オリオン村(跡地)

千葉ロッテと日本史好きの千葉県民のブログです
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ヒーロー角中

2011-09-30 22:56:05 | 千葉ロッテ

明日は心配をしていたようにどうやら雨模様となるようで、しかし今日がほぼピーカンだったのでよしとします。
どのみち日程を一週間ずらしても今ひとつとの予報ですし、史跡巡りの順序を変えることで影響を最小限に抑える工夫もしましたからノープロブレムです。
9月の沖縄は統計的に月の半分はぐずついた天候が当たり前のようですから、くよくよとしても仕方がありません。

そんな今日の晴天に喜ぶ私の心を反映したかのように、ずっと推し続けていた角中がヒーローとなってのサヨナラ勝ちですから狂喜乱舞です。
猛打賞に2打点と誰からも文句のつけようのない活躍ぶりで、これまで浦和で結果を残しながらも干され気味だった鬱憤を晴らすかのような大爆発です。
右に左に広角に打球を放つバットコントロールは福浦の後継者として充分な資質を持っていると確信をしていますし、今のベンチからはあまり評価をされていないようですが守備も走塁も一定レベル以上の能力を有している角中ですから、荻野貴が復帰をした後の外野戦争でも先頭集団を走ってくれることでしょう。
ただそのためにはノルマの50安打をしっかりとクリアをすることが重要で、ここまでの起用法を見れば西村監督の固定観念に基づいた優先順位はさほど高いとは思えませんので、とにかく有無を言わさないだけの実績を残すことが角中にとっての生きる道です。
あまり背番号を変えることは好きでないながらも、角中が福浦の跡を襲って9を背負う日がくることを心待ちにしています。

その角中だけではなく久しぶりの伊志嶺に岡田の猛打賞を含んだ13安打を放ちながらも苦戦をするのですから、どうやら重度の便秘症は閉幕まで治癒をしそうにもありません。
今日はクリーンアップがチャンスを潰しすぎましたし、それがまた珍しいことではないのが悩みどころです。
休養たっぷりで調子を取り戻したかに思えた井口が再びバットを湿らせまくっていますし、カスティーヨも今ひとつ乗り切れません。
それでも中軸どころは同じ顔ぶれでフル出場が続きますので、とにかく年俸分の働きを意地でも見せてくれと叫ぶことにします。
いろいろな意味でオフの契約更改がどうなるのかが楽しみです。

イーシャンテンに続いてリーチでも足踏みが続く唐川は今日も実質的なKOで2桁勝利に届かず、どうにも欲求不満気味です。
あっさりと先制点を与えただけではなく危険球で退場ですから、気持ち的に負の連鎖に陥ってしまっているようにも見えます。
どのボールが悪いといった分かりやすいマイナス要因があるわけでもなく、何となく調子が下降気味なのが続いているというたちの悪さに本人も戸惑っているのかもしれません。
もしそうであればこういうときこそ投手コーチの出番のはずなのですが、ここは頼りになる先輩投手のアドバイスを待ちたいところです。
それが誰なのかは微妙なので深入りは避けますが、繰り返しになりますが次に期待です。

そんな唐川が早々にマウンドから去ったことで中継ぎ陣は大忙しでしたが、大谷に中郷、そしてロサが頑張ってくれました。
先発での登板から日を置かずに中継ぎで酷使をされている大谷には頭が下がりますし、また中郷もロサも2イニングですからお疲れ様としか言いようがありません。
これでまた明日も僅差のゲームになったらどうするつもりなのかと西村監督や成本コーチを膝詰めで小一時間ほど問い詰めたいところですが、まあ今日に限って言えば思いもよらない唐川の退場という特殊事情もありましたのでやめておきます。
ただ現実問題として大谷らの連投は厳しいですから、こういったときこそ腕の見せどころと腕まくりをするベンチであってもらいたいです。
そうは言いながらもどうせその場しのぎなんだろうなと憎まれ口をきいて、今日は締めくくることにします。



  1 2 3 4 5 6 7 8 9
日本ハム 3 0 0 1 0 0 0 0 0 4 8 0
千葉ロッテ 1 1 0 0 0 1 1 0 1X 5 13

1


◆9月30日(金) 千葉ロッテ-日本ハム22回戦(10勝10敗2分、18時15分、QVCマリン、18,391人)
▽勝 ロサ 56試合3勝4敗
▽敗 武田久 48試合2勝2敗34S
▽本塁打 陽5号(唐川)

▽バッテリー
千葉ロッテ 唐川、大谷、中郷、ロサ―的場
日本ハム 斎藤佑、宮西、榊原、石井、増井、武田久―大野、鶴岡

 

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スマイル上野が止めた

2011-09-30 00:50:59 | 千葉ロッテ

聞いてはいたものの9月も末になってのこの暑さは驚きの沖縄です。
幸いにも全国的に下り坂の天気の中で明日は晴れてくれるようで、明後日が雨模様らしいので力いっぱいに楽しむことにします。
今宵はオリオンビールとステーキでお腹いっぱい、まずまずの第一歩となりました。

ようやくに連敗が止まりました。
日本ハムとの大型連敗同士の直接対決が明日にあるかと思って期待をしていたマスコミに肩透かしを食らわすところなどは、さすがにKYの権化であるロッテです。
この1勝で劇的に何かが変わるとも思いませんが、それでも若手がのびのびとプレーができる状況になってくれればと思います。

上野はストレートが130キロ台後半と今季では比較的スピードが出ていた方で、一方でその代償かコントロールがややばらつき気味だったようですが、それはそれで荒々しさとなってピッチングのスパイスとしてプラスに働いたのだと思いたいです。
映像を見ることができていないので上野の表情が分からないのが残念ですが、きっと闘志を表に出し、またチームを守り立てる笑顔を見せてくれたのではないかと思います。
好調のオリックスを相手に8回1失点は100点満点をあげてもいいぐらいのピッチングですし、勝敗もタイに戻しましたので今日を新たなスタート地点だと思ってもらいましょう。
できればもう少し三振を奪えるようなストレートになるようボールに気合を乗せて、次の登板で5勝目を手にしてもらいたいものです。

その上野をリリーフした藪田は前回と同様にヒヤリとした劇場ピッチングでしたが、辛うじて逃げ切っての29セーブです。
やはり守護神としては30セーブが一つの区切りとなりますので、これだけは石にかじりついてでも達成をしてもらいましょう。
どうやら間隔が空きすぎるとボールが抜けがちになる老いて盛んな藪田のようですから、場合によっては場をわきまえない調整登板を考えた方がよいのかもしれません。
若手に期待をしながらもベテランが元気なチームであってもらいたいので、藪田の活躍に今後も期待です。

打線は馬鹿の一つ覚えのように一試合に一回の山場で終わりそうでしたが、最終回の角中のタイムリーが結果的には決勝点ですからナイスバッティングでした。
左腕が先発だとスタメンから落とされることで調子を維持することが難しいであろう中で、徐々に打率を落としながらも今日のヒットで持ち直してくれるのではないかと思います。
目立つほどの結果が残せているわけではありませんが根元も地味にヒットを重ねていますし、細谷らとともに残り試合をきっちりと戦い抜いてもらいたいです。

明日からは一息をついた同士のどん底脱出対決となりますが、くもの糸にぶら下がる両チームにどういった審判が下るかが注目です。
何となく途中でぷつりと切れてしまって共倒れの予感があるのですが、CSが微妙になってきた日本ハムとは違った開放感を持って戦って欲しいロッテです。
ベンチは相変わらずに目先の勝利にこだわるのでしょうが、選手たちにはそんなことを気にすることなく自分ための来季を切り開く、そんな刻を過ごしてくれることを願っています。



  1 2 3 4 5 6 7 8 9
千葉ロッテ 1 0 2 0 0 0 0 0 1 4 7 0
オリックス 0 0 0 0 0 1 0 0 2 3 5

0


◆9月29日(木) オリックス-千葉ロッテ23回戦(オリックス14勝8敗1分、18時、京セラドーム、13,362人)
▽勝 上野 11試合4勝4敗
▽S 藪田 47試合1勝2敗29S
▽敗 西 23試合9勝6敗1S

▽バッテリー
千葉ロッテ 上野、藪田―的場
オリックス 西、高宮、比嘉、平野、岸田―横山、鈴木

 

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でっかいどー北海道 おみやげ篇

2011-09-29 00:06:13 | 独り言

 

毎度のことですが私のおみやげは中学生レベルのものが多く、とにかく土地の名前が入っていればOKだったりします。
旅の思い出が蘇るようなものであればそれでよく、それ以上のものは不要だと考えているからです。
もちろん財布に余裕があり、また重いものを持って帰る気力があれば話はまた別ですが、自分にはまだそれは備わっていません。
もう少し年齢を重ねれば何かが変わるかもしれませんが、今はこれでよいと思っています。

まずは函館の五稜郭タワーで買ったのが、クリアファイルと小冊子です。
五稜郭と言えば土方歳三、土方歳三と言えば新撰組といった繋がりのようで、実際問題として組織だった隊としての新撰組は箱館戦争には参加をしていません。
また箱館戦争にかかる小冊子はこの手のものを集めているからとの理由での購入で、値段の割はちゃんとした出来となっています。
こういったものをもっと他の史跡でも作って欲しいと、これは史跡巡りが好きな旅人の願いです。

同じく五稜郭タワーで買った土方歳三と榎本武揚のプチフィギュアです。
5センチほどの小さなものですが、まずまず特徴を上手く表現ができていたので思わず手が伸びてしまいました。
他にも種類があればとも思ったのですが、よくよく考えてみると箱館政権の主だったところでこの両人以外は名前が浮かんできません。
やはり現代では土方と榎本、この2人が両巨頭として君臨をしているのでしょう。

ちょっと同じ場所でいろいろと買いすぎたと後悔をしたのですが、こちらは土鈴とぐい飲みです。
土鈴は持ち主の身代わりになってくれるとの説明書きがありましたので、飾り棚に飾ることでまた万が一にでも大地震があったら身代わりになってもらうつもりです。
ぐい飲みは血迷ったとしか言いようがなく、この旅で最初に訪れた地であることによる興奮がもたらした勢いだったのでしょう。

これだけ買っても函館の名がどこにも残らないので、函館駅前のお土産物屋で買ったのがイカのクリップです。
背面に磁石が付いており、イカと北海道の間にメモなどを挟むことができます。
また北海道で鮭をくわえた熊の置物を買わないわけにはいかないため、手乗りサイズながらもきっちりとお買い上げです。
驚くことにイカのクリップの3倍近い値段がしましたので、もちろん一抱えもするような大きさのものに比べれば安価ではありますが、それなりに迷った上での購入でした。

松前では道の駅で買った土鈴、うちわ、マグネットです。
こちらの土鈴には身代わりの効用はないようですので、五稜郭のそれの後ろにひっそりと置こうかなと思います。
うちわは白石城や弘前城で買ったものと同じシリーズのようで、日本全国にあるのでしたら揃えてやろうとのコレクター魂が出てきました。
マグネットはベタな町名入りですが、なかなか訪れることができない場所ですのでいい思い出になります。

稚内では日本最北の地、宗谷岬のプリントがされているコースターです。
基本的には史跡巡りをした場所でしかおみやげは買わないのですが、ここ稚内は日本最北端の駅であることから記念の特例です。
時間があれば宗谷岬まで行きたかったのですがバスで片道1時間ほどかかる上に1日4往復しかありませんので、望んでも叶わない夢ではありました。

こちらはチャシ跡に行くためにバスに揺られて足を運んだ納沙布岬のおみやげですが、我ながら情けないラインアップです。
ラッコの楊枝入れはどこかで見たような感じがありますが、もちろん函館で買ったイカのクリップと同系列の商品であることは同じラッコのクリップがありましたので明白です。
数年前から納沙布岬にラッコが姿を現したことで観光の目玉とされているらしく、しかし一方で養殖のウニに被害が出るなどして複雑な事情を抱えているとも聞こえてきます。
また本土最東端のステッカーは足元を見られた値段ではありましたが、手を出さないわけにはいきません。
ちょっと余計だったのが花瓶と言いますか花差しと言いますか微妙な代物で、湯飲みとどちらにするか迷った挙げ句のチョイスは今となれば失敗でした。

最後は同じく納沙布岬で買った熊出没注意の木製プレートで、まさに観光客向けの一品です。
こちらは友人へのおみやげも兼ねて複数枚の購入で、北海道に行ってきましたと言わんばかりの存在感がありますので合格と言ってよいでしょう。
もう少し小さくてもよいので安ければ嬉しかったのですが、それなりの大きさでそれなりの価格でしたのでちょっとした出費となってしまいました。

荷物に余裕があれば買いたいものはまだまだ沢山ありましたので、帰ってからすぐに荷物用バッグを買い替えました。
東北、そして今回の北海道の旅で使ったバッグは数年ほど寝かしていたこともあってか合皮がボロボロと剥けだしていましたから、いい機会かなと思っています。
大は小を兼ねるとばかりに76リットルのキャスター付きキャリーバッグがデビューをするのは次の沖縄への旅ですが、2泊程度ではあまりに大きいので悩みどころではあるものの、どちらにせよ普通のサイズのコインロッカーには入らないのでどうでもよいかなと開き直っています。
それよりも押す場所が少ない、インクが濃い、逆にインクが薄いと大失敗だった色紙対策を、次の沖縄に向けて思案中です。


【2011年9月 北海道の旅】
でっかいどー北海道
でっかいどー北海道 旅情篇
でっかいどー北海道 旅程篇
でっかいどー北海道 史跡巡り篇 函館の巻
でっかいどー北海道 史跡巡り篇 松前の巻
でっかいどー北海道 史跡巡り篇 根室の巻
でっかいどー北海道 グルメ篇

 


どうにも止まらない

2011-09-28 22:05:51 | 千葉ロッテ

明日の夜から2泊3日、実質的には2泊2日の弾丸日程で沖縄に行く予定だったのですが、週初の段階で両日ともに降水確率が60%を越えていたことで延期を検討していました。
ところが今朝の段階では金曜日が晴れ、土曜日が曇りで降水確率が30%まで回復をしてくれていたことでちょっと落ち目だった晴れ男パワーが戻ってきたかと喜んでしまい、折角にすり寄ってきてくれた幸運をみすみす向こうに追いやるような先走りとなってしまいました。
夕方に予報を確認してみると降水確率がアップしており、日曜日からは下り坂のようですので実際はもっと天気が崩れるかもしれません。
さすがに前日の日程変更ともなるといろいろなキャンセル料が発生をしてしまいますので、腹をくくって突撃をすることにします。

そんな旅に思いを馳せてしまうぐらいに、どうにもロッテの野球が面白くありません。
毎試合のようにノーヒットノーランを心配しなければならない貧打は情けないの一語に尽きますし、こんな試合でもやはり井口がフル出場をしているところを見れば西村監督の意固地ぶりはきっと来季も変わらないのだろうなと、何とも絶望的な気持ちになってしまいます。
ここまでオリックスをカモにしていた渡辺俊なのでそれなりの試合になるのではとの甘い見通しをあざ笑うかのような惨敗に、耳元で山本リンダが踊りまくって耳鳴りがしています。
明日の上野がこの耳鳴りを止めるような笑顔のピッチングをしてくれることに期待をしますが、一方でその代わりに浦和に戻されるのが阿部ではないかと心配でなりません。
とにもかくにも那覇に着くのが22時30分ですので、iPhoneの電源を入れて飛び込んでくる朗報を待ちたいと思います。

僅か2安打の完封負け、先発は3回でノックアウト、今日はこんなことぐらいしか書くことがありません。
先週に続いて今朝も寝入りばなをたたき起こされてプチ徹夜状態ですので、これから荷造りをしなければならないことを考えると頭が痛いです。
ささっと片付けて布団に飛び込むためにも、今宵はこれで失礼をいたします。



  1 2 3 4 5 6 7 8 9
千葉ロッテ 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 1
オリックス 0 2 3 0 0 0 1 0 X 6 12

0


◆9月28日(水) オリックス-千葉ロッテ22回戦(オリックス14勝7敗1分、18時、ほっと神戸、14,853人)
▽勝 寺原 23試合12勝9敗
▽敗 渡辺俊 23試合7勝8敗

▽バッテリー
千葉ロッテ 渡辺俊、大谷、吉見、山本徹―的場、田中
オリックス 寺原―斉藤

 

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そんなに弾はないだろう

2011-09-28 02:12:55 | 映画

ここのところは月初に勢いよく映画館に行くものの、それが続かずに月3本の目標を達せないことが多くなっています。
今月も月末近くになってようやく2本目で、ただ観たい映画がさほど無かったのも理由ですから無理矢理に行っても仕方がありません。
そういう意味では暫くはこんな状態が続きそうで、果たして6000マイルが貯まるのかどうかが不安になってきました。

探偵はBARにいる

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そんな中で今日に観たのは「探偵はBARにいる」で、バリバリの邦画です。
こういった映画はそもそも映画である必要があるのかをいつも思うのですが、かと言ってTVドラマにされると自分は縁遠くなりますのであまり考えないのが得策なのでしょう。
やや大泉洋にイロモノ的な印象を持っていただけに心配はあったものの、しかし持ち味が上手く引き出されていたことですんなりとスクリーンに入り込むことができました。

ストーリーとしてはありがちなもので目新しさはありませんでしたし、中盤以降からオチが見えてしまったので意外感も無かったのですが、何となくしっくりときたのは出演者の演技に落ち着きがあったと言いますか、かなりの顔ぶれが脇を固めていたことが理由だと思います。
この手の邦画にありがちなオールスターキャストまではいきませんでしたが、西田敏行や竹下景子、さらには吉高由里子の使い方などはあまりに贅沢すぎます。
ただ高嶋政伸だけはミスキャストで、ああいったキャラを演出したければ宇梶剛士の方がよかったでしょう。
また松田龍平にはハゲタカの目尻がつり上がっている感覚が自分には残っていたのですが、全く別人と言っていいぐらいの雰囲気が感じられました。
小道具のメガネがよかったのかもしれませんが、最近は弟の露出が多いだけに忸怩たるものがあったでしょうから、これがいいきっかけになればと思います。

警察に出頭をした塾生はどうなったのか、機関銃でもあるまいし弾がありすぎだろう、などの突っ込みは野暮なのでしょう。
どうにもタイプではない小雪の是非は置いておくとして、両刀遣いの新聞記者やゲイバーの面々、喫茶店の女店員などの存在が意外にアクセントとなっていたのは、やはり主演を張っている大泉洋の人となりを考えてのことだと思います。
堅苦しくもない、しかし抜けすぎてもいないバランス感覚が絶妙で、どうやら続編の制作も決まったようですし、次を楽しみに待ちたいです。


2011年9月27日 鑑賞  ★★★★☆(4点)

 

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阿部に今一度のチャンスを

2011-09-28 01:35:00 | 千葉ロッテ

今日の黒星でついに2ケタの10連敗ですが、こう考えると18連敗のもの凄さが身に染みます。
どう負け続けたらそんなに積み重ねることができるのか、何だかんだ言いながらもそこまでいくような気がしていません。
甘いと言われればそれまでですが、ここまでオリックスに無類の強さを見せている渡辺俊がボコボコにでもされたら真剣に考えようかなと、今はそんなところです。

阿部は先頭打者に粘られた挙げ句に歩かせたことで神経質になったのか、ややコントロールを意識しすぎての自滅であっさりとKOをされてしまいました。
前回の登板から制球を乱して崩れることはないだろうと見ていただけに、かなり意外な感じがしています。
ただこれが一軍の厳しさでしょうし、阿部にとっては一度は通らなければならない道ですので前向きに考えていきたいです。
大切なのはこの失敗を次にどう活かすかであり、犯した失敗をくよくよと悔いることではありません。
そのためにもベンチには阿部を浦和に戻すのではなく、是非とも今一度のチャンスを与えて欲しいと思います。
もし短絡的に打たれたから二軍という判断をしてしまえば、前回の好投も今回の乱投も阿部の糧にはならずに元の木阿弥です。

その阿部を継いだ中継ぎ陣はしっかりと抑えて試合を持ち直しましたが、打線が4点を取った直後の古谷の失点が痛すぎました。
昨日の好投が目立っていただけにベンチが連投をさせたくなる気持ちも分かるものの、しかしその前日が2イニングを投げていたことから複雑な心境ではあります。
ただ阿部が早い回から崩れてしまったことを考えれば致し方ないところがありますし、ロサを使わなかっただけでも上出来でしょう。
久しぶりに山本徹の登板があったことで一安心、今日はこんなものだと思うことにします。

打線は細谷がプロ2発目のアーチを放ったことも喜ばしいですが、そこで終わらずに伊志嶺のタイムリーが出たことこそが最大の収穫です。
相も変わらずにお祭りは1イニングだけという不文律を頑なに守っているところは悩ましいですが、その祭りが単発で終わらなかったことは次に繋がると思いたいです。
久しぶりに伊志嶺のマルチヒットが出ましたし、またしてもノーヒットノーランの危機にドキドキとさせられたことを考えれば頑張ったと言ってよいでしょう。
ここまでレベルを下げなければ自分を納得させられないのが悲しくもありますが、この夜中に嘆きばかりでは寝付きが悪そうですので、柄にもなく超ポジティブで終わることにします。



  1 2 3 4 5 6 7 8 9
千葉ロッテ 0 0 0 0 0 0 4 0 0 4 8 1
オリックス 3 2 0 0 0 0 1 0 X 6 11

0


◆9月27日(火) オリックス-千葉ロッテ21回戦(オリックス13勝7敗1分、18時、ほっと神戸、9,817人)
▽勝 中山 24試合7勝7敗1S
▽S 岸田 59試合5勝6敗31S
▽敗 阿部 2試合1敗
▽本塁打 細谷2号(中山)

▽バッテリー
千葉ロッテ 阿部、吉見、山本徹、古谷、小野―田中
オリックス 中山、香月、平野、岸田―鈴木

 

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でっかいどー北海道 グルメ篇

2011-09-26 23:43:46 | 独り言

 

北海道と言えば海の幸ですが、ウニとイクラが苦手な自分としては期待半分、不安半分なのが正直なところでした。
また移動が多かったことで前回の東北とは違って駅弁を食べる機会が多く、そしてどの店でも北海道の地酒を置いていなかったのが印象的でもありました。
これは寒冷地ということもあって美味しい米が育たなかったことが理由かもしれず、他の地域の銘酒が並んでいるメニューが物悲しかったです。

初日は夜に函館に入るために夕食はその函館で食べるつもりだったのですが、小腹が空いたので羽田空港で羽田空港ひとくちおこわを食べました。
パッケージから想像はついたのですが3個を合わせてもおにぎり1個に足りるかどうかの小ささで、かえって腹の虫を呼び覚ましてしまったのは大誤算です。
ネタになるからと思って買ったのですが、そういう下心はたいていは失敗に終わります。

函館ではとりあえず北海道っぽいものを食べようと飲み屋を探したのですが、どこもお一人様はお断りと冷たい態度で一時間ほど街を放浪する羽目となりました。
ようやくに入れてもらえた店で頼んだのはじゃがバターとイカポッポ焼きで、まさにいかにもといったラインアップです。
じゃがバターに塩辛がついていたのが函館っぽかったのですが、しかし自分にはちょっと合わなかったので塩辛は塩辛で単独で食べました。
イカポッポ焼きは醤油ベースの焼き具合が生姜醤油でさらに引き立って美味しかったのですが、調べてみれば八戸の郷土料理だとのことで肩すかしです。

刺身は迷ったのですが帆立にしてみました。
貝柱の部分はもちろんのこと、ひもの部分がこりこりとして美味しかったです。
これだけではちょっと物足りなかったので頼んだのが鮭のチャンチャン焼きで、味噌だれが鮭と野菜にマッチして絶妙なハーモニーを醸し出していました。
チーズの風味があったのは気のせいかもしれませんが、これで一気に酒量が増えたので翌朝のことを考えれば痛し痒しです。

失敗だったのがこの蟹雑炊で、メニューにはお酒の締めに小腹を満たす、とあったのですが、これだけでお腹いっぱいになるぐらいの量があります。
さすがに食べきれずに残してしまい、会計の際に謝ったら「多いとよく言われます」とのこと、それなら量を減らして値段を下げてくれとは心の中の叫びです。
肝心のお味は卵の風味が強すぎて、蟹の味わいはほとんどありませんでした。

二日目の朝は函館朝市に五時半から入り、目当てのいかそうめんを食べようと一番に店に向かったところが二日前の台風で海が時化ているために水揚げが遅れているとのことで、それでも諦めきれないので時間つぶしに市場を小一時間ほどうろうろと散策をしました。
まずは目についたメロンを食べたのですが、100円とは思えない甘さがありビックリです。
あまりメロンは好きではないのですが、これだけの甘さがあるメロンであればノープロブレムです。

調子に乗って今度はメロンジュースを飲んだのですが、やはりメロンは食べるのが一番です。
100%メロンジュースは初体験だったのですが、あまり美味しいものではありません。
それでもなかなか経験ができるものではありませんので、フレッシュなメロンジュースに乾杯です。

そろそろ水揚げがあったかと戻ったのがあけぼの食堂で、それなりに有名なお店らしいです。
店に入ったところで聞くまでもなく「入ったよ」と声をかけていただき、そそくさと席につきました。
まだ早い時間なのに店にはそれなりの人がいましたし、やはり朝市は新鮮なものが食べられる朝が勝負なのでしょう。

これがあけぼの食堂のいかそうめんです。
短冊状に細く切ったいかを、そうめんつゆで食べます。
ぷりぷりとした食感が絶妙で、いかが好きだということもありますが、これだけで早起きをした甲斐がありました。

昼はシンプルにラーメンですが、食費をケチったわけではありません。
塩ラーメンは函館が発祥とのことで、函館ラーメンと言えば塩ラーメン、しかも北海道遺産になっているそうです。
そんなこんなでかなり期待をして食したのですが、ただの塩ラーメンでした。

夜は松前の旅館での夕食となりましたが、ちょっとした修学旅行の気分です。
当たり前のように並ぶのは海の幸ばかり、函館で苦労をしただけにかなり楽ちんで助かりました。
松前にはビジネスホテルが無かったので旅館に泊まったのですが、たまにはこういうのもよいかもしれません。

刺身はマグロとマコガレイ、そしてイカでした。
さらには帆立のバター焼きにマコガレイの唐揚げ、エビフライに白身魚のフリッター、サザエの壺焼きにカニの酢の物、イカの沖漬けとトウモロコシですから酒のつまみにはもってこいで、これで美味しい日本酒があれば言うことはなかったのですが、とりあえずはビールで連日の酒浸りです。

酒のつまみで食べ尽くしてしまったので御飯のおかずはどうしようかと思っていたところ、出てきたのが三平汁です。
鮭の切り身が骨ごとじゃがいもやネギなどの野菜と一緒に煮込まれており、ほのかな塩味は塩鮭から出たダシなのかなと思って食しました。
これまたかなりの量で締めには多すぎるかなとも思ったのですが、人間の体はうまい具合に出来ているようで、どんどんと胃は広がっていきますので軽くペロリでした。

三日目の朝も旅館での食事となりましたが、さすがにタコの刺身が珍しいだけの普通の品揃えでした。
ただ松前らしかったのが松前漬けがあったことで、細切りにされたスルメと昆布がつけ込まれた松前の郷土料理です。
本来は数の子が入っているものらしいのですがこちらの松前漬けには入っておらず、数の子が好きではない自分としてはウエルカムな朝食でした。

この日は松前から函館、そして札幌から旭川という大移動だったのですが、函館で見つけたのが北海道でしか飲めないであろうお茶です。
北海道ニセコ山系の水を使用しているとのことで、だから何だよと思いつつも普段から目にしているお茶をスルーして飲んでみました。
その期待どおりに北海道の味がするわけでもなく、当たり前ですがただのお茶でした。

その函館で買ったのがとん唐弁当で、上ノ国町産のフルーツポークを使った正真正銘の郷土駅弁です。
北海道に入ってから肉を食べていないことにふと気がついたことからのチョイスで、なかなか美味しかったです。
とんかつがカレー風味に感じたのはどうやら舌が血迷っただけのようですが、とんかつの下に隠れていた甘めのきんぴらとの相性が抜群で、なにげにじゃがいももグッドでした。

札幌で買ったのが極上毛がにめし蟹吹雪ですが、これが今ひとつでした。
嫌いなイクラは追放をしたのでどうでもよいのですが、薄味のカニと濃味のあさりのバランスが最悪です。
これがこの日の夕食でしたので何とも情けなく、乗り継ぎ時間がなくて目についたものに手を出したことを後悔しながらの旭川行きでした。

出足好調だったグルメもこの蟹吹雪で運気が変わったのか、翌日は酷いことになります。
旭川から始発で稚内に向かった特急列車で駅弁を買おうと思ったところが自分の車両まで来たときには既に売り切れで、稚内から旭川に戻る列車には車内販売が無いという悲惨な状態で飲まず食わずで夕方になり、旭川から網走に向かうための乗り継ぎ時間で急いで食べたのが旭川しょうゆ焼きそばです。
去年の10月に何かのイベント向けに開発をされたものらしく、ただの麺が細い焼きうどんなのですが、とりあえずは一日の空腹を満たしてくれたのでよしとします。

翌日も駅弁でスタートし、釧路で買ったのが釧路魚礁です。
カニのほぐし身とサーモンの押し寿司で、ちょっと酢飯が固めだったのが気になりましたが、まずまず美味しかったです。
邪魔者のイクラが残されたままでゴミ箱に捨てられたことは、敢えて言うまでもありません。

列車での移動がほとんどで宿泊地に入るのが夜遅かった日が続いたので仕方のないところではあるのですが、それにしてもちょっと貧弱になりつつあったグルメに転機を与えてくれたのは、それこそ全くの偶然と言いますか、ふらりと入った納沙布岬のお土産物屋さんでした。
そこは食事処も兼ねており、店に入った途端に「お茶代わりにどうぞ」と出されたのがトップの写真の蟹のみそ汁で、これが絶品でした。
思わずおかわりをしてしまいましたし、このみそ汁でしたら毎日食べたいぐらいの美味しさで、この旅での一番と言ってもいいぐらいです。
その一番が無料というのは皮肉な話ですが、同じく試食とばかりにテーブルにあったひら昆布とむすび昆布もしっかりと味が出ていてごはんが食べたくなること必至で、まさに食事処の罠にはまった形になりましたが気持ちよく、そして期待感を持って昼食をここでとることにしました。

食べたのはかに吹雪丼で、これがまた美味しかったです。
以前に北陸で蟹を食べたときは夏だったために季節外れで冷凍物だったのですが、この根室の花咲ガニは7月から9月が漁期ですのでまさに今が旬です。
それなりの値段でしたが値段だけのことはありましたし、三杯目のみそ汁にも舌鼓を打った最高の一食でした。
函館朝市ではどのメニューもイクラやウニが入っていたためにパスをしたのですが、ここ納沙布岬でかに吹雪丼に巡り会えたことは幸せの一語に尽きます。

その余韻にもう少し浸っていたかったのですが、またこの日の宿泊地である釧路に行き着くのが深夜になるために、根室駅前でエスカロップなる根室の名物料理を食べました。
バターライスの上に薄めのとんかつが乗っていて、ソースはやや甘めのデミグラスソースです。
1963年にモンブランのシェフが発案をしたものとのことですが、このニューモンブランとの関係はよく分かりません。

最終日の昼は札幌で味噌ラーメン、これは最初からの計画でした。
寳龍という店はかなりメジャーらしいのですが、しかし何も考えずに特製味噌ラーメンを頼んだのが失敗でした。
単に全てのトッピングが入ったお得なメニューということだけのようで、確かに普通の味噌ラーメンに同じトッピングを入れるのに比べてかなり安いのですが、バターが必要以上のまろやかさを引き出してしまったために濃厚さが失われてしまったのが個人的には残念至極です。
このあたりは人によって嗜好が違うので何とも言えませんが、もうちょっと考えて注文をすればよかったとの悔いが残ります。

北海道の最後を蟹で締めようと思い新千歳空港のビル内の食堂で食べたのが蟹釜飯定食でしたが、これがまた微妙な味わいでした。
蟹の風味を出すために薄味だったのはいいのですが、あまりに味がなくて醤油をかけたことで完全にバランスが崩れたのは自業自得です。
むしろ付け合わせの茶碗蒸しの方が美味しかったかなと、やはり余計なことはしないのが正解です。

こう書いてみると全体的には失敗が多かったような気もしますが、それはそれでいい思い出になりました。
今回にぐるっと北海道を一周したことで二度と訪れることはないだろうと思っていましたが、逆にもっといろいろなところを時間をかけて巡ってみたくなったのが正直な感想です。
東北に比べてかなりお高い食費となりましたが旅のエンゲル係数が高いのはいつものことで、次回は美味しい北海道の日本酒を事前にしっかりと調べてから行きたいと思います。


【2011年9月 北海道の旅】
でっかいどー北海道
でっかいどー北海道 旅情篇
でっかいどー北海道 旅程篇
でっかいどー北海道 史跡巡り篇 函館の巻
でっかいどー北海道 史跡巡り篇 松前の巻
でっかいどー北海道 史跡巡り篇 根室の巻
でっかいどー北海道 おみやげ篇

 

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まだ9連敗か、もう9連敗か

2011-09-26 22:41:42 | 千葉ロッテ

今日はマリーンズストアの20%割引きがあるので雨にも負けずQVCマリンに向かったものの、休日のTシャツ&ジーパンならまだしも平日のワイシャツ&スラックスには無理があったようで、15分ほど走ったところですごすごと退散をする羽目になってしまいました。
もう1時間ほど会社を出るのが遅ければ雨は止んでいたかもしれず、どうやらタイミングをミスった感じです。
それにしてもそれなりの購入をするつもりだったので見送ることとなった20%の差額は、9連敗目を生で見ることがなかったこととのトレードオフにしても痛すぎます。

心配をしていたように大谷があっさりと点を失い、打線も石井一に沈黙の序盤でしたので、結果的に僅差で終わったのは意外ではありました。
清田と細谷の連打による得点、体調不十分ながらマルチヒットにタイムリーの今江、そしてバントで揺さぶる場面もありましたので、現状で考えれば精一杯の攻撃だったと思います。
それでも角中の打球を見るとやはり左腕だろうが4打席を任せるべきだと思いますし、この完全な消化試合の中で今江に無理をさせることには否定的にならざるをえません。
ついに1万人を割った観客動員からして、勝ち負けは別にして選手起用も含めた今日の試合展開に納得をして帰られたロッテファンがどれだけいるのか、個人的には疑問です。

その中でも負け投手にはなったものの中郷、そして古谷が好投をしたのが大きな収穫です。
中郷の3イニングは昨日が18球ながらも2イニングも投げているのですから例によってやり過ぎだと思って見ていましたが、それでも中郷にとってはいい経験になったでしょう。
走者がいないときは強気に攻めることができましたし、カウントを悪くした中村に対する中途半端さはバッテリーとしての問題でしょうから、先日の木村と同様に胸を張っての黒星だと思ってよいと思いますし、同じく木村のように直後の登録抹消だけは勘弁を願いたいです。
また古谷は左打者にスリーボールになったときにはまたかとは思ったものの、内角を果敢に突いての2回5奪三振ですから復活の狼煙を上げたと思いたいです。
球筋などに大きな変化は感じられませんでしたが、逃げの雰囲気がなかったことだけでも素晴らしいことだと思います。
中郷や古谷にとっては重要な残り19試合を、来季に向けての糧にできるような登板環境としてあげたい気持ちでいっぱいです。

明日は前回に好投をした阿部が、無我夢中だったプロ初登板から落ち着いてどう変化を見せるかに注目です。
打線の援護はここまでの流れからして期待薄ですが、好調のオリックスを相手に金星を挙げるような気がしないでもありません。
そのためにもとにかく序盤を抑えること、走者を出しても粘り強く得点を許さないピッチングに期待をします。
故障者でも出ない限りはなかなか回ってこないチャンスを大事に、しかし大胆に楽しんでもらいたいです。



  1 2 3 4 5 6 7 8 9
西武 1 1 0 2 0 0 1 0 0 5 9 1
千葉ロッテ 0 0 0 2 2 0 0 0 0 4 5

0


◆9月26日(月) 千葉ロッテ-西武22回戦(ロッテ11勝10敗1分、18時15分、QVCマリン、9,844人)
▽勝 岡本篤 39試合3勝1敗7S
▽S 牧田 46試合4勝7敗18S
▽敗 中郷 17試合1敗

▽バッテリー
千葉ロッテ 大谷、中郷、古谷―的場
西武 石井一、岡本篤、ミンチェ、牧田―銀仁朗

 

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でっかいどー北海道 史跡巡り篇 根室の巻

2011-09-25 23:01:03 | 日本史

 

今回の旅が北海道をぐるっと一周をするという壮大なものとなったのは、日本100名城に根室半島チャシ跡群が含まれていることに他なりません。
どう考えても守備範囲から外れるどころの騒ぎではないのですが、ライフワークを完遂するためには避けられない道です。
結果的に納沙布岬でいい経験ができましたし、一つのきっかけと考えれば前向きにもなれます。

しかしそんな前向きな心をへし折るかのように、国の史跡に指定をされながらも手抜きが目立ちます。
いくつかあるチャシ跡の中でも代表的なのはヲンネモトチャシ跡ですが、納沙布岬から徒歩で20分ほどのところにあるとの事前リサーチとは裏腹に30分近くを歩く羽目となりました。
しかも一本道ではありながらも途中に案内板が全く無いのは不親切すぎますし、さすがに20分以上も歩いて何もないと不安になるのは人の常でしょう。
近くで昆布を干していた方に道を聞いたことで迷うことなく行き着きましたが、もし聞かずに歩いていたら手前の別れ道でどっちに行くべきかを迷ったに違いありません。
どうやら道案内だけではなくチャシ跡の整備も以前はいい加減だったらしく、観光客からの苦情が殺到をしたことでようやくに重い腰を上げたとは地元の方の言葉でした。
それにしても枝分かれの道をかなり歩いてから最後の最後になってのこの看板、ほとんど意味がありません。

その看板に従って気を取り直して歩いて行くと、草原に踏み固められた道が続いています。
これが整備をされてのものであれば、それ以前はどんな状態だったのかとゾッとしてしまいました。
あるがままを残すために手をかけないというのも一つの選択肢ではありますが、ものには限度があります。

不安になりながらも進んでいくと、ようやくそれらしき説明板に行き着きました。
ちょっと場にそぐわないぐらいの立派なもので、まだ新しいようにも見えましたのでこれが苦情により手当てをされたものの一つなのかもしれません。
それなりの説明がされているのですが、申し訳ないながらも自分にとっては守備範囲から大きく外れていることを再認識しただけのものでしかありませんでした。

それでも広がる草原のどこがチャシ跡なのか、それが分かっただけでもラッキーだったのかもしれません。
もしこの説明板が以前は無かったのであれば、ただ呆然と立ち尽くして終わってしまったであろう自分が容易に想像がつきます。
よくぞ苦情を言ってくれたと、先人の方々には感謝感激雨あられです。

さらに歩いて行くと、同じくチャシ跡を示す杭が立っていました。
こちらも新しいものですので最近に整備をされたものの一つだと思われ、逆に言えば以前はこれすら無かったのであればお話にもなりません。
もちろん以前にも何も無かったわけでもないでしょうが、今ですらこの程度ですから大体の想像はつきます。
そしてこの階段を登ったところがトップの写真で、もう少し行けそうな感じもあったのですが裸足にサンダルでは躊躇をするには充分すぎるぐらいの草の茂りっぷりです。
ここに至るまでの道の踏み固めに比べると雲泥の差で、大抵の人がここで諦めてしまったのでしょう。

この先に櫓でもあれば踏み進んだでしょうが、チャシ跡のためにそこまでの冒険はできません。
とりあえずは説明板の案内に従って、史跡に指定をされている平坦面を写真に撮って以上終了です。
なぜにこれが史跡なのかがよく分かりませんし、よくぞ見つけたと誉め称えたい気分にもなります。

こちらは帰り道に撮った全景の写真です。
ひょこっと立っているように見えるのが、先の階段の上にあったチャシ跡を示していた杭です。
世間的にヲンネモトチャシ跡として紹介をされているのはこのアングルがほとんどで、上からの写真ですとただの草原にしか見えませんので当然のことなのでしょう。

いろいろとネガティブな気持ちがもろに出た書きっぷりとなってしまいましたが、根室市観光インフォメーションセンターの担当者の愛想の悪さが拍車をかけています。
日本100名城のスタンプを借りるときにもいかにも面倒くさそうでしたし、質問にもほとんど答えてくれませんでした。
これはいろいろな意味でよくないと考えて、後から訪れる人のためにも苦情をびっしりと書いて観光客の声みたいなところの箱に入れておきました。
件の担当者が耳に痛いことを闇に葬るかのような行動に出てはいないことを願うとともに、自分が助けられたように少しでも役立ってくれればと思います。


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ガッツを見せろ!

2011-09-25 17:13:28 | 千葉ロッテ

ジャスト2時間でのあっさりとした敗戦で1つの引き分けを挟んで8連敗、秋のロッテが嘘のように今月は3勝15敗1分で借金が20の大台に乗ってしまいました。
残り試合が20ですので勝率5割を割ることへのリーチがかかってしまったわけで、今さらながらに酷い状態を噛みしめています。
このままでは60勝に達しないままにシーズンを終えることが濃厚で、この醜態は直近では1997年の近藤政権1年目の57勝まで遡らなければなりませんが当時は130試合でしたので比較対象とするには相手が悪いため、どうやら勝率4割を切った1993年の八木沢政権2年目の51勝や1991年の金田第二次政権2年目の48勝、あるいは1989年の有藤政権3年目の48勝がいいライバルになるものと思われますが、いずれにせよ悪い意味での記録的なシーズンになることは確実です。

だからと言うわけではありませんが夜更かしをしたこともあって寝過ごしてしまい、今日は大人しくTwellVでの観戦です。
ちょっとお肌のダメージが厳しくなってきたので、小休止にはよかったかもしれません。
そんなこんなで調子が悪いから9番にするのではなく、トップバッターとして調子が悪いときにどうすべきかを学ばせるために伊志嶺を1番で使い続けるべきだとの黒木の主張を聞けたことが今日の最大の収穫で、口だけだった堀内の例がありますので微妙さはあるものの、それでも来季にも黒木にチームを任せたいと感じたのは私だけではないでしょう。
小野や今江ではなく木村と高濱の登録を抹消し、この試合展開でも最終回を山本徹でも古谷でもなく中郷に2イニング目を任せるのですから呆れるしかなく、さらには清田ではなく福浦を代打に送り、そして今日も相変わらずの他人事コメントを残した西村監督にはもう夢も希望も託せませんので、早々にお引き取りを願いたいです。
願わくば木村も高濱も故障ではありませんようにと、今はただそれだけです。

肘のクリーニング手術から復帰をしたペンは7回を5安打4失点で負け投手となりましたが、復帰戦としてはまずまずでしょう。
ストレートも140キロ台後半が出ていましたし、中盤以降はスタミナ切れかそのストレートもスピードが落ちましたが、肘が馴染んでくれば元に戻るのに時間はかからないと思います。
やや三振が少ないような気もしましたがペンはコントロールが緩いためにストライクゾーンで力でねじ伏せるタイプであり、昨年も奪三振はそう多くはありません。
そういう意味はペンらしいピッチングが出来ていたとも言えますので、次の登板に期待をしたくなります。
同じ負けるにしても逃げまくるよりは力勝負で打たれた方が気持ちがいいですし、中盤以降はしっかりと抑えていましたのできっとやってくれるでしょう。
ヒーローインタビューで「パァ」とやってくれる日を夢見て、期待の星であるペンを追い続けたいと思います。

打線は今季は不調に苦しんでいる岸にあわや完全試合をされるのかと心配をしてしまったぐらいの低調ぶりで、バッティングを期待されていない的場が六回に放ったヒットが初ヒットなのですから皮肉としか言いようがなく、結局は僅か94球で手玉に取られてしまったのにはガッカリです。
打てないなら打てないなりにバントの構えで揺さぶるわけでもなく、ただ振り回すだけなのですからどうにもなりません。
このあたりは選手の意識が低いとしか言いようがないのですが、一方で相変わらずに工藤がブンブンと大振りをしているところを見るとベンチが指導をしているとも思えず、やはり選手を揃えてオートプレイをしているだけなのだなと、そう確信をするのに充分な無策の攻撃ぶりでした。
また守備で強烈な打球を処理できなかった根元に非難が集まりそうですが、そもそも根元に三塁を守らせることが間違っているわけで、もちろん与えられた場所でベストを尽くすのが選手の使命ではありますが、その一生懸命さが見られる根元だけに責めるのは酷だというのが自分のスタンスです。
何にせよ選手たちに元気がないのが一番の気がかりで、先行きが不安な球団の行く末に気持ちがかき乱されているのかもしれませんが、瀬戸山球団社長や石川球団運営本部長の退団が発表をされる前からこんな感じですので因果関係があるとも思えず、それであればもっと別のところに理由があるのではないかとうがってみたりもするのですが、仮にそうであってもそんなことは選手たちが結果を出せない言い訳にはなりません。
感情をグラウンドで出すことは好きではないのですが、あまりに淡々と打ち取られる姿に「気合いを、ガッツを見せろ!」と叫んだ自分がいます。
明日はマリーンズストアで20%割引きセールがあり、またMポイントも倍付けですのでウィンドブレーカーやゾロのロッテバージョンなどのグッズを買い込むために球場に行く予定ですが、それが買い物が目的だったということにならないようベンチにも選手にも奮起を願います。



  1 2 3 4 5 6 7 8 9
西武 0 1 3 0 0 0 0 0 0 4 7 0
千葉ロッテ 0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 3

0


◆9月25日(日) 千葉ロッテ-西武21回戦(ロッテ11勝9敗1分、13時、QVCマリン、22,485人)
▽勝 岸 18試合7勝7敗
▽敗 ペン 2試合1勝1敗
▽本塁打 中村42号(ペン)

▽バッテリー
千葉ロッテ ペン、中郷―的場
西武 岸―銀仁朗

 

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でっかいどー北海道 史跡巡り篇 松前の巻

2011-09-24 22:45:49 | 日本史

 

予定では松前には夜に入るつもりだったのですが昼過ぎから雲が厚くなってきたことと、翌日の予報が悪かったために函館を早めに切り上げて松前に向かいました。
結果的にはそれが大成功で、翌日は朝から小雨ながらもハッキリとしない天気だったために、既に夕方でしたが晴れ間の見える時間帯に松前城を回れたのはラッキーでした。
こういったハラハラドキドキ感も、旅の醍醐味の一つです。

松前城が今の形となったのは幕末であり、それまでは福山館、あるいは福山城と呼ばれていました。
北方警護の目的で幕府からの指示で福山館を改築したのが松前城であり、日本式の城郭としては最も新しいものとなります。
箱館戦争の際には土方歳三の率いる軍勢に攻め落とされてしまいますが、幸いなことに戦火に巻き込まれることなく天守閣などは重要文化財に指定をされて保全をされてきました。

しかし天守閣は残念なことに昭和に入ってから失火から焼失をしてしまい、現在の天守閣は鉄筋コンクリートで再建をされたものです。
それでもやはり血が騒ぐことに違いはなく、無理をしてでも晴れているうちに松前に入ってよかったです。
閉館間際の時間帯だったのでやや駆け足になってしまいましたが、係の方にも夜のライトアップを教えていただくなど親切にしていただきました。

こちらはその天守閣に連なる、当時からの建築物である本丸御門です。
国の重要文化財に指定をされており、史跡としての価値があるのは天守閣ではなくこの本丸御門であることは言うまでもありません。
かつての福山館の本丸御殿に至る正門であり、その偉容には圧倒をされます。
どうしても天守閣に目が行きがちですが、松前城に足を運ばれた際にはこの本丸御門に注目をされることをお奨めします。

この本丸御門を抜けた本丸にあたるところの脇に、ひっそりと建っているのが本丸玄関です。
本丸御殿の玄関であり、明治維新後は小学校の玄関として使われていたとのことですから驚きです。
その後はこの場所に移築をされて、北海道の有形文化財として今に至ります。

本来は城の外側から門を通って天守閣に至るべきなのでしょうが、閉館の時間が気になり焦ったことで直接に天守閣に向かったために、帰りに門を抜けることとなりました。
この搦手二ノ門は2000年の再建で、残された写真や発掘調査から忠実に再現をされた高麗門です。
天守閣の入口に相対する場所にありますので搦手ということに違和感がありますが、大手門は海に面した南側にあったようです。

搦手二ノ門を抜けると次に見えるのは天神坂門で、こちらは2002年の再建です。
やや小ぶりな門ですが、きちんと外側から登っていけば最初に出くわしたはずですので何とも微妙な感じがします。
様式美、というわけではありませんが、やはり登城をするに際しては順序を間違えてはいけないということなのでしょう。
今回は時間との戦いだったので仕方がありませんが、いい経験になりました。

その思いを強くしたのは搦手二ノ門と天神坂門との間、おそらくは二ノ丸にあたるのでしょうが、そこに松前城の模型を見つけたからです。
天神坂を登って天神坂門を抜け、そしてこの模型を見て松前城の全容を頭にインプットをした上で、搦手二ノ門をくぐって天守閣に至るのが登城の作法なのでしょう。
その割には天神坂門に誘導をする案内がなかったのが残念で、だからこそ一気に天守閣に至ってしまったのですが、このあたりはもう少し配慮が欲しいところです。

それでも夜間はライトアップをするなど、地元の人が松前城を愛する気持ちは痛いほどに感じられました。
無料で開放をされていましたし、また係のおじさんがナイター中継をラジオで聞きながらもいろいろと説明をしてくれました。
こういった町のシンボルがある生活は羨ましく、リタイアをした後はこんな場所でのんびりと余生を過ごしたいものです。
このライトアップはあまり知られていないようですので、松前城に行かれる際には見逃さないようご注意を願います。

翌日は雨の音で目が覚めたのですが、宿を出たときには小雨になっていましたので急いで松前家の菩提寺である法幢寺に向かいました。
松前城の山側にあり、おそらくは有事の際の砦とする意味合いがあったのでしょう。
しかし箱館戦争の際には海側に比べて手薄な山側を突かれて落城をしましたので、あまり役には立たなかったのかもしれません。

この法幢寺には歴代藩主の位牌が安置をされている御霊屋がありますが、公開はされていないようです。
説明板には中の格天井に松前応挙とも言われた蠣崎波響の花鳥の絵が掲げられているとありましたが、当然のごとく見ることはできません。
そもそも寺内に入るに際して声をかけたのですが、時間が早かったこともあってか誰もいなかったようです。

この法幢寺の裏手に松前家の墓所があります。
鬱蒼と茂った木々のおかげで小雨でしたので傘を差さずとも濡れずに済んだのには助かりましたし、晴れていれば逆光が厳しかったでしょう。
もっとも蚊の攻撃にはうんざりとするぐらいで、写真を撮るのとトレードオフで血を差し出してきた気分です。

まずは松前慶広の墓です。
初代の蠣崎信広から5代目にあたり、松前藩の初代藩主でもあります。
蠣崎から松前に姓を変えたことはあまりに有名であり、松平と前田を両天秤にかけた世渡り上手との評が一般的なようです。
松前家の墓所はさほど広い敷地ではないのですが、慶広の墓は他の墓の影に隠れるようにあるために最初は見落としてしまいました。
墓所を後にして歩きながら、それならiPhoneで慶広の墓はどこにあるのかを調べて、この墓所にあると分かって蚊に食われながらも粘って探した結果です。

その慶広の墓と並んでひっそりと隠れるようにあるのが、蠣崎季繁、蠣崎信広、蠣崎光広、蠣崎義広、蠣崎季広、蠣崎舜広の墓です。
蠣崎季繁は信広の義父であり、コシャマインの戦いで武功のあった信広に養女を嫁がせて家督を譲ったとされています。
蠣崎家当主の正室との合同墓であり、蠣崎家の初代とされることもあるようです。
またその季繁の養子となって蠣崎家の隆盛の礎を築いた信広は若狭武田氏の出身で、元は武田信広と名乗っていました。
松前家の家紋は武田菱であり、この松前家墓所にも武田菱が飾られていました。
信広が若狭武田氏の出であることには異論もあり、南部光政に厚遇をされたことから南部氏の出身とも言われているようですが、いずれにせよ源氏であることに違いはありません。
この信広の墓も、子である2代の光広、孫である3代の義広、ひ孫である4代の季広との合同墓であり、法幢寺が開基をされたときに建立をされたとのことです。
また慶広の兄である舜広は、理由は不明ですが姉に毒殺をされています。
同じく慶広の次兄にあたる元広も姉に毒殺をされており、そのために三男である慶広が季広の跡を継いで5代となりました。
しかしその姉が慶広を推していたわけでもないようで、その裏に何があったのかはよく分かりません。

慶広の嫡男が盛広ですが、父に先立って世を去りました。
従って歴代藩主に名を連ねてはいませんが、ここでは6代に数えられています。
その盛広の子が7代の公広で、祖父の慶広の跡を継いで松前藩の2代藩主となります。

ここからは守備範囲から外れつつありますので、ちょっと駆け足になります。
8代の氏広は公広の次男で、兄の兼広が早世をしたために家督を継ぎます。
しかし27歳の若さで氏広も没し、跡を継いだ嫡男である9代の高広も23歳で没するなど松前家の受難は続きます。
ようやくに高広の嫡男の矩広が10代として長命を繋ぎますが、今度は3人の息子に先立たれて一門から養子を取ることになるのですから皮肉としか言いようがありません。
その11代となる邦広は慶広の次男である忠広のひ孫にあたり、他にも近しい一門がいながらも家督を継いだのは忠広の系統が幕臣となっていたからなのでしょう。
その後は12代の資広、13代の道広、14代の章広と穏やかに長男が跡を継ぎましたが、章広の嫡男であった次男の見広が父に先立って22歳で亡くなったために見広の長男である良広が15代を継ぎ、その良広も子がないままに16歳で卒したために弟の昌広が16代となります。
しかしこの昌広も病弱で29歳で世を去り、嫡男の徳広が幼少だったために叔父にあたる14代の章広の六男である崇広が17代を継ぐことになるのですが、この崇広が福山館を松前城に改築をしたときの藩主であり、また寺社奉行から老中と幕府の要職に就くなどかなりの人物であったようです。
その崇広の跡は件の徳広が継いで18代となりますが、やはり病弱で僅か25歳で死したのですから重臣の専横が続いて藩内が混乱をするのも当然でしょう。
そんな中で徳広の長男である修広が19代となりますが、この修広が松前藩の最後の藩主として明治維新を迎えることとなりました。

短命な藩主が多かった割には基本的には直系が継いでおり、家祖である蠣崎信広や藩祖である松前慶広の血が受け継がれているのは歴史ファンとしては嬉しいことです。
これは松前藩が幕末には3万石になったものの基本的には1万石とぎりぎりの大名格だったことで、他の大名のように将軍家の一門から養子を送り込まれることがなかったからなのかもしれず、また将軍家から偏諱を受けることなく通字である「広」を守り通せた理由ではないかと考えます。
このあたりは戦国乱世を泳ぎ切った松前慶広からすれば痛し痒しのところはあるでしょうが、伊達慶邦や前田慶寧などのように先祖が泣くような名前で幕末を迎えた家に比べればマシだと、そう草葉の陰で喜んでくれているのではないかと思います。


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どうすりゃいいんだ

2011-09-24 20:53:28 | 千葉ロッテ

 

今日の試合展開で勝てなければ冗談抜きで18連敗の記録も更新ができそうな、そんな気がしてきます。
エースが投げて先制をしてもあっさりと逆転をされてしまい、終盤にベテランの一振りで勝ち越しをしても守護神が打たれるのですから、もうどうにもなりません。
試合前に球場の敷地の外周を早足で歩いていた石川球団運営本部長はこの現状に何を考えるのか、誰も気がついていないようだったのがその悪名に比して不思議な感じがしましたが、突然のことだったので「お疲れ様でした」と声をかけることができなかった自分に悔いが残ります。

そんな不完全燃焼チックな引き分け試合ではありましたが、ここのところではベストゲームと言ってよいと思います。
二回の先制は無死一塁三塁から角中が詰まりながらも内寄りのストレートに腕を上手くたたんで振り抜いたタイムリーに、ようやくに一軍に戻ってきた細谷がきっちりと送り、的場はファールで粘った上での内野ゴロでの追加点ですから、西武からすれば嫌な点の取られ方だったでしょう。
さらに伊志嶺に一本が出ていれば完全に主導権を握れたのでしょうが、それでもこういった攻撃ができていなかっただけに珍しいものを見た気分です。

そして八回に同点に追いついた後の福浦の勝ち越しツーベースは身震いがするぐらいの興奮状態をもたらし、柄にもなく福浦コールをしてしまいました。
スタメンに若手が名を連ね、ここぞという場面でベテランが活躍をするという、まさに理想的な展開です。
まともに走れない今江を今日もDHで起用をしたこと以外はベストに近い布陣でしたし、こういった選手起用をしてくれれば球場に足を運ぼうという気にもなれます。

また私がいろいろな意味で福浦の後継者として期待をしている角中は、先制タイムリーを含むマルチヒットで今日も打率を上げました。
井口の同点打に続いて外角のボールを逆らわずに逆方向に弾き返した角中のヒットが福浦の勝ち越し打を呼んだとも言えますので、勝っていれば今日のお立ち台だったでしょう。
これで今季は28安打ですので、残り試合からしてノルマの50安打を簡単にクリアをしてくれそうです。
広角に打てるのが角中の持ち味ですし、やや頭が突っ込み気味で無様なスイングに見えながらも抜群のバットコントロールで芯を捉える技術は浦和レベルを超越していますので、荻野貴の復帰を考えると来季の外野戦争はかなり熾烈なものになると思います。
そういう意味では清田とともに、一塁の守備練習を始めるのもよいかもしれません。

先発の成瀬は6回を9安打3失点、101球での降板ですからベンチの信頼が薄れてきているのでしょう。
立ち上がりからコーナーを狙いすぎで球数を増やしてのガス欠というわけでもないでしょうが、どうにもこういったピッチングが続いているのが気になります。
タイプ的にねじ伏せるといった成瀬ではありませんが、それでももう少し大上段から相手を飲むぐらいの気概を見せてもらいたいものです。
ピッチングとしては五回に先頭打者の秋山を簡単に追い込みながらも不用意な高めのボールを打たれたのが全てと言ってもよく、そこから一気に崩れていきました。
まさに痛恨の一球であり、下位打者に打たれて失点を重ねるという悪癖がもろに出たと言ってよいでしょう。
このあたりは成瀬だけではなく的場の責任でもありますので、山中コーチも含めてよく話し合ってもらいたいです。

成瀬を継いだロサは相変わらずに2イニングを投げさせられる涙目状態で、よほど年俸を奮発しなければ来季はいないだろうと覚悟をしています。
伊藤の離脱でこういった場面で投げる投手を育てなければならないはずが、ロサの負担を増やしただけなのですから仕方がありません。
球団がロサに最低でも80万ドルを払うつもりがあればいいのですが、まあ期待薄でしょう。
そして最終回に追いつかれた挙げ句に打球を受けて悶絶をした藪田は、やはり登板間隔が空きすぎたことによる乱調だと思われます。
抜けるボールが多く、ここまでコントロールに苦しむ藪田は久しぶりに見ました。
本人も間隔が空いていることを意識した調整をしていたようですが、やはり実戦ともなると違うのでしょう。
もったいない試合ではありましたが、ここまで頑張ってきた藪田が打たれてのことですから負けなかっただけでもよしとします。

休養がよかったのか井口が久しぶりに猛打賞でしたが、上体だけのスイングで下半身がついてきていないのが気になります。
それでもヒットを打てるのですからさすがと言うべきなのでしょうが、このままフル出場を続ければまた調子が落ちてくるのは必至です。
今回の不調でベンチと井口が何かを学んでくれていればいいのですが、今後に点差の離れた試合での途中交代があるかどうかに注目をすることにします。
また走れない今江は登録抹消をすべきで、高濱をもっと使ってもらいたいです。
細谷と高濱のどちらをショートで起用をするかは悩ましいですが、根元も含めて守備に不安があると判断をした選手をDHにすべきでしょう。
あるいは清田をライトで使って角中をDHでもよく、いずれにせよ右左を意識せずに育てるべき選手を育てる布陣を明日も期待をします。



  1 2 3 4 5 6 7 8 9
西武 0 0 0 0 1 2 0 0 2 5 12 0
千葉ロッテ 0 2 0 0 0 0 0 3 0 5 11

0


◆9月24日(土) 千葉ロッテ-西武20回戦(ロッテ11勝8敗1分、13時、QVCマリン、21,818人)

▽バッテリー
千葉ロッテ 成瀬、ロサ、藪田―的場
西武 西口、ミンチェ、星野、牧田―上本、銀仁朗

 

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でっかいどー北海道 史跡巡り篇 函館の巻

2011-09-23 23:00:21 | 日本史

 

北海道は広大ながらも私が守備範囲とする戦国期を中心とした時代の史跡は、その歴史との関わり合いに比例をするかのようにあまり多くはありません。
そのために北海道はこれまで函館しか訪れたことがなかったのですが、その函館も大きく脚光を浴びたのは幕末の箱館戦争ですので私からすればちょっと外れています。
それでも城があれば足を運ぶのが私の習性ですので、今回の旅の最初の地に函館を選んだことは必然とも言えます。

その函館にあるのが五稜郭で、もしかしたら知名度からすればかなり高位に位置するかもしれません。
築城をされたのが幕末も幕末、1866年にヨーロッパの稜堡式の城として産声を上げました。
日米和親条約による函館港の開港がそのきっかけとも言われており、しかし内戦の舞台となったのですから皮肉なものです。
そしてその箱館戦争により落城をしたことで1869年に廃城となりましたので僅か3年の命であり、建物も全て取り壊されてしまいました。
それでも堀や石垣が残されていますので城フリークとしては胸が高鳴りますし、きっちりと整備をしてくれていることに感謝の念でいっぱいです。

五稜郭は星形をしていることが有名で、五つの稜堡があることからそう呼ばれています。
当時は柳野城、あるいは亀田御役所土塁とも言われていたそうで、国の特別史跡に指定をされています。
この日本の城としては特異な構造であることがメジャーである理由だと思われ、そして当然のごとく大手にあたる場所に全容が分かる模型が設置をされていました。

当時の遺構は残されていませんが、昨年に箱館奉行所が復元をされています。
ただいわゆる櫓などとは違うために個人的な興味が薄く、外から眺めただけでスルーをしました。
それなりの展示がされているとの案内はあったものの、言葉の分からない集団が騒ぎながらの混雑状態だったのも理由の一つです。
周りを見れば修学旅行と思しき集団もいましたし、時期が悪かったのかもしれません。

この砲台は本物だとの説明板がありましたが、意外に小さいなとは正直な感想です。
もちろん大きさと威力に直接的な関係は無いのかもしれませんが、ちょっとした肩すかしです。
そもそもが時代遅れの要塞だったとの評価もされている五稜郭に、どれだけの砲台が設置をされていたのかが気になります。

その五稜郭を訪れた際に、どうしても避けられないのが五稜郭タワーです。
星形に大きな意味があるために城内を歩いただけでは物足りませんので、840円とぼったくりの料金ながらも利用をせざるをえません。
この五稜郭タワーを訪れずして五稜郭に行ったことにはならない、とは言い過ぎかもしれませんが、そのぐらいに重要なポジションを占めています。

展望台には当然のように、その全容が分かる模型が設置をされています。
先の模型よりもこちらの方が立体感がありますし、展望台から見える五稜郭と見比べられるのは嬉しいです。
もっともこれぐらいはやってくれなければ高い料金が泣きますので、必要以上の感謝はしないことにします。

ようやくに全貌が明らかとなる、これが五稜郭です。
残念なことにガラスの幅が狭いために、窓枠に邪魔をされて全体を撮すことができません。
航空写真でもない限りは、あるいはかなりの広角レンズでもなければ全部を撮すことは無理ですので、世の中に出ている五稜郭の写真の多くがこういったものになっています。
自分の目でしっかりと見てきたので多少なりとも満足はしましたが、その五稜郭タワーで売っていた絵はがきなども同様なのには笑わせてもらいました。

五稜郭を舞台とした箱館戦争で有名なのは、やはり土方歳三です。
箱館政権、続に言う蝦夷共和国では陸軍奉行並と現在の知名度からすれば低いところに位置していましたが、その土方よりも重職だった面々は全て箱館戦争後も生き残っていますので、壮烈な戦死を遂げた土方に人気が集まるのは判官贔屓の日本人のDNAによるものなのでしょう。
残された写真では坂上忍を思わせる二枚目の土方も、展望台にある銅像では冴えないオヤジとなっています。

五稜郭タワーの一階にも、これでもかと土方歳三の像があります。
徳川家の三つ葉葵と箱館政権の主力部隊として活躍をした額兵隊の旗に守られるように立っていますので、やはり新撰組の鬼の副長が一番のヒーローなのでしょう。
総裁であった榎本武揚などは形無しですが、こればっかりは仕方がありません。

展望台のそれと比べればまだマシですが、それでも34歳で世を去った土方歳三と考えればオヤジの印象は拭えません。
単に写真うつりが良かっただけなのかもしれませんが、ヒーローとして持ち上げるのであればもう少し配慮があってもよいでしょう。
こちらの像の脇には経歴の紹介とともに件の写真の載った説明板があるだけに、その出来に不満を持った方も多いのではないかと思います。

五稜郭を後にして次に向かったのは、こちらも国の史跡となっている四稜郭です。
四つの稜堡があることからそう呼ばれているのは五稜郭と同様で、その五稜郭の支城的な位置づけで築城をされました。
そうは言いながらも城と呼ぶにはあまりに小さく、建物も無かったとのことですから砦と呼ぶのもおこがましいかもしれません。

遺構は土塁のみで、しかしきちんと整備をされていました。
国の史跡ではありながらも観光マップからは忘れられた存在で、また五稜郭からそれなりの距離がありますのでカーナビの導きがなければ行き着かなかったかもしれません。
派手さがないので観光の目玉にはなりえないのでしょうが、その状態からすればもったいない気がします。
もっとも訪れる人が少ないからこそ状態が保たれているのかもしれず、平日ではあったのですが私以外には犬の散歩をしている人が一人いただけでした。

以前に来たときには函館山から夜景を見たり、あるいはトラピスチヌ修道院や赤レンガ倉庫などを見て回ったのですが、今回は偶然に賭けることとしました。
つまりは五稜郭などに行く途中で見かけたら、という消極的なもので、これは年齢を重ねるにつれて守備範囲が狭まっていることが理由です。
その偶然はしかしながら一回しか訪れず、中島三郎父子最後之地のみです。
四稜郭からの帰りがけに土方歳三が討ち死にをした場所の案内板もあったのですが、ただの場所を見に行くには天気の下り坂が気になりすぎていたため、あっさりとパスをしました。
そして今回の旅の最大の目的である松前に向けて、函館の地を後にします。


【2011年9月 北海道の旅】
でっかいどー北海道
でっかいどー北海道 旅情篇
でっかいどー北海道 旅程篇
でっかいどー北海道 史跡巡り篇 松前の巻
でっかいどー北海道 史跡巡り篇 根室の巻
でっかいどー北海道 グルメ篇
でっかいどー北海道 おみやげ篇

 


今日よりも明日

2011-09-23 17:32:29 | 千葉ロッテ

見事なぐらいの逆転負けでした。
珍しくも打線が4点もリードをしてくれたことで唐川の2桁勝利は確実なものと思ってしまった自分は、まだまだロッテファンとしての修行が足りないのでしょう。
そろそろ最下位へのマジックを計算しようかと考えたくなるぐらいのダントツの最下位は、この7連敗で確実なものとなってきました。
しかし今日の白星よりは明日の白星、来季に向けての準備だと考えれば最下位も悪くはありません。

そんな前向きになろうとする気持ちを逆なでするかのように、西村監督はひたすら目先の白星にこだわり続けます。
井口の復帰はともかくとしても、守れない今江を無理して起用をする理由が自分には全く理解ができません。
故障をした箇所が箇所ですし、無理をして万が一にでも来季に引きずるようなことがあれば万死に値をすると、そこまで思っています。
左対左にこだわって角中や高濱をスタメンから落としたこともそうですし、もし今日に勝てたとしてもさほどの喜びはなかったでしょう。
残り試合もこういった戦い方を続けるのであれば、余っているTEAM26の招待券の使い道を迷うことになるかもしれません。

それでも唐川が残したピンチに木村を投入したことは、打者が中村でしたので不思議なものを見た気分です。
その木村はしっかりと中村を併殺に打ち取りましたので、いい経験になったことでしょう。
次の回に打たれてプロ初黒星を喫しましたが、そんなことを気にする必要はありません。
今日の一敗は木村にとっては額の向こう傷だと、胸を張って勲章をもらった気持ちでいればよいと思います。
遠回りをしてでもロッテに入団をしてくれた木村には感謝をしていますので、この黒星をバネにとにかく頑張ってもらいたいです。

プロ初の2桁勝利を目前としながらもイーシャンテンのときと同様にリーチで足踏みをする唐川は、やはり調子が今ひとつなのでしょう。
ストライクゾーンで勝負をしたもののファールで粘られて球数が増えていきましたので、真綿で首を締められるような感じだったのだと思います。
コーナーを攻めるほどのコントロールがあればまた違った結果にもなったのでしょうが、どうにも壁を乗り越えられない唐川がいます。
やはりもう少し荒々しさが欲しいと、今日の唐川を見てそんな気がしました。
ある意味でロッテらしい投手である唐川ではあるのですが、このままではロッテなエースになりかねません。
クレバーな唐川ですからそのあたりは分かっているものと思われますので、次の登板ではまた違った姿を見せてくれることに期待をします。

序盤は活発だった打線も中盤以降は沈黙をしてしまい、勝てる試合の後押しができませんでした。
瀬戸山球団社長らの退団で後ろ盾を失ったとも言われている井口がマルチヒットを放ったことは注目に値しますが、このまま使い続けることにはやはり気が進みません。
もちろん選手たちには自分の生活があるので必死になっているのでしょうが、井口の2本よりは根元の1本のヒットの方が意味があると考えています。
これは投手、野手に限らず全体的に言えることで、どうにも調子が上がらない小野を使うのでしたら山室あたりの方が見てみたいです。
人それぞれの嗜好があるでしょうが今の自分が見たいのは浦和マリーンズの腕試しであり、ベテラン選手の帳尻あわせではありません。



  1 2 3 4 5 6 7 8 9
千葉ロッテ 0 3 1 0 0 0 0 0 0 4 9 2
西武 0 0 0 2 0 0 2 2 X 6 13

3


◆9月23日(金) 西武-千葉ロッテ19回戦(ロッテ11勝8敗、13時、西武ドーム、29,672人)
▽勝 ミンチェ 38試合6勝1敗1S
▽S 牧田 44試合4勝7敗17S
▽敗 木村 13試合1敗
▽本塁打 フェルナンデス14号(唐川)

▽バッテリー
千葉ロッテ 唐川、木村、小野―的場
西武 帆足、岡本篤、ミンチェ、牧田―銀仁朗

 

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亀のように

2011-09-22 01:19:48 | 千葉ロッテ

寝入りばなを起こされてタクシーでの出社となり、そして早めに帰ろうと思った夕方には既に横須賀線と総武線、さらには東西線までもが運転を見合わせていたことで船橋に至る経路が全滅をしていたため、仕方がなく眠い目をこすりながら会社に居続けた今日一日でした。
これまでも大型台風が関東に上陸をするとの予報は何度かあったものの肩透かしが続いていたために、朝方にほとんど降っていなかったこともあっての完璧なぐらいの油断です。
結果的には暴風雨からは逃れて帰ることができたので嵐が去るのを待つといった感じにはなったのですが、その代償は激しい睡魔ですから正解だったかどうかは微妙です。

今のロッテはまさに亀のように首をすくめて、吹きすさぶ嵐が通り過ぎるのを待つしかないのかもしれません。
三試合連続の中止はゴシップネタが飛び交うには充分な環境ではあったものの、さすがに飽きたのか今日は目立った報道はありませんでした。
明日は移動日ですから四日間もの空白はファンにとっても手持ち無沙汰ではあるのですが、下世話なニュースに心を惑わされるよりはマシでしょう。
ガイエルが引退を発表し、また下柳も戦力外となるなど他球団でも来季に向けての動きが出てきました。
できるのであればロッテも前向きな報道に包まれて欲しいと、今はただそれだけです。

 

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