ひとり座禅のすすめ

自分ひとり、坐禅(靜功)を日常生活の中で取り入れていくと今までと違った感覚を覚えていく。

座禅・呼吸法は本来楽しいものなんですがー修行と考えないほうがよい

2011-03-31 17:54:23 | 座禅

口を閉じ鼻だけで呼吸を行う。 吐く息だけに意識を集中します。 吐く息を出来るだけゆっくりと長く吐きます。 生来行ってきた普通の肺呼吸で呼吸を行います。 禅宗でいう丹田呼吸ではなく、下腹にある臍下丹田(気の心臓部)で呼吸を意識する必要はありません。 ただし肺呼吸波吐く息をイメージで体の中へ吐きます。

 肩の力を抜き上半身をリラックッスさせ、頭のてっぺんが天から引っ張られている感じで、上体を維持します。

 暗い部屋でひたすら吐く息だけに意識を集中して呼吸を行います。 胡座を組んでひたすら座禅を行います。 30分ではなく1時間は座禅を続けます。

 体の中へ入って行く息を追うようにして、意識を集中します。

 何が待っているでしょうか。

 崇高な至福感が私たちを待っています。

 静かに静かに身体全体がなるように呼吸を座禅を行うことによって、体の中の細胞の一つ一つが静かな状態に近づくのです。 静かな状態の中でも、ふと日常的な雑念が湧いてきます。 静かな状態の中での雑念は、振り払うことはありません。 その日常的な問題を考えてみます。

 気がつくとそっと宇宙の叡智が、その問題解決の糸口を教えてくれるのです。
またひたすら呼吸に集中し、座禅を続けます。

 呼吸に意識を集中できさえすれば、座禅が楽しくなってきます。 このことは考えてばかりいて、実践しないと分らないことです。

春です又セキレイが巣作りを始めたのでしょうか

2011-03-30 08:13:15 | 自然

 事務所のバルコニーで、またセキレイの姿を見るようになりました。 机の前のブラインドを通して、手すりの上を尾っぽを振りながら、忙しくチョンチョンと歩いているのが見えるのです。

 昨年の何時であったか忘れましたが、いつの間にか観葉植物の根元に、巣をつくって2羽の雛を育てたのです。

 もう植物に当分、水をあげられないかも知れません。 しばらく様子をみることとしましょう。

政木和三さんの呼吸法から学ぶ -長息法の呼吸

2011-03-29 16:55:55 | 逆腹式呼吸

知人が私のゴルフの下手さに呆れて、スイング打法を提唱する政木和三さんのことを、紹介してくれました。 いわれるままに本を買い求めて読んだのですが、結局具体的なスイングの仕方は、理解できませんでした。

 政木さんは60歳を過ぎてからゴルフを行い、エイジゴルフを達成された方です。 私はゴルフの本は理解できませんでしたが、政木さん本人が子供のころに、吃りを矯正するために、お医者さんから吐く息を出来るだけ長く吐くということを言われて実践され、吃りが治ると同時に脳が活性化され、大阪大学のあらゆる学科を履修し、結果的に特許を数多く取ることにつながったのです。

 政木さんの普通の人と違うのは、特許をとると同時に無料公開したのです。
様々な発明や発見の過程で、吐く息を出来るだけゆっくりと長く吐く呼吸法が、脳にどれほどの影響を及ぼすかを、知ったのでした。

 また発明や発見が自分の力だけではなく、宇宙の叡智が加わっていることを、政木さんの著書からくみ取れたのです。 本にはそのことには詳しく述べてはおりませんが、私にはそのように理解できました。

 政木さんの呼吸法は、ひたすら吐く息を鼻からではなく、口からゆっくりと吐き出す呼吸法です。 私も実際に行ってみましたが、結構長く吐くことが出来ます。 ただし途中で息を止める呼吸法です。 私は息を途中で止めることはしませんでした。

 脳波が息を出来るだけ長く吐くことによって、β波からα波になり、更に時間の経過と共に、θ波になることを教えていました。 θ波になって初めて宇宙の叡智との出会いがあると感じたのでした。 ただし、そこでは無心無欲になっていることが、前提条件なのです。



階段から2回も転げ落ちての脳卒中になった友人を見舞いに行って

2011-03-28 07:54:59 | 

東京駅の階段で2回も転げ落ちて、救急車で聖ロカ病院に入院して、その後リハビリセンターを経てケアハウスにいる、高校時代のバスケット仲間の見舞いに、行ってきました。

 聖ロカ病院にいるときには、手術後の安静を保つために、麻酔をかけられた状態でしたので、本人とは話ができずじまいで、息子さんとだけ様態について話をしました。 

 会うなり高校のバスケット仲間だったOだよ、と挨拶しましたが、すぐ分かったようでした。 顔も入院中とは比べものにならないぐらい、普通の顔になっていました。 点滴の治療中のときには、パンパンの顔でした。 息子さんに言わせると、摂取カロリー数が減って、丁度よい顔つきになったようですとのこと。

 両手は使えるような雰囲気がありましたが、ちょっと右手が使いづらいようで、お昼ご飯はお箸を使わず、左手を使って摘みながらのご飯でした。 下肢が不自由しているようですが、話はぼそぼそながら普通に話はできるようでした。

 長い間、仕事でパソコンをいじっていたので、息子さんにはノートパソコンで、リハビリしたらと話しておきました。  

 ちょうど昨夜のテレビ「夢の扉」で慶応大学の牛場潤一さんが、取り上げられていました。 医学部と一緒になって、脳障害で手足が動かなくなった患者さんのリハビリに取り組んでいる姿が、映し出されていました。

 脳に電極を取付けて、脳が思えば手足が動けるようなことを研究し、実践に移そうとしていました。 牛場さんの顔がとても美しく見えました。

普通の肺呼吸で吐く息を長く吐くことが逆腹式呼吸につながる

2011-03-26 18:21:26 | 逆腹式呼吸

私が行う逆複式呼吸は、とても簡単な呼吸法です。 禅宗の呼吸法のように、下腹で呼吸をする必要はありません。 下腹は自然に意識するようになるから、意識をする必要はないのです。

 私達が普段行っている肺呼吸で、吐く息だけを出来るだけゆっくりと、吐くだけでよいのです。 深呼吸を行うように、大きく吸ってゆっくり吐くだけでよいのです。 

 普段行っている呼吸は、呼吸を意識するということは、生まれてこの方ありませんでした。 この呼吸を意識することから、全てが変わってくるのです。 

 胡座を組んでも、椅子に座っても、立っていても、上半身の姿勢はいつも同じです。 肩の力を抜いてリラックスします。 頭のてっぺんが天から引っ張られているような感覚で、上体を維持します。

 大きく息を吸って、できるだけ長く、ゆっくりと吐きます。 全部吐き切ろうとしますと、苦しくなってしまいます。 そのちょっと手前で、軽く息を止めて又大きく息を吸います。 その流れは自然に行えるようにします。 

 禅宗の呼吸法では、息を数秒間止めたりすることもありますが、ここではそのようなことはしません。 深呼吸の要領で、大きく吸って出来るだけゆっくりと吐くだけでよいのです。 その繰り返しです。

 吐く息だけに意識を集中します。 また吐く息を体の中へ吐くように意識します。 実際は鼻から少しづつ息が出ているのですが、そのことは一切忘れ、吸った息が喉から気管支を通って、胸から下腹に入って行くようにイメージします。

 体の中へ入って行く息を追うようにして、吐く息だけに意識を集中します。
この肺呼吸が自然と逆腹式呼吸になっていくのです。 逆複式呼吸は自分でも知らず知らずのうちに、自己免疫力がついてきます。

朝歩きで出会う人々とワンちゃん達

2011-03-24 14:49:41 | 友人

 早朝に雨でない限りいつも、自宅から事務所に行く途中で、1周1キロの中央公園を3周してから、事務所へ向かいます。 必ずしも時間は一定ではありませんが、大抵いつも顔なじみの方と出会います。

 今日は初めて挨拶したワンちゃんがいます。 四国犬の「はやて」です。 いつも通りすがりで挨拶をしたことがなかったのですが、「疾風」が挨拶をしたいように、こちらにモーションをかけるので、思い切って声をかけることにしました。 

 四国犬は黒と茶のまだら模様で、大きさは芝犬と同じくらいです。 人間に親しく挨拶をするのは珍しいと、ご主人が話しておりましたが、暫し頭を撫でたり顔をペロペロ舐めてもらったりしました。 お腹を出した姿勢をしましたので、お腹も撫でてあげ、私の臭いも十分嗅いでもらいました。

 次にいつも小さなワンチャンの自由に任せ、自由気ままに運動しているキャバリア犬の「スパロー」に会いました。 「はやて」の臭いが一杯ついているはずですので、「スパロー」にその臭いを嗅いでもらいました。 「スパロー」は小型犬ですので「はやて」以上に、いっぱい舐めてもらいました。

 今日は会えませんでしたが、コリー犬の「デユーク」を連れた小柄なご婦人がいます。 背筋がいつもピンとしていて、颯爽と大きな体の「デユーク」を引き連れて、散歩をしている感があります。 この「デユーク」・公爵は人慣れせずに、私とはなかなか打ち解けません。 もう少し時間がかかりそうです。

 そんな朝歩きをしながら、ひたすら歩くのです。


被災地と意識を共有する計画停電と義援金活動

2011-03-22 08:16:08 | 社会・経済

 平成7年1月に起きた阪神・淡路大震災のときには、活断層の動きで建物そのものの被害があり、またそれに伴う火災が私達の眼を。映像を通して焼付けました。 震災後の何ヶ月後に、私は知人と現地を訪ね、その実態を見ることができました。

 そのときには私が住むところには、特別な被害もなかったので、義援金を送るとかだけで、自分の問題とは捉えていなかった面がありました。

 今回は、地震の揺れでの被害よりも、津波による被害のほうが多く、また福島の原発が被害を受けることにより、私達は実質、計画停電という電気を節約することを、余儀なくされています。 そのために、私たちの住む東京では、地震の揺れでは被害は出なかったものの、計画停電という初めての試みを体験することにより、被災地の方々との距離が狭まった感じが致します。

 またそのことにより、より一層の親近感から、被災地の方々との意識を共有する感覚にも、自然となってきているのです。 そのことがまた、自然発生的な義援金活動に、つながってきているのではないかと、思っています。

濡れてはいけない雨の中でお墓参りをしてきました

2011-03-21 20:52:21 | 文化

 年に2回のお墓参りを、電車で行こうか車で行こうか迷った挙句に、昨日の早朝に3時間待ちで給油し、親子4人で秩父まで行ってきました。 ガソリン不足や小雨の影響で、道路も空いてお墓参りをする方も、早朝であったせいかもしれませんが、少なかったように見受けられました。

 かつてのテニス仲間が、私のために久しぶりで会って呑もうということになり、計画停電のことを配慮しながら、何時に設定するかを直前まで迷っていたようです。

 毎日早朝に3年間、6時から9時ごろまでへとへとになるぐらい、テニスをやった仲間です。 一人は着物の帯の仕立てを行っている友人です。 雨が降ったときには降ったで、電話で1時間も2時間も話していた友人です。 どうも二人とも人から教わることが苦手なようで、いつも練習メニューを考えながら行い、最後はシングルスの試合をしてました。 下手なりにねちっこい二人でした。

 私たちのクラブで一番強い方と試合をしても、なかなか勝てなかったのですが、その方に一度勝てた時には、それこそ大喜びでした。

 もう一人の気のおけない友人は、グラフィック関係の仕事をしており、我が家から子猫が2匹もらわれていった親戚のような方です。 居眠り運転で2度まで自損事故を起こしながら、無事で済んでいる仲間です。 当時は割りとストレート系のボールを打ち、どちらかというと自滅してしまうタイプです。

 もう一人は口数は少なく、紳士然と友人です。 テニスのプレイスタイルも淡々としている感じで、建築の設計関係の仕事を行っていました。 好男子の部類に入る方です。 奥さんもテニスを行っていました。

 もう一人の方は一緒にテニスを行ったことはありませんが、やはり建築設計の関係の方で、議論が好きな方です。 たまに会いますと大抵はその近くの居酒屋で、ちょっと一杯いきますかという感じになる雰囲気を持っております。

 私はいつも自分自身を裸にしています。 人によって自分を変えるのは不自然だし疲れるからです。 また、自分が裸にならなければ、相手も裸にはなってもらえません。 先ず率先して自分の裸を見せることにしています。 そんな接し方をしていると、しばらく会っていなくても、昨日会っていたような感覚になるものです。 

 できることなら一人でも良いから、心と心の襞の触れあいをしたいと、いつも願っているのです。 そのための出会いを期待して、いつも裸になっているのかも知れませんが。

若い頃に原発で使われた部品の修理しに行ったことを思い出しました

2011-03-20 13:25:42 | 社会・経済

 叔父から手伝ってくれと云われ、東京から常磐線に乗って出かけました。 何処にいくとも言わずにです。 次第に浪江駅に近づき、ちょっとやばいなあと思っていたら、案の定、浪江駅で下車するというのです。

 私には、原発関係の仕事に行くと云えば、断わられると思ったからでしょうか。 結局、1週間以上泊り込みで、福島第1か第2原子力発電所の近くの作業場で、洗浄されたものの修理を行いました。

 作業場までは、そこで働く作業員が宿舎から専用の小型バスで通います。 その車中で色々な話を聞くことができました。 原発関係の仕事をすると、奇形児が生まれるということが常識で、結婚しても子供は産まないということです。

 私は、そのときには2人の子供が生まれておりましたので、それほど心配はしませんでしたが、遺伝子は傷つけられているだろうなあと、漠然と感じていました。 もうこれからは、子供を産ませるような行為はできないだろうなと。

 私の仲間たちは原発には問題があり、建設すべきでないという考え方を持っており、広瀬隆さんの本も読んでおりました。 よく考えてみれば、4つの大陸のプレートが重なり合い地震がいつ起きてもおかしくなく、なおかつ活火山が多いのが日本です。 そこに原子力発電所を建設することが、問題であると指摘していました。 また半減期が長い放射性物質の処理が、大変なのです。

 浪江からの帰り道に、いわき市に友人が住んでおりましたので寄って、テニスを一緒にしたのです。 ご夫婦が友人です。 その二人に「先日の地震はどうでしたか」と尋ねました。 山の方なので揺れてはいましたが、後は幸いにも何もありませんでした と返ってきました。 アグネスラムに似た奥さんと若武者のようなご主人の2人でしたが、また久しぶりで会いたくなりました。




普通に生活出来ることを改めて感謝したい

2011-03-18 11:27:44 | 自然

 福島第1、第2の原子力発電所が東日本大震災の影響で、原子炉の冷却装置に支障が出て発電が出来なくなり、原子炉上部の建屋が水素爆発して、ふきとぶという事態にまで発展しました。 私は元々、地震の巣窟である日本に、とても危険な原子力発電所の設置には、反対してきました。

 残念ながら危惧してきたことが現実になりつつありますが、後は最悪の事態にだけはならないことを祈るだけです。 ましてや原発で懸命になって対処されている人たちのことを思えば、何をかいわんやです。

 需要と供給のバランスが崩れて、計画停電という初めての試みを行って、私達も敢えて甘受して生活を送っています。 被災した人達や原発で対処している方々、被災地で当面の対策に当たっている方々の活動を思えば、私たちの多少の不便は仕方がないものと素直に感じるのです。

 地震で建物が倒壊したのではなく、その後に起こった津波による被害のほうが、はるかに大きくなるとは、誰も思ってはいなかったのではありませんか。
元々リアス式の三陸海岸は津波には弱いと、教科書にも書いてあったような気がします。 

 いつも普段通りに生活出来ることを、滅多に感謝することはありませんでしたが、今回の震災の地震の大きさを感知し、被災者の方々の映像を見るにつけ、改めて普段通りの生活ができることに、感謝するのです。