新・徒然煙草の咄嗟日記

つれづれなるまゝに日くらしPCにむかひて心に移りゆくよしなし事をそこはかとなく紫煙に託せばあやしうこそものぐるほしけれ

7月の帰省のこと #1 [水害編]

2023-07-23 18:08:34 | 日記・エッセイ・コラム/ニュース

う1~2週間も前のことになりますが、7月9日(日)~17日(月・祝)の約1週間、秋田市にある別邸へ帰省していました。

もともと曇・雨の天候が続くという予報を知っていましたが、まさかあれほどの大雨に見舞われるとは… でした。
雨が降り始めたのは14日(金)の昼下がりで、私は17日に予定していた帰省Uターンに備えてクルマに給油した帰り道でした。途中、スーパーで食材を仕入れ、別邸に帰ってきた頃には本格的な雨になっていました。
TVを視ると、JR東日本は、15日(土)朝の秋田新幹線を除き、ほとんどの列車の運休早々に発表していて、ただならぬ様相を呈していました。

ところで、秋田市では防災無線運用していないみたいで、ではどうやって防災情報を入手すればよいのだ?
と、秋田市のHPを見ると(そこに行き着くまでが大変)、メールによる配信とか、民間のサービスに乗っかった「防災アプリ」に頼るしかないみたいです。
スマホ電子メールを使っていないジジババ家庭ではどうしたらよいのだ?
私は、いやいやながらも「Yahoo! 防災速報」のアプリをダウンロードし、別邸だけでなく本宅も登録しておきました。

すると、14日夜からしばしば「Yahoo! 防災速報」アラート音が鳴ってけっこうやかましい
でも、15日朝には、すぐ近所の公民館的施設に避難所が開設されたという情報が送られてきて、いよいよ来るかな? という感じ

2017年7月大雨のときには、近所の川が溢れて、別邸近くまで水が迫ったという話を母から聞いたものですが、わたしが別邸で暮らしていたときには、一度もそんな体験はありませんでした。
やはり近年の気候はエキセントリックになっているのでしょうな…

気象庁キキクル秋田市内の川の様子を見ると、

あれまぁ~

雄物川(左下の大きな川)以外のほとんどの川「赤 (警戒):警戒レベル3相当」です。
とりわけ、太平川(右上から真ん中やや左下に向かって流れる川)がマズそう

そうこうしているうち、12:30「緊急速報メール」で飛び込んできたのが、

太平川が氾濫したというお知らせ
「紫 (危険):警戒レベル4相当」をすっ飛ばして、警戒レベル5 (緊急安全確保)です

太平川といえば、今年4月、自転車桜見物に出かけたほど、別邸からは遠くないところを流れています
でも、TVニュースによると、太平川が氾濫したのは広面大橋(上に載せたキキクルの画像でいえば、秋田駅からまっすぐ東に伸びる道路が太平川を渡る橋)上流右岸ということで、別邸からはかなり離れています。

驚いたのは、この1時間半後には、秋田駅に接するようにすぐ東側にあるNHK秋田放送局前の道が冠水して、動けなくなっているクルマがあること

おいおい、うちの近所の川は大丈夫かよ と、2階から川の方向を眺めると、

写真のピントが手前の家に合ってしまってピンボケだけど、家から川面が見える
大雨のとき、田んぼや川の様子を見に行くのはご法度とは知りながらも、道路の様子を見るくらいなら大丈夫だろうと、外に出てみると、

溢れてる
まだ別邸までは数十mは離れているけれど、側溝を覗くと、水面地上から十数cmくらいまで迫っています。

この時点で、別邸周辺の警戒レベルは、レベル3 (高齢者避難)からレベル4(避難指示)に引き上げられていましたが、食料はあるし、は飲料用3リットルほどとトイレ用に風呂桶に溜めてあるし、カセットコンロもあるし、寝室は2階だし、ということで、そのまま別邸に籠もることにしました。

その後、秋田市の中心部を流れる旭川の水位が「危険:警戒レベル4相当」まで上昇するは、旭川の上流にある旭川ダム緊急放流を始めるは、

秋田駅のすぐ南にある奥羽本線(秋田新幹線)と羽越本線のアンダーパス明田地下道が完全に水没するは、街のど真ん中にある旭川沿いの歩道が崩落するはと、私の記憶にない大きな被害を出しつつ、15日が終わりました。

   

明けて16日(日)の朝、恐る恐る、別邸の周りの道2階から眺めると、どうやら道路が冠水しているみたいです。
そこで、どの程度冠水しているのかと、玄関から外に出てみると、

ややや
道路は15cmくらい冠水していて、別邸の敷地にもちょっとだけ水が侵入してきています

でも、道路を泳いでいるという秋田駅の東側や、床上浸水しているという中通辺りに比べればどれだけマシなことか
しかも、雨は峠を越えたみたいだし…

ただ、想定外だったのは、トイレが流れないこと
そりゃ、道路が完全に冠水しているわけで、下水道だって「高きから低きに流れる」のが道理です

それでも、じわじわと近所の川の水位も下がりつづけ

昼過ぎまでには家の周りの水も引き、夕方には普通にトイレを使えるようになりました

これで残る問題は、大雨通行止めになっていた秋田道のみ
私の帰省Uターンルートで通行止めになっているのは、秋田南IC~大曲ICで、この区間だけR13を使う手もあるのですが、この状況で、R13を安全に走れる保証はありません
このまま通行止めが続けば、休日割引を断念して、帰省Uターンを延期しようか…

と考えていたのですが、幸いにも、16日の夕方には、通行止めが解除されていました(被害の大きかった秋田中央ICは出口閉鎖?)

そして、予定どおり、17日朝、小雨が降る中、別邸を出発して、何事もなく酷暑の本宅に帰還できました。

   

でも、なんとなく、私は、被災地から逃げ帰ったような気がしてなりません
秋田市の世帯の約1/4が被害を受けて、後片付けに追われる人が多いだろうし、断水が続いていた五城目町では、8日ぶり水道が使えるようになったという段階なのに…。

ところで、今回の浸水が酷かった秋田駅の東側は、私が高校生のときの通学路でした。
当時と現在では様変わりして、ロードサイド店がドカンと立ち並んで、駅の西側衰退ぶりと好対照をなしていると思っていたのですが、まさかこんなことになろうとは…

本宅にある「図説 秋田県の歴史」に、こんな記述を見つけました。

(佐竹義宣は)領国支配の拠点として、位置や地形から窪田(久保田)の地を選び、この地の神明山に城を築くことになった。(中略)
山の東側一帯は湿地が広がり、現在の秋田駅東部には長沼と呼ばれる沼が昭和30年代まで存在していた。

「長沼」の存在は私も知りませんが、中通地区には終戦後までもが存在していたことは知っておりまして(記事はこちら)、今回、浸水して急患受け入れを中止した中通総合病院は、この堀跡の隣だし、旭川沿いの歩道が崩落した地点は、堀と旭川が合流するところだったとか、いろいろと示唆が多い

古地図とか古い地名は、防災に役に立つものだと思ったのでした。

ということで、時系列的には前後しますが、今回の帰省の話は「#2」につづきます。

つづき:23/07/24 7月の帰省のこと #2 [増田まんが美術館編] 

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