日々の感じた事をつづる
永人のひとごころ
ハシシタ 奴(やつ)の本性 ・その六
ハシシタ・奴の本性 その六
――ヤクザ組織には入ってたんですか。
「柏原に土井組系の津田組と言う組があった。そこの若い衆をやっとった」柏原は之峰の出身地の八尾に隣接した同じ旧中河内郡内の町である。
之峰が若い衆だった津田組の上部団体の土井組には、97年に山口組内部の抗争事件で射殺された山口組若頭の宅見 勝も若い頃に出入りしていた。
――ピッキャンは博打はしましたか。
「ワシ一回、河内の志紀の方にあった博打場の手配師から、来てくれって呼ばれたことがあるんや。その時ピッキャンが博打場でケンカしとったのを覚えとる。
ケンカの相手は無期懲役で仮釈放されよった男やったけどな。その男が女に手を出そうとしたとき、ピッキャンが血相変えて相手をどつき倒したんや。
橋下がテレビで相手をめちゃめちゃ言うて負かしてしまうのは、ピッキャンの血や」
――ピッキャンは博打強かったんですか?
「あんまり強うない。頭がかしこくないから」
――主にどんな博打だったんですか。
「賽本引きとか、手本引きとか。賽の場合はツキやけど、手本引きは相手の手をある程度読まなあかんでしょ。だからアホではなかったけど、あんまり賢くなかったピッキャンは、それほど勝てんかったんとちゃうかなあ。
――入れ墨は入れてましたか。
「若いころは肩のところにちょろちょろっとミッキーマウスの漫画のようなものしとった。でも自殺する十日ほど前に安中の銭湯で会ったときはすごい入れ墨やった。
そんとき、ワシ、『あんな、なんなんその体?』って聞いたんや。そしたら、おっさんが『ちゃうがな。これはお前、彫師にカネ貸しとって、取りに行ったらカネ無い言うから、これ(入れ墨)で返しよってん』って言うんや。全身入れ墨やったで」
――どんな入れ墨でしたか。
「たぶん龍やった。背中にバーンと。ジンベエ彫リ言うてね。背中から膝あたりまで入れとったわ。あれ入れようと思ったら十万や二十万じゃ入れられへん。何百万もかかる入れ墨なんちゃうか」
――自殺する五時間前にも会ったそうですね。
「会った。電話かかって来たんや。『来い』言うて」。はっきり言って、頭半分狂うとった。もう、脳みそいれかえせなあかんような。そんな感じやった。
ワシ昔やんちゃしとったし、いろんなヤクザの知り合いおるから、シャブやってる人間は見たらすぐわかるねん。もう目は飛んでるしな。
あくる日、知り合いから電話がかかってきて『ピッキャンがガス管くわえて死んだ』って言うから、誰だって『え~!?』ってなりますやん」
――ところでピッキャンには博(ひろとし)という弟がいますね。
「ああ、おる。丸万土木という土建屋をやってた。その博と愛人の間に生まれた子が、金属バット殺人をやった。その子が加古川刑務所から出た時、博が面倒見てくれいうたけど、ワシ面倒み切れんと断った」
橋下徹の父親が自殺しているばかりか、いとこが金属バットで人を殺しているという。橋下の周りには修羅が渦巻いている。
私は死んだ之峰の縁戚が淡々と語る話を聞きながら、これはまごうことなく、中上健次の世界だなと思った。
被差別出身という境遇や、自殺、殺人という物語りの重要な要素が共通しているからだけではない。
中上の小説に決まって登場する「秋幸」という主人公の名前が、ピッキャンこと、「之峰」という名前とどこか響き合っているように感じられたからである。
(文中敬称略・以下次号)
――以上、週刊朝日10月26日号の転載終わり――
☆★
「第三者で検証」橋下氏に伝える
朝日新聞出版は24日、日本維新の会代表の橋下徹大阪市長の出自を題材にした週刊朝日記事に対し、朝日新聞の第三者機関で掲載に至った経緯を検証すると橋下氏に伝えたと発表した。
第三者機関は朝日新聞や朝日新聞出版の報道による人権侵害について審議する「報道と人権委員会」。
同社が24日社長名で委員会に審理を申請した。
これに関連し,大阪府八尾市教育員会は同日までに、市立図書館で週刊朝日の当該号(永人→10月26日号)の一部を閲覧できないようにすることを決めた。
同市内の地域を被差別地域として特定する内容だとしている。
朝日新聞出版幹部は24日、市役所を訪れ「記事には極めて不適切な記述が複数あった。委員会の見解を踏まえ再発防止策を講じる」との謝罪文書を市職員を通じて橋下氏に提出。
これを受け橋下氏は同日、市役所で記者団に
「検証結果の報告のやり取りはオープンの場でやらせてくれと伝えた」と述べ、朝日新聞出版が検証結果を橋下氏に報告する際は、報道機関に公開するよう要求したことを明らかにした。 (10月25日河北新報)