電脳筆写『 心超臨界 』

人生は歎き悲しむよりも
笑いとばすほうが人には合っている
( セネカ )

Stay Hungry, Stay Foolish.――S・ジョブズ・アップルコンピュータCEO

2024-09-03 | 08-経済・企業・リーダーシップ
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今、国際的なビジネスを展開する上での時間、空間、国境の障壁が劇的に消失し、世界は平たくなったといわれる。アップルは持ち前の独創的なデザイン力に加えて、この「平たい地球」を100%活用して開発期間の短縮、汎用部品の徹底活用などハードの競争力を高めている。アップルは「選択と集中」を巧みに徹底させた世界大分業を謳歌しているといえる。


◆Stay Hungry, Stay Foolish.――S・ジョブズ・アップルコンピュータCEO

「iPodから聞こえる経営――『平たい地球』生かし切る」
本社コラムニスト 西岡幸一
( 2005.10.17 日経新聞(朝刊)「核心」)

「Stay Hungry, Stay Foolish(飢餓感をもて、ばかでいろ)」。スタンフォード大学の卒業式でこう卒業生に呼びかけたS・ジョブズ・アップルコンピュータCEO(最高経営責任者)の祝辞がウェブなどで静かな評判を呼んでいる。

非嫡出子で養子に出されたいきさつや大学中退の事情、約30年前に自身が起こしたアップルを追い出され、再びCEOに返り咲くなど数奇な事業遍歴、がんとの闘い。みずからを素直にさらけ出し、どれも試練であったが大きなプラスの体験と振り返る。冒頭の言葉は「現状に安住するな、個性を大事に感受性を磨け」ぐらいのニュアンスであるが、自分の生き方をどこまでも貫く、という自身の信念の披瀝(ひれき)でもある。反権威、反体制で独創性を愛するシリコンバレーで圧倒的人気のカリスマ的経営者の面目躍如だ。

このアップル、パソコンの事実上の生みの親でありながら長らく低迷していた。それが4年前に発売した携帯音楽プレーヤー「iPod」をけん引車に力強い足取りが復活した。先週発表された7-9月期の業績は売り上げが前年同期比57%増の37億㌦、純利益は同4倍の4.3億㌦と4半期ベースでは過去最高だ。先月には厚さ7㍉という超薄型の「iPodナノ」を発売したばかりだが、今秋には音楽に加えて動画も見られる新型iPodの国内出荷も始まる。

携帯音楽プレーヤーの先鞭(せんべん)をつけたのは言わずとしれたソニーのウォークマン。1979年に初代のウォークマンが登場してから累積販売実績は優に3億台を超え、携帯音楽プレーヤーの代名詞になった。その堅いソニーの牙城を、ネットを経由して音楽を取り込める仕組みのiPodが崩壊させた。ネットとつながった携帯音楽プレーヤー市場には、巻き返しを図るソニーをはじめ世界の有力メーカーがひしめいているがアップルのシェアはすでに75%程度を占めたといわれる。

成功の秘密を考えると、第一にウォークマンがどこまでもハードウエアであったのに対してiPodは音楽配信サービスのiチューンズと連携したハードとソフトの複合体である点だ。録音・再生の機能向上や小型化などハード面の強化にとどまらず音楽のコンテンツや集配信の仕組みにも工夫をこらしたネット時代の商品に磨き上げた。

第二にiPodのハードそのものも日本メーカーなどとは戦略が大きく違う。iPodという商品のコンセプトや外形デザイン、機能などの主要仕様はアップルがてがけるが、部品を含めた製造はほとんど外部メーカーに依存する。アップルは半導体産業でいうファブレスにとどまる。

携帯音楽プレーヤーの心臓部になるMPUはシリコンバレーのベンチャー企業のポータルプレーヤーがインドの技術者を駆使して開発・設計する。製造は台湾メーカーが中国で、パッケージ・テストは韓国と台湾企業が分担する。フラッシュメモリーは東芝からなど他の部品もサプライチェーンを駆使して世界から調達し、最終組み立ては中国だ。

『レクサスとオリーブの木』などの著作で知られる著名なジャーナリストのT・フリードマンは最近の『The World Is Flat』で、国際的なビジネスを展開する上での時間、空間、国境の障壁が劇的に消失した実態を描いている。ネットで世界とつながるインドのソフト企業にとって、欧米企業と取引するのに時差もなければ太平洋もヒマラヤ山脈も無いのと同じ。いわばバンガロールの社長室から、同じ時刻の金門橋が見えるようになった。輸送コストが下落した製造会社にとっても世界は同じ目線で見える。

アップルは持ち前の独創的なデザイン力に加えて、この「平たい地球」を100%活用して開発期間の短縮、汎用部品の徹底活用などハードの競争力を高めている。

今月上旬に開催された恒例の電子情報産業見本市「CAETECジャパン」。携帯音楽プレーヤーをしのぐ人気を集めたのはやはり薄型テレビである。液晶テレビとプラズマテレビが大型化、価格などで激しく競争するが、主力企業の戦略に見えるのはアップルの対極にある「地球は丸い」だ。

つまり誰もが利用できる社外の経営資源を用いて、商品価値の源泉になる差異を作り出すのではなく、価値は自社内から生み出そうとする。それには半導体やパネルなど戦略的な部品やデバイスを自社で開発し供給する必要があると見る。

松下電器産業は先月、兵庫県尼崎市に世界最大級のプラズマパネル工場を稼働させた。シャープも来年秋稼働を目指して三重県亀山市に世界最大のガラス基板を用いた液晶テレビ工場を建設中だ。薄型テレビでは一敗地にまみれ、反抗に死にものぐるいのソニーもサムスン電子との合弁会社を拡充して独自の液晶パネルを開発しようとしている。

地球は丸いか、平たいかというのは垂直統合型が有利か、垂直あるいは水平の分業型が有利かという議論にもつながる。「iPodから聞こえる経営」は垂直分業を支持し、さらにハード・ネット・ソフトの連携を促している。「薄型テレビに映る経営」は地球の丸さを認めて垂直統合で差異を出す戦略である。それは同時に日本企業の比較優位がそこでこそ発揮できるという考えに基づく。

部品数や商品特性を問わず普遍的な事業形態があるとは思えないが、どこまでも独創的な差異を追及するアップルの姿勢を消費者が歓迎しているのは確かだ。
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