かつて未曾有の激辛ブームが巻き起こったのは、
その激辛ブームの流れを汲むエスニックブームになると、同じ辛い料理でもタイ料理やベトナム料理、インド料理といった、本場仕込みのアジアンフードが一般に認知され、人気を博すようになっていった。単なる「辛さ自慢」から、「おいしい辛さ」へと、食べ手側の嗜好が変化した影響だろう。
激辛ブームを牽引した料理の代表である、カレーやラーメンも、また同様。スパイスを駆使して辛味や香りに深みを出したり、唐辛子や豆板醤、キムチ用いて韓国風のテイストにシフトしたりと、次第に「辛うま」路線へと転換していった。特にラーメンに関しては、その後の爆発的なラーメンブームの影響で、いまや懐かしの激辛を売りにするところは、ほとんど見かけなくなってしまったようだ。
自宅の最寄り駅にも、かつて激辛ラーメンを看板にしていた店があった。5段階の辛さから選べる、その名も「ドラゴンラーメン」を売りにしていたのだが、店がリニューアルされた際にコンセプトが一新。激辛と180度対称的な、魚介ダシをベースにしたあっさり和風ラーメンの店に変貌してしまった。ドラゴンラーメンはメニューに残ったものの、看板の座を明け渡したからか、品書きの片隅にひっそり載っている感じ。そのせいもあって何となく、リニューアル後は頼むことが少なくなってしまった。
界隈には、この店から独立した職人が出した店が数軒あり、先日たまたま上大岡の近くにある店を通りかかったところ、ここには「ドラゴン」が健在の様子。しかも店頭に堂々と、炎の絵柄をバックに「ドラごんら~めん」の文字が書かれた貼紙が掲げられ、ここでは看板メニューとしてがんばっているようだ。
店名も『ドラごんち』と、かつての本家の看板ラーメンにこだわっているようで、懐かしの激辛ラーメンで昼飯にしよう、と暖簾をくぐってみることにした。カウンターに腰掛けて品書きを広げると、ほかも激辛ラーメンが盛りだくさん。石焼ビビンバ風の「石焼からみそ麺」、肉味噌とふわふわの溶き卵をトッピングした「ドラたんたんめん」、野菜がどっさりのった「大野菜ドラゴン」など、ドラゴンラーメンをベースにした辛口ラーメンが、バリエーション豊富にそろっている。
ちょっと目移りしたが、注文はやはり定番の「ドラゴン」でいこうと、おばちゃんにオーダーしたら、「辛さはいかがしましょうか?」と、お約束の問いかけ。本家では辛さ5段階だったが、壁の貼紙を見ると、何と7段階に増えている。ゼロ、初級、中級、上級、ドラゴン級に加え、「おいしいのはここまで」と注釈があるスーパードラゴン級、そして「責任負いません」とあるファイナルドラゴン級と、辛いほうに2つ増えているのが何ともすごい。
激辛を看板にしているのが伝わる店頭
このラーメン、チャレンジメニューになっていて、4分で食べ終えると無料になるとの貼紙も見られる。「おいしいのはここまで」の辛さの2段上だから、味よりも辛さ重視のキワモノメニューなのだろうか。今は大食いブームなので、制限時間で激盛りメニューを平らげると無料、というのはよく見かけるけれど、激辛系のチャレンジは近頃ほとんど見かけなくなってしまった。だから何となく、激辛ブーム当時のノリが思い出される貼紙でもある。
そんな品書きや貼紙の様子から、自分が頼んだラーメンはどんな辛さなんだろうと、戦々恐々としながら待つことしばし。運ばれてきた丼のオレンジ色のスープの上には、真っ赤なラー油の油膜が浮かび、かつて本店で食べたラーメンよりも、ずっと辛そうに見える。
ビシッとした刺激を覚悟の上で、まずはスープをすすってみたら、意外にも刺激的な辛さはほとんど感じない。辛味の香りが刺激的に立ちのぼるだけで、味のほうはかなりマイルド、豚骨ベースのしょうゆ味のスープにしっかりコクがあり、その上に適度な辛味の刺激が心地よい。かつてのブームの頃の激辛麺といえば、唐辛子の辛さがガンガン、スープの味は分からないぐらい強烈だったのに、これはスープの味と辛さの二層の組み立てがしっかりしていて、辛さを味わえるラーメンとして完成されている。
このスープが、中太の縮れ麺とのからみが抜群。具のネギとニラは、ともに刺激臭が強い上に口内でがさつくので、ラーメンの具としてはあまり好きではないのだが、ここのはしっとり瑞々しく、香りも程良く控えめ。だからたっぷりのっているけれど、全体の味の構成にうまくなじんでいる。スープに染みさせてから麺と一緒にいただくと、香りがひき立ちさらに食欲をそそってくれる。
貼紙によると、ここのラーメンは締めにスープにごはんを入れるのがお勧めとあり、「辛さを味わう」とのコンセプトを、最後まで徹底させている。自分は麺だけで充分満腹、辛さも心地よく味わったので、軽く汗ばんできたところで、これにてごちそうさま。
この店の本家でも、看板メニューが替わってしまったように、近頃は激辛系を売りにするラーメン店は少なくなってしまった。それでも単なる辛さ自慢ではなく、この店のように辛さをうまさとして売りにしているところは、流行り廃れに関係なくお客に支持されているようだ。
ちなみにさっきのドラゴン最終章、壁にある成功者数を記す「正」が書かれた紙によると、割と成功しているよう。チャレンジに失敗してもペナルティーは1000円なのも良心的で、実は激辛ながらうまさをしっかり追求した、おいしいスペシャルメニューなのかも。(2008年10月4日食記)