トシの読書日記

読書備忘録

饒舌の後ろにある孤独

2009-09-29 16:21:44 | た行の作家
田中慎弥「図書準備室」読了



「切れた鎖」の短編集が面白かったので、もう1冊と思い手に取ってみました。

「図書準備室」と「冷たい水の羊」の2編から成る作品集です。


まず、表題作となっている「図書準備室」。高校を卒業してから30を過ぎても全く働こうとせず、「無駄飯食い」をしている主人公が祖父の法要の際に訪れた叔母に「なんで働かないの?」という問いに答えて延々としゃべり続けるというのがこの小説の形です。

その主人公の回想の中で、中学校時代の教師の話が出てくるんですが、その話と主人公が働かずに家でごろごろしていることの関連が全くわからず、どうしてこんな話をもってくるのかがわかりませんでした。

主人公が何故世間並の生活をしようとしないのか、それに対するきっぱりとした主張を持っているのかいないのか…。そういった話を期待して読み進めていったんですが、全然そんな展開ではありませんでした。

話としてはつまらないわけではないんですが、主人公の回想のエピソードが小説のテーマとシンクロしてない感じで、ちょっと違和感が残りました。


そして「冷たい水の羊」。いじめの話です。主人公の大橋真夫は中学2年生。陰湿ないじめに遭っているんですが、自分がそれはいじめではないと論理的に否定することでかろうじて自分の精神の均衡を保っているような毎日。そしてクラスメイトの水原里子が「大橋君がいじめられている」と担任の先生に告げたことを知り、彼女を殺すことを考えるという、ちょっとやりきれない話ではあります。

小説それ自体にはそれ程シンパシーを感じたわけではないんですが、文中に出てくる比喩が新進の作家としてはなかなかうまいなぁと感じ入った次第です。例えばこんな感じ。


「断面ががたがたの石を組んで作られている白っぽい階段が昔の神殿の跡のように見える。水原は神も降りてこないし人間も去ったその場所に一人で残り、遺跡を守るために我慢して立っている風だった。」

「白い浜には松の影が、死体のように落ちていた。」

「街に本当の秋が来た。そして11月になると人間は、木の葉の色に慣れてしまったのか、今日もまだ秋のままなのだな、と思うが、その頃には秋はもう帰り支度にかかっていて、少しずつ街から退場してゆき、最後の一人が深々と礼をして去ったあと無人の舞台が残るように冬が来かけている。」



本書がデビュー作で、この間読んだ「切れた鎖」が出版作としては2作目とのことで、次の小説に期待したいと思います。

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