トシの読書日記

読書備忘録

孤独と絶望の果てに

2009-10-08 17:32:15 | は行の作家
橋本治「巡礼」読了


著者初の純文学長編とどこかに書いてありましたが、そんなに長編ってわけでもないです。単行本で230頁くらいです。


橋本治の小説を何冊も読んできて気づいたんですが、この作家は、自分の描く作中の主人公にできるだけ強烈な個性を持たせないようにしているんですね。この小説もそう。主人公である下山忠市もいわゆる市井の人で、荒物屋の長男として生まれ、中学校のときに終戦を迎え、ほかの大きな荒物屋へ住み込みで働き、結婚して家業を継ぐ…人生に対して特にこれといったビジョンも持たず、ただ生きていくという毎日。

でも、考えてみると、世の中そんな人がほとんどかも知れないと思うんですね。僕は人生を半分降りてますから論外ですが(笑)

しかし、この下山忠市という男、結婚して子が産まれ、離婚してその子が死に、老いた母と何も変化のない毎日を暮らすんですが、この、どうということのない人生が非常に物悲しいんです。

この小説のキモとでもいうべき部分を引用します。


「人は悲しいと泣くという。しかし、深く埋められた悲しみは、それが悲しみであることさえも忘れさせてしまう。人の感情をぶれさせる悲しみが悲しみとして機能しなくなった時、人の感情は動かなくなる。かろうじて持ち堪える自分自身に介入してそして発動されるのは、驚きと、そして怒り。驚き、怯え、怒って揺り動かされたものは、見えなくなった悲しみを増幅させる。しかし、それがいくら増幅されても、見えないものは見えない。」



妻を失い、子を失い、母も失って孤独と絶望の果てに彼はその空っぽになった心を埋めるためにゴミを集めだしたのだと思います。そのゴミは、愛のメタファーであると思います。


相変わらず、まわりくどいというか、同じところをぐるぐる回ってるような独特の文体でしたが、素晴らしい小説です。堪能しました。

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