平安夢柔話

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近況&ひとりごと

2006-12-02 11:40:35 | えりかの平安な日々 04~09
 この前のお知らせ記事で、「政権の中枢にいる人を書くのは難しい」と書きましたが、本日は人物伝についてのあれこれのお話を徒然なるままに書きたいと思います。

 私の人物伝、女性が多いですよね。と言うか、ほとんど女性です。なぜ女性が多いかと言いますと、好きな人物に女性が多いこともありますが、一言で言えば書きやすいからです。女性なら、官位を書かなくてもすみますし…。位階の「従」と「正」を書き間違えたり、官職の「右」と「左」、あるいは「権中納言」と「中納言」を間違えたりしそうで結構怖いのですよね。

 それに、男性は政治の中枢にいた人が多いので、当時の政治情勢に触れなければなりません。これがなかなかやっかいなのですよね。とにかく、政治情勢ばかり書いていると、人物のキャラクターをうまく表現できないような気がするのです。単に、私の文章力がないだけかもしれませんが。

 それに対して女性は、一部の女官を除けば官位とは無縁ですし、政権の中枢にいた人も少ないのでわりと簡単に書けます。もちろん、先日の藤原詮子のような政権に近い位置にいる女性は、政治情勢をある程度書かなければなりませんけれど、官職を書かなくても良いだけ楽だったりします。それと、私が女性なので、歴史上の女性たちの気持ちも理解しやすいし、感情移入もしやすいというところもあります。
 なので、今後こちらの人物伝で取り上げようと構想を練り始めている人物が3人いるのですが、いずれも女性です。そのうち一人はすでに下書きができていますので、来週中くらいにはUPできると思います。

 だからといって、私が男性を全く書く気がないかというと、必ずしもそうではないのですよね。そこで、書いてみたい方を少し挙げさせていただきます。

☆藤原隆家
 この方ほど色々妄想できそうな男性もいないと思います。関白道隆の息子として出世が約束されていた彼は、若い頃はずいぶん暴れん坊でした。しかし、花山院襲撃事件に巻き込まれて失脚、流罪になってしまいます。その後許されて都に戻り官界に復帰、中年になってからは誰もが認める立派な公卿になりました。そんな彼の心中に迫ってみたいですね。二度も大宰府に赴任しているところにも興味を引かれます。このあたりも色々妄想できそうですね。

☆源俊房
 村上源氏の源師房の長男。村上源氏は摂関家とも深いつながりがあり、彼も出世を約束されていた貴公子でした。
 ところが、彼は参議の時、前斎院娟子内親王(後朱雀天皇皇女)と密通し、謹慎処分を食らってしまうのですよね…。これは彼にとっては痛かったと思われます。3年後に許され、その後は順調に出世し、ついには左大臣にまで昇り詰めます。
 そのままで行けばめでたし、めでたしだったのでしょうが、輔仁親王を皇太子に押したことから孤立し、「永久元年の落書事件」によって息子が流罪になったことで彼の家は没落…。最後には権力を失って出家してしまいます。まるでジェットコースターのように上がったり下がったりの人生ですよね。彼に関しても色々妄想できそうです。ただ、彼に関する資料が手許にあまりないのが難点ですが…。

☆藤原高光
 藤原師輔の子。摂関家の御曹司として順調に出世していたのに突然出家、多武峯にて厳しい修行をしたことで知られます。出家したときにはまだ右近衛少将だったので、官位をあまり書かなくてもいいかなと思ったり…(苦笑)。彼の人生も興味深いですが、子孫が思いがけないところとつながっているので、「系譜あれこれ」の方で取り上げてもいいかなと思っています。

 …と、これらの方々の人物伝、いつか実現できると良いなあ。取りあえず一番早く実現しそうなのは藤原高光ですね。「平安時代史事典」の他にも、彼について書いた本が手許にあるので、わりと簡単に調べられそうですし、彼の子孫についても色々書けそうです。と言うわけで、近いうちに調査に入ることにします。

 ところで、あまりにも思い入れが強すぎて書けない人…というのもいるのです。そのNo1が、ご挨拶のページの自己紹介で「好きな人物」にも挙げている徽子女王です。

 彼女は重明親王(醍醐天皇皇子)の女ですが、幼いときに斎宮に卜定されて伊勢に下向、斎宮退下後は村上天皇の女御となります。村上天皇との間に規子内親王をもうけますが、39歳で天皇と死別、やがて規子内親王はかつての自分と同じように斎宮に卜定されます。そして徽子女王は、娘に付き従って伊勢に下向するという、前代未聞ともいうべき事をやってのけたのでした。このあたりに彼女の意志の強さが感じられて、私は好きなのですが、彼女の生涯全体も大変ドラマティックに思えます。彼女の心中については色々妄想できそうです。それで、書きたいことがたくさんあってかえって書けない…というのが今の状態です。
 このように徽子女王に関しては、思い入れが強いので、書くならしっかりしたものが書きたいのです。彼女に関する本をもう一度じっくり読み返してみたいですし、できれば伊勢の斎宮跡に立って、彼女のことを偲び、色々感じてみたいです。そんなわけで、彼女の人物伝を書くのはまだまだ先になりそうです。


☆近況  足を怪我してしまいました…
 3日前の午後、駅前のちょっとした段差を踏み外して転んでしまいました。現在、私の住んでいる町の駅は改修工事中でして、思いがけないところに段差ができたりしているのですよね。それで、その段差に気がつかなくて踏み外してしまったのでした…。段差を踏み外すのは久しぶりなので、びっくりしたというのが正直な気持ちです。

 それで、転んだときはあまり痛くなかったのですが、どうやら11年前にねんざしたことのある右足首をひねってしまったようなのです。そのせいで時間が経つにつれて足首が痛くなり、歩くのも大変になってきたので、だんなさんに針と湿布をしてもらいました。
 その結果、現在は痛みも少しずつおさまってきましたが、もうしばらくはおとなしくしていようと思っています。
  

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