母が憧れた国、愛蘭に行ってきた。なぜ母が愛蘭を第二の故郷と感じたのかはもう分からないが、厳しい現実を湧き出る空想で乗り切るようなところがあった人なので、妖精の生きている緑の国を心の故郷と感じていたのかもしれない。遂に日本どころか本州を離れたことさえなかった彼女に代わり、遙々ヨーロッパの西の端に浮かぶ不思議の島国を訪れることができたのは息子の本懐だ。
僅か六日間で愛蘭の琴線に触れることが出来たかは心許ないが、何度かこれがそうかと人々の仕草と言葉に感じたものがあった。初めての人間にぶっきらぼうで踏み込んだ直截な物言いに、戸惑いながら思わず本音を答えていた。夢見る純真な心は厳しい現実の争いに打ち負かされる内に憮然とした屈折の中に隠され、不機嫌そうでぶっきらぼうな癖にどこか優しく人懐っこい人々を生んだのかもしれない。
家内はもう来ないわねと呟いたけれども、私は雨が降るのか晴れるのか暖かいのか寒いのか分からない、つむじ風の舞う緑の丘にもう一度いつまでも佇んでいたい気がしている。なぜか、それがアイリッシュと感じたからだ。