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13-5質屋の通い帳

 

13-5質屋の通い帳

 

或るとき、幸之助宅の蔵の中から一束の古い書類が出てきた。配電工として勤めていた大阪電燈会社時代に会社からもらった十数枚の昇給辞令や給料の明細書、退社したときに受けた退職金の支給辞令などが一枚も紛失せずに出てきたのである。

 その中には幸之助が大正六年に電燈会社を辞めて、翌七年に松下電気器具製作所を開くまでの一年間に何回か利用した近所の質屋の通い帳などもまじっていた。

 大正六年ごろの幸之助はといえば、独立して苦心の末に作ったソケットは完成したものの、大阪中を十日間かけずり回って、売れたのはようやく百個ほど。十円足らずの売り上げを得ただけで、資金も乏しくなり、明日の生計さえどうなるかわからないと言うほどの困窮に陥っていた。

 その困窮のほどは、その通い帳の中に、妻・むめのの着物や帯から指輪まで質入れされたと記されていることからも想像できる。またその当時のこととして、幸之助が風呂に行くにも風呂銭がないのでむめのがそれとなく話題を仕事のことにそらし、風呂のことを忘れさせた、という逸話も残っている。13-6へ続く

 ◎現代もお金の苦労に変わりはありません。家計の切り盛りを任せている方は、相手に感謝をしなければなりませんね。

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