ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん92…岡山 『すし茶屋吉祥』の、烏城黄金寿司とさわしゃぶ

2009年10月18日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん


 岡山市の南東に浮かぶ犬島で、産業遺跡の銅精錬所を見学し、西大寺を経て県道177号線を児島湾に沿って岡山市街を目指した。沿岸には海中から小屋が立ち並び、そこから広げて吊るされた大きな網。案内人によると、名物の「四つ手網」とのことで、夜間に網を沈めて、電灯の明かりに寄ってくる魚をすくいあげる漁という。ベイイカと呼ばれる小イカや、今はあまりとれなくなったがワタリガニなどが主な漁獲だそうで、「小屋で宴会をしながら、獲物を待つんだよ」と案内の方。
 聞くからに実にのどかな漁だが、それだけこの地が豊かな魚介に恵まれているのだろう。豊穣な瀬戸内海に面する岡山は、沿岸での底引き網漁や内海での船曳網、刺し網、釣漁業など、さまざまな漁法で多彩な魚種を漁獲している。鯛にイワシ、メバル、ママカリ、シャコ、アナゴ、そして最近岡山の地魚として知られるようになったサワラなど、名高いものだけ挙げても、枚挙に暇がないぐらいだ。

児島湾岸に立つ四つ手網の小屋。カラオケ付きの小屋も

 黄昏時の岡山市街へと到着したら、そんな瀬戸内の味覚を堪能すべく、やってきたのは繁華街の西大寺町にある、すし茶屋吉祥という店。瀬戸内の魚介を用いた郷土料理が自慢とあり、同席いただいたご主人の、料理の説明を伺いながらの宴となった。
 突き出しのママカリ酢漬けは、やや小ぶりのが小皿に数匹のっている。正式名を「サッパ」といい、イワシの子に見えるがニシン科の小魚である。瀬戸内一帯でとれる魚だが、常食しているのは主に岡山市周辺に限られる。というのも、岡山市の沿岸には高梁川などの大河が数本流れ込み、ママカリの餌となるプランクトンが大量に運ばれるおかげで、脂がのり身が太くなるという。
 魚体が小さいので、調理法は主に酢締めにされるほか、開いて軽く酢で締めたのをタネにしたママカリ寿司が代表的。酢の締め加減は軽めで、中骨がバキバキと歯ごたえあるぐらいが地元流とか。ご主人によると、店で使うママカリは主に、下津井などで揚がるものを使っているという。

 続いて運ばれてきたお重を開いてみると、色とりどりの魚介や野菜が美しく並んだ、華やかなちらし寿司が現れた。瀬戸内の海の幸や旬の野菜、山菜を彩り鮮やかに盛り込んだ、岡山郷土の寿司、バラ寿司である。
 見た目は華やかなこのバラ寿司、そもそもは江戸期の倹約令対策のための料理だったという。贅沢に対する監視の目は厳しいが、うまいものが食べたい。そこで具は飯の底に隠して一見質素に見せておき、食べるときにはひっくり返すと豪華ちらし寿司になる、という訳。江戸庶民の、食に対する欲求へのあくなき追求の賜物なのかも知れない。
 この日に出されたのは、そのバラ寿司を発展させた、その名も「烏城黄金寿司」。烏城とは岡山城の別名で、藩主だった池田家の家紋である、揚羽を型どった盛付が特徴だ。揚羽の羽にはエビとママカリを、末広がりに配置。ほか、魚介はタコ、エビ、サワラ、アナゴなど。山の幸は美作産の岡山黒豆に、黄ニラ、米も地場産の朝日米を使っている。

絢爛豪華な烏城黄金寿司。黒豆は金箔のせ

 魚介の中でもサワラは、今や岡山の名物地魚として、すっかり全国区になったといえる。岡山はサワラの消費量が全国一で、日本で水揚げされるサワラの6~7割が食べられている。地元では刺身やたたきなど生食もされ、生食用では全国の7割を消費しているとか。そのサワラからいただくと、酢の締め具合が軽く身がしっとり、舌ざわりがサラサラ。ほのかな土の香りが、赤身の魚独特である。
 そして野菜の中では、岡山近郊で栽培している地場産の野菜、黄ニラがポイントだ。同席の生産農家でPR活動に尽力する、その名も「黄ニラ大使」の植田さんによると、この黄ニラをバラ寿司に使い、「黄ニラばら寿司」として展開。郷土料理であるバラ寿司と、地場産の野菜である黄ニラの両方を広めるべく、努力しているという。

 普通のニラより香りが強く、甘みがあるのが特徴らしく、バラ寿司のネタをそれぞれ一緒にいただいてみることに。サワラは黄ニラと食べると、身のほの甘さが際立ってくる。アナゴは焼き目がバリッ、ふっくら香ばしく、身はねっとり。黄ニラの刺激と香ばしさが、相乗効果をかもし出す。タコはプリプリ、プッツリ歯切れが良く、かむと口の中で甘みが広がっていく。黄ニラで甘みが倍増し、プリプリと黄ニラのシャキシャキの好対照な歯ごたえが楽しい。
 そしてこの日の主役は、もう一品のサワラ料理、さわしゃぶ。サワラのしゃぶしゃぶである。昆布でだしをとった煮汁にサワラの切り身を通し、ポン酢で食べるもので、サワラは刺身が一番、と譲らない地元の人も、このさわしゃぶは別格だそう。刺身で食べられる切り身をほんの一瞬くぐらせて、表面がほんのり白く中が生なのがベスト、とご主人。刺身よりもしっかり甘く、身はしっとり。脂が熱で活性化して、白身の淡白さをくるむような広がりのある甘みがある。

  

サワラも黄ニラも、さっと汁に通すのがコツ。サワラはホクホク、黄ニラはシャキシャキに

 サワラは本来は名の通り春の魚だが、近年の人気のため、通年サワラ料理を提供する店も増えてきた。そのため近頃、瀬戸内で漁獲される地物だけではまかないきれなくなってきた、とご主人。本来、地物のサワラは、6月ごろに瀬戸内海に回遊してきたのを漁獲するのだが、産卵期のため白子や真子はうまい半面、身の味は今ひとつ。サワラの旬は秋から冬で、この時期には九州の壱岐や対馬、五島などで揚がる、脂ののったサワラが岡山の市場へと入ってくる。この、上物の他所物の影響を受けて、地物の評価が下がることが問題になっているのだとか。
 さっと汁にくぐらしてはどんどんと食べるため、サワラの身はあっという間に平らげてしまった。追加を待つ間、黄ニラもしゃぶしゃぶでいただくのがお勧め、と黄ニラ大使。サワラと同様に数秒くぐらせて口に運ぶと、シャキッときて、ややしてからピリッ、そこからニラの香りがムワッ。生で食べるよりも甘みがしっかりと分かり、これはこれでうまい。締めのご飯も黄ニラをタネにした握り寿司で、岡山の郷土料理は瀬戸内の地魚づくし、そして、黄ニラづくしでもある。(2009年10月1日食記)