半農半X?土のある農的生活を求めて

「生きることは生活すること」をモットーに都会から田舎へ移り住み、農村の魅力を満喫しながら、日々、人生を楽しく耕しています

稲盛和夫 ごてやん「私を支えた母の教え」

2021年03月31日 | 素敵な本

今のNHK朝の連続テレビ小説は「おちょやん」ですが、それに似たタイトルの本があったので読んでみました

著者は稲盛和夫さんです。

私の世代でビジネスマンだった人は大体の人が知っていますが、今の若い人は知らないかな?

京セラを立ち上げ、携帯電話が出てDOCOMOが独占市場だった時に、DDIという会社を作って対抗。これは後にKDDと合併してauブランドのKDDIになったですが、その元を作った先駆けです。

そしてちょっと前には経営破綻したJALの再生を国から打診され、高齢ながら「奉仕の心=無給」で請負い再生させたことで有名ですかね。

ある意味「経営の神様」と呼ばれる人の1人で、「トヨタ方式のカイゼン」が世界的に広がった時代に、同じく稲盛さんの「アメーバ経営」も一世を風靡した方です。

また、仏道に入って僧籍も持っている方です。

で、本の内容は自分の人生を振り返ると「あの母がいたから自分がある」という事を追憶している内容です。

そして、ここからはネタバレになりますが、最後に「母は神様じゃないか」という話しになるのです。

私は「お~」と思いました。

どういうことかというと、結局、稲盛さんは高齢になって人生を振り返ると「母がいたから自分がある」という思いに尽きるということなのです。

それを幼少期の家族のドタバタ劇の中で母がどういった行動をとって自分はどうだったか、という事をエッセイのように書いているのですが、ここまで来て思う事は、この年になって「お母さん、お願いします」というように、「お母さん」を思い出すそうなのです。

そして、稲盛さんの言葉では、「人は何かあったら、神様、なんとかお願いします。とか、神様が見ている、とか、目には見えない偉大な存在である神様に心を向ける。そして私も何かあると『お母さん』と声に出している。これを考えると私の中ではお母さんも神様と同じ存在になっている。だからお母さんも神様なんだと気づいた」というような事を書いているのです。

これに「お~」と私は思ったのです。

以前も何度か書きましたが、読売新聞の特別編集委員の橋本五郎さんが、東北で一人暮らしをしていて、死ぬ間際に近所の人に「自分に何があっても五郎は今東京で頑張っているから呼ばないで下さい」と言って、後片付けで迷惑をかけないように身辺を整理し、ご近所さんにも自分が死んだ時の手配も終わらせ、亡くなってから連絡が入った」という事を語っていました。

これに私も感動を覚えたのですが、五郎さんは「母は本当に凄かった。そして母に恥じない生き方をしねばと思った」というような事を言っていたのです。

死して息子が人生をきちんと生きていく教えをしたわけです。

私はこういった話が好きで、だから原発事故があった時に「こんな無知で自分の事しか考えない親で子どもに申し訳ない。きちんとした大人にならねば」と思ったのですが、昭和の時代は女性より男性の方が経営者やメディア露出が多かったせいで、こういった逸話は男性目線のものが多く残っています。

なので、今、女性の方がこういった記事を読むと「女性を神格化している」とか「女性に結局は苦労して我慢して子育てをしろということなの!」という人が出てくるかもしれないので、あまりこういった事を堂々と書くのが難しい時代になったと思うのですが。

私は男性ですし、その1人の男としての私見ですので、女性を神格化するのはおかしい、という思いを持つ人からすれば、「それが良く無いんだ」とご指摘を受けてしまうかもしれませんが、私は「お母さんは神様だったのじゃないか」という稲森さんの話に「お~」と素直に感動したのです。

そして、子どもが老後に、「うちの親は神様と同じだったな~」と思ってもらえるなら、これはお父さんであっても「子どもからそんなことを思ってもらえるなんて、良かった」と涙しちゃうと思うのです。

例えば、この前、ファミリーマートの「お母さん食堂」というブランドのお総菜シリーズに対し、女子高校生のグループが「お母さんは食事を作るものというレッテルを貼っている」と抗議をしたというニュースを知りました。

そんなところまで注意される時代に入ったのか、と、「お母さん食堂」というネーミングでしんごちゃんがCMに出ているのを何とも思っていなかった世代の1人である私からすればびっくりしたのですが、まあ、女性差別だ、平等じゃない、という教育をしているのは大人であって、そう教育されてしまった若い子が出るのも仕方ないと思うのですが、もっと大事な事があるんじゃないかな~とも思ったりします。

人との対立、言葉を換えれば戦争というのは「価値観の違い」で起きるわけです。

国しかり、宗教がもっとも顕著ですが、世の中で一番大切なのは「みんなで生きていく」ことだと思うのです。

そうすると、例えば、私の時代はお茶くみ女性など会社に存在せず、ペットボトルのお茶を自分で買うのが当たり前なので、女性のお茶をくんでもらうとかえって恐縮してしまう世代なのですが、しかし、私の上の世代は「女性にお茶をくんでもらうと喜ぶ」というのを私は知っています。

また、私の知り合いの農家さんの奥さんは「旦那にお茶をつぐ」というのは当たり前で、私がお茶をつごうとしたり茶碗を洗おうとすると「そんなことを男がするんじゃないよ!」と叱られます。

つまり、世代によって、あるいは都市部か田舎によっても価値観は違うのです。

だから、田舎にいったら有り難くお茶をついでもらい、自分の家では自分がみんなのお茶をつげば良いだけです。郷には入れば郷に従え、です。

今回のお母さん食堂も、今、コンビニでご飯を買う人の多くが、「お父さんよりお母さんにご飯を作ってもらった」という人が多いから、「お父さん食堂」より「お母さん食堂」という方がマーケティング的に響きが良い、ということで、10年ぐらい前からやっているのです。

それが、時代が変わって価値観が変わったので、こういった指摘を受けてしまうのは仕方ないのかもしれませんが、いずれにしろ、相手の価値観をお互いに思いをはせ、思いやりをもちつつ「話し合い」や「提案」などは良いと思いますし、それがかたくなに反対されるなら、あえて運動を起こしても良いと思いますが、私からすれば「そこまで批判されるものなのか」とびっくりしちゃったわけです。

情報発信をする側は難しい時代に入ったな~と思いました。

 

という話はさておき、昔の人にとって、「立派な親は人生を支える柱になる」というのは事実だと思うのです。

で、「母は偉大」という事は、実際にあるのです。女性差別でも何でも無く、事実、そうだったと私は思うのです。

これは男の子でも女の子でも、大人になった時、親のことを思い返すと、「父は偉大」というより、やはり「母は偉大だった」という人の方が多いんじゃないか、と私は思います。私の時代までは。

何故か?

その家庭色々でしょうが、やはり、昔は子育てをしたのはお母さんだったからでしょう。

だから「お母さんが立派だった」という話は沢山あります。世の中が何を言おうと、その本人にとってその母が偉大だった、というのは主観であり、だからこそ事実なのですからね。

ちなみに私は人生の最大のピークは子育て時期、と思っている人なので、今がピークだと思って子どもとの時間を大切にしています。

昔は稲盛さんを始め、「お母さんは偉大だった」という人が多かったわけですが、今は時代が変わりましたので、もしかしたら私のようにお父さんも「お父さんは偉大だった」と将来思ってもらえる時代に入ったんじゃないか、と思っています。

もちろん、偉業を成し遂げて「お父さんは偉大だった」というのもあるでしょうが、どちらかというと、子育てというのは目に見えない細かな気配り、心配りをしながら「生活」を共にするものです。

そういった中で、居場所になり、時に支えに成り、どんなときも無限の愛で子どもを絶対肯定しながら一緒に育ち、その上で、私が死ぬとき、あるいは私が死んだ後でも良いのですが、「うちの父ちゃん、今思えば良い父ちゃんだったな」と思ってもらえたらいいな~と思います

ちなみに、先日も書きましたが、民俗学者の柳田国男さんの本で「ご先祖様になる」という話も良いな~と思います。

立派に生きれば子孫から「神様」と思ってもらえたり「ご先祖様」と思ってもらえたりする。

そういった生き方をしたいものですね~。

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