閑居シニアの写真館

リタイヤして30年、いろいろと写真を写し続けています。最近は身近な風景を見たまま気ままに写真を楽しんでいます。

初秋の昭和記念公園

2016-10-31 09:54:55 | 日常

10月上旬

初秋の昭和記念公園を訪れる。

初秋のボート池。

ススキの穂が開きそよ風に揺らいでいた。

小春日和の天気に恵まれ、ボートをこぐ人、池の周囲を散歩する人達で賑わっていた。

ソフトモードにセットし、初秋の雰囲気を出して見た。

何時もの散歩コースをたどり、蓮池(勝手に自分でつけた名)に出る。

咲き残ったスイレンが彼方此方に残っていた。

たまたま花の近くに鯉が現れ、餌をねだるしぐさが可愛らしかった。

この池もソフトムードに仕上がるエフェクト操作で撮影。

何処となく絵画的に見える所が面白い。

ハーブ園には名は知らぬが黄色い花が咲いていた。

左側の枯れた花が気になったがそのまま写してしまった。

これもソフトな感じに仕上げた。

暫く歩くと、金木犀の匂いが漂ってきた。

見ると金木犀の大木があり、花がびっしりと付いていて芳香を放っている。

青空の中の黄色い花が美しかった。

ここから今日の目的の一つコスモスの花畑に向かう。

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ロマンチック村と酒蔵

2016-10-29 10:08:28 | 

ロマンチック村

鮎を食した後は、「道の駅うつのみやロマンチック村」で昼食をとる。

この村は、46Haの滞在体験型ファームパークと云う事だ。

中には森のエリア、集落のエリア、里のエリア、温泉、プールを備えた宿泊棟などがある。

広さは東京ドーム10個分の広さだそうだ。

 

入り口を入った所は左側に食品販売の店が並び、右側には花や、地元産の野菜などを売る店が並ぶ。

左奥が温室で熱帯植物を見る事が出来る。

正面入り口。

ガラス張りの円形ドームになっていて室内は明るい。

室内には熱帯植物の花を見る事が出来るが、意外と狭い感じだった。

写真は温泉施設、「湯処あぐり」だ。

中には」温泉、プール、宿泊施設等が完備しているらしい。

時間の関係で訪れる事が無かったので、中の様子は分からない。

この「ロマンチック村」はあまりにも広く、時間の関係でほとんど回ることは出来なかった。

酒蔵

「ロマンチック村」を後にして、ある酒造りの店に行く。

ここは地下の洞窟に日本酒を貯蔵すると云う珍しい酒蔵だ。

地下洞窟が縦横に掘られていた。

この酒蔵の特徴は、オーナーを募り、オーナー所有の酒をオーナーズボトルとして保存してくことが出来ると云う珍しいものだった。

酒を嗜まない私には無縁の事だが、日本酒愛好家にとっては素晴らしい施設なのだろう。

この日の旅行は、この酒蔵を最後に帰途に就いた。

バスツアーの欠点は、見学時間が限られていてゆっくりと滞在できないところだが、一日で色々な所を見学できると云う利点もある。

今後も体調が良ければこのようなツアーに参加したいと思っている。

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氏家大橋観光やな

2016-10-28 09:27:47 | 

観光やな

大谷観音見学を終わり、次に向かったのが多分鬼怒川だと思うが、「氏家大橋観光やな」と云う食事処に向かった。

バスは何と河川敷の中に乗り入れて行く。

川原は一面ススキの穂で埋め尽くされた感じだった。

その中を暫く進んだところに釣り宿風の食事処に着いた。

残念ながらその建物の外観を撮影する事を忘れた。

現在はシーズンオフのため「やな漁」はやっていなかった。

 

店内に入ると、店主が串に刺した鮎を焼いていた。

葭簀で囲まれた店内のテーブルで鮎の塩焼きを食べる。

大形の鮎は大変美味しく、一匹では物足りなかった。

もっと食べたかったが、まあ観光ツアーではこんなものだろうと諦めた。

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大谷寺(大谷観音)

2016-10-27 09:59:52 | 日常

大谷寺と庭園

平和観音の近くに大谷寺(大谷観音)がある。

大谷寺は凝灰岩層の洞穴内に堂宇を配した洞窟寺院。

本尊は凝灰岩の岩壁に彫られた高さ約4.5mの千手観音で、一般的に大谷観音と呼ばれている。

大谷観音と云えば大谷寺のことを言う。

この寺は外観の撮影はOKだが、堂内はすべて撮影禁止になっている。

カメラに手を触れただけで制止されると云う厳しさだ。

堂内の岩壁に彫られた石仏は見事なものだった。

これらの石仏を紹介出来ないのが残念。

庭の所々に仏像が安置されている。

寺の裏手に庭園があり、その中に弁天堂があった。

    

弁天堂の両側には白蛇の置物があり、それに触れる事で幸せになると云う。

庭園内の木々は微かに色付き始めていた。

短い時間だったが素晴らしい仏像を拝することが出来、心が洗われるような気分だった。

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大谷資料館 3

2016-10-26 10:15:08 | 

採石資料展示室と平和観音

 

資料室には石の切り出しに使った道具や作業衣などが展示されていた。

石で作った竈や蔵の模型等もあった。

売店では大谷石で作った蛙などが販売されていた。

 

資料館の正面には採石された跡が露出した山が見える。

資料館横には小さな滝があったが自然の物か人工の物か良く分からなかった。

資料館から徒歩3分ほどの所に、大谷石の採石跡を切り通しのようにした道を行くと、右側に平和観音がある。

 

平和観音

1948年から6年かけて大谷石の採石場跡、凝灰岩層壁面に総手彫りで彫られた高さ26.93m、胴回り20メートルの石造り観音菩薩立像と云う事だ。

確かに大きい。

傍に寄ると見上げる感じだ。

像の前は憩いの場となっている。

像の周囲には階段があり、像の上に出ることが出来る。

そこから大谷の街を見下ろす事が出来るそうだ。

時間が無く、そこまで行く事が出来なかったのは残念。

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大谷資料館 2

2016-10-25 09:19:09 | 

大谷石採石場跡

昨日の話の中で資料館内採石場跡は暗く、写真撮影は困難だったと述べたが、ビデオ撮影も平行して行っていた。

その映像が意外と良く、そこから静止画を起こしたものを、紹介することにする。

多彩な照明が所々に施され、しかも数分おきに照明の色が変化する場所もあった。

地下にも高低差があり、階段が作られている。

 

ビデオ映像はピンボケ、ぶれも無く比較的きれいに写っていた。

壁面に縦横の線が刻まれているが、これが石を切り出した切込みの跡なのだろう。

上の写真は切り出された石。

石の切れ目から外の景色が見える所があった。

以前訪ねた時にはこんな感じの採石現場だった。

高さ20メートルにも達する地下で規則正しい大きさの石を切り出していたのが印象に残っている。

大分前になるがこの地下の採石場が崩落し、地上に大きな穴をあけた事件があった。

この資料館を見学しながら、この事件のことなど思い起こし一寸不安を感じた程、圧倒的な広さと威圧感だった。

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大谷資料館(大谷石採石場跡)

2016-10-24 11:02:07 | 

大谷石採石場跡

23日、自治会主宰バスツアーに参加。

宇都宮大谷資料館に行った。

まだ盛んに砕石が行われていた頃、撮影に行ったことがある。

採石された跡がむき出しにされた崖に囲まれるように大谷資料館があった。

地下坑内入り口から採石場跡に入る。

 

地下にどれくらい下りたのか、階段を地下深く下りて行く。

帰り道果たしてこの階段を上って帰れるだろうかと心配だった。

中は殆ど暗闇の状態で、所々ライトアップしているので、辛うじて足元が見える感じだった。

天井までの高さは10メートル以上、もっとあるかも知れないもの凄く広い空間を歩く。

あまりにも暗く写真は写せない。

フラッシュが届くとは思えないような空間だ。

ライトアップしている所だけ写したが、それでもぶれてしまった。

こんなモニュメントが置いてあった。

何で出来ているかは不明。

坑内の温度は10度位で寒い位だ。

所々に採石状況を示す写真が展示されていた。

地上への階段をやっとの思いで上り、地上に出た。

昔、訪れた採石場とはイメージが違う感じだった。

昔は切り出された石が坑内に積み上げられ、天井部分には青空が見えていた。

露天掘りに近い状態だったような記憶がある。

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古いアルバム 12

2016-10-21 09:07:21 | アルバム

富士山・風景

忍野の富士山。

1960年頃撮影したもので、赤外写真効果を出すために赤いフィルターを掛けて撮影した写真。

この頃はカラマツ林があったが、現在はすっかり無くなっているようだ。

同じ所からの撮影だが、縦位置撮影として富士山の大きさと高さを表現しようと、望遠撮影をした写真。

山中湖畔、この頃は観光道路も完備されていなかった。

湖畔に並べられたボートが印象的だった。

夏の撮影で山頂には雪が無い。

河口湖畔。

富士山と同じく赤外撮影効果を狙ったもの。

同じく河口湖畔。

ハイコントラストな写真で厳冬の感じを表現した写真。

この写真は、国分寺市内の雪景色。

ハイコントラスに仕上げることで、河口湖畔の写真と同じく厳冬をイメージした写真。

この写真は、鎌倉由比ヶ浜で撮影。

広い海と空を逆光線で撮影、ドラマチックな写真に仕上げた。

これまで古いアルバムの一部を見てきた。

私の18歳から30歳頃に写した写真だ。

この頃は色々な地方を回って、撮影をしていた。

その一枚一枚の写真には色々な思い出が詰まっている。

どんなにつまらない写真でも半世紀以上たって見ると、どの写真も貴重な時代の証言者であることを実感する。

これからも健康でいられる限り、身近なものに目を向けながら写真を撮り続けて行こうと思っている。

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古いアルバム 11

2016-10-20 09:42:16 | アルバム

浦安・商売

1960年代の浦安は、町の中を流れる川の両側に漁船や漁師の家が並んだ漁師町だった。

狭い路地に廃船だろうか、置かれている様な町だった。

そんな路地裏で遊ぶ子供たち、二人の男の子が前掛けをしている。

今思うと、着る物も少なく、洗濯も毎日と云う訳には行かないために、着物の汚れるのを出来るだけ防ぐ意味があったのではないだろうかと思う。

現在の浦安を訪ねたことは無いが、近郊住宅地として近代化された町になっている。

東北地震で、地盤の沈下や液状化問題で、一躍有名になった町でもある。

商売

現在ではあまり見かけない下駄専門の店だ。

下駄が所狭しと並べられ、店主が下駄の鼻緒をすげる姿が普通だった。

当時はまだ、下駄の需要が多かったのだろう。

こんな雑貨屋さん?もあった。

主にざるの類が多く、台所用品を売っていたのだろう。

リヤカーを改造した屋台?に日用品を積んで歩く行商人も多くいた。

この日見たのは、70歳を超えたおじさんだった。

こんな重い物を引いて売り歩くのは大変だろうと聞くと、もう何年もやっているから別に苦にならないと云う元気な声が返ってきた。

高度成長期に入る前の日本はまだまだ昔の姿が色濃く残っていた。

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古いアルバム 10

2016-10-19 08:48:31 | 日常

表参道付近

表参道、原宿駅近く。

代々木公園内の道路が日曜日に開放され、1975年頃、「竹の子族」と呼ばれた若者たちが、色々なパフォーマンスを繰り広げ話題になった。

1964年頃、既成の秩序にとらわれず、自由な考え方や行動を示す青年たちが現れた。

これらの若者たちを「みゆき族」と呼んだ。

彼らが銀座みゆき通り近辺にたむろしていた事から、「みゆき族」と呼ばれるようになった。

この時代、自由に自分を表現したいと云う若者たちが輩出した時代だった。

その頃の、原宿竹下通り。

「竹の子族」と呼ばれる若者たちで賑わった。

現在も若者たちのメッカになっている。

アイスキャンデー売り。

エアコンが出来たのは1958年頃、当時はクーラーと呼ばれ、冷房だけだった。

まだ高価で一般家庭にはまだ普及していなかった。

庶民のクーラーは、かき氷にアイスキャンデーだった。

アイスキャンデーは一本10円だったと思う。

私も学生時代にアイスキャンデー売りをしたことがある。

買う側は涼しくなるのだが、売る側は汗だくだった。

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