ひとり座禅のすすめ

自分ひとり、坐禅(靜功)を日常生活の中で取り入れていくと今までと違った感覚を覚えていく。

脳を科学的に知らなくても1時間の座禅をし続ければ

2014-03-31 07:05:44 | 座禅

 ひとり座禅の良さは、自分がその意思さえあれば、自分の生活のリズムに合わせて、座禅ができることです。 また最低限の決まりごとさえ守っていれば、いわゆる「かたち」に拘束される必要がありません。

 最低限のことの一つは、肩の力を抜いてリラックスし、上半身を頭のてっぺんを、天から引っ張られるような感じで維持して、姿勢を保つことです。 その時には姿勢を良くしようとして、胸を反らしては筋力が働くので、よくはありません。 その姿勢で胡坐を組んで座ります。

 二つ目は、深呼吸の要領で大きく吸って、できるだけ長く吐きます。 吐くときには、息を体の中へ吐くように心がけます。

 三つ目は、意識を集中することです。 集中の仕方は色々ありますが、ここでは長く吐く息に、意識を集中します。 体の中へ入っていく息を、追いかけるようにして、そのことだけに意識を集中します。 また出来るだけ長く吐こうとすることにも、意識を集中します。

 以上の3点が、基本的に守ることです。 また座禅は、最低1時間続けることです。 禅宗の座禅会では、30分を途中に休憩を入れて、2回行うこともあるようですが、1時間続けることが特に大切なことです。 後のことは、座禅を行っていく中で、自分自身で考えていきます。

 私は上記の呼吸法を行いながら、1時間の座禅を継続的に行っていけば、誰もが、私たちが生来持っている気感を、感得できるものと思っております。

 すると何か分かりませんが、しきりと脳を刺激することを知ります。 これが、神経の腺と絡み合うように流れる経絡(気の通り道)が、長く吐く呼吸を行うことによって、気の通りがよくなり、微細な脳細胞を刺激しているとを感じるのです。

 長く吐く呼吸を伴いながら、毎日、座禅を1時間続けていれば、自然と体の微妙な変化をもたらし、様々なことを感得することになるのです。 科学的な知識がなくても、感ずることは出来るのです。


東京ドームでのプロ野球開幕戦を観戦して

2014-03-29 08:13:10 | 文化

 昨夜は、生まれて初めてプロ野球の開幕戦を、東京ドームで観戦しました。 バックネット裏中央の15段目での席ですので、よく見えるところです。

 読売巨人軍創設80周年記念のセレモニーもあり、巨人軍のOBたちも招いて、過去の歴史を振り返るような映像を見ることになりました。 長島や金田、松井たちも参加されていました。

 金田は歩くのがやっとで、よたよた歩いていましたが、歳をとったのだなあと改めて、感じさせてくれました。 

 バレーの国際コンクールで優勝したニ山さんの演技があり、スマップの国歌斉唱あり、ケネディ米国駐日大使の始球式ありと、普段は見ることができないセレモニーでした。

 阪神巨人戦の試合でしたが、残念ながら巨人に逆転され、阪神は負けてしまいました。 5回の表に得点のチャンスを逃してしまい、その裏に阪神の能見投手が打たれてしまったのです。 能見投手が100球を超えていたことや、チャンスに得点できなかったことを考慮すれば、当然、阪神の和田監督は投手交代をしなければならなかった時期でした。

 今年の阪神タイガースは、残念ながら期待が持てそうもありません。


乞田川沿いの櫻が芽吹き始めました

2014-03-28 08:00:08 | 自然

 道行く人の多くが、上を向いているのです。 はじめは何かと思いながら、私も見上げてみると、櫻の蕾の状態を確認しているのです。

 来週あたりは、花見の人で賑わうことでしょう。 今年は、ふきのとうのてんぷらを食べ、いかなごのくぎ煮を食べ、春の訪れを感じていたら、もう櫻の花の季節です。

 ズボン下を脱ぎ、コートを脱いでも、もう寒さを感じません。 相変わらず、いつも朝早くでかけるときには、まだちょっぴり寒さを感じますが、来週の4月からは、久しぶりで朝歩きを再開することにしました。

 6時からのクラシック音楽も楽しみですが、朝歩きの後でも7時25分からのクラシック音楽は、聴けるでしょうから。 また14時からのも聴けるでしょうから、体を動かすことを優先することにします。

 友人の元棟梁も、スポーツジムに通い始めたことですし。


法華経の本を読んで「神の微笑み」の伊藤青年のことを

2014-03-27 07:57:29 | 座禅

 法華経の解説本を読んでいて、芹沢光治良さんが90歳になって書き上げた「神の微笑み」に出てくる、伊藤青年のことを思い出しました。

 伊藤青年は、ごく普通の青年ながら、天理教の親さまだった中山みきさんの声を、間接的に芹沢さんに伝え、天に還る準備をしていた芹沢さんが、天からの声を神のシリーズ8冊の本にして、書くことになったのです。

 私は、その8冊の本を、2度読み返しましたが、その中で芹沢さんが、天に昇って天上人の奏でる調べを聴くという記述がありますが、法華経の中にも、そのような記述があると解説してありましたので、びっくりしてしまいました。

 私に神のシリーズ8冊の本を読むきっかけを作ってくれた、私の支援者の方と一緒に、銀座の画廊で開かれていた伊藤青年(大徳寺昭輝氏)の個展に行って、お会いしたことがあります。 

 その時に頂いた本には「笑顔」と記載してもらいました。 改めてその本を、今朝見てみました。


普通の人間でも長く吐く呼吸を行うことによって

2014-03-26 09:11:39 | 自然

 私は、自分を特別な人間だと思ったことは、一度もありません。 ましてや「悟り」という言葉には、まったく縁がありません。

 然しながら、誰でもが、深呼吸の要領で行う長く吐く呼吸を行えば、私たちが生来、持っていた機能を回復できると思っています。

 私は、中年という年頃になって運動不足に悩んでいたときに、仕事先の知人から、半身浴のことを教わりました。 いつも毎日どうやって汗をかこうかと、考えていたときでした。

 お湯の面が、お臍のちょっと上ぐらいにして入るのが、半身浴です。 早速その日から実践しました。 それまでは、お風呂はいつもカラスの行水で、3分も湯船には入っていることは、ありませんでしたが。 お湯の温度は参考書には、ぬるめがよいとありますが、私は自分の好きな温度でよいと思っています。

 それから1年ほど経ってから、大学のクラス会で千葉に住む級友が、私の家の近くで開く静功の会に参加するんだ、という話を聞いたのです。 丁度その頃胸の辺りに違和感を感じており、知り合いの看護婦の方に電話をして、相談をしていたのです。

 気功というのは体に良いと聞いていたので、もしかしたらお医者さんに診てもらわなくても、よくなるかもしれないと考え、生まれて初めて、真っ暗闇の中で1時間、静かに座ることを行ったのです。

 自分では何も分からずに、我流で深呼吸の要領で、吐く息だけをできるだけ長く吐いていました。 ごく自然に、そのような呼吸を行っていたように、想い起こされます。

 現在は、いつも血流の流れや心臓の鼓動は感じませんが、臍下丹田の動きや体の中を循環する気の流れを感じながら、日常生活を行っております。

 残念ながら、一般的に行われている腹式呼吸は、肺からと下腹の臍下丹田から、同時に吐き出す呼吸が行われております。 私の体験から、肺の動きと臍下丹田の動きは、同期しないと思っています。 従って一般的な腹式呼吸では、私たちが生来持っている機能(気感)を、回復しにくいと思っています。

 同時に体から吐き出すという「無」の理念が、先行してしまっている結果ではないかとも、思っています。

 深呼吸の要領で、はじめに大きく息を吸い、それを出来るだけゆっくりと長く吐く呼吸、(吐く息を体の中へ吐く呼吸が)一番よいのではないかと、感じております。 体の機能の生理に、自然な動きではないかとも思っています。


宇宙の叡智に抱かれているような感覚になる時があり

2014-03-25 06:44:50 | 座禅

 静かに胡坐を組んで、真っ暗闇の中で座っていますと、時々、宇宙の叡智に抱かれているような感覚に、なるときがあります。 大きな大仏さまの懐に、そっと抱かれているような。

 肩の力を抜いてリラックスし、頭のてっぺんが天から引っ張られているように、上半身を維持しながら、崩れた半跏趺坐で座ります。 そのような姿勢をしていると、自然と昼間でも、立っていても、いすに座っていても、どんな時でも上半身はリラックスしています。

 動かず静かにしていることで、ちょっとした動きの変化も、感じることはできます。 

 想いおこしてみると、生まれて初めて座禅(静功)を、真っ暗闇の中で1時間、深呼吸の要領で、何も分からないままに、ひたすら長く吐く呼吸だけに、意識を集中していて、結果的に、頭のてっぺんにある百会が活性化し、電子の輪の帽子を被ったような状態になったのが、そもそもの始まりでした。

 静かに座っていると、体に微妙な変化をもたらし、何だろうと思いながら、ひたすら座り続けてきた結果が、今の自分なのです。

 私にとって一日の中心は、昼間の仕事ではなく、深夜の座禅になっているような感じがいたします。 静かに座っているだけが楽しいのですから、昼間の起きているときの変化があることは、もっと楽しいということになるのです。


超常現象・科学者たちの挑戦というテレビ番組を見て

2014-03-24 06:55:13 | 自然

 昨夜、1時間の座禅を終えてから、何となくテレビ番組を見て興味を覚え、表題の番組を見てみました。

 英国のバーナム城という古いお城で、人魂のようなものが見えたり、冷気を感じたりするということで、最新の機器を持ち込んで測定をしていました。 恐怖を感じると体温は急激に低下するという、ハツカネズミを使った実験から判断したり、脳が強い電磁波を受けると、一時的に幻覚を覚えるなどといって、結局なにも分からないままでした。

 小さな子供が、前世の記憶を話すということを取り上げていました。 2歳から3歳の間に前世の話をし、6歳から7歳ぐらいになると、そのような話をしなくなるというのです。

 ある科学者は、子供の頃に受けたことを、間違って自分が経験したことのように話す「偽りの記憶」だと結論づけていましたが、ちょっと早計ではないかと感じました。

 米国のある少年が話す前世の記憶を、一つ一つ検証された科学者は、少年の話す内容が、過去の当時の記録を調べると、殆どのことが真実であったことに驚きます。 いわゆる「生まれ変わり」があるということを、結論付けていました。

 テレパシーという離れた人同士の、脳の同期現象をMRIの中に入った人の脳の変化と、離れている人が見る映像を変化させながら、二人の脳の変化を比べていましたが、複数の治験者の共通するものがあることを、伝えていました。 勿論、離れている二人は、お互いのことを思う気持ちを持ちながらの、治験でした。

 9月11日のニューヨークでの貿易センタービルの、航空機による爆破テロが起きたときに、世界中にある乱数発生器に異常があったこと受け、周りの影響が受けにくい砂漠の中で、巨大なバーニング(模型でつくられた人形)の爆破を、数万人を集めて実験をしました。 6台の乱数発生器を設置したところ、同じように乱れが生じました。 人々の意識の集合体(同じ意識)のパワーが、力を与えるということが分かりました。

 乱数発生器は、最も小さな塊である量子を感じるようにできており、人の意識は、量子に影響を与えるということを、表しているのです。 また量子論の立場から、離れあっていても、量子は影響しあうということを、「量子のもつれ」という現象から、説明しているノーベル賞の科学者もおりました。

 私は、座禅を通して、体の中の変化を感じております。 残念ながら、宇宙に膨大な数が存在するといわれている気は、目には見えませんし、科学的に十分に解明されてはいません。 実際に起きていることを、科学が後追いしているような感じがいたします。


私の花粉アレルギーは鼻の粘膜にオロナイン軟膏を塗る

2014-03-23 09:01:57 | 

 私は滅多に花粉アレルギーにはなりませんが、時々、その季節にうっかり鼻の毛を抜いてしまうと、その症状が出てきます。

 先日、杉の花粉の里でもある秩父へのお墓参り前後に、のどがおかしくなってきたのです。 おかしいと思い、うがいした上で風呂上りの寝る前に、鼻の中をオロナイン軟膏でぬたくりました。

 やはり、翌朝には、和らいでいました。 人それぞれの治療方法があるとは思いますが、鼻の粘膜にオロナイン軟膏を塗るという、ちょっと変わった治療方法があることも、知っておいてもらいたいところです。

 勿論、うがいをして、のどを清めておくことは大切ですが。 マスクは一切かけません。


関西に住む級友から相談事で連絡があり

2014-03-22 13:42:45 | 友人

 先日、結婚して30年間、関西に住む高校の級友から電話があり、都内にもある住まいでお会いしました。 二人とも東京生まれの東京育ちながら、ご主人の仕事の関係で、関西に長く住むことになったのです。

 関西に長く住んで友人も多くなり、根が十分張ったことと、年齢的なこともあり、都内の住まいを処分しようとしたのです。 

 私自身は、自分が生まれ育った家が、もう存在しないこともあり、とても寂しい感じがしており、自分が生まれ育った家があるのなら、経済的に余裕があるのであれば、改修して使われたらどうですかという話も、させていただきました。

 いずれにしても、ここ数年間は、住まいのこと、今後のことについても、二人で喧嘩もしながら議論を重ねてきたそうです。

 彼女とは、高校を卒業する前後に、自宅まで級友達と遊びに行ったぐらいで、余り話しもしたことがなかったのですが、連れ合いを含めて仲間たちとは、高校時代はよく集まっては話をしたようです。

 彼女からも先日、話がありましたが、私たちバスケットボール部の連中は、バスケット一筋でクラスの方々との接触は、殆どなかったのです。 そんな私に、相談事で電話をしてくれることに、何か面白い感じがいたします。 勿論、年賀状だけは、連れ合いのこともあるので、出してはいましたが。


心の余裕がないからこそ心の余裕を持つように心がける

2014-03-19 06:36:47 | 気づき

 私は、前の事務所を辞めたときには、あらかじめ算段があって辞めたわけではありません。 10年勤めたら辞めようと思っていたのですが、満8年で辞めました。 当然、当面の仕事があるわけではなく、母からも借金をして過ごすことになりました。

 結婚もして、その後、子供も生まれていたと思います。 そんなときに、学生時代のときの、級友のことを想い起こしたのです。 設計の演習課題で、いつも楽しいスケッチと提案をしていた級友のことです。

 学校に藤沢の住まいから、パブリカという名の車に乗って、通っていたのです。 あいつは経済的に余裕があるから、精神的にも余裕があるんだな、したがって面白いことが考えられるんだな、と思ったのです。

 よし、自分は現在、仕事もなく経済的にリッチではないけれども、精神的には余裕は持てるのではないかと考え、あえて、すぐ近くのテニスコートで、朝6時から9時ごろまで、汗びっしょりになって、テニスを始めたのです。 雨が降らない限り毎日3時間、3年間テニスをやりました。

 練習方法を一緒に行うようになった友人と考え、最後はシングルスの試合を行っていました。 したがって、家に帰っても仕事どころではなかったのですが、少なくとも心に余裕は持てるようになりました。 お金が入るべき仕事が、ないにもかかわらずです。

 連れ合いからは仕事もないのに、朝からテニスをやっていて、とそれなりの小言はいただいたのですが、幸いにしばらくしてから、順調に設計の仕事が作られていきました。

 生まれて初めて座禅(静功)を行うようになったときにも、必ずしも経済的には余裕はなかったのですが、清水の舞台から飛び降りるような気持ちで、はじめたのです。 結果的に、呼吸法が、座禅が、私に心の余裕を与えてくれました。

 私の親しくしている友人には、これまで色々と実践するように話をするのですが、心の余裕がないからとか、まだそのような気持ちにならないだとか、何かにつけて、実践しない理由を並べては、何もしないのです(ちょっぴりはしているのかもしれません)。 親しいからこそ、いいにくいことを、ずばずばいうのですが。