占領するかもしれないということを上原氏が問題にしたことは一度もない。
 上原康助氏は全軍労のリーダーである一方社会党員であった。社会党員は反米・親社会主義である。社会党員であった上原康助氏が北朝鮮や中国を非難するわけがない。


「論壇」でも上原康助氏は中国について述べたのは「中国も新体制に変わるだろう」でけである。そして、「沖縄の米軍基地問題は常に官僚主導で、米側の意にそうような形で進められてきた」と沖縄の米軍駐留はアメリカの「意思」によるものだと説明し、中国のような社会主義国家の拡大を防ぐためであるとは絶対にいわない。社会主義国家が一党独裁であることも上原氏は言わない。一党独裁国家と民主主義国家のどちらがいいかということを問うこともしない。

 沖縄の米軍駐留は必ずしも米側の一方的な要求ではない。官僚主導でもない。日本政府の要求も強く反映されて沖縄の米軍駐留はある。日本が中国のような社会主義国家になることを恐れていたのはアメリカだけでなく日本の政権を握り続けた自民党も恐れていた。自民党を支持する多くの国民も日本が社会主義国家になるのを恐れた。

 アメリカ軍の沖縄駐留は日米両政府の合意である。上原康助氏は社会党で反米主義であるから米軍の沖縄駐留に反対しているが、日本の政権を握り続けてきたのは自民党である。日本は資本主義・民主主義国家であり、自民党は今の日本国家体制を認める反社会主義の政党である。政権与党であり続けた自民党は中国、北朝鮮、旧ソ連の日本進出を恐れ、米軍の沖縄駐留を歓迎してきた。民主党も日本が資本主義・民主主義国家であり、米軍の沖縄駐留を容認している。

 海兵隊のヘリコプター基地の国内駐留は日米両政府の合意である。普天間基地の辺野古沿岸移設は小泉元首相が決めた。そして、守屋武昌元防衛事務次官に辺野古基地の建設設計を命じた。小泉首相から辺野古基地の設計を任せられた守屋武昌元防衛事務次官は基地の騒音を押さえることと、反対派の運動を避けるために海上埋め立てをできるだけしない陸上案を政府に提言し、政府も陸上案を認めた。
 しかし、沿岸の埋め立てで巨額の利益をたくらむ地元業者と手を組んでいる北部の市町村長は海上案を主張した。彼らの圧力に屈し守屋氏の陸上案は海上案に変わった。仲井真知事も海上案を主張した。

 辺野古移設問題で明らかになったのは、反米・親社会主義の上原康助氏のような辺野古移設反対・普天間基地撤去を主張する政治家・運動家と辺野古基地移転で大儲けを企む経営者と手を結ぶ政治家の二つの種類の政治家が沖縄には存在することである。
二つの派に共通するのは両派とも日米政府に目を向け、中国、北朝鮮には目を向けないことである。

 辺野古移設を問題にするのなら、アジアでアメリカ軍が必要であるかどうかを問題にしなければならない。北朝鮮、中国、韓国、台湾、フィリピン、ベトナム、インドネシアの政治情勢を問題にし、尖閣諸島を自国の領土であると主張し、尖閣は中国の「核心的利益」と主張する中国や日本をミサイルで脅し続ける北朝鮮との対応をどうするべきかを考えるべきである。

 アジアにアメリカ軍は必要であるのかないのか。上原康助氏は必要でないという立場であるはずだ。だから、上原康助氏は沖縄基地の撤去を主張し続けている。基地撤去の立場から上原康助氏は普天間の県内移設は反対である。辺野古移設だけを反対しているわけではない。

 米軍基地がなくなれば沖縄の未来が明るくなるなんて甘い考えだ。沖縄の未来が明るくなるには沖縄の自立経済を発展させることだ。沖縄に基地があるから大量のお金が沖縄に入ってくる。このお金を経済発展のために有効に使うべきだ。

 橋下大阪市長のように県市町村の無駄使いを無くし、学力向上を首長が率先し、第三セクターを民営化して、沖縄の経済発展のためにベンチャー企業への大規模投資をするべきだ。

 学力は全国最下位、県民所得も最下位、DVは全国で上位、生活保護は下位、学童保育施設最下位等々は米軍基地とは関係ない。沖縄の政治家の思想の問題だ。米軍基地問題にうつつを抜かしている場合ではないだろうと言いたい。

 米軍問題にだけ県民の目を向かせることによって、甘い汁を吸っている連中の存在こそがが沖縄の深刻な問題だ。
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