平安夢柔話

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泥(こひ)ぞつもりて

2009-03-16 21:26:35 | 図書室3
 今回は、最近読んだ平安小説を紹介します。

☆泥(こひ)ぞつもりて
 著者=宮木あや子 発行=文藝春秋 価格=1550円

本の内容紹介
 入内できぬ女の思い。后になっても叶わぬ恋。報われることのない帝の愛──。平安王朝を舞台に様々な狂おしい愛のかたちを描く中編集。

 清和朝から醍醐朝までの後宮を主な舞台に、藤原高子を軸に展開される3編の連作小説集です。実在の人物たちを扱っていますし、歴史背景も史実にわりと忠実ですが、作者の創作部分と思われる箇所もかなりあります。なので、ストーリー全体を書くとかなりのネタ晴れになってしまいますので、それぞれの作品のストーリーのさわりと、私の感想を記す程度にとどめようと思います。*以降が私の感想です。

☆泥ぞつもりて

 陽成天皇をめぐる男と女の物語。

 ふとしたことから陽成天皇をかいま見て恋してしまった少女は、願いかなって入内し、紀君と呼ばれることになるのですが、天皇のお召しは全くありませんでした。と言うのは、天皇は乳母の全子以外の女には興味がなかったからでした。その全子の息子、益もまた、天皇を慕っていました。その他、天皇の母の藤原高子、高子のライバルの麗景殿女御、高子の兄の藤原基経など、様々な人物が関わって物語が展開します。

*陽成天皇は益を殺害したことで退位させられたと言われていますが、この小説でもこの事件のことが出てきます。そして、この事件がきっかけで紀君にも思わぬ運命が用意されていたことに不思議さを感じました。物語のラスト近くで、意地悪だと思っていた麗景殿女御の優しい一面がかいま見られるところもほっとします。

 それから、陽成天皇は確かにわがままで自分勝手ですが、きっと人を引きつける魅力があったのでしょうね。彼のことをもっと知りたくなりました。

☆凍れる涙

 清和天皇をめぐる女たちの物語。従って、「泥ぞつもりて」より以前の時代を扱っています。

 藤原良相の娘、多美子は、五節の舞姫に選ばれたときに清和天皇の目にとまり、天皇の元服と同時に入内します。しかし、多美子は子供を生むことのできない体でした。それでも天皇の寵愛を一身に受けるのですが、次第に天皇の愛情をうとましく思うようになります。

 一方、藤原基経の妹、高子は、やはり五節の舞姫に選ばれたのですが、天皇の目には止まりませんでした。それでも藤原北家の姫として入内が約束されていたのですが、彼女は在原業平と恋に落ちてしまいます。

 そしてもう一人…、古い源氏の娘、喧子は、お忍びで行幸した清和天皇の目に止まり、寵愛を受けるようになるのですが、入内することができませんでした。それでも何とかして天皇の子供を生みたいと考えた彼女ですが…。

*「泥ぞつもりて」に登場する高子と麗景殿女御の過去が、この物語で描かれています。高子と業平の逃避行と応天門炎上を重ね合わせるなど、ちょっと強引な展開の部分はありますが、ストーリーにぐんぐん引き込まれました。ラスト近くでの多美子の「天皇の愛を受け入れよう」と決心するところが感動的です。

☆東風吹けば

 益が殺害されたところから物語が始まり、その後の光孝天皇の即位、それに続く宇多天皇の即位、阿衡事件、宇多天皇の親政、宇多天皇の退位と醍醐天皇の即位、菅原道真の左遷と続く激動の時代を、宇多天皇(小説では『定省』という名前で通されていたので、以下、定省と記載します)と高子を中心に描いた物語。

*定省が登場する小説というと、杉本苑子さんの「山河寂寥 ある女官の生涯」が真っ先に思い浮かびます。この小説はとても面白いのですが、定省の描き方に関してはこちらの「泥ぞつもりて」の方がしっくり来ました。野心家で頭のいい青年に描かれていますが、菅原道真の左遷を哀しむなど、彼の多面的な部分がしっかり描かれています。「難しいことは道真に任せておけばよい。こちらは楽しいことだけ考えよう」という、定省が温子(基経の娘)に言った言葉は意外と真実だったかもしれません。また、脇役に過ぎませんが、温子の女房の伊勢が光を放っているような気がしました。

☆全体の感想

 やはり、三編の小説を通して中心になっている藤原高子に一番心引かれました。
 高子は清和天皇への入内が約束されていたのですが、在原業平と恋に落ち、それが露見して幽閉されてしまいます。それでも心をしっかりと持ち、「入内などしたくない」と意思表示します。しかし、やはり周囲に逆らうことができずに入内、陽成天皇の母となり、皇太后の照合を授けられます。その間も、何人かの男性と恋をしていた…と、この小説では描かれていました。 
 やがて清和天皇は崩御し、陽成天皇も退位させられます。高子も、「これで私の女としての生涯は終わりなのか」と思うのですが、思いがけなく、東光寺の座主、善祐という美しい僧が現れ、高子は彼と恋に落ちます。そしてそれが露見して皇太后の照合を奪われてしまうのです。奔放な生き方ですが、ある意味では自分をつらぬいた見事な生き方だと思います。この小説を読んで、高子が愛しくなりました。

 もちろん、「泥ぞつもりて」はあくまでも小説なので、作者によるフィクションも多いと思われますし、これは他の多くの歴史小説にも言えることなのですが「あれ?」と思う箇所もありました。藤原胤子の出自が基経たちと血縁がないと描かれていたり(実際は、胤子の父高藤と基経はいとこ同士なのですよね」、宇多天皇の実母も班子女王ではないような記述がありました。
 でも、それを差し引いても、平安時代前期というマイナーな時代を取り上げ、歴史事項に沿って登場人物たち一人一人の心情を細かく描いているところは見事です。私的にはかなりお薦めです。

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