ひとり座禅のすすめ

自分ひとり、坐禅(靜功)を日常生活の中で取り入れていくと今までと違った感覚を覚えていく。

結核は高原療養を行なっていた時には座禅と同じことを

2013-04-30 07:01:52 | 座禅

 芹沢光治良さんの「神のシリーズ」を読むようになってから、3回り目になりました。 何回読んでも、新鮮な感じがいたします。 それというのも半身浴をしながら読むせいでしょうか、身も心も洗われるようで、不思議な感じがします。

 改めて「神の微笑み」を読んでいると、結核の治療薬がなかった頃に、スイスの高原療養所で行なっていた自然療法が、まったく座禅と同じような雰囲気で、行なわれていたことに気がつきます。

 三方が外部に開放されている療養室で、毛布に包まりながらシーンと静まりながら、雑念を払い、眠らず、考えず、ひたすら偉大な力がわが生命に招くように、2時間上を向いて寝るという治療法を、行なっていたというのです。

 当時は、結核になると直ぐに死に結びつくという時代でした。

 私は1時間しか、深夜に座禅を行っていませんが、芹沢さんの高原での闘病生活を考えれば、2時間の座禅時間は必要なのかも知れません。 「神のシリーズ」も3回り目になりますが、大切な箇所を読み落としているのかもしれません。

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訪ねて来られる方をいつも温かく迎えたい

2013-04-29 07:40:47 | 自分

 昨日は、私のところへ時々来られて話をしては、明るい顔で帰られる方が、若い頃の写真を見せてもらいながら、笑いながら話をしました。

 10年前ぐらいに、脳腫瘍の手術をした後、治療に放射線を使ったために、頭髪もちょっと少なくなってしまったので、改めて若い頃の写真を見て、その美しい輝きに眩しさを感じたぐらいです。

 本人に聞いてみると、恋をしている頃の写真だというのです。 写真は正直です。 その顔の表情の裏にあるものを、ちゃんと写し出しているのです。 思わず、その若い頃の写真を、パソコンにスキャンして保存したほどです。

 私は、訪ねて来られる方は、どんな方でも、いつも温かく迎えられるように心がけています。 よほど自分が忙しくて、その対応が出来ない時を除いてですが。 それは、営業で訪ねて来られる方にもです。

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臍下丹田が活性化すれば腸の蠕動運動が起きる

2013-04-28 11:25:53 | 臍下丹田

 友人が便秘で、お医者さんから貰った薬を服用しているけど、まだ調子がよくないとこぼしていました。 また他の友人も、アロエを飲んでいる、青汁を飲んでいる、大草丸を服用していると話しています。 大方は、繊維質のものを飲めば、腸の調子も良くなるようです。

 私は、今まで幸いなことに、便秘になったことがありません。 生まれて初めて座禅(静功)を行なってから1ヶ月半で、下腹にある臍下丹田が活性化し、いつも丹田は心臓のように鼓動し、体全体にその響きを伝えます。

 その響きが結果的には、腸の蠕動運動を促し、腸内に食べ物が溜まることはないようです。 

 また20数年前に、腎臓結石になって以来、勤めて水分を摂取するようにしておりますので、そのことが便通を良くしているのかも知れません。 改めて自分の体が、普通に動いていることに、感謝したいと思います。

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芸大生が仏像を彫る姿の映像を見て

2013-04-27 11:20:09 | 文化

   昨夜、深夜の1時間の座禅のあとに、たまたまテレビを見ていたら、東京芸大の修士課程の学生が、お寺にある仏像をスキャンして、その仏像とそっくり同じものを作る過程の映像が、映し出されていました。

 仏像の顔の表情の作り方の難しさや、仏像を掘り込むために、新たに彫刻刀を作ってもらったりしていました。 製作に集中するために、一時撮影も遠慮してもらうことも、あったようです。

 1年近く掛けての製作で、いかに意識を集中するかの、その真剣さに心を打たれて見ていました。 そんな時に、ふと途中で休んで、座禅を行っていたら、製作過程は、どうなっていただろうかと感じたのでした。

 人が意識を集中しながら、何かを行なっている姿は、不思議なことに、美しく見えるものだと、改めて感じました。

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体の微妙な変化を楽しむことで座禅が楽しくなるのかな

2013-04-26 07:17:01 | 座禅

 昨夜の1時間の座禅の雑念の中で、なぜ私は座禅が楽しくなったのだろうかと、改めて考えてみました。 肩の力を抜きリラックスし、体のどこにも力が入らないように胡坐を組んで坐り、ただひたすら深呼吸の要領で呼吸し、吐く息を出来るだけ長く吐いて1時間続けていたら、初日から体に微妙な変化が表れて、なんとなく毎日続けるようになったのです。

   生来、意識しなかった呼吸を、意識する呼吸を行うようになったため、日常的なあらゆる時間に、軽く目を瞑って、上半身を頭のてっぺんから引っ張られているような感覚で維持し、口を閉じて鼻だけで呼吸し、吐く息を長く吐き、吐く息を体の中へ吐く呼吸(逆腹式呼吸)を行ないました。

 したがって意識しなくても、体の中へ吐く呼吸が、普通の呼吸になっていたように思います。 したがって家にいるときには家族から、体の中へ吐く息音がうるさいと、何度も云われてしまうのでした。 そんなときに、ああそこまで普通呼吸になっていったのかと、思わず心の中で笑ってしまうのでした。

 長く吐く呼吸を行い、吐く息を体の中へ吐くことによって、私たちが生来持っていた機能(気感―気を感じる能力)を回復すると思っています。 私たちの体の中には経絡という気の通り道が、体の中の神経の腺に沿って流れているといわれています。

 長く吐く呼吸を続けることによって、次第に経絡の通りをよくするために、体のあらゆる部分に刺激を与え、結果的に体に微妙な変化を与えるのです。

   特に骨と皮がくっついている箇所で、背中や頭部(頭皮の裏側)が一番感じやすいのです。 更に微細な神経細胞がある脳内にも、微細な経絡があるため、深化の過程で脳が一番感じやすい部分になります。

 そんな体の微細な変化を楽しみながら座禅を1時間、毎日続けるうちに、日常生活のストレスを解消してくれ、なおかつセクシャルなエクスタシーをはるかに超える、崇高な至福感を感得することによって、更に座禅の楽しさが倍加したのかも知れません。

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座禅の楽しみが分かれば多くの方が癒されるのですが

2013-04-25 07:18:46 | 座禅

 深夜の1時間の座禅を毎日続けていて、ふと思うのは、座禅がこんなにも素晴らしく楽しいことを知れば、多くの人が癒され、生活を喜びながら暮らせることになるのになあと思うのです。

 ただ一日の生活サイクルの中で、静かに坐って長く吐く呼吸を、1時間行うだけでよいのですが。 ストレスからも解放され、崇高な至福感を感得し、したがって毎日の生活が、どんな状況下にあっても、楽しく暮らすことができるのにと感じるのです。

 私も、10数年前に生まれて初めて、座禅(静功)を行なうまでは、皆目分からなかった世界です。 それも生来行なってきた意識しない呼吸を、ただ呼吸を意識して、吐く息を出来るだけ長く吐き、吐く息を体の中へ吐くだけなのです。 なおかつ1時間続けることです。

 残念ながら、一般的な座禅会では、30分しか行なわないことが多いのです。  途中休憩して、30分の座禅を2回行っても、いけないのです。 連続して最低1時間は行う必要はあります。

 45分行なう座禅会もあるようですが、私の体感から云えば、さあこれからだぞうという時に、やめてしまう感じがします。 やらないよりはやったほうが良いのですが。

 1時間の座禅を続けることによって、座禅の真髄―楽しさを感得できるのです。 私自身は、座禅を修行などと思ったことは、一度もありません。 楽しいから続けているのです。

 座禅を行っていると、ふと誰かの懐に包まれているような感じがするときがありますが、芹沢光治良さんの「神のシリーズ」に出てくる大自然の力に、包まれているのかなあと思うときもあります。

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空の理念は良いのだが肺と丹田の動きは同期しない

2013-04-24 06:57:34 | 座禅

   私は、無我夢中で我流の座禅(静功)を行なってきました。 幸いなことに、既成の腹式呼吸も逆腹式呼吸も知りませんでした。 ただひたすら、深呼吸の要領で、大きく吸って出来るだけ長くゆっくりと吐く呼吸を行いながら、真っ暗闇の中で、1時間胡坐を組んで、静かに坐っていただけなのです

 たまたま初めて行なった1時間の静功で、頭のてっぺんにある百会が活性化し、電子の輪の帽子を被ったような感じになったので、何となく面白半分、興味半分で、続けるうちに、あれよあれよと体に微妙な変化を与えるうちに、1ヵ月半で自発動を伴いながら、下腹の臍下丹田が動いてしまったのです。

 したがって参考になるような本を痕から読んで、ああこういうウことだったのかと理解してきたのです。 ただひたすら長く吐く息に、体の中へ入っていく息を追うようにして、そのことだけに意識を集中していました。

 長く吐く息だけに意識を集中していると、1時間はあっという間に過ぎていくのです。 したがって友人の病気回復を願って、坐っていた3時間も、あっという間に過ぎていったのです。

 そんな我流の座禅を行う中で、一番大切なことは、すべては自然の流れに任せ、自然の摂理に従う気持ちを持つということでした。 

 吐く息を吐き切る寸前まで吐きながらも、そのちょっと手前で軽く息を止め、また大きく息を吸うという逆腹式呼吸も、無理をしながらも、あくまでも自然の流れが大切なのです。

 その意味で、肺の動きと下腹の臍下丹田の動きについては、一般的に腹式呼吸は、始めに肺からと下腹から同時に吐き出すという「空の理念」は、理念そのものは立派なのですが、必ずしも肺の動きと臍下丹田の動きは、同期しないと感じております。

 逆に、相反する動きになっているのが、体の生理的な自然の動きだと思っています。 肺から息を吐く時には、臍下丹田で気を吸う、肺から息を吸うときには、臍下丹田で気を吐くという関係が、自然の動きであると感じております。

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半身不随の友の奥さんに寝ながらの呼吸法を伝えたい

2013-04-23 07:59:37 | 逆腹式呼吸

 奥さんが突然、脳溢血で倒れて、これからのことを考えたら、仕事も手につかなかった友人から、そのことをメールで伝えてくれたのは、つい先日でした。

 幸いにも長い眠りから覚め、今はリハビリを行ない、半身不随ながらも少しは歩けるようになったというのですが。

 枕はできるだけ低いほうがよいのです。 寝る時は上を向いて寝ます。 胡坐を組んで座禅を行うときに、上半身を頭のてっぺんが天から引っ張られているような感じで維持しますが、 そのような姿勢をそのまま倒して寝たような感じが、寝る時の一番良い姿勢なのです。

 肩の力を抜いてリラックスし、両手を軽くお腹の上に置きます。 目は軽く瞑って、舌は上の歯にそっと付けます。 口を閉じ鼻だけで呼吸を行います。 

 深呼吸の要領で、大きく息を吸います。 吸った息を出来るだけ長く吐きます。 吐く息を体の中を通って、足の裏から吐き出すようにして吐きます。 吐き出したらまた息を大きく吸い、またゆっくりと長く吐きます。 できるだけ吸う、吐くのリズムが自然に流れるように吐くのが良いのです。 この呼吸を繰り返し行います。

 決して途中で息を止めるようなことは、しないほうがよいのです。 何故か、それは、私たちは生来、意識しなくても、吸う、吐くのリズムは変わらなく続いているからです。 人為的な息を止めるということは、しないほうがよいと私自身は考えています。

 この寝ながらの呼吸法を続けることにより、自分では分からないかもしれませんが、気の通る道である経絡の通りを良くしていきます。 したがって経絡の通りをよくすることによって、経絡に絡みつくように流れている神経の腺を刺激します。

 特に微細な神経細胞がある脳に、多大なる影響を与えるのです、 壊死しかかっている脳細胞を、少しずつ活性化し、生き返させることができると考えています。 ただ、長く吐く呼吸を行ったことがない方や、西洋医学だけを信じる方には、なかなか理解できないことかも知れません。

 この長く吐く呼吸、体の中へ吐く呼吸を、健康な時から行っていれば、突然、脳疾患で倒れたとしても、軽くて済むように思いますが。

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友人の病気回復を念じて天目を感得する

2013-04-22 06:47:39 | 座禅

 私の前の事務所の対面で仕事をしていた彼女(友人)が、ガンで闘病生活をしていると伝え聞いたのは、生まれて初めて座禅(静功)を行なってから間もなくでした。

 彼女とは、我が家から行ったメス猫のヒマラヤンがいる関係で、ある意味では親戚のような感じでした。 そんな中で、座禅をはじめて1ヵ月半になった時に、突然、自発動という体の気が勝手に動き出すものを通して、下腹の臍下丹田が活性化し、心臓のように鼓動を始めたのです。

 私は、その日のうちに彼女に電話をして、病気の様子を聞きました。 その上で、自分の臍下丹田が動くようになったのは、貴女を助けなさいといわれているのかも知れませんね、と話した上で、近くに見舞いに行くと伝えました。

 お見舞いに行って分かったことは、抗がん剤のことは勉強はしているなとの印象がありましたが、抗がん剤の治療は、一時的には腫瘍マーカーが下がるものの、健康な細胞まで傷つけるために、また腫瘍マーカーの値が上がってしまう、いたちごっこがあり根本的な治療は出来ないと、私自身は感じておりました。

 私はその夜から、彼女の住まう家のほうを向いて、深夜に3時間、座禅を行いながら、彼女の病気回復を願って祈りました。 

 先ず、私の周りの悪い気を、宇宙の遠くへ飛んでいくように念じた後に、清新な宇宙エネルギーを私の体を通して、彼女の体へ送るように願うのです。 私から送った清新な宇宙エネルギーが、彼女の頭のてっぺんにある百会から入り、体の中を循環するように念じ、その後、彼女の体の中にあった悪い気は、追い出されるように体外に排出されます。 その排出された悪い気は、宇宙の遠くへ飛んでいくように念じます。

 何度も繰り返し、上記のことを願います。 3時間はあっという間に過ぎていきます。 

 私は、そのときに、私のおでこの中心部から、何かが出て行くのを感じたのです。 丁度、手塚治の漫画「三つ目が通る」の主人公は、おでこの中心部に三つ目があるのですが、そのものずばり同じものでした。

 反芻すると、特別なことを行なおうとすると、三つ目が動くということでしょうか。 最近は殆んど、三つ目を感じるようなことは行ないませんが、胎息で座禅を行うときには、時々、三つ目を感じることはあります。

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胎息でひたすら全てが静かになるのを胡坐を組んで待つ

2013-04-20 08:21:09 | 座禅

 この3日間は、いつものように午後7時には寝られず、恩師宅、ドームの阪神巨人戦、設計仲間との総会・懇親会と続きました。 したがって11時に寝ることになり、ちょっぴり昼間は眠い感じです。

 深夜の1時間の座禅は、午前3時ごろからはじめます。 羽毛の枕をお尻に敷いて胡坐を組みます。 肩の力を抜き、頭のてっぺんが天から引っ張られているような感じで維持します

 床に上半身が垂直に坐ることにより、少なくとも上半身には力がかかりません。 重心が上半身の垂直上にあることによって、床からの班力が生じますので、上半身には力がカかららないのです。 両膝では上半身を維持することはしません。 両膝はあくまで、転倒しないように床に触れるだけです。

 長く吐く呼吸は、現在では殆んどしません。 胎息を行ないながら半跏趺坐で坐ります。 部屋は真っ暗闇です。 したがって目は半眼にする・しないは意識しません。 静かにして坐るのですが、決して眠くなることはありません。

 体の中を循環する気の動きを感じますので、眠くなることはありません。 特に脳を刺激します。 はじめは強く、硬く感じますが、時間の経過と共に、その流れは緩やかになります。

 その微妙な変化を感じ取りながら、ひたすら坐り続けます。 45分ぐらい経過すると、その刺激のあり方が緩やかに、優しくなります。 このことが全てのストレスから解放し、私を崇高な至福感に導きます。 その時間は長ければ長いほどよいのです。 足の痺れを感じなければですが。

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