トシの読書日記

読書備忘録

茫然と立ちつくす親たち

2009-05-27 17:31:54 | や行の作家
山田太一「沿線地図」読了




久しぶりに山田太一を読んでみました。相変わらずです。いいですねぇ。この小説は「岸辺のアルバム」とちょっと似た感じのシチュエーションというか、テーマというか、そんな気がしました。


自分は「君を見上げて」とか「飛ぶ夢をしばらく見ない」のような、そんなタッチの小説がどちらかといえば好みなんですが、でもやっぱり山田太一はいいです。


銀行の支店長であるエリートサラリーマン夫婦の一人息子と、電器店の夫婦の一人娘が知り合い、家出をして同棲するところから話は始まり、「引きずってでも連れて帰る」のが本当の親としての態度だと重いつつ、手をつけかねてそのままずるずると認めたような形になってしまう…。

子供達も結構青臭いことを言ってるんですが、それを理論立ててそうではないと、説得できない親達。ちょっと時代を感じさせる空気だなぁと思って奥付を見ると、昭和50年発行とあるので、今から26年前ということですねぇ。


この小説は、「岸辺のアルバム」同様、テーマは「家族」です。きちんと高校を出て、大学に入り、きちんと卒業してまともな会社に就職する。これが幸せな人生なのかと銀行支店長の一人息子は疑問を抱くわけです。そして説得に来た父親にそれをそのままぶつけるんですが、父親の考えは子供に理解させられるはずもなく、物別れに終わってしまうんです。


まぁ、テーマが今から考えるとありきたりといえばありきたりなんですが、山田太一の絶妙な文章力で、古さを感じさせずに読ませます。いつもこの作家の小説はそうなんですが、会話のシーンがすごくいい。説明的な言葉をぎりぎりまで省いて、普通にしゃべるようなセリフ回しにしてあるところが非常にリアリティがあっていいです。



山田太一、久しぶりに堪能させて頂きました。

この揺るぎない日常

2009-05-27 17:24:43 | さ行の作家
庄野潤三「せきれい」読了



以前、同作家の「夕べの雲」を読み、その淡々とした筆致にいたく感動し、これも読んでみました。


毎日の暮らしのことが、まさに「淡々」と書かれていて、その日々の繰り返し、これこそが「日々是無事」という幸せなのだと、本書を読んで痛感させられます。


しかしこの小説は好みが分かれるでしょうね。だってこれ、読みようによってはただの日記なんです(笑)それをそうじゃなく、本書から「生きる歓び」を感じとれるかどうかということなんですね。

感じとれない方は、それでもちろん結構ですからどうぞ、あっちの方で遊んでて下さい(笑)

道徳的法則に対する尊敬に基づく動機

2009-05-27 17:09:28 | な行の作家
中島義道「悪について」読了



時々飲みに行くバーの飲み友達で本の好きな人がいて、彼も中島義道を何冊か読んでいるそうで、その中から僕の未読の1冊を貸してもらったのです。


岩波新書から出ているだけあって、他の中島本とは違い、かなり難しかったです。カントの「人倫の形而上学の基礎づけ」と「実践理性批判」を読み解きながら、人間の心の奥に潜む「根本悪」について解説したものです。


例えば「約束を守る」という行為、「人に親切にする」という行為は、一見、道徳的に考えて善であると思われるのですが、そういったことをする人の心の裏側には、「約束を破ると信用がなくなるから」とか「親切にすると他の人から賞賛を受けるから」といったような「自己愛」が潜んでいるというわけです。


では、人間はそういった「自分を大事にしたい」という利己的な気持ちを一切断ち切って道徳的な行為ができるかというと、それは人間である限り無理だと思うんです。じゃぁどうすりゃいいのって話なんですが、本書でも中島氏が言っていますが、その答えは「ない」んですね。どうすればいいのか、悩んで悩んで悩み抜くのが(あえて言うなら)正解であると。


まぁ、こういった哲学的な問題には「これだっ!」というような答はないのが常なんですが、それでも、読み終えてすっきりしない気分です。


中島義道の本は、当分読むの、よそうと思ってたんですが、友達が貸してくれたんで読まないわけにもいかず、そしてまたちょっともやもやした気持ちにさせてくれました(笑)

犯人は誰だ!?

2009-05-27 16:52:14 | た行の作家
筒井康隆「恐怖」読了


書棚を見ていて、これ、どんな話だっけ?と取り出して再読してみました。


恐怖という感情を、推理小説仕立ての形で筒井康隆流の突き詰め方をした、興味深い1冊でした。でも、あの名著「ダンシング・ヴァニティ」には及ぶべくもありませんでした。



「恐怖」とは、筒井に言わせると…(本文より、主人公の独白)「恐怖という本能があるからこそ、地球上の動物乃至人類はここまで生き延びてきたのであって、もしなければ恐怖の所以である天災や外敵によってたやすく死滅していたであろう。豪胆な者や無謀な者ほど死に至る確率が高いことから考えるならばこれを自然淘汰と見ることができ、恐怖することのできる者、言い換えれば臆病者と言われる者こそが今後も生き延びていくに相応しい知的な人間であり、そうした遺伝子をより高い水準で保持しているに違いないのである。」


もう笑っちゃいました(笑)自分が臆病者であるということを、ここまで屁理屈をこねて正当化しようというこのいさぎの悪さ!(笑)ほんと、筒井康隆はおもしろい!また新刊を出してほしいもんです。