無意識日記
宇多田光 word:i_
 



で、アジアからの"逆輸入盤"だが、これがばっちり禁止されている。昔当欄でも取り上げたのだが、アジア諸国で売られている宇多田ヒカルの作品群にはきっちりはっきり「日本で売るな」と書いてある(いや、そういう意味の文言が、だよ)。なので対策はバッチリなのだが…いつまでこれが続けられるかはわからない。こういうのは時代の流れでどうとでもなるから。そのうちこういう措置が違法とされるかもしれないし、日本が鎖国になれば逆輸入どころか普通の輸入盤ですら手に入らなくなるかもしれない。わかんないよ。

この国がどちらに舵を切るかはわからないが、ヒカルはグローバルいやさコスモポリタン、地球民という奴だろうから、国境がどうとかは…うーん、わからんな。クマが絡めばそっちの味方をしそうで怖い。

面倒な話に突っ込んじゃったな…別にレコード会社が既得権益を独占して…とかも思ってないんだが、何故邦楽CDが3000円のままなのかは考えなくてはいけない。その為の逆輸入盤の思考実験だ。

仮にヒカルのアルバムがアジア圏から逆輸入されてくるとしよう。多分、勿論国によって違うだろうが日本で一枚500円位で買えるのではないか。中身は同じなのだから日本盤を買う理由がなくなってしまう。洋楽の日本盤を買うのならまだ理由はある。ボーナストラックや解説や訳詞が入っている分、割高でも許せる、と。しかし、今言っているのは宇多田ヒカルのCDだ。普通に日本語で歌っているCDなんだからそりゃ安い方を買うでしょうて。

今はまだいい。EMIJAPAN主導で(っつったって現地の配給がワーナーだったりするんだけど)逆輸入を取り締まればいい。が、今後EMI WORLD WIDEが日本語の歌を歌うヒカルのCDを世界発売する事になったらどうなる。いやそりゃ光はインターナショナルには英語の歌で行くつもりだとは思う。が、日本語の歌を歌わなくなるってこたぁないだろう。で、今後の人気の出方やらなんやらで英米でヒカルの日本語曲のニーズが出てきた時にその土地のEMIはヒカルのCDを出したがるだろう。現にアジア諸国でそうなっている。それがイギリスやアメリカに波及した時に、果たして禁輸措置がアジア圏同様継続できるのだろうか。いや私は法律論はわからない。ただ、アマゾンで安い輸入盤を買うのに慣れた身としては、そこに宇多田ヒカルの名が連なったらどうなるだろうと思っただけである。普通の輸入盤は英語で歌われる洋楽ばっかりで、日本で何十万枚も売れるような日本語の曲が輸入されるなんて事はなかった。つまり、日本語曲が英欧米で大ヒット
なんて事態はそうそうなかったのだ。坂本九の時代とは交易の規模がまるで違う。様々な要素を素にしてグローバル化が推進されている中での逆輸入盤問題。ヒカルが矢面に立たされない事を願う。誰かが先鞭をつけるのを待つのも癪に触るけどね~(笑)。

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ヒカル自身にはCD等の価格設定に関しては何の権限もないだろう。アイデアは出すかもしれないが、価格はレコード業界の産業構造自体から導き出されるものであり昨日今日どうにか出来る事でもない。

2005年にBe My LastのシングルCDを出した時のお値段は660円だった筈だ。随分と破格だなとは思ったが、だからといってシングルCDの売上が伸びるかといえばそうでもなかった。判断が難しいのはこういう点である。実際、8cmCDは800~1000円だったのにそれより割高になる傾向のあった(1200円とか)12cmシングルCDの方が平均的には売れたのではないか。調べてないからわからんけど。音楽という業態においては、リスナーは欲しいものなら少々値が張っても買うし、要らなければ安くったって手を出さない。そこで妥協するような話ではないのである。

日本の特殊事情としては再販制度がある。結局はこれによってCDの値段の内外格差が広がっているとみる事も出来るのだが、リスナーがただの"コストパフォーマンス"を気にしている訳ではない以上、なかなかどちらがベターかを判断するのは難しい。マニアと呼ばれる人種は最初に毎週買う枚数或いは消費する金額を決めてその中で欲しいものを順番に買っていく、なんて買い方をするからコストパフォーマンスの概念は重要になってくるが、所謂"一般的なヒット曲"を聴く層はどこかで耳にした歌を気に入ったから買ってみる、みたいな感覚だろう。となれば値段設定は、短期的には余り意味をもたない。買うのを躊躇させない程度であればよいのだ。

ヒカルの曲を買う層として想定されているのは後者の方だろう。だとすれば価格設定で悩んでもあまり効能はない。局所でひとりのミュージシャンが悪戦苦闘しても徒労に終わるのが関の山。

これはある意味"生活習慣"の問題である。もし曲の値段がぐっと下がって"1曲100円"とかになれば、生活のサイクルの中で音楽を購入するという行為の位置付けそのものが変化する。それができるかどうか、やってみれたとしてもそれでうまく行くかどうかは誰にもわからない、のハズだ。こういった押し引きの状況の中でヒカルが先んじて"革命"を起こしにきたら、確かに楽しいだろう。しかし、それでレコード会社を説得できるかどうか。

そこで問題になってくるのがヒカルのEMIとの世界契約である。僕と契約してスーパースターになってよ!と言われたかどうかはわからないが(何の話だよ)、もしヒカルの日本語盤が海外でも売られるとすると、そちらの方が劇的にお値段お安くなっている可能性があるのだ。というかアジア圏では既になっている。となるとその"逆輸入盤"が日本に入ってくればそちらばかりが売れるのではないかと思う所だが…という話からまた次回。

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