唐松林の中に小屋を建て、晴れた日には畑を耕し雨の日にはセロを弾いて暮したい、そんな郷秋<Gauche>の気ままな独り言。
郷秋<Gauche>の独り言
大学をナメてんじゃね〜よ!
入学前の想像と違う? 大学生活にギャップを感じた大学生は6割弱「意外と勉強漬け」(マイナビ学生の窓口)
https://gakumado.mynavi.jp/gmd/articles/53185
大学は、今やほとんど義務教育化された高校を卒業した人の中で、さらに勉強したい人が来るところです。自宅通学でも4年間で500万円、自宅外ならさらに500万円を親に出してもらって遊びに行く「夢の国」ではありません。
おじやおば、高校時代の先生から聞いた、授業はサボり放題、部活とアルバイト、自由な時間を満喫できた大学生活は過去のものです。もし、そんな大学にあなたが入学したのなら「とんでもない大学に入ってしまった!」と後悔するべきです。大学は勉強するところ。勉強が大変で当たり前。自身の価値を高めるためにあるのが大学なのです。勉強したくない人は来なくてよろし。
例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、我が家の庭のエゴノキの花。
「恩田の森Now」 http://blog.goo.ne.jp/ondanomori に、ただいまは5月2日に撮影した写真を9点掲載いたしております。初夏へと移ろう森の様子をご覧いただければ幸いです。
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文科省が赤字経営の大学に「イエローカード」
文部科学省は、経営悪化が著しい私大に対し、事業撤退を含めた早期の是正勧告をできるような制度改正の検討に入ったとのニュース。少子化に伴う学生の定員割れが深刻化し、私立大学の4割が赤字経営に転落。「大学倒産」で学生に影響が出かねないと判断とのこと。
大都市圏以外に所在する小規模大学・短大の中には相当期間赤字が続いているところが多いようです。1992年には205万人であった18歳人口が2005年に137万人、2017年には120万人に減少。さらに2032年に98万人となり、2040年には88万人まで減少するとの試算もあるなど、大学業界は「構造不況業界」なのである。
民間企業ならば不採算事業を切り捨て、新規事業を展開することによって活路を見出すこともできるが、大学の設置や新学部・学科設置、定員増はすべて文部科学省が許認可権を握っているのでそう簡単にはできない。そんな中でも、お友達が経営する法人の新たな大学設置にはやけに熱心だった人もいけれど。
そもそも、18歳人口の減少が見えている中で安易に大学の新設を認めて来た文科省にも責任の一端があるはずだが、今度は文科省自ら、赤字継続年数や負債超過の状態などを基準にしてレッドゾーン、イエローゾーン、正常状態の3ゾーンに大学をランク付けすると云う。レッド、イエローの大学に進学したい高校生はいないからますます経営状態が悪化するのは確実。稚拙な文部行政の結果を大学のみに押し付ける国の姿勢に不信感を募らせる郷秋であるぞ。
今日の一枚は、例によって記事本文とはなんの関係もない季節の花、秋海棠。
「恩田の森Now」 http://blog.goo.ne.jp/ondanomori に、ただいまは 9月3日に撮影した写真を5点掲載いたしております。夏から秋へと移り行く森の様子ご覧いただければ幸いです。
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国立大の教育学部の入学試験で面接導入の動き
今日の毎日新聞の報道によれば、
「教育学部の入試に、面接を取り入れる大学が増えている。今春の入試で面接を課したのは、教員養成課程のある国立大学の半数に達した。精神疾患で休職したり、わいせつ行為で処分を受けたりする教員が後を絶たない中、大学側は受験生が「未来の先生」にふさわしいか見極めようとしている」
とのこと。
しかしだ、僅か数分の面接で教職に対する適性や「人間力」を見極めることができるのか。見学実習、介護等体験そして教育実習を終え、いよいよ採用試験段階となった大学4年生についてならまだしも、まだ人格形成の途上にある高校3年生を面接してそんなことがわかるのか?
人や動物の命を預かる医師、歯科医師、薬剤師、獣医師養成の課程が6か年となっているのは周知のこと。にも関わらず人格形成に大きな影響を与え、引いては人の一生を左右しかねない教育を担当する教師養成課程がなぜ4 年で良いのか。
教師養成課程は学部課程4年+修士課程2年、計6か年の一貫教育とすべきだと私は考えている。大学入学時、あるいは4年次に実施される教員採用試験でのわずかな時間の面接ではなく、より多くの時間を当てた教育実習の中で時間をかけて教師としての適性を見極めるのが良い。
先にも書いたように医師、歯科医師、薬剤師、獣医師養成の課程が6か年であるのに国家百年の計を担う教育、その教育を支える教師の養成課程が4年で良いわけはないのだ。
蛇足ながら、全入時代となり高等学校同様学費の無償化が検討されるに至った大学の教員についても、初等・中等教育の教員免許に準ずる教師養成課程とそれに対応する免許制度が必要であると郷秋<Gauche>は考えていることを付記しておく。
注:文中の「教師」の語は、多くの職業の中の一つとしての「教員」ではなく、若年者を教え導き、人の手本となる人であるべき、特別な仕事であることに鑑みて敢えて当てたものです。
と云うわけで今日の一枚は、例によって記事本文とは何の関係もない、そろそろ終わりを迎える苦瓜、ゴーヤーの花。
「恩田の森Now」 http://blog.goo.ne.jp/ondanomori に、ただいまは8月14日に撮影した写真を7点掲載いたしております。やけに雨の多い今年の夏の森の様子ご覧いただければ幸いです。
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天下る?
文部科学省のお役人の「天下り」問題が新聞紙上を賑わしてしばらくになるが、考えてもみればこの「天下り」と云う言葉を、退職公務員がそれまで管轄・監督の対象であった民間企業(大学も私立の場合には民間企業体)に、職権を乱用し不正に再就職する場合に使いのは変じゃないか?
「神が天界から地上に降りる」のが天下り(正しくは天降る)ではないのか。某大学の教授になった元官僚は神ほどにお偉い方なのか。まぁ、受け入れた大学としては、「天下って」もらえば文科省から押しつけられる無理難題も容易く解決してもらえる、我が校の申請は難癖がつけられることもなく受理、認可してもらえるとなれば、確かに神に等しいありがたい存在であろうな。
文科省の現役職員としても「情けは人の為ならず」。いつかは自分もそうしてもらえることを大いに期待して、大学の教授職に相応しい研究歴や論文・著書と云った業績など皆無でも、長年教育行政に携わったことのみを評価し資格審査などは見て見ぬふり。これをお手盛りと云わずして何と云う。
郷秋としては珍しく、中学の時に「公務員はPublic servantと云うのだ」と教えられたことを今でも覚えている。こちらが主人だなどと思ったことはないけれど、市民のために、国民のために仕事をするのが自らの使命であることを、「天下り」たい皆さんには是非とも思い出していただきたいものであるぞ。
例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、春の野の花の代表、ナズナとホトケノザ。どこにでも生えて咲いているので、できるだけ踏みつけないように歩くのにも苦労します。
毎週撮影・掲載している「恩田の森Now」に、ただいまは2月5日に撮影した写真を4点掲載いたしております。本日撮影した写真は明日以降の掲載を予定しております。
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私立大学の44.5%が定員割れ
日本私立学校振興・共済事業団が今年実施した「学校法人基礎調査」の結果をまとめた「2016年度私立大学・短期大学等 入学志願動向」を公表した。
http://www.shigaku.go.jp/files/shigandoukou283.pdf
大学全体に占める入学定員未充足校の割合は44.5%(前年比1.3ポイント増)となった。一方、集計対象となった577校全体の定員充足率は104.4%と100%を超えている。「ねじれ」にも見えるこの矛盾の原因は大都市圏の大規模大学に入学者が集中し、地方に多い小規模校の入学者が大幅に減少しているところにある。
短期大学は集計対象の311校全体の定員充足率は90.07%(前年比2.71ポイント減)で、入学定員未充足校が66.9%(前年比5.9ポイント増)もある。ただし、東京・神奈川の短期大学の入学定員充足率は100%を超えており、大学同様地方の短期大学に入学定員未充足校が集中していることが伺える。
例えば、大学設置基準(この基準が満たされていないと大学を設置することが出来ない)により入学定員100人(収容定員400人)の大学には10人の教員が必要だとする。大学を設置する学校法人は10人の教員に支払う給与と学校運営に必要な諸経費を400人の学生が納入する授業料から支払う。所謂利益はほとんど無いと考えて良い。この大学のある年の入学定員充足率が50%、つまり入学者が50人になったとすると教員の給与など学校運営の諸経費支払いのための資金が1/8不足することになる。この状態が4年続くと必要な資金の半分が不足し支払いが滞り、これが続くと倒産することになる。大学も倒産するのだ。
「動向」を仔細に見ていくと、入学定員充足率が50%未満の大学が13校、短大が11校あることがわかる。この24の大学・短大は既に倒産の危機に晒されているわけで、遠からず倒産の憂き目を見るのは必至。
大学に入ろうとする高校生は、少なくとも在学中に倒産する心配のない大学を選ぶ必要がある。まず安心なのは大都市圏の大規模校(有名校でもある)である。ただし、この手の大学に入学するのは難しい(入学定員が400-500人の大学志願倍率は3.11倍、3000人以上の大学は12.08倍)。高校生の皆さん、ポケモンGOで遊んでいないで勉強しましょう。全国の高校生が大都市圏の大規模校を目指して一所懸命勉強して目標を達成すると、地方の小規模校の経営がますます厳しくなり倒産(経営破たん・閉校)となる大学が更に増えることにはなるのですが・・・。
例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、昨日に続いて12年前に当時の最新鋭DSLR、Nikon D70で撮った凌霄花(のうぜんかずら)。
横浜の住宅地に残された里山の四季の移ろいを毎週撮影し掲載している「恩田の森Now」に、ただいまは7月19日に撮影の写真を4点掲載しております。またまた梅雨晴れ間の猛暑となった森の様子をご覧いただければ幸いです。なお、先々週と先週の撮影&掲載は都合によりのお休みしました。今週末はいつも通りの撮影&掲載を予定いたしておりますのでどうぞお楽しみに。
blog「恩田の森Now」 http://blog.goo.ne.jp/ondanomori
市立高の魅力発信
今日の神奈川新聞9面に「(横浜)市立高 魅力発信を —大学合格者数に目標値ー」と云う記事。
高校在学生とこれから高校に進学しようかと云うお子さんを持つ保護者の皆さんにとって最も関心があるのは「どの高校に行ったらどの大学に入れるのか」、更に「その大学に入ったらどの企業に就職することができるのか」でしょうか。そうなのでしょうね。だから横浜市立高校が国公立・難関市立大学への進学を数値目標として示す訳です。
国公立・難関市立大学に進学さえすればお子さんの未来はバラ色、安泰ですか?
知育、しかも受験対策に特化した教育が、子ども一人ひとりが持って生まれた個性の伸張や人格の陶冶と引き換えになされるのだとすると、その子さんの未来も日本の将来も大いに怪しいと郷秋<Gauche>は思うのです。
例えば国会議員の数々の不祥事。多くが国公立・難関市立大学卒業の国会議員にあって、あらゆる種類の不正と不法行為が行われ、不適切な発言が繰り返され、これが議会の伝統とばかり、庶民には理解のできない下品なヤジがまかり通る国会。そこには品性のかけらも感じられません。
主として経済面で幸せに生きることと、高学歴・良学歴がある部分オーバーラップする社会において、それを必要悪として是認するや否や。人間としての真の豊かさとは何なのか、自分らしく生きるとは何なのかを改めて考えざるをえない横浜市立高の進学実績数値目標でありました。
例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、大抵が大木故に間近で花を見る機会が少ない桐の木の花。落下した花を見つけて初めて開花に気づく、そんな桐の木の花です。
横浜の住宅地に残された里山の四季の移ろいを毎週撮影し掲載している「恩田の森Now」に4月24日に撮影した写真を4点掲載いたしました。小雨に濡れて文字通り緑滴る森の様子をどうぞご覧ください。
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神奈川県立高校の改革
一昨日の、親愛なる神奈川新聞の一面に「神奈川県教委が県立高校の改革素案を公表」と云う記事。少子化による生徒数減少に対応するために現在142ある県立高等学校を再編・統合しながら20~30校削減すると云う。
校数を削減しながらも特色ある高校をつくるとして、IB校、インクルーシブ教育実践校(障害の有無に関わらず共に学ぶ)、クリエイティブスクール(内容不明のカタカナ表記)と共に、「リーダーとして活躍できる人材育成を目指す学力向上進学重点校」を10校程度指定するとしている。
問題は「学力向上進学重点校」。あたかも、リーダーとして活躍できる人材と、学力向上と難関大学への進学がイコールであるかのような論調であるが、果たして本当にその二つはイコールなのだろうか。
難関大学の合格・進学が可能なのが成績優秀者に限られることは事実だとしても、ここでいう成績優秀者とは、答えのある問題を解くのが得意な者、単に記憶力に優れた者を指すのではないか。
しかし、実社会においてリーダーとして活躍できるのは、問題があるのかないのか、あるとすればどこにあるのか、その問題はどのようにすれば、解決することができるのかと云った、答えのない問題を見つけて解決する能力を持った者なのではないか。
知識はないよりもある方が良い。しかし、その知識を横に駆使し、あるいは類似の知識から類推しながら全体像に迫る想像力を持ち、これらの知識をチームとして共有しメンバーと協力し解決策を確実に推し進める実行力を持たずんば知識は単に「知識のための知識」、目の前に置かれた百科事典に過ぎない。 リーダーとして活躍できる人材と、学力向上と難関大学への進学がイコールであるかの幻想を抱いている時点で、神奈川県立高校の改革案はすでに破綻を来しているかに、郷秋<Gauche>には見える。
いや、試験において高得点を得ることが得意で、難関大学に入学・卒業し、これまた難関な試験を突破して神奈川県職員となった優秀な皆さんが考えた改革案であるからには、それはきっと多くのリーダーを生み出すことになる改革であるに違いない。でもね、郷秋<Gauche>にはそれが真に合目的的な改革だとはやっぱり思えない。難関大学合格者を多数出すこと、大手有名上場企業への就職者を多数出すことが教育の目的と結果ではない。教育の真の成果を見極めるためには長い時間を有するのだ。命の限り眉に唾しながらその成否を見ていくことにしよう。
大学4年生が臨時免許で教壇に立つ
福岡県教育委員会が、同県みやこ町の町立中学校で、臨時教員免許を持つ(責任の所在を明確にするために記すが、福岡県教委が発行した臨時免許状である)大学4年生2名が非常勤講師として勤務していることを9日に明らかにしたとの報道(朝日新聞)。福岡県教委によると教員不足を補うため措置であり、2名は県内の私立大4年の男子とのこと。県教委が2人にそれぞれ数学と技術の臨時免許を出しているようだ。
中学校二種の普通教員免許状は短期大学卒業を基礎資格として、教育職員免許法に定められた単位(約40単位)を修得し(単位ではないが介護等体験も必要)各都道府県教育委員会に申請すれば取得することが出来る。また、短期大学を卒業していなくても、4年制大学において2年以上在学、62単位以上を取得し、さらに免許に必要な科目を修得していれば二種の普通免許状の取得が可能である。
このことを考えれば、大学4年生の年齢で教壇に立っていても不思議では無いのだが、問題は普通免許状取得に必要なすべての単位を習得していないはずの学生に臨時免許状を発給した教育委員会の対応にある。件の学生らはおそらく、教員免許取得に必要な科目の一部を現在履修中であり、果たして臨時免許状を付与することが相応しいのかと云う疑問が残るのである。
もうひとつの問題は「受け持つ授業数は週5コマずつのため、大学側が学業に影響はないと判断した」ことである。勿論教委側もそれを妥当と判断していることになる。受け持つ授業は週5コマであっても教師として教壇に立つためには授業案作成・教材研究の時間が当然必要である。授業の中で小テスト、中間試験・期末試験等の作問と採点もあるはずだ。通勤のために費やされる時間もある。
臨時免許を持って教壇に立つに相応しいと大学が推薦したのだとすれば、彼らは当然のこととして教員志望の学生だろうから、今月下旬から8月にかけて実施される教員採用試験の受験勉強もあるはずだ。そこまで考えての推薦であり臨時任用であったのか。学生の将来を考えず県教委からの依頼に応えることで教委との良好な関係を維持しようとした大学の身勝手かつ短絡的な対応、自らの教員不足を解決するための県教委のお手盛り的便法ではないのか。
もしもこの2名が福岡県の教員採用試験を受験して、不合格であったらどうする。本来の教員採用試験に受かりもしない学生を教壇に立たせた福岡県教委の責任は重い。また採用試験のための十分な準備の時間を奪う要因をつくった、推薦した大学の責任も軽かろうはずはない。数年前までは団塊の世代の大量退職に伴う補充の為にある程度の数の採用があったけれど、それは小学校教員の話し。中高の教員採用は教科を問わずどの時代もどの都道府県においても厳しい選抜となっているのが現実なのである。
地方の私立大学再生はなるのか
文部科学省が、大都市圏にある大手私立大学の定員超過の抑制を検討していると云う。
その理由は、大都市圏にある大手私立大学の入学者数が大幅な定員超過となっているのに対して、地方の私立大学のうちかなりの大学が定員割れとなっている現状の是正。もっと判りやすく云えば、定員割れが続いており、放置すれば遠からず経営が困難になる地方の私立大学の救済である。
大手私立大学の定員超過の抑制は、定員超過に対するペナルティの強化で行う事が検討されている模様。つまり、現状では定員超過が20%(定員が100人の所に120人入学させる。定員充足率120%)以内であれば交付される補助金の基準を定員超過10%(同110%)に引き下げることにより、大都市圏の大規模校に流入する地方出身者を地元の私大に誘導しようと云う作戦のようだが、果たして上手くいくだろうか。
大都市圏の大規模校にはそれなりの魅力があるから受験生が集まるのであり、その結果が大幅な入学定員超過となって現れる。大学の評価基準にはいろいろな視点があることを知りながらも乱暴な云い方をするならば、出来ることなら慶応・早稲田に入りたい。それが無理なら青山学院、明治、立教、中央。それが無理なら法政、成蹊、明治学院・・・。慶応・早稲田が無理なら、青学・明治が無理なら、成蹊・明学が無理なら・・・、・・・。それが無理なら地元の大学、とはならないのである。
大都市圏の有名大学そのものにそれ程の魅力があるのかどうかは甚だ疑問ではあるが、地方の高校生にとって大都市そのものが魅力的に映ることは確かだろう。まっ、それだってホントに良いのかどうかは大いに疑問ではあるが、(高校生的視点に立てば)退屈な地方(田舎)よりも刺激の多い都会を目指す気持ちもわからないでも無いし、それは昨日今日に始まったことでは無い事も事実である。
地方の私立大学には魅力がないのである。いや、魅力のない地方(田舎)にある大学だから魅力が無いように見えているだけなのかも知れない。いずれにせよ地元にある大学だからと、地元の高校を卒業して仕方なく進学する大学ではなく、全国から受験者が集まる程の目に見える魅力がなければ、大都市圏の大手大学の入学者数を抑制しても地方の大学の受験者・入学者は増えない。先にも書いたようにSクラス大学からAクラス大学へ、AクラスからBクラスへ、BクラスからCクラスへと受験者・入学者が流れ、中堅以下の大学の定員超過率が上昇するだけである。
根本的な解決策は、地方に所在する大学の、誰の目にも見える魅力の発現とその増強であるが、云うは易く行うは難しであるなぁ。しかし、地方の大学がすべてダメかと云うとそうでもない。例えば秋田県の国際教養大学、例えば福島県にある会津大学。いずれも小規模公立大学であるが、日本全国から受験生・入学者を集めている。
Wikipediaによれば、国際教養大学在学生を出身高校所在地別学生数でみると、地元の秋田県は僅かに14%、秋田県以外の東北地方・北海道が14%、関東地方が24%、中部地方が14%、関西地方が14%、中国地方・四国・およびそれ以西が12%、外国等が約8%と全国のみならず海外からも学生を集めている。
これを稀有な成功例と捉えずに、各大学が「我が大学の魅力再発見&強化」の努力を重ねれば、国際教養大学の後に続く事ができる「かも」知れない。おそらくは文科省の施策による起死回生は無理。その末路は見えている。文科省としては、「行政として出来る限りのことはした。責任は果たした。経営破たんは自助努力が足りなかったからである」と云いたいのであろう。それが行政の常套手段なのである。
学部・学科名を変えるなど小手先の改革ではなく、自校の建学の精神を見つめ直し、他とは違う魅力を抽出し、そこから発する、全てのステークホルダーにとって判り易い人材育成目標を掲げ、目標達成のための教育課程と制度を再構築すると云う基本に立ち返ったアクションが、結局は一番効果的なのかも知れないな。
注:主旨は変りませんが、部分的な修正・追記の可能性がありますことを予めご承知おきください。
「恩田の森Now」 http://blog.goo.ne.jp/ondanomori
11月30日に撮影した写真を4点掲載いたしました。秋と冬との狭間を行き来する森の様子をどうぞご覧ください。
大学生の就職内定率71%?!
リクルートキャリア社が調査した結果、7月の大学生就職内定率が昨年同時期よりも6.3ポイント高い71.3%であったと云う記事が今日の神奈川新聞に掲載されていた。郷秋<Gauche>は、えっ!そんなの高いの?!と思った。
この手の調査結果を安易に信じてはいけないのである。まず、調査方法が怪しい。調査は7/2~10日にインターネットで行い大学生1500人が回答したと云うのだが、まず指摘すべきは、内定を持っている学生は「内定を持っている」と回答するが、内定を持っていない学生は、「内定を持っていない」とは回答しないと云う事実である。内定を持っている学生だけに調査したのも同然な調査結果なのである。
次に指摘すべきは、71.3%の学生が持っている「とされる」内定先に、その学生がホントに就職する気があるのかどうかと云う問題である。内定を持っているのは事実だとしても、内定を持ってっている会社にホントに就職する気があるかどうかは別問題である。取りあえずC社からは内定をもらった。これで就職難民になることだけは避けられるが、出来ればB社、あわよくばA社、奇跡的かも知れないけれどS社から内定がもらえればそちらに行きたいのが学生の本音である。
C社から内定をもらったからと云っても学生は就職活動を止めない。だから、大学が内定状況の調査をすれば、件の71.3%よりもかなり低い内定率の数字が出てくる。大学への就職内定の届け出は、ホントに就職するつもりのある会社(あるいは、ここに就職するしかないかと、腹をくくった会社)から内定をもらって始めて提出するのである。C社から内定をもらったくらいでは、就職が内定したことを大学には届けないのが普通なのだ。
だから、まだ行きたい会社から内定をもらっていない学生は、内定率71.3%の数字を見ても驚く必要も焦る必要もまったくないのである。○○人採用!と数値目標を掲げながら目標を達成できていないでいる企業の採用担当者も同様である。この手の調査結果の数字を見て一喜一憂するのはまったく馬鹿げている。この手の調査の結果は、常に眉に唾して見聞きするべきものなのである。
「恩田の森Now」
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このところ掲載が不定期になっておりますが、26日に酷暑の中で撮影した写真を掲載いたしておりますのでどうぞご覧ください。8月中旬以降は毎週末の撮影・掲載が出来そうな見通しですので、今しばらくご容赦くださいますようお願いいいたします。
東京福祉大学の元課長が1億1200万円着服
元課長が在職当時の2011年3月~12月に、大学の運営費などとして積み立てていた銀行の定期預金1億円を無断で解約し学園の普通口座に移し、45回に分けて全額を引き出したほか、新校舎の用地購入に充てる予定だった資金約1200万円を着服したとのこと。
問題はこの後である。同大学を経営する学校法人茶屋四郎次郎記念学園は、「刑事告訴をしても被害金を取り戻せる見込みがない」などとして最終的に告訴を見送ったと云うから驚きである。元課長は1億1200万円の盗み得と云う訳だ。しかしだ、ニュースには着服と書かれていたが、それはつまり業務上横領だろう。業務上横領は親告罪なのか。
多額の資金が横領されても取り戻すことをせず、さらに刑事告訴もしない状況で、同法人は利害関係者への説明責任が果たせるのだろうか。この場合の利害関係者はと同大学の学生や多くの場合授業料を負担している保証人(父母)だけではなく、補助金を交付している文科省(直接的には「日本私立学校振興・共済事業団」)にはどう説明するのだ。補助金の財源は我々の税金である訳なので広く日本国民に対しての説明責任もあるはずである。
注:同大学には1億6833万円の補助金が交付されている。(2012年度)
元課長は昨年5月に懲戒解雇されていると云う事ではあるが、同法人は2000年の設立で、元課長が設立当初から勤務していたと仮定したとしても、失った退職金は勤務年数から考えて1千万円以下のはず。同法人が刑事告訴をしないと云う事は、元課長はもらえるはずであった約1千万円を差し引いでも1億万円の盗み得と云う事になる。
Wikipediaによれば、同大学に対する第三者評価は、国家試験の高い合格率や良好な就職状況が評価される一方で、理事会に重要案件が諮られていないこと、2000年の開学以降、全学的な自己点検評価がなされていないなどの問題点が指摘されていると云う。
刑事告訴を見送ったことや法人の運営状況を考えると、本事件は法人中枢の関係者と元課長が仕込んだ茶番で、1億1200万円を某関係者と元課長が山分けしたのではないかと郷秋が思ったとしても、勘繰り過ぎとは云えないのではないか。元課長は刑事告訴されないのだから前科者とはならない。不名誉なうえ退職金が支給されない懲戒解雇となったが、支給されるはずの退職金の何倍かのカネを得、某関係者も数千万円を不当に得ていたとしたら・・・。こんな筋書では(学園ドラマ+刑事ドラマ)÷2のネタには物足りないか?
例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、ミズキの若葉。
「恩田の森Now」
日曜日に撮影した写真は間もなく掲載の予定しております。今しばらくお待ちください。
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一転し3大学の設置認可へ
当然のことである。ある行為を行った人物を根拠もないままに逮捕しておいて、その後にその行為が違法であるとの法律を作り、その「泥縄」な法律により為した人物を罪人に仕立て上げる。今回の3大学の「設置不認可」問題は、こう云う事なのである。いかに尋常ではないことが行われようとしていたのかご理解いただけることだろう。
自民党からは田中文科相に対しての罷免要求が出ているばかりか、これ以上支持率を下げたくない民主党内部からも同様の意見が出てきているとの事だが、現行の行政制度を無視したまったく勝手な振る舞いは十分罷免に値する。これを放置するならば、民主党にとって致命傷となることは間違いない。
一方で、現行の大学設置基準等の見直しがされることが決定的になった。3月に受け付けがされる2014年度開設の為の設置・申請基準が大幅に厳格化されることになるのだろうが、これもいにも拙速ではないか。多くの大学設置希望者は2年前から具体的な準備に入っており、2014年度開設の為の厳しい基準が今すぐ設けられたとしても、これからの僅か4ヶ月間での適応修正は事実上不可能だろう。
3月申請、10月認可、翌4月開校と云う現行の申請スケジュール自体が変更になる可能性が高いことから、2014年度開設のための準備をしていた設置希望者は、2015年度開設を新たな目標に設定しての準備を始めることになることだろうが、それとても新基準の告知がいつなされるのかによっては厳しい対応を迫られることになるなど、しばらくは混乱が続くことになるだろう。
新たな設置認可をしないことで大学の質的向上を目指したいと文科相は考えているようだが、果たしてそれは効果があるだろうか。現代的ニーズに合致した高度な教育・研究内容を持った新設大学が現れる可能性もある訳で、入り口を閉ざすのではなく、低品質な大学の設置認可を取り消す、あるいは高品質な大学にM&Aを促す方が、大学界全体の底上げのためには実効性があるように思える。
もっとも、たとえ定員割れを起こしていたとしても、在学生がいる大学を閉鎖するとなれば、その在学生の編入先を確保・斡旋する必要があることから、文科省としてもそれなりの覚悟を持って当たる必要があるだろうな。「国家百年の計は教育にあり」とは我が恩師(偉大な教育思想家にして高邁な教育実践家)の言葉だが、文科省には心して教育行政に取り組んでもらいたいと思う郷秋<Gauche>であるぞ。
例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、昨日、Facebookのカバー用に作成した画像で、写っているのは姫蔓蕎麦。Facebookをお使いではない読者のために掲載します。そうそう、北鎌倉の円覚寺に見事な群生地がありますね。
文部科学大臣、吠える
文科相がと云うよりは、田中真紀子氏が「吠えた」と云う事だ。
文科相の諮問機関「大学設置・学校法人審議会」が来年度の開学、設置認可が相当と答申をしていた、岡崎女子大(愛知県岡崎市)、札幌保健医療大(札幌市)、秋田公立美術大(秋田市)の3大学について、「大臣の政策的な判断」で答申を覆して不認可にしたとの報道。
大学の設置については文科省がその認可権を持っている。大学を設置しようとする者は「大学設置基準」を充足する設置認可申請書類を作成し文科省に提出する。文科省は大学設置・学校法人審議会に設置の可否を諮問し、同審議会は申請書類等を精査し、その結果を文科相に答申する。申請内容に不備があるとして不認可答申されることはあっても、審議会が設置相当と答申したにも関わらず不認可となった例を郷秋<Gauche>は知らない。だからニュースになるのだが。
設置認可申請書類提出までには、専門のコンサルタント(こういう世界にもいるのだ、「コンサル」が)の「指導」を仰ぎ、幾度か文科省担当者打ち合わせ、認可間違いなしと云う申請書類を作成して文科省に提出する。当然不認可となった3大学(の申請者)もこの手順を踏んでいたことだろうから、さぞかし担当者は驚いたことだろうな。
しかしだ、一方では、設置基準に合致さえしていれば無制限に大学の設置を認可して良いのか、つまり今以上に大学の数を増やして良いのかと云う考え方・意見は勿論ある。既に、大学に入りたいと思う高校生を十分収容できるだけの大学(の入学定員)があるのである。もっともそれは大学進学希望者数と総入学定員からの話であり、入りたい大学と入ることの出来る大学の関係、希望する学部学科の定員との関係などはまた別の問題ではある。
進学希望者数と入学定員の関係だけで云えば、既に大学は余り始めていることは間違いのない事実である。そこに更に大学の数を増やして良いのかどうか、その意味では「政策的な判断」を認可・不認可の判断材料としなければならないことはあるにしても、「大臣の政策的な判断」は無いだろう。こういうものはルールに基づいて、組織が判断するべきものである。だから、今日のタイトルを「田中真紀子氏が『吠えた』」とした郷秋<Gauche>なのである。
例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は、畑から掘り起こされ積み上げられた栗の木の根、その上で健気にも咲き誇る野菊。
大学設置法人に解散命令か
経営が悪化している学校法人堀越学園(群馬県高崎市、大島孝夫理事長。東京都中野区にある堀越高等学校を運営する学校法人堀越学園とは別物)に対して、文部科学省(以下、文科省)が解散命令を出す方向で調整しているとの報道。10月上旬に学校法人側の言い分を聞く聴聞を実施するようだが、解散命令が出れば、学生が通学している大学の経営母体である学校法人に対して初のケースとなるとのこと。
この報道と前後して、日本医療ビジネス大学校(大学校は、学校教育法第一条に云う「大学」ではないので、注意の事)等多数の専門学校等を経営する学校法人村上学園(東京都豊島区、村上一男理事長)が堀越学園と、救済のための提携に合意したとの報道。
果たして村上学園が、堀越学園救済のためにどれ程の資金を用意しているのかが、まず第一のポイントになるだろう。なにせ、堀越学園は教職員に対する給与の支払いが丸1年も滞っているのだから。その他にも、堀越学園が設置する創造学園大学の日本高等教育評価機構による評価が「不認定」となった、返還されない学校債の総発行額は1億円以上など、負債も問題も山積。
しかしだ、仮に負債の精算が出来たとしても、創造学園大学の今年度の入学者が「ゼロ」なのだと云うから、もはや存続不能としか思えないのだが、それでも支援しようと云う村上学園の意図が理解できない。
今年4月に書いたように(see here)、定員を大幅に割り込み回復が見込まれないことから自ら募集を停止し、4年後に廃校とする大学がこれから出てくることは予想していても、監督官庁である文科省から法令に基づき解散命令が出されるような大学設置法人が出て来るとは思いもよらなかった郷秋<Gauche>である。しかし状況が明るみに出るにつけ、在学生や卒業生には気の毒な事ではあるけれど、設置法人の解散、大学の廃校も仕方がないだろうなと思わざるを得ない状況である。
それにしてもだ、絵に書いたような放漫経営を続けてきた堀越学園だけではなく、我が国において高等教育の多くの部分を担う私立大学(大学設置法人)において、解散命令を出さなければならない法人が出る事態に至るまで、必要十分な指導監督を怠ってきた文科省、更には永年にわたり安易な大学設置を認めてきた高等教育行政も、大いに批判の対象となるべきだと、郷秋<Gauche>は思うぞ。
例によって記事本文とは何の関係もない今日の一枚は恩田の森白山谷戸の先週土曜日の様子。刈り取りまで秒読み段階かに思えたけれど、さて、明日出かけて見る田んぼがどんな様子か楽しみである。
東京女学館大学が募集停止
「募集停止」とは随分と優しい言葉だが、つまりは、今月入学したばかりの1年生が卒業する2016年3月で廃校になると云う事である。
報道によれば、東京都町田市(と云っても小田急と横浜線の町田駅からは相当な距離があり、大和市との境界に近い。最寄駅は東急田園都市線の南町田駅であるが、「グランベリーモール」を通り越し、更に南に500m程歩かなければならない)にある東京女学館大学を運営する学校法人東京女学館の理事会が、同大の学生募集を来年度から停止することを決めたと云う。
同大学は、1956年に設置された短期大学から2002年に4年制大学に転換改組しているが、郷秋の記憶が正しければ、一度は4年制大学への転換改組の広報をしたものの文部科学省の認可が得られず、移行が1、2年遅れたはずである。遅れた理由が経営内容に関するものなのか教育内容・教員組織にあったのかは不明だが、4年制への移行直後から定員割れが続いており、約25億円の累積赤字があるという。
4年制大学の廃校は戦後9校目であるとの報道であるが、株式会社立のLEC東京リーガルマインド大(東京都千代田区)を除いてはすべて首都圏以外の大学であり、首都圏の4年制大学としては東京女学館大学が初めてのケースになるものと思われる(共立薬科大学のように他の4年制大学(この場合は慶應義塾大学)に合併吸収され消滅した例はある)。
18歳人口が減少に転じた以降も、安易な新規大学設置、学部・学科の増設、短大から4年制への転換改組を認めてきた文部科学省の高等教育行政の在り方と共に、公教育たる高等教育の3/4を担う各大学を設置する学校法人の経営責任が問われることは必至である。
あなたのお子さん、どの大学に入学させますか? 知名度・ブランド力、受験時点での偏差値、上場企業への就職率だけではなく、本当に価値ある教育をしているのか、卒業後も末長く存続する大学であるや否や、その大学・設置法人の教育内容・経営状況もよくよく見極めないとならない時代になって来たと云う事です。誰も想像だにしなかった山一証券、拓銀の倒産、そこまで遡らずともJALの経営破たんの例があることを思い出してみれば、これまでの価値基準で大学を選んではいけない時代に入ったことにお気づきになることでしょう。
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