崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

セクハラ

2015年02月27日 06時25分56秒 | 旅行
数日間留守であっても愛犬ミミや花などは何にも変っていない。ミミが嬉しそうに走り回る。毎度旅行中の留守は隣家の家内の友達がしてくれる。最初の時は家内が犬や鉢物の管理など注意事項をマニュアルのように書いたが今はお願いしますで済んでいる。留守中日本の政治的ニュースも別に気にならない。韓国のニュースでは姦通罪が憲法違反ということでなくなるという。性愛に関わる問題を国家が罰することはしないという世界の先進国へ進入することである。ただ国民の性倫理がそぐわないか心配ではある。私は性と政治に関心をもっておりり、文化人類学の講義ではよく取り上げるものでもある。
 日本でも似ているニュースがあった。セクハラの最高裁の判決である。専門家によるセクハラの基準を聞きながら使う言葉がなくなりそうにも感じた。私はセクハラ以上日本人の嫌な言葉は慇懃無礼ということである。言葉では礼儀正しく人を虐めることである。褒め殺しの言葉は見当がつくが、慇懃無礼には対応しきれない。それを法律で裁くことはないだろうか。規制緩和と主張しながら皮肉にも罰則を多く作っている。行き苦しい「幸福大国」になれるか、心配である。シンガポール空港で買った『本性の東西The East,The West,and Sex』には西洋人が東洋の女性とセックスしやすいが逆は難しいと論じている。それは東洋社会が西洋化、近代化の歴史が関わってくるという論調の始まりで、これから読んでいく。この度の旅行はその戦争中の慰安婦と性の問題を追求する目的であった。これからそれを深めていく。