駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

芸術になる何か

2017年02月27日 | 趣味

 

 マティスとルオーにはギュスターブモローという絵画の教師がいた。モローはマティスの優れた色彩感覚とルオーの宗教的な親和性に気付いていたようだ。そしてその通りの方向で薫陶を受けてからの五十年を歩んだように見える。

 絵画芸術をどう定義できるだろうか。美的な感動与える二次元表現とすると美的とは何かと難しくなってしまう。美しいとはちょっと違った作品もあるから単に感動とした方が良いかもしれない。

 二人の作品には筆の運びとか繊細さという技術面では、これは到底真似ができないという感じはしないが、素直に芸術作品と受け取ることができる何かが伝わってくる。心のありようと言うか、人生の断面と言うか、どこか暖かい眼差しのようなものが伝わってくる。この表現でなければ伝えることのできない何かがある。

 勿論、単純素朴で簡単そうに見えても優れたというか個性的な技術はあるのだが、作品の主体ではない。自分も拙い絵を描くがマティスから色をモローから形を何某か学べたように思う。

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