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オペラファンの仕事の合間に パート2

大好きなクラッシック音楽やフィギュアスケート、映画などを語ります。メインは荒川静香さんの美しさを語るブログ。

今日聴いたCD 5月6日

2013年05月06日 16時59分47秒 | 今日、聴いたCD
ブルックナー 交響曲第8番 ハ短調(ハース版) ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送交響楽団(1993年ハンブルクでのライブ録音 RCA盤)

今日はGW最終日ですが、公休表の関係で休み。世間様のように遠方でも行きたいのは山々ですが、仕事のお疲れでグッタリ。朝、近所のショッピングセンターへ行っただけで、その他は自宅で引きこもり。楽しくない人生である。
そんな中、たっぷりと何か大曲を聴きたくなり、選んだCDが、これ。
ブルックナーの交響曲を聴くのは久し振りである。今年になって初めてかもしれない。
別にブルックナーが嫌いになったからではない。続けざまに2組のシベリウス交響曲全集を手にいれたりして、時間が足りないと言うのが現実でしょう。
久し振りのブルックナーの大曲。新鮮な気持ちで聴くことが出来た。
この交響曲の核心と言える第3楽章のアダージョの美しさ。
久し振りに仕事を忘れることが出来ていたが無常にも携帯電話が鳴る。店からである。ああ~!
緊張感が途切れてしまった。
さて今日選んだCDはギュンター・ヴァントの録音。ヴァントの指揮する第8番には、いろいろなオケとの録音がありますが、私は、この北ドイツ放送交響楽団との録音が一番気に入っています。
数日前に、こんなコメントが入っていました。

「貴方は音楽好きとは言えないのではないでしょうか?カラヤンをこれほどまでに意固地に否定するのがその証拠です。クラシックに音楽以外のものを求めようとする典型的な日本のクラオタのような気がします。
宇野のごとく、芸術家に人格的価値を追い求めようとするのは、愚の骨頂です」

久し振りに面白いコメントで笑い飛ばしました。
それにしても、人様のブログへドカドカと入って来て、いきなり「貴方は音楽好きとは言えないのではないでしょうか?」とは本当に礼儀知らずである。
こういう者を無礼者と言うのでしょう。自分自身の顔が見えないブログ社会の弊害でしょうなあ。

なおコメントに書かれている宇野というのは音楽評論家の宇野功芳氏のことでしょう。確かに若い頃は宇野氏の影響を強く受けていた時期がありましたが、今は私の気の向くままで、音楽評論家の意見に左右されていない。自分自身の聴きたいものを直観的に選んでいます。それよりも他の一般の音楽ファンのブログの方が参考になっていると言っていいでしょう。
次の公休日には、もう一度ブルックナーを聴きたいな。
なお断っておきますが、私のCD棚には愚の骨頂のためカラヤンのブルックナーのCDは1枚もない。あしからず。








今日聴いたCD 4月25日

2013年04月25日 10時00分23秒 | 今日、聴いたCD
「ニューイヤー・コンサート1974」 ウィリー・ボスコフスキー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(DVD ドイツグラモフォン)

今日はCDではなく一組のDVD。発売された時から欲しかったのですが、私にとっては7000円を超えていて高額で手が出せなかったのですが、今回、2190円という超破格値で販売されていたのを見つけて、迷わず飛びつきました。そして、やっと手に入れました。
ボスコフスキー指揮ウィーンフィルによる元旦恒例のニューイヤーコンサートの2枚組のDVD.1枚目は1974年のコンサートを全て収録。そして2枚目は1963年から1979年までのコンサートから19曲、収録されています。
見ていて本当に懐かしかった。何か忘れてしまったことを思い出すような気分でした。
この頃はウィーンフィルとウィーンの人々が心から新しい年を祝うコンサートだったのでしょう。何かアットホーム的で、ウィンナワルツに対する愛情が満ち溢れていて、音質はモノラル録音で、映像も最新の映像にくらべると鮮明度を欠けるものがありますが、それらを忘れさせるものがあります。
そして、ウィーンフィルのニューイヤーコンサートは本来は、このようであったのかと思い直すものがありました。
現在のニューイヤーコンサートは、コンサートと言うより、何かイベントになってしまったと言う感じで、ボスコフスキーの頃のようなウイーンの粋と言うか「我こそウイーン!」という誇りと喜びが気薄になってしまったのではと感じてしまいました。
やはり全世界への衛星生中継の影響でしょうか?ウィーンと言うよりも、どうしても全世界に目を向けてしまったので、いい意味でのウィーン独特のローカル色が消えてしまったのでしょうか?
本当にウィンナーワルツを本当に心から感じている指揮者を捜さないで、名前の通った世界的指揮者の名前を優先している弊害もあるかもしれません。
ボスコフスキーの時代は、当然ながら衛星生中継ではなく、2月から3月頃、NHKの教育テレビで放送される録画を見るのが私にとって当たり前の時代でした。それでも満足していました。逆に、なお一層、私の音楽の都ウィーンへの思いを駆り立てるものが、あの時代にはありました。世の中、便利になり過ぎたのかな?

現在のニューイヤーコンサートで私の嫌なこと。
お決まりのアンコールでの「ラデツキー行進曲」で指揮者が客席に振り向いて拍手を指揮すること。私は、どうも好きではない。何か無理やり、やらされているように感じがして何か違和感を感じます。しかし1974年の映像を見ると、客席から自然に拍手が湧きあがり、指揮のボスコフスキーが、客席に振り向いて嬉しそうに見守っています。やらされ感、皆無。本当に自然で、温かさを強く感じます。元の状態に戻して欲しいなあ。
また、現在の衛星生中継では、客席には多くの日本人の姿を見ることが出来ます。しかしボスコフスキーの時代は日本人の姿は確認出来ませんでした。
私は、どうも毎年、衛星生中継で客席の多くの日本人の姿を見ると、何か反発心を抱いてしまいます。何か「エヘン!ウィーンフィルのニューイヤーコンサートの来ているのだぞ!凄いだろう!偉いだろう!」という感じが伝わってきて、どうも嫌。
それを見ると「ウィーンフィルのニューイヤーコンサートはウィーン市民のものだ!日本人は行くな!」と思ってしまうのは私のあさはかさか?
私自身、元旦は仕事を終えて、滑り込むように帰宅してテレビで生中継を見るのが毎年の元旦の恒例なので、「コノヤロー」と思ってしまうのかもしれません。
以上は言いたい放題、おそらく死ぬまで音楽の都ウィーンへ行くことの出来ないであろう貧乏人のヒガミ、私の大暴言でした。失礼しました。
ただ年々ウィーンの「オラが街のコンサート」という気風が薄れていくのと、日本人の姿が増えているのは、やはり何かリンクしているのでしょうなあ。

さて映像を見ていて、一番、印象に残ったのは、やはりボスコフスキーの指揮ぶり。まさに「粋」という言葉がピッタリ!特にヴァイオリンを持ちながら弓で指揮をするという姿。本当に「粋」である。後年、マゼールも同様なスタイルで指揮していましたが、月とスッポン。心で何も感じていないのに、姿だけ真似だけしているような感じだった。次元が違う。
また小太鼓のブロシェクのお約束のようなパフォーマンスも楽しかった。特に「鍛冶屋のポルカ」での盛り上がり。自然と湧き上る客席からの拍手。何度でも見ていたい映像でした。これぞウィーンフィルのニューイヤーコンサート!
そして2枚目のDVDでは歴代のコンサートマスターの姿を見ることが出来るのもお楽しみ。
特に1枚目の1974年の映像ですがワルツ「ウィーンの森の物語」でのボスコフスキーと当時のコンサートマスターだったヘッツェルとのヴァイオリンの掛け合いは私にとって、たいへんな贅沢でした。
1977年3月東京で聴いたベーム指揮の演奏会でのコンサートマスターもヘッツェルでした。ですから歴代のコンサートマスターの中で、やはりヘッツェルの姿が一番懐かしい。残念なことに事故によるヘッツェルの早い死は悔やんでも悔やみきれません。

私は12枚のCDのボスコフスキー指揮ウィーンフィルによる「ウィンナーワルツ大全集」(デッカ盤)が以前からの愛聴盤ですが、今回、ライブの映像のDVDが加わりました。
今回の映像は、間違いなく氷山の一角。続編を期待したいものです。



今日、聴いたCD 4月9日

2013年04月09日 14時07分15秒 | 今日、聴いたCD
①シェーンベルク 弦楽六重奏曲「清められた夜」嬰ヘ短調 厳本真理弦楽四重奏団(1972年録音 EMI盤)
②ブラームス   ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 ヴィルヘルム・バックハウス(ピアノ)カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1967年録音 デッカ盤)

一昨日の夜、NHK・Eテレで放送されたNHK交響楽団の定期演奏会の放送。好きな作品が並んでいたので、それなりに楽しみましたが、何か引っかかるものがあり、今日は再び同じ曲目を、お気に入りのCDで聴きました。
まずシェーンベルクの「清められた夜」
N響の演奏を聴いていて、オリジナルの弦楽六重奏版が、どうしても聴きたくなりました。N響の演奏は悪くないし、分厚い響きによる弦楽合奏版の方が有名ですが、何かモヤモヤした弦楽合奏版より、やはり私はオリジナルの弦楽六重奏版の方が、細かい感情が表現出来ていて好きですな。
今日聴いたのは厳本真理弦楽四重奏団に江戸純子、藤田隆雄が加わった録音。
LPレコードの時代から私の最上位の愛聴盤。以前、大阪の中古レコード店で帯付きのレコードが25000円で販売されていて驚いたことがあり、絶対に手放すまいと思いました。
シェーンベルクの持つ前衛性より、ブラームスの延長と言うべきか、成熟したロマンを強く感じることが出来るのが、今も飽きたらず聴いている理由でしょう。
厳本真理が亡くなった1979年。53歳の若さだった。たいへんな年月が経ちました。もう厳本真理弦楽四重奏団は忘れ去られた存在なのでしょうなあ。
しかし、このシェーンベルクの録音がある限り、私にとって絶対に忘れてはいけない存在です。

そしてブラームスのピアノ協奏曲第2番。
放送でのエレーヌ・グリモーのピアノ独奏は熱演でしたが、何か無理して背伸びしているように感じ。もっと淡々としても良かったのではと思ってしまい、聴く前は、たいへん期待していたのですが、この点が引っかかる点かもしれません。
これが、この協奏曲の難しさかもしれません。
グリモーはまだ、この協奏曲を録音していません。この協奏曲の録音がCDで発売された時が、この協奏曲に対するグリモーの答えでしょう。
その時を楽しみにしています。
さて今日聴いたCDは昔から名盤として有名な録音。そして、この作品を本当に聴きたい時、どうしても手にしてしまうCD.
バックハウス、ベーム、ウィーンフィルの三者が、がっぷりと四つに組んだ演奏。
バックハウスの個性も、ベームの個性も、そしてウィーンフィルも全て忘れて、ただ、ひたすらにブラームスのピアノ協奏曲第2番しか感じさせない、比類なき演奏と言うべきか!
もっと他の録音を聴くべきかもしれませんが、やはりダメな私です。
これから先も、この状態が続くのでしょうなあ。



 

今日聴いたCD 4月4日

2013年04月04日 16時05分11秒 | 今日、聴いたCD
①R・シュトラウス 「四つの最後の歌」、管弦楽伴奏付き歌曲集 アンネリーゼ・ローテンベルガー(ソプラノ)アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団(1974年録音 EMI盤)
②ブラームス ヴァイオリン協奏曲 二長調 ヤシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン)フリッツ・ライナー指揮シカゴ交響楽団(1955年録音 RCA盤)

昨晩は帰宅すると日付けが変わっていた。体はヘロヘロ状態。昨日で仕事も山場を過ぎたかな?これから徐々にブログへの書き込みも元の状態に戻りたいと思っています。先月、CSのJスポーツで放送されたフィギュアスケートの世界選手権の録画もペア以外、ほとんど見ていない状態なので、これからボチボチと見て行きたい。

さて朝、体がしんどいにも関わらず眠れないので、スピーカーの前に座ってCDを聴いて行く。
まずR・シュトラウスの「四つの最後の歌」を聴く。小ざかしい俗世間を離れた正に純粋な彼岸の音楽。曲の美しさが疲れた体に沁み渡る。特に第3曲「眠りにつくとき」でのヴァイオリン独奏、そして、それに続くソプラノの澄んだ歌声を聴いていて何故か涙がにじんでくる。
ソプラノ独唱は往年のドイツの名ソプラノ、アンネリーゼ・ローテンベルガー。
ローテンベルガーと言えば1960年ザルツブルグ音楽祭での記録映画で見ることが出来る、R・シュトラウスの楽劇「ばらの騎士」での愛らしく可憐なゾフィー役が忘れられません。大学生時代、この映画を初めて見た時、あまりにの曲の美しさに恍惚としたことが今も忘れられません。
ローテンベルガーは、私が高校生の時、1度だけ来日している。その来日時のリサイタルをNHK教育放送で見ました。
テレビで見たローテンベルガー。本当に美人。正にドイツ美人と言うべきか。
インタビューでは一番好きな作曲家としてR・シュトラウスを挙げていたのを憶えています。この時、私は初めてR・シュトラウスとヴォルフの歌曲を聴いたのではないかな?
この頃、既にR・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」や「ツァラトウストラはかく語りき」は聴いていたので、オーケストラの世界とまた違うシュトラウスの世界を知るきっかけになったのは間違いないでしょう。
表情たっぷりのヴォルフの「妖精の歌」も、はっきりと憶えている。
そんなR・シュトラウスを知り尽くしたローテンベルガーの歌う「四つの最後の歌」は悪いはずがない。5曲の管弦楽伴奏付き歌曲もいい!
そしてプレヴィン指揮ロンドン交響楽団による伴奏も素晴らしい。確かにウィーンフィルのような、こぼれ落ちそうな色気はありませんが、ムード満点。録音当時、まだプレヴィンの振るR・シュトラウスは以外なレパートリーの時代だったかもしれません。現在、ウィーンフィルとのR・シュトラウスの作品の録音を多く残しているプレヴィン。今になって思うと、この録音は正に、それらの先駆けだったと思われます。
なお、このCDの後半にはヴォルフの歌曲も多数収録されているので、こちらは後日、じっくりと聴いていきたい。
それにしても、このCDの購入価格は何と890円!もう御買い得の域を超えた超掘り出し物でした。

R・シュトラウスの歌曲の次にブラームスのヴァイオリン協奏曲を聴く。
手にしたCDはやっぱりハイフェッツ。やっぱりハイフェッツの録音。
第1楽章のオーケストラの分厚い前奏を聴いただけで体が浮かび上る気持ちになる。シカゴ交響楽団は、異論もあるかもしれませんが、この頃のライナーの時代が最高だったのでは?と思ってしまう。後年のショルティの時代も確かに凄かった(私は生で聴いている)ですが、何かオーケストラの機能や技術の凄さが全面に出て、何か大切ななものを置き去りにしていたように感じます。
そして、やっぱりハイフェッツ。
暗さがない?深みがない?楽天的?いろいろ言われていますが、私はやっぱりハイフェッツ。
聴きだすとハイフェッツの術中にハマってしまう私。演奏の中に物凄い技術が隠されているはずですが、それを感じさせないハイフェッツの演奏。
ハイフェッツの音色の中には確かに魔物がいる。その魔物を見ようとしている私。
ハイフェッツの術中にハマることの出来る私。これは、たいへん幸せなことかもしれません。
やっぱりハイフェッツ。









今日、聴いたCD 3月7日

2013年03月07日 12時28分59秒 | 今日、聴いたCD
ベートーヴェン 歌劇「フィデリオ」(全曲) ハンス・クナパーツブッシュ指揮バイエルン国立歌劇場管弦楽団、合唱団(1961年録音 ドイツグラモフォン盤)

ベートーヴェンの数多い作品の中で最高傑作は?と聞かれたら、私は、やはり「ミサ・ソレムニス」や交響曲第3番「英雄」、そして弦楽四重奏曲やピアノ・ソナタの作品の数々を挙げてしまいますが、一番好きな作品は?と聞かれたら、迷うことなく交響曲第6番「田園」と歌劇「フィデリオ」を挙げます。
今回、以前から聴いてみたいと思っていたクナパーツブッシュ指揮の全曲録音のCDが届きました。これで歌劇「フィデリオ」の全曲盤はDVDを含めると、私にとって11組目の全曲盤になります。ちょっと異常かな?その中でカール・ベームが指揮した録音が5組。う~ん。
このオペラのどこに魅力を感じているのかと問われたら、正直、答えがありません。
ただ序曲の冒頭を聴いただけで血が騒ぐものがありますし、やはりベートーヴェンが試行錯誤を重ねた唯一のオペラであり、合唱の聴き所もあるのが要因かもしれません。
そして、やはり第2幕の第2場。

フェルナンド「(ロッコに)お前がこの人(フロレスタン)の墓を掘ったならば、今や彼の鎖を解いてやれ。いや待て。(レオノーレに)彼を自由にするのは、ただあなた、高貴なる女性よ、あなただけにふさわしいことなのだ」
レオノーレ 「ああ神様、何といううれしい時!」
フロテスタン「何という幸せ!」
フェルナンド「ああ、神よ、汝のさばきに正義あれ!」
すべての人々「ああ神よ!何という時!こよなき幸せ!神よ汝のさばきは正しい。神はためし、神は我々を見捨てない!」

私は、ここの場面が大好きで、この場面の音楽を聴きたくて、あれこれ全曲盤を購入しては聴き比べをしては、一人自己満足しているのでしょう。

さて、今回のクナパーツブッシュ指揮の全曲盤。面白かった。
以前までウエストミンスター・レーベルで発売されていたもので、今回はドイツグラモフォンからの発売。
レオノーレはセーナ・ユリナッチ、フロレスタンはジャン・ピアース、ドン・ピツァロはグスタフ・ナイトリンガーが歌っている。
クナの指揮による演奏は予想通り、ゆっくりとしたテンポで、これがオペラの最後まで貫かれている。
だから第2幕第1場のレオノーレ、フロレスタン、ドン・ピツァロによる緊迫した場面でも、このテンポが守られているのだから、劇的効果ということから考えると正直不満ですが、これも聴く前から予想したこと。クナでないと出来ない演奏と思うと、クナの前で、ただひれ伏すのみ。ベームやワルターの熱気あふれるライブ録音とは別世界の演奏。正にクナの世界である。
そのかわり、このあと演奏される「レオノーレ序曲 第3番」はスケールの大きい演奏で、それまでのモヤモヤを吹っ飛ばしてくれます。
この全曲録音は歌劇「フィデリオ」を聴くというより、やはりクナパーツブッシュの演奏を聴く録音と言えます。
クナパーツブッシュの指揮する歌劇「フィデリオ」を最後まで聴き通して面白いと思えるのも、いろいろな全曲盤を聴いてきた賜物かもしれませんな。





















今日聴いたCD 2月7日

2013年02月07日 13時24分15秒 | 今日、聴いたCD
シベリウス 交響曲第2番、第3番 パーヴォ・ベルグルンド指揮ボーンマス交響楽団(1972年~1975年録音 EMI盤)
シベリウス 「4つの伝説曲」、交響曲第7番 エーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団(ドイツ・グラモフォン盤)

昨年暮、エーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団、今年になって今度はパーヴォ・ベルグルンド指揮ボーンマス交響楽団と立て続けにシベリウス交響曲全集のCDを買い求めてしまった。
今年になって、オペラを除いて、シベリウス以外の作品のCDをまだ聴いていない。今日も朝からシベリウス三昧。しかし、シベリウスにハマったとは思っていない。昔からシベリウスの作品は大好きだったのだから・・・。今の私の心の中で一番ピッタリとするのは、シベリウスの作品であると言うべきか。
さて、ベルグルンド指揮ボーンマス交響楽団による録音。これは予想以上の掘り出し物だった。
今日は2番と3番の交響曲を聴きましたが、特に第3番の第1楽章の歯切れのよいリズムの第1主題を聴いていて何か強く高揚するものがありました。何か雪と氷に閉ざされた冬が終わりを告げ春が間近かという雰囲気の音楽。
この主題はシベリウスが、イギリスを訪問した時に沿岸から見た霧に煙るイギリスの様子がヒントになっているとも言われているらしい。
イギリスのオーケストラは昔からシベリウスを得意としていますが、よく分かりませんが、何かシベリウスとイギリスは相通ずるものがあるのでしょう。また一度、エルガーやディーリアスの作品をじっくりと聴いてみたいと思っています。

ベルグルンド指揮ボーンマス交響楽団の演奏は立派ですが、やはり気薄なのは北欧の冷たい空気。
その北欧の空気を吸いたくなり昨年暮に手に入れたエーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団の全集を手にする。
この全集には管弦楽曲の「4つの伝説曲」が全曲、収録されているのが嬉しい。この作品はフィンランドの民族叙事詩「カレワラ」に基づいた作品で「レンミンカイネンとサーリの乙女たち」「トゥオネラの白鳥」「トゥオネラのレンミンカイネン」「レンミンカイネンの帰郷」の4曲で構成されている。特に第2曲の「トゥオネラの白鳥」が特に有名で単独で演奏されることが多いですが、今回、すっかり私のお気に入りの曲となったのが、ほとんど演奏されない作品ですが第1曲の「レンミンカイネンとサーリの乙女たち」です。
緊迫感があり、何か胸が締め付けられそうな音楽。この連作の交響詩と言うべき、この作品の第1曲を飾るにふさわしい何か張りつめた音楽。
私はお国ものにこだわるのは、あまり好きではありませんが、ここで聴くことの出来る演奏は、フィンランドのオーケストラが自国の伝説を基にした自国の作曲家が書いた作品を演奏すると言う誇りと気高さ伝わってくる演奏と言うべきか。

シベリウスばかり聴いて、ブルックナーを忘れそうである。
これはいかん・・・。



「レンミンカイネンの母」(ガッレン=カッレラ 1897年)









今日、聴いたCD 1月31日

2013年01月31日 15時42分37秒 | 今日、聴いたCD
シベリウス 交響曲第1番、第4番、第7番、その他管弦楽曲 パーヴォ・ベルグルンド指揮ボーンマス交響楽団(1972年~1975年録音 EMI盤)

音楽雑誌「レコード芸術」の2月号が届き、目を通す。毎年、2月号の特集は恒例の読者が選ぶベスト・ディスク「リーダーズ・チョイス」である。
音楽評論家たちの面白みのない批評より、読者の本音を語ったコメントの方が、いろいろな視点が発見できて興味深く2月号は毎年、楽しみにしています。
私は過去2回、「読者のまるごとメッセージ」に掲載されたことがあるので、この数年、毎年投稿している。今回は、新録音の新譜ディスクなしの徳用盤ばかりのベスト10だったので、掲載は難しかったようだ。(余談ですが1か所のみ私のコメントが掲載されているので、お暇ならお探し下さい)
毎年8月、荒川静香さんに会うために新横浜へ泊りがけの大遠征を繰り返しているので、CDを購入するのに、たいへん資金繰りに苦しんでいる日々が続いている。
1枚3000円前後もする新譜ディスクは、手が出せない状態。またSACDなどの高音質ディスクの購入などは、もってのほか。夢のまた夢である。
インパル指揮東京都交響楽団によるマーラーやショスタコーヴィッチの交響曲、ティーレマン指揮ウィーンフィルのベートーヴェン交響曲全集は聴きたくてしかたがないのですが、ジッと我慢の子(おっさん)である。
いかに安く、いい演奏のCDをいかに多く集めるかが、今の私のCD購入の路線である。そのための情報収集は、けっこう面白いですが、どうしても昔の演奏、演奏家の録音が中心になるので、どうしても今が旬の演奏家の録音を聴けないのが、一番の難点です。

さて今回、パーヴォ・ベルグルンド指揮ボーンマス交響楽団によるシベリウス交響曲全集が手に入りました。CD4枚組で1370円の超お買い得価格。
ただ、お買い得価格だっただけではありません。私にとって待望のCD。聴きたくてしかたがなかった録音で、購入価格の何十倍も相当する嬉しさである。
今年になってオペラを除くと、シベリウスの作品しか聴いていない。あれだけ好きなブルックナーの交響曲も一度も聴いていない。
シベリウスの作品は昔から好きでしたが、ここ最近、ますますシベリウスの世界にドップリとつかっている状態が続いている。今、予約しているCDはオペラばかり。
そして今回は、シベリウス演奏の大家ベルグルンド最初のシベリウス交響曲全集である。ベルグルンドには2回目の交響曲全集になる1980年代中頃のヘルシンキフィルとの録音が有名で、正に多くのシベリウスの作品の録音の最上位のCDと言っていいですが、今回のボーンマス交響楽団との録音はヘルシンキフィルとの録音より約10年前の録音。ベルグルンドのシベリウス演奏の原点といっていい演奏である。
ボーンマス交響楽団はイギリスのオーケストラ。シベリウスの本場のオケのヘルシンキフィルに比べて北欧独特の冷たさが後退しているのは、しかたがないでしょう。第4番を聴いていて、ヘルシンキフィルと比べてやはりシンと冷え切った冷たさが無いのが物足りなく感じましたが、それは無いものねだりでしょう。
しかしボーンマス交響楽団から、かもし出される瑞瑞しい響きは本当に素晴らしい。2度目の録音はベルグルンドは、かなりヘルシンキフィルの響きに寄りかかっている演奏と思えますが、今回の1回目のボーンマス交響楽団との録音の方がベルグルンド自身、やりたいことをやっている演奏ではないかと感じました。
ただ、やりたいことをやっていますが、けっしてシベリウスの音楽を壊していない。同じ、やりたいことをやっているバーンスタインの演奏とは別世界。バーンスタインはシベリウスの音楽を壊している。
そして録音状態はアナログ録音としては、最高の録音ではないでしょうか?ヘルシンキフィルとの演奏で私の唯一の不満はオケの音が何か奥まっているように聴こえること。その不満を見事に一掃してくれました。
今回、手にしたボーンマス交響楽団との録音は、EMIの名録音のお蔭でベルグルンドの表現が手に取るように聴こえるのが嬉しい。
名録音に出会えて、またまたシベリウスの演奏の面白さを知ってしまった。まだ全てを聴いていないので今後のお楽しみである。







今日聴いたCD,12月11日

2012年12月11日 13時43分54秒 | 今日、聴いたCD
①ワーグナー 楽劇「神々の黄昏」より「夜明けとジークフリートのラインの旅」「ジークフリートの葬送行進曲」 ハンス・クナパーツブッシュ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 (1956年録音 GRAND SLAM盤)
②ワーグナー 楽劇「ジークフリート」「神々の黄昏」全曲盤より マレク・ヤノフスキ指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1980~83年ドレスデン・ルカ教会での録音 RCA盤)

 
昨晩は。この前の日曜の早朝にNHK・BSで放送されたNHK交響楽団の定期演奏会の録画を見る。
ロリン・マゼール指揮でプログラムはワーグナー(マゼール編)言葉のない「指環」~ニーベルングの指環 管弦楽曲集である。
長大なワーグナーの楽劇「ニーベルンクの指輪」の四部作の聴き所を声楽抜きでオーケストラだけで一気に聴かせてくれるプログラムである。
やはり面白かった。と言ううよりも、やはり私ににとって一番、血が騒ぐ音楽と言うべきか。
やっぱりワーグナーは最高!やはり私の世界。
プログラムでは「神々の黄昏」の音楽が重点に置かれていた。やはりマゼールの共感が一番高いからだろうか?
「神々の黄昏」から「夜明けとジークフリートのラインの旅」のN響の演奏は特に素晴らしかった。

と、言うことで一夜明けて、まだ余韻が残っていて、朝から「指輪」三昧。
大昔、私の高校生時代、ワーグナーのオペラに興味を持った頃、長大な楽劇「ニーベルンクの指輪」の全曲を自宅で聴ける時が来ようとは思いもよらなかった。
初めてリングの全曲レコードを手にしたのは大学を卒業して社会人になってからである。社会人になって初めての冬のボーナスでショルティ指揮ウィーンフィルによるデッカでの録音を購入。価格は3万円だった。レコード店を出る時、店にいる従業員さんが全員で見送ってくれた記憶があります。その地元のレコード店も時代の流れで今はない。
とにかく重たかった。この重さが、この作品の重さであると実感するものがありました。現在CDの時代になって低価格で、本当にお手軽になってしまった。何か複雑な思いである。
初めて、自分のスピーカーから初めて聴く「ラインの黄金」の冒頭の音楽が流れて来た時は震えるほど感動したことを記憶しています。

今日、最初に聴いたのはクナパーツブッシュ指揮はウィーンフィルを指揮したワーグナー管弦楽集。原盤はデッカですが私は上質なLPレコードから復刻したGRAND SLAM盤を好んで聴いています。
所々、LPレコード特有のチリチリノイズが聴こえますが、私はレコード時代を生きてきた人間、気になりません。
その後、ヤノフスキ指揮シュターツカペレ・ドレスデンによる全曲盤からお気に入りの場面を聴いていく。
リングの全曲盤と言うとショルティ指揮ウィーンフィルの録音が現在も決定盤の誉れが高いですが、私は今はヤノフスキ指揮シュターツカペレ・ドレスデンによる録音の方が好きだな。ドレスデンのオケによる響きは本当に素晴らしい。また歌手もルネ・コロ、テオ・アダムなど録音当時のワーグナー歌手が勢ぞろいである。
どうもショルティ盤は現在ではショルティの指揮によるオケの響きが軽く聴こえるのは私だけか?
名門シュターツカペレ・ドレスデンの代表的な録音で、この「ニーベルンクの指輪」の全曲盤を挙げる方が、あまりいないのは残念です。指揮者がスター指揮者でないのが損しているのでしょうか?
一番好きなところは「ジークフリート」第3幕の後半、ジークフリートとブリュンヒルデの2重唱。「神々の黄昏」の大詰めの音楽「ブリュンヒルデの自己犠牲」の場面は、やはりオーケストラだけの演奏ではなく、声楽入りで聴きたいな。

以上、全くの私の自己満足の世界でした。

今日聴いたCD 12月4日

2012年12月04日 14時06分46秒 | 今日、聴いたCD
①ベートーヴェン 交響曲第6番ヘ長調 作品68「田園」 ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団(1958年録音 SONY CLASSICAL盤)
②チャイコフスキー 弦楽セレナード 作品36 朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニー交響楽団(1981年ライブ録音 TOBU RECORDINGS盤)
③チャイコフスキー バレエ音楽「眠りの森の美女」全曲盤より アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団(1974年録音 EMI盤)
④プロコフィエフ  バレエ音楽「シンデレラ」全曲盤より アンドレ・プレヴィン指揮ロンドン交響楽団(1983年録音 EMI盤)

最近、ブルックナーの交響曲を聴いていないので直前まで聴くつもりでしたが、気が変わってしまいました。どうもお疲れが激しいようでブルックナーの重たい作品より、私なりに、もっと気楽にきける作品を行き当たりばったりで聴いてしまった。
最初に選んだのはワルター指揮の「田園」交響曲。
LPレコード時代は何か薄っぺらく聴こえていたのですが、CDに買い換えてLPレコードでは感じなかったスケールの大きさを強く感じるようになった。特に第5楽章の盛り上がりはグッとくるものがある。
やっぱりワルター。聴いていてワルターが目の前で演奏しているような錯覚を憶える。この作品の魅力をワルターが語ってくれているように感じる。
これがワルターの魅力。
今年はワルター没後50年の節目の年だったことを、すっかり忘れていた。レコード雑誌も、音楽関係のいろいろなサイトでもワルター没後50年は、あまり話題になっていない。大指揮者のブルーノ・ワルターも忘れられていく存在なのであろうか?

ワルターの「田園」のあと、チャイコフスキーの作品。まさに行き当たりばったり。寒くなると何故かチャイコフスキーを聴きたくなる。
表現の濃厚な演奏が聴きたくなり朝比奈隆の指揮する「弦楽セレナード」のCDを選ぶ。
武骨な演奏の中から、何か男の感情、そしてロシアへの憧れを感じることができ、私の好きな演奏。
ただ、おそらく熱烈な朝比奈ファンのための録音であろう。そうでないない方が聴いたら野暮ったくて面白くないであろう。
しかし、それでいいのである。知る人ぞ知る演奏で、いいのである。演奏の良し悪しは、決して多数決で決めるものではない。
私は名盤選びが大嫌いである。自分自身がいいと思ったものを素直に聴けばいいのである。
若い頃は音楽雑誌の推薦盤が気になっていましたが、現在は全く無頓着になってしまった。この齢になったら我が道を行くのみである。

私にとってチャイコフスキーと言えばバレエ音楽。
この前のフィギュアスケートのNHK杯での中国のリ・シクンちゃんの「眠りの森の美女」に魅了されたためか、このバレエ音楽のCDを聴く。
第1幕のオーロラ姫の登場から4人の求婚者との踊り、そして第3幕の後半を聴く。
このあたりから完全にフィギュアスケートモードである。
この前のNHK杯の開催前にNHK杯名場面集が放送され久し振りに中野友加里さんのプロコフィエフのバレエ音楽「シンデレラ」による演技を見て熱くなってしまった。その為か、このバレエ音楽のCDを手にしてしまった。我ながら呆れるばかりの単純さである。
第2幕を聴く。聴いていて、どうしても淡いピンクの衣装に身を包んだ中野友加里さんの演技を思い出してしまい、どうもいけません。
ブルックナーの交響曲を聴くつもりが最終的にはバレエ音楽。
本能のままである。

さてさて今晩はBSジャパンで「カーニバルオンアイス」の放送があります。
本当はワーグナーのオペラを腰を据えて聴きたいのですが、難しいようである。





今日聴いたCD 11月8日

2012年11月08日 16時12分30秒 | 今日、聴いたCD
①シューマン 交響曲第1番 変ロ長調 作品38「春」  (1965年録音)
②シューマン 交響曲第2番 ハ長調  作品61     (1968年録音)
③シューマン 交響曲第3番 変ホ長調 作品97「ライン」(1069年録音) 
④シューマン 交響曲第4番 ニ短調  作品120    (1960年録音)
以上 オットー・クレンペラー指揮ニューフィルハーモニア管弦楽団(④のみフィルハーモニア管弦楽団(EMI盤)

今日も朝からドップリとクレンペラー三昧。「ロマン派交響曲集、序曲集」の10枚組のアルバムからシューマンの4曲の交響曲から1番から一気に聴いていく。
4つの交響曲を聴き終えて何か大きく重いものをズシンと受け止めた気持ちである。そして何か深いものを感じた気持ち。
微動だにしない、ゆっくりとしたテンポから生まれてくる巨大な造形、そして、その中に隠されている静けさと魂の乱舞。
シューマンの交響曲の演奏でよく聴かれるオーケストラを鳴らしまくる演奏とは全く世界が違う演奏。
ゆっくりしたテンポなので、それだけで毛嫌いされるかもしれませんが、私は全く気にならなかった。
第1番の「春」は、けっして春の訪れを喜んでいる演奏ではない。何か作品の中に隠れている暗さを感じるものがあります。
第3番の「ライン」は正に大河の流れ。朝比奈隆の演奏と何か通じるものがあり興味深かった。
第2番と第4番も、どっしりとした落ち着きの中から何かシューマンの叫びが聴こえてきそうである。
それにしても聴きながら、この世を去って40年経とうとしている指揮者の録音を聴くことの意義は何だろうか?と考えるものがありました。
時代も変わって行き、演奏様式も多様になっている中でクレンペラーの録音をまとめて聴いて共感している私は、やはり変なのかな?と思ったりします。
例えばシューマンの交響曲の録音と言えばサヴァリッシュのドレスデンでの録音を誰もがイの一番に挙げられていますが、クレンペラーの録音で聴くと私は指揮者としての格の違いと言うか、大きさの違いを感じてしまいました。定評のあるサヴァリッシュのシューマンよりもクレンペラーのシューマンの方に魅かれる私は、やはりクラシック音楽の変な聴き手なのでしょう。
しかしである。いくら年月が経とうとも、時代が変わろうともクレンペラーの演奏からは聴く者の心を大きく動かしてくれる力と魅力があると確信するものがあります。それを現在、感じることが出来る自分は幸せだと思います。
クレンペラーの録音を聴く時は単に「音楽を楽しむ」と言うのではなく、けっして聴きやすい演奏ではありませんが、クレンペラーの「至高の境地を正面から相対する気持ち」でないと受け入れられないのかもしれません。
今回の10枚組のアルバムは、私自身のクレンペラーの演奏を見直すに大変いい機会だったと思うとともに、この巨匠に対する愛着を、ますます深くするものがありました。
まだ全てを聴き終わっていません。また新しい発見が出来るのでは、という期待感で一杯です。






 





今日、聴いたCD 11月6日

2012年11月06日 15時36分00秒 | 今日、聴いたCD
①メンデルスゾーン 劇音楽「真夏の夜の夢」作品61(1960年録音)
②ベルリオーズ   「幻想交響曲」作品14 (1963年録音)
③フランク     交響曲 ニ短調 (1966年録音)
④シューマン    交響曲第1番 変ロ長調「春」作品97(1965年録音)
以上 オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団(③④はニューフィルハーモニア管弦楽団)(EMI盤)

今日も朝からドップリとクレンペラー三昧。「ロマン派交響曲集、序曲集」の10枚組のCDを聴きまくる。

メンデルゾーンの「真夏の夜の夢」の録音ではアンドレ・プレヴィンがウィーンフィルを演奏した録音(PHILPS盤)が私のお気に入りでしたが、改めてクレンペラーの演奏で聴いてみると、指揮者の格の違いを痛感しました。私は、この作品をクレンペラーがバイエルン放送交響楽団を振った1969年のライブ録音のCDも持っていますが、こちらも改めて聴き直してみたい。こちらの録音はエディット・マティスの美しい歌声を聴くことが出来るのも魅力です。

ベルリオーズが面白かった。クレンペラーの指揮になると、本当にドッシリした演奏。ドイツ風ベルリオーズと言うべきか。私の大好きなクリュイタンスの東京ライブの録音と正反対の演奏。フランスのエスプリなどと全く無縁の世界。正にクレンペラーの世界。

そして今日もフランクの交響曲を聴いてしまった。すっかり病みつきになってしまった。
ドイツ風のどっしりした響きから、オーケストラの、うねりを上げてフランク独特の美しい旋律が湧きあがってくる様は、他の指揮者では味あうことのできないゾクゾク感があります。

シューマンの「春」はシューマンの演奏として重く感じられて、その重さで毛嫌いされる演奏かもしれませんが、ゆっくりとした流れの中に、何か指揮者の熱い思いが伝わってきます。まさに大家の風格あふれる演奏と言うべきか!


今日聴いたCD 11月1日

2012年11月01日 16時00分45秒 | 今日、聴いたCD
①メンデルスゾーン 序曲「フィンガルの洞窟」作品26
②メンデルスゾーン 交響曲第3番 イ短調 作品56「スコットランド」(以上1960年録音)
③ドヴォルザーク  交響曲第9番 ホ短調 作品95「新世界より」(1963年録音)
④フランク     交響曲 ニ短調 (1966年録音)
以上 オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団(④のみニューフィルハーモニア管弦楽団)(EMI盤)

今日は朝から昨日、届いたオットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管による「ロマン派交響曲集、序曲集」の10枚組のCDを聴いていく。
オットー・クレンペラー(1885年生~1973年没)は、まぎれもない大指揮者。それも巨匠の中の巨匠と言っても言い過ぎではありません。
その巨匠の録音をしばらく集中して聴いていくことになりました。クレンペラーの没後40年の節目を迎えるに当たって良い機会かもしれません。
さて最初に聴く録音は何にしようかと考えましたが、やはり彼の代表的な録音のメンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」を最初に聴いてしまいました。
かなり以前、テレビでクレンペラーのリハーサルの映像を見たことがあります。鬼のような形相でオーケストラを大きな声で怒鳴りあげ、本当に恐ろしかった。
そんな恐ろしいリハーサルを行うクレンペラーが、たいへん美しい旋律にあふれ、ロマンティックなメンデルスゾーンの交響曲第3番を得意にしていたのは本当に面白い。改めて聴き直して、やはりこの交響曲の最高の演奏だと再認識させられました。特に第3楽章のアダージョの美しさは例えようがありません。
なおクレンペラーにはバイエルン放送交響楽団との1969年のライブ録音(EMI盤)もあり、こちらも名演奏ですが最終楽章のコーダはクレンペラー自身が書き換えたもので演奏していて、こちらを好む方も多いようですが、やはり私は1960年録音盤の様にオリジナルの方が好きですね。コーダは大きく盛り上がって欲しい。好みの問題だと思いますが・・・。

ドヴォルザークとフランクは初めて聴く録音。
ドヴォルザークの「新世界より」はドヴォルザーク独特の民族色と全く無縁の世界。頑固なまでの、がっしりした骨太な演奏は面白かった。ドヴォルザークを聴くと言うよりクレンペラーを聴くと言っていい演奏。
そしてフランクの交響曲も「新世界より」と同様のスタイルの演奏。しかし、本当に圧倒された。堂々たる巨匠の音楽。
私はフランクの交響曲は大好きな作品でモントゥーとデュトワの録音を愛聴していますが、当然、クレンペラーの演奏は彼らと正反対の演奏である。
モントゥーとデュトワの演奏から聴こえてくる、この交響曲の持つ瑞々しさは感じることは出来ない。どっしりとした、重厚な演奏である。
そして、その分厚い響きで流れてくるフランク独特の美しい旋律。それだけに何かグッと来るものがあります。巨匠の心がオケを歌わせているのでしょう。
また一つ、この大好きな交響曲の愛聴盤が増えました。

今日は、ここまで。
次の公休日にはベルリオーズとチャイコフスキーを中心に聴いて行こう。





今日聴いたCD 10月18日

2012年10月18日 12時44分39秒 | 今日、聴いたCD
①マーラー 交響曲第3番ニ短調より第6楽章 朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニー交響楽団(1995年ライブ録音 CANYON盤)
②シューベルト 歌曲集「美しき水車小屋の娘」 フリッツ・ヴィンダーリヒ(テノール)フーベルト・ギーゼン(ピアノ)(1965年録音 ドイツグラモフォン盤)

今日は久し振りの公休日。昨日はいろいろあって大変疲労困ぱい。
そのため今日は「ホルスト/ザ・コレクターズ・エディション」はお休み。朝から私の大好きな演奏を聴く。

マーラーの交響曲第3番の第6楽章は大好きな楽章。何か今までの人生を顧みるような音楽と言うべきか。
普通の聴き手ですと海外の名門オーケストラの演奏の録音を聴くのが普通だと思いますが、私は朝比奈隆指揮の大阪フィルの演奏。
オーケストラの巧い、下手とは別次元である。何か朝比奈隆の心と言うか男の心情が伝わってくる演奏。何か大きなものが伝わってくる演奏。
朝比奈隆の指揮する演奏から生まれてくる大河のような大きな流れに、身を委ねるのみである。

マーラーのあと、ドイツの名テノール・フリッツ・ヴィンダーリヒが歌う大好きなシューベルトの歌曲集「美しき水車小屋の娘」のCDに手が伸びる。
シューベルトの歌曲集と言えば「冬の旅」が有名ですが、私はやはりミュラーの詩集による「美しき水車小屋の娘」が好きです。
「修行の旅に出た粉職人の若者が美しい水車小屋の娘に恋するが、狩人が現れて彼女を奪ってゆく。悲しく立ち去る若者は小川に語りかけ、永遠の眠りにつく」
テノールのヴンダーリッヒの素晴らしい声。素晴らしいドイツ語。
ヴンダーリッヒの澄んだ美しい声は恋の喜び、そして傷つき、悲しみ、小川に語りかけ永遠の眠りにつく若者の心を見事に歌っていて、時間が経つのを忘れさせるものがあります。
秋が深くなっていく今の時期は、ドイツ歌曲をじっくり聴く一番いい時期でしょう。




今日聴いたCD 10月11日

2012年10月11日 15時00分58秒 | 今日、聴いたCD
①ホルスト 「吹奏楽のための組曲」第1番、第2番、「ムーア風組曲」「詩編」「ア・コラール・ファンタジー」その他(EMI盤)
②「ベルガンサ・シングズ・モーツァルト」 テレサ・ベルガンサ(メゾソプラノ) ジョン・プリチャード指揮ロンドン交響楽団(1962年録音 デッカ盤)
③リムスキー・コルサコフ 交響組曲「シェエラザード」 ワレン・ゲルギエフ指揮キーロフ歌劇場管弦楽団(2001年録音 PHILPS盤)

6枚組CDの「ホルスト/ザ・コレクターズ・エディション」から3枚目を聴く。
3枚目は吹奏楽が中心。数年前、NHK交響楽団の演奏会の放送で、「吹奏楽のための組曲」第1番を聴き、たいへん興味を持ちCDが欲しいと思っていましたが、まだ購入していなかったので今回のアルバムに含まれているのは、たいへん嬉しい。この作品は吹奏楽のバイブルと言われているらしい。
指揮は作曲者の娘さんのイモジェン・ホルストの指揮。1965年の録音。
イモジェンは父親の作品に、たいへん情熱を傾けたとのこと。私は吹奏楽は全く詳しくないので、よく分かりませんが、派手さはありませんが、本当に落ちついた演奏。誠実な演奏と言うべきか。聴いていて、何か吹奏楽にもかかわらず、イギリスの田園風景を思い浮かべることが出来たのは私の思い過ぎか?

吹奏楽を聴いたあと、モーツァルトを聴きたくなった。今日、聴いたのはスペインの名歌手テレサ・ベルガンサが歌うモーツァルトの作品集。歌劇「フィガロの結婚」「皇帝ティトスの慈悲」「コシ・ファン・トゥッテ」からアリア、そしてコンサートアリア「どうしてあなたを忘れられよう」K505.
テレサ・ベルガンサは私の大好きなオペラ歌手。久し振りにに、このCDを聴いて、自然で美しい声に聴きほれる。
特に歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」からの3曲が素晴らしい。モーツァルトの音楽から官能性すら感じさせる。
ベルガンサの歌う歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」の全曲盤がないのは非常に残念。



昼間、久し振りに安藤美姫さんの演ずる「シェエラザード」の映像を見る。来シーズン限りの引退の意向を知った直後だけに、たいへん寂しさを強く感じてしまいました。
この作品は大好きなので、いろいろとCDを持っていますが、やはりゲルギエフ盤が一番好きです。
濃厚で分厚いサウンド、そして歌うところは、とことん歌う。聴く者をアラビアン・ナイトの物語に引き込んでいきます。
特に第3曲「若い王子と王女」では、安藤美姫さんの演技と重なるものがあって、どうも、いけません。
この作品は多くのスケーターが演じてきましたが、どうしても私は安藤美姫さんのイメージが強い。
昨シーズン、浅田真央さんに期待しましたが、大きく編曲された音源だったのが、私としては残念でした
この安藤美姫さんのイメージを乗り越えさせてくれるスケートは誰なのか、今後の楽しみとしましょう。




今日聴いたCD 10月9日

2012年10月09日 14時44分14秒 | 今日、聴いたCD
①ホルスト 組曲「惑星」 エードリアン・ポールト指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(1978年録音)
②ホルスト 「サマセット協奏曲」「フーガ風協奏曲」「セント・ポール組曲」「リグ・ヴェーダからの合唱讃歌」 その他 

EMIから6枚組の「ホルスト/コレクターズ・エディション」が発売され、購入しました。昨年暮からディーリアス、ウォルトンとイギリス音楽のセット物を購入していましたが、今回はホルストである。
ホルストは組曲「惑星」で有名過ぎるくらい有名ですが、その他の作品は、ほとんど知られていません。ホルストは管弦楽作品を初め吹奏楽作品から合唱曲、オペラまで、いろいろな作品を書いています。私は、まだ聴いたことがない作品ばかりです。
ホルストは、彼の生涯の友のヴォーン・ウィリアムズと同様、イギリス民謡に深い愛着を示していたとのことです。
今回、EMIで録音されたホルストの多くの作品が集大成されたアルバムが手に入り、私の大好きなイギリス音楽に、また一つ理解を深める切り口が出来たのと思っています。

さて組曲「惑星」をCDを聴いたのは本当に久し振りです。私にとって全く聴く気のなかった興味のない音楽でした。
この作品のスペシャリストだったイギリスの名指揮者エードリアン・ポールト指揮による演奏。大編成のオーケストラを大きく鳴らすのではなく、本当にじっくりと聴かせようとする演奏と言うべきか。さすが「木星」では、もう少しオケを鳴らしたらと思ったくらいである。
これから、いろいろとホルストの作品を聴いて、もう一度「惑星」を聴いてみると、今までと違った印象になるかもしれません。
その他、いろいろな作品を聴きましたが合唱を伴った「リグ・ヴェーダからの合唱讃歌」が面白かった。合唱曲を1枚のCDにまとめたCDもあるので、組曲「惑星」の作曲者と全く違った、イギリスの作曲家としての本当のホルストの全体像を知ることが出来るものと信じています。