ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん85…館山 『休暇村館山』の、伊勢エビなど地魚料理

2009年03月15日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん

 昨年10月に発足した観光庁により、南房総市を中心とした三市一町が地域観光圏に認定された。広域観光を目指して、行政を超えた連携により地域の観光活性化を図るというもので、里山や里海を生かした家族のような交流を目標に、地域に根ざした観光施策を展開している。
 南房総といえば温暖な気候のおかげで、豊富な山海の幸に恵まれている。観光施策には食文化の研究や食めぐりの情報の充実も含まれており、近海で水揚げされる魚介もまた、観光圏の魅力のひとつになるだろう。
 その、南房総地域観光圏への体験宿泊旅行へと、招待されて出かけることになった。東京湾を見下ろす展望地である鋸山にのぼり、太平洋戦争で館山海軍航空隊の防空壕として使用された戦争遺跡の赤川地下壕などを見学して、宿泊先は館山市にある公共の宿「休暇村館山」である。

 宿はJR館山駅からクルマで10分ほど、東京湾に面しており、全室がオーシャンビュー。部屋からは、目の前に広がる館山湾や対岸の三浦半島が、手に取るように眺められ、天気がいいと丹沢山系や富士山も望めるという。温泉浴場の「花海の湯」には露天風呂もあり、日没時に入浴すると、オレンジに燃える夕日が東京湾にゆらゆらと沈んだ後、対岸の三浦半島の明かりがちらちらと輝きはじめるのが見えた。
 風呂からあがって食事に向かう途中、ロビーを通ると鮮やかな大漁旗が掲げられた一角が目に入り、冷蔵ケースで様々な魚介が売られている。のぞいてみると、イサキ、トビウオ、ムツ、カワハギなどが並び、調理代込みでどれもひと山500円と格安だ。
 休暇村館山では毎日16時から、フロントの前で「おさかな市場」を開催。いずれも近隣の伊戸や波左間漁港で定置網から水揚げされた魚介で、浜値よりも安く仕入れて販売しているので人気が高い。中にはキンメのかぶと、メダイのカマといった掘り出し物、エビやアワビなど高級魚介も売られており、夕食の追加の一品用に買い求めていく、宿泊客の姿も。

休暇村館山ののすぐ目の前は東京湾。おさかな市場では定置網で漁獲した魚が買える

 南房総の近海は、黒潮と親潮がぶつかる優良な漁場のため、アジ、サバ、サンマにカツオ、カンパチ、キンメダイなど、回遊魚や岩礁に棲息する根魚など、とれる魚種は実に様々。半島先端部では海女漁が盛んで、サザエやトコブシ、房州アワビなどが、白浜などで水揚げされる。
 観光圏に制定された南房総エリアでは、料理屋や宿泊施設の多くで、こうした天然ものの地魚を供している。水揚げされた漁港から直接買い付けているため、卸値が築地より安くなり、低価格で味わえることが人気を呼んでいる。その分漁業者に負担がかかるのだが、卸値を通年決めて取引したり、ブランド化して魚価をあげるなど、供給と価格の安定化を目指し、漁業者の負担を軽減するなどの努力をしているという。
 夕食の膳には、そんな近海で水揚げされた魚介を使った料理の数々が並んだ。つくりは伊勢エビをはじめ、メダイ、スズキ、ヒラメにアジのなめろう。焼き物は甘鯛のけんちん焼き。煮物は伊勢エビとキンメダイの炊き合わせ。焼き物はメダイ、といった品揃えである。

 まずはつくりから箸をのばすとトロリと脂ののったメダイ、土の香りがほのかで瑞々しいスズキ、白身の淡白な甘みが上品なヒラメなど、どれも鮮度は抜群。アジを包丁で細かくたたいて味噌で和えた、房総を代表する漁師料理・なめろうも、刺身とはまた違った奥行きのある風味が楽しめる。
 これら南房総で水揚げされる魚介の中で、屈指の高級魚介といえば、伊勢エビだろう。つくりにも伊勢エビが使われており、薄ピンク色の身がしゃっくりと歯ごたえが魅惑的。トロトロで甘みがグッと濃厚なのは、朝とれのものをお客が着席してから生簀から出してさばくからで、さっきまで生きているからこそのうまさだ。ほかのつくりよりも歯ごたえ、甘さ、うまみともに、役者が一枚違う。
 南房総地区の伊勢エビ漁の主な漁場は、半島先端の館山、千倉、鴨川から、外房の御宿、勝浦にかけてである。このエリアは、伊勢エビの水揚げが日本で一、二を争うという。千倉では下田や志摩など他の地域より早く、8月に伊勢エビ漁が解禁され、秋から冬にかけてが旬。漁法は沖合の水深3040メートルに網を仕掛ける「沖網」のほか、沿岸で潜ってとるのだが、潜りだと海中で突いて捕獲するため、エビの外見に傷があるのだとか。
 

休暇村館山の、伊勢エビ料理の数々。伊勢エビは椀からはみ出すほど

 伊勢エビもほかの地元水揚げの魚介と同様、東京など都市部よりも価格が割安で、周辺の宿泊施設では伊勢エビをメインにした、様々な宿泊プランを用意している。中でもすごいのが鴨川市の千倉で、伊勢エビが2本つく「ダブル伊勢エビプラン」に、300グラム以上の大型の伊勢エビがついた「メガ伊勢エビプラン」など、地産地消ならぬ「千産千消」でアピールしている。
 この宿も伊勢エビ料理では負けてはおらず、つくり以外にも趣向を凝らした料理が続く。煮物は醤油やみりんで、伊勢エビとキンメダイが甘めに炊き合わせにされており、熱を加えることで身離れがよく、甲殻類の香ばしさが強調されているよう。キンメダイの厚みのある甘みとは照的で、仕事がされている味だ。

 最後に出された味噌汁は、つくりで食べたエビの頭を使っており、そのままダシになっている。味噌汁の中にエビのみそが溶け出して、魚のダシがプンプン漂う漁師汁風。普通の味噌汁よりいっそうコクのある汁に仕上がっている。身はほとんどついていないが、伊勢エビのうまみが凝縮した一杯で、東京湾の魚介尽くし料理の締めくくりとした。
 観光圏制定の目的のひとつに、23日の滞在型旅行エリアの形成がある。房総半島は首都圏から近いこともあって、これまでは日帰りの観光客が中心だったが、これらバリエーション豊富、かつ鮮度抜群で値段も手ごろな南房総の魚食文化が、週末を利用した宿泊旅行の目的となる可能性もある。今後の南房総の旅の動向に、注目していきたいところである。(20081026日食記)