あられの日記

カテゴリーは場所優先。鶴岡八幡宮は寺院・仏閣ではなく「鎌倉」に。一部検索し易さ優先で、花カテゴリーに入れてる場合も。

日蓮の臨終の場所

2012年02月25日 05時35分35秒 | 歴史散歩
池上本門寺の西側の斜面を降りた所に大坊本行寺がある。
本行寺は、日蓮宗の宗祖である日蓮大聖人が入滅、すなわちご臨終された地(ご霊場)です。

日蓮は今から700余年前の弘安5年(1282)9月8日、常陸の国での湯治療養のため、9年間にわたり住み慣れた身延山久遠寺/現在の山梨県巨摩郡身延町)を後にされ、同月18日、武蔵の国池上郷の鎌倉幕府の作事奉行であった池上宗仲公の館に落ち着きました。
日蓮は宗仲の館で療養しつつ弟子や信者に「立正安国論」の講義などをしてましたが、病が重くなり10月8日に6人の弟子に後を託し、10日に形見分け。13日に弟子や信者が法華経を読経する中亡くなりました。享年61歳。
それが現在の大坊本行寺です。

日蓮が入滅した池上家の仏間後に建てられたお堂。
「ご臨終の間」で正座して参拝。現在の建物は当時のものと違うのでしょうが、日蓮は寄りかかって「立正安国論」を講義していた「お寄りかかりの柱」があります。これに触れることが出来ます。
撮影はしてません。感動はぜひその場で味わって下さい。
ちなみに、「ご臨終の間」は昭和11年3月に東京都の史跡指定されているので、記事のカテゴリーは「歴史散歩」に分類してます。

ご臨終の間の裏側でお庭を眺めました。なんか疲れてます~。
お堂を出ると、本堂の前にお会式桜があります。訪問日は2011年11月22日。現在植えてあるのは四季咲き桜か冬桜か?ともあれ、桜の花がちらほら咲いてました。これはね。日蓮が亡くなった旧暦の10月13日(今の11-12月)にもかかわらず、時ならぬ庭先の桜が花を咲かせたと伝えられており、その故事に由来して秋に花をつける桜を植えてあるんでしょね。
御灰骨堂
日蓮入滅後、遺体を荼毘にふした際の遺灰を集め安置。現在のお堂は昭和54年3月、本門寺より大聖人旧御廟所の建物を移築したものです。
ちなみに御灰骨堂の右に見えるのは萬霊供養塔。
さて、散歩はこれにて終了です。池上駅へ向かう道には次から次へ小さなお寺が現れます。これって、本門寺の塔頭なんですかねえ?

道々、雰囲気のいい山門があったので写してみた。撮影時間を確認すると、16時でした。つ、疲れた~。確か、待ち合わせは小田急線豪徳寺駅に9時だったよね。私ら頑張ったよ…。
帰り道、連れは門前の商店街でくず餅を購入~。ふっふっふっ。関東のくず餅は、京阪神でいうくず餅とは別モノなのだよ。おうちに帰って驚いてくれたまへ。
人気ブログランキングへ ちなみに、以前池上本門寺を訪問した時いただいたくず餅の画像はこちら。池上本門寺でグルメ(2009年10月8日)の記事
NHKの朝ドラ「カーネーション」うっかり見出したら面白い。久々に見てます。ヒロインの糸子とほっしゃんの演じる北村の掛け合いが私的にツボにはまってしまいました。
んでね。最近気になるのがすっかり髪をアップにしてる糸子の左のおでこにあるホクロだったりして…。や~、女優さんってホクロ取るよね?や。ドラマ的には加齢した糸子を表すいい味出してるんだけどね。なんつーか、目が糸子のホクロに吸い寄せられてしまうんです。って、コレ私だけ??

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