夏の常磐路のアンコウ探訪、神立から水戸に到着したのはちょうど13時過ぎと、梅雨の谷間晴れの蒸し具合がピークの時間帯となった。アンコウカレーでスパイシーに代謝を上げた勢いにのって、暑さにも負けず駅から近い水戸城址を、グイグイ歩いて散策する。城門だった薬医門の残る本丸から、大日本史編纂の地碑が立つ二の丸、藩校弘道館のある三の丸へ。光圀公や徳川御三家ゆかりの史跡を巡れば、水戸にやってきた実感が湧いてくるというものだ。
当地のブランド地魚であるアンコウも、実はこの両者との縁が深い。鹿島灘沿岸でとれる「常磐もの」のアンコウは、江戸時代には水戸藩から当時の将軍・家茂や皇室へ献上されるなど、品質がよく当時から高値で取引されていた。また徳川光圀公は美食家で地産地消を実践しており、アンコウも好んでいたとの記録がある。こうした評価に加え、水揚げ地である大洗や那珂湊から10キロほどと近いことも、水戸で古くからアンコウの食文化が発達した理由といえる。
そして水戸のアンコウ料理店といえば、地元で真っ先に名前が挙がる老舗が、泉町の「山翠」だ。店の由緒書きに「元祖あんこう鍋」と標榜するように、漁師のまかない食だった「どぶ汁」を郷土の鍋料理に仕立てた、起源の店ともいわれている。暑いときには熱いものをあてるとよいといわれるし、猛暑の中を歩いた夕食に鍋も悪くない。しかし肝が細く身が痩せ気味な夏のアンコウ、鍋のタネとしてどうなのだろうか。やや気にしつつ、日が暮れてやや涼しくなった駅前通りを歩くこと10分ほど。店頭のアンコウ鍋の石碑に迎えられ、大口を開けたアンコウの柄の暖簾をくぐった。
品書きを開くと、アンコウのほかにも奥久慈軍鶏、ぶな豚など、郷土の味覚が各種揃っている。そこでお昼と同様に、まずはビールのアテをご当地品から選んでみた。水戸のご当地品とくればやはり納豆で、マグロ、イカと並んで目に入ったイワシ納豆が珍しい。刺身を添えた納豆かと思いきや、焼いたイワシの身が数片のっており、ザザッと混ぜ合わせてネバッとひと口。たっぷりの玉ネギの刺激で暑さ負け気味の胃が覚醒し、本場ならではの濃厚なねばりの納豆のおかげもあり、体調も食欲も一気に回復基調となってきた。
そこですかさず主菜のローカル魚を、とアンコウ鍋のメニューを眺めたところ、「氷鍋」との見慣れぬ品が。お姉さんによると、名の通り冷製のアンコウ料理だそうで、氷を敷いた上にのせた小鍋に冷たいダシを張り、そこへアンコウを仕立てているという。実に夏らしいアンコウ料理、いや鍋とばかり、熱いもの路線を変更してこれを注文。味噌ダレとポン酢の二種のつけダレに、京都の黒七味、韓国唐辛子、ニンニク、大葉、ねぎ、もみじおろしの六種の薬味が運ばれ、続いて氷敷きの重にのった小鍋が登場した。見た目にも涼感をそそり、これは徳川のお殿様もさすがに思いつかない意外性である。
俗に「アンコウの七つ道具」と呼ばれる鍋のタネのうち、氷鍋に使われているのは身と皮、水袋(胃)、ヌノ(卵巣)の4種。目玉であるアンキモがないのは、季節柄ながらちょっと残念か。つけダレは濃いめなので薬味はお好みで組み合わせて、との説明に従いまずは身から。するとパツンとはじけ押し返すような弾力が、温かい鍋でのホックリ感と対照的だ。ほぐれた繊維はしなやかできめ細かく、ヒヤリと澄み切った舌触りが実にインパクトある。ポン酢にニンニクと大葉をのせたら、カツオのたたきを思わせる夏らしい味に。味噌ダレに韓国唐辛子とネギでいくと、彼の地のアンコウチゲを思い出す。一番辛口の地酒を、と頼んだ水戸の「一品」が、切れ味抜群で冷たい鍋が進むこと。
茨城県のアンコウが通年水揚げされながら、流通が冬場に偏っているのは、鍋への需要の高さとアンキモが珍重されることが大きな理由である。ほかの季節は肝が縮み高値がつかないため、冬場まで冷凍しておく漁師や店舗もあるのだとか。とはいえ身の味は通年落ちにくく、春から初夏は脂ののりがひかえ目で淡白なおかげで、鍋の季節とはまた違った味わいが楽しめるのだ。この店の氷鍋でも夏のアンコウを使うことで、暑さで食が進まない時期に食べやすくしているという。冷やして引き締めた身はあっさり目なので、濃いめのタレや様々な薬味との相性もピッタリ。夏場ならではの新たな味覚が開け、未知なるアンコウのうまさとの出会いがある。
水袋はキュッと弾力があり、かみしめると味が出る珍味。冷えて締まっている皮のコラーゲンは、口中で体温により口溶けしていく。ヌノは舌で押せばねっとり滑らかに潰れ、温かい鍋のツブツブ感とは食感が対照的。それぞれの「道具」も、冷製ならではの味わいがまた楽しい。野菜も白菜にネギ、シイタケ、シメジとたっぷりで、ポカポカホクホクならぬひんやりシャキシャキと平らげた。旬の冬の再訪はもちろん、一周してまたの夏の楽しみに期待もふくらむ、オールシーズン、オールラウンドの実力を実感した、夏の常盤路アンコウ探訪である。
当地のブランド地魚であるアンコウも、実はこの両者との縁が深い。鹿島灘沿岸でとれる「常磐もの」のアンコウは、江戸時代には水戸藩から当時の将軍・家茂や皇室へ献上されるなど、品質がよく当時から高値で取引されていた。また徳川光圀公は美食家で地産地消を実践しており、アンコウも好んでいたとの記録がある。こうした評価に加え、水揚げ地である大洗や那珂湊から10キロほどと近いことも、水戸で古くからアンコウの食文化が発達した理由といえる。
そして水戸のアンコウ料理店といえば、地元で真っ先に名前が挙がる老舗が、泉町の「山翠」だ。店の由緒書きに「元祖あんこう鍋」と標榜するように、漁師のまかない食だった「どぶ汁」を郷土の鍋料理に仕立てた、起源の店ともいわれている。暑いときには熱いものをあてるとよいといわれるし、猛暑の中を歩いた夕食に鍋も悪くない。しかし肝が細く身が痩せ気味な夏のアンコウ、鍋のタネとしてどうなのだろうか。やや気にしつつ、日が暮れてやや涼しくなった駅前通りを歩くこと10分ほど。店頭のアンコウ鍋の石碑に迎えられ、大口を開けたアンコウの柄の暖簾をくぐった。
品書きを開くと、アンコウのほかにも奥久慈軍鶏、ぶな豚など、郷土の味覚が各種揃っている。そこでお昼と同様に、まずはビールのアテをご当地品から選んでみた。水戸のご当地品とくればやはり納豆で、マグロ、イカと並んで目に入ったイワシ納豆が珍しい。刺身を添えた納豆かと思いきや、焼いたイワシの身が数片のっており、ザザッと混ぜ合わせてネバッとひと口。たっぷりの玉ネギの刺激で暑さ負け気味の胃が覚醒し、本場ならではの濃厚なねばりの納豆のおかげもあり、体調も食欲も一気に回復基調となってきた。
そこですかさず主菜のローカル魚を、とアンコウ鍋のメニューを眺めたところ、「氷鍋」との見慣れぬ品が。お姉さんによると、名の通り冷製のアンコウ料理だそうで、氷を敷いた上にのせた小鍋に冷たいダシを張り、そこへアンコウを仕立てているという。実に夏らしいアンコウ料理、いや鍋とばかり、熱いもの路線を変更してこれを注文。味噌ダレとポン酢の二種のつけダレに、京都の黒七味、韓国唐辛子、ニンニク、大葉、ねぎ、もみじおろしの六種の薬味が運ばれ、続いて氷敷きの重にのった小鍋が登場した。見た目にも涼感をそそり、これは徳川のお殿様もさすがに思いつかない意外性である。
俗に「アンコウの七つ道具」と呼ばれる鍋のタネのうち、氷鍋に使われているのは身と皮、水袋(胃)、ヌノ(卵巣)の4種。目玉であるアンキモがないのは、季節柄ながらちょっと残念か。つけダレは濃いめなので薬味はお好みで組み合わせて、との説明に従いまずは身から。するとパツンとはじけ押し返すような弾力が、温かい鍋でのホックリ感と対照的だ。ほぐれた繊維はしなやかできめ細かく、ヒヤリと澄み切った舌触りが実にインパクトある。ポン酢にニンニクと大葉をのせたら、カツオのたたきを思わせる夏らしい味に。味噌ダレに韓国唐辛子とネギでいくと、彼の地のアンコウチゲを思い出す。一番辛口の地酒を、と頼んだ水戸の「一品」が、切れ味抜群で冷たい鍋が進むこと。
茨城県のアンコウが通年水揚げされながら、流通が冬場に偏っているのは、鍋への需要の高さとアンキモが珍重されることが大きな理由である。ほかの季節は肝が縮み高値がつかないため、冬場まで冷凍しておく漁師や店舗もあるのだとか。とはいえ身の味は通年落ちにくく、春から初夏は脂ののりがひかえ目で淡白なおかげで、鍋の季節とはまた違った味わいが楽しめるのだ。この店の氷鍋でも夏のアンコウを使うことで、暑さで食が進まない時期に食べやすくしているという。冷やして引き締めた身はあっさり目なので、濃いめのタレや様々な薬味との相性もピッタリ。夏場ならではの新たな味覚が開け、未知なるアンコウのうまさとの出会いがある。
水袋はキュッと弾力があり、かみしめると味が出る珍味。冷えて締まっている皮のコラーゲンは、口中で体温により口溶けしていく。ヌノは舌で押せばねっとり滑らかに潰れ、温かい鍋のツブツブ感とは食感が対照的。それぞれの「道具」も、冷製ならではの味わいがまた楽しい。野菜も白菜にネギ、シイタケ、シメジとたっぷりで、ポカポカホクホクならぬひんやりシャキシャキと平らげた。旬の冬の再訪はもちろん、一周してまたの夏の楽しみに期待もふくらむ、オールシーズン、オールラウンドの実力を実感した、夏の常盤路アンコウ探訪である。