ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん83…横浜・横浜港 『濱進』の、東京湾の魚介を味わう屋形船

2008年12月20日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん

  最寄り駅の近くにある住宅展示場に、横浜のベイエリアのスポットを巡るスタンプラリーのシートが置いてあり、2、3ポイント巡って応募箱に入れておいたところ見事当選。送られてきた封筒には、招待券や食事券など豪華特典が盛りだくさんで、横浜八景島の近くにあるスパ施設でくつろいだり、海を見下ろすホテルで葉山牛のステーキに舌鼓を打ったりと、8~9月の週末はおかげさまで贅沢三昧となった。
  残る1枚の券がなかなか使えないうちに、10月いっぱいの期限が近づいてきた。その1枚とは、屋形船『濱進』の食事つき乗船券。みなとみらいや山下公園、ベイブリッジといった横浜港の夜景を満喫しつつ、お座敷で天ぷらを味わうといった粋な催しだけに、無駄にするのはあまりにもったいない。期限ぎりぎりの月末の平日、何とか仕事をやりくりして、すべりこみで申し込み。10月は我が家のバースデー月間でもあり、最後を飾るイベントとして楽しむことにしよう。

  屋形船といえば、納涼や花火見物といった夏のイメージだが、10月も終わりともなればもうすっかり秋。出航地のみなとみらい地区にあるぷかり桟橋は、平日の夕方ということでお客の数はほとんどなく、デッキに立っていると冷たい夜風が肌寒いぐらいである。
  そのせいかこの日の乗船客は、自分たち家族のほかにもうひと組のみだった。旅館の大広間のような畳敷きの座敷が、中ほどで衝立で仕切られていて、その半分が今宵の自分たちの宴席。子供たちはゆったり広々した席に腰を下ろしてみるものの、畳敷きの船が珍しいらしく落ち着かない様子である。
  出航の1830分になると、板場から今日お世話していただく料理ご担当のお兄さんが登場。挨拶とともにまずはドリンクをオーダーして、遊覧コースと料理の紹介をしていただいた。船はみなとみらいぷかり桟橋を後に、最初に観覧車がそびえるコスモワールドの正面沖に停泊。ここで揚げたての天ぷらをメインとした食事の時間をとり、その後に赤レンガ倉庫~大桟橋~山下公園~ベイブリッジと港内を巡る、約2時間ほどのコースだそうである。お客が少ない分、貸し切り気分で料理を味わったり、窓から景色を眺めたりと、遠慮なくご自由にくつろいでください、と愛想がいい。

 

舳先の近くが景色がいい。きらびやかな横浜港の夜景を一望

  ビールやソフトドリンクとともに、最初の料理がさっそく運ばれてきた。カレイの煮付けのようで、「東京湾でとれたマコガレイです。うちが獲ったものなんですよ」と兄さん。濱進の屋形船の船頭は、ほとんどが現役の漁師で、季節ごとの新鮮な東京湾の魚を使った料理が、この船の売りのひとつという。料理はどれも作りおきではなく、船の板場でちゃんと調理しているそうで、なかなか本格的だ。
  煮付けのマコガレイは今朝とれたばかりのもので、ビッシリと厚く力強い白身の味は、煮汁の甘さに負けないほど。のっけから酒の肴にももってこいで、まだ船が大して岸から離れていないのに、ビールが進んでしまっていけない。マコガレイの漁場は、神奈川県の走水から千葉県の富津岬を結ぶラインから北側の、「東京内湾」と呼ばれる奥寄りの海域。東京湾の主要漁法である小型底引き網のほか、刺し網などでも漁獲されるという。
  小~中型のものは、このように煮付けにするほか唐揚げが向いており、40センチを超える大型のものはつくりにしてもうまいらしい。旬は夏から晩秋にかけてだが、これから冬場にかけては遊漁船の釣り客にも人気の獲物なのだという。

  マコガレイをつまみながらビールを進めているうちに、船はみなとみらい地区の中心部へと近づいてきた。障子があしらわれたガラス窓の向こうの、高層ビルやショッピングモール郡の明かりが、ゆっくりと流れていくのが見える。港内を遊覧する前に、料理は大体終わらせてしまうため、このあたりから料理の皿が次々に板場から運ばれ始めた。子供たちは骨がある魚料理と格闘したり、ガラス窓から外の景色を眺めにいったりと、結構忙しそうである。
  つくりの皿には4種の刺身が盛られており、その中にも東京湾の地魚が入っているか、お兄さんに尋ねたところ、「これ、イサギです」との返事が返ってきた。身が程よく締まりしゃっきり、潮の香りが強めの後味が独特だ。マグロやホタテ、甘エビといった定番ネタにはない独特の風味が、舌に強く印象に残る。
  聞きなれない魚なので後で調べたら、実は「イサキ」の別称だった。先ほどのマコガレイの漁場が東京湾の奥寄りだったのに対し、東京湾のイサキの漁場は湾の入口近く。暖海性の魚のため、外洋から黒潮の暖流が流れ込む湾口付近の、千葉県の千倉や神奈川県の松輪近海の岩礁地域に棲息している。イサキといえば、味がいいことで評価が高い磯魚で、4050センチクラスのつくりや塩焼き、煮付けはもちろん、幼魚の刺身も絶品なのだとか。

手前のピンク色のがイサギ。独特の香りがいい

  口どりの鴨の八幡巻きやアサリの山菜和えに、これまた東京湾の地魚である太刀魚の西京焼きが出され、おかわりはビールから伏見の酒「神聖」の熱燗に代えたところで、船がよこはまコスモワールドの正面で停船。ここで揚げたて天ぷらの始まりである。観覧車の打ち上げ花火のようなイルミネーションや、ジェットコースターの光の帯を窓の外に眺めながら、揚がった順に一品ずつ、お兄さんが板場から運んでくるのを、熱々のうちに次々いただく。実に贅沢なことといったら。
  丸々としたはさみに身がパンパンに詰まったズワイガニ、ホッコリと甘い香りが優しい太刀魚と続き、天ぷらの主役もやはり、東京湾の地魚。大振りのアナゴが丸一本、ゴロリと皿にのって運ばれてきた。かぶりつくと、シコシコと心地よい歯ごたえ、やや細身だが身がキュッと締まっていて、とれたてならではのイキのよさを感じられる。ほんのり漂う土の香りが内湾の底魚らしく、野趣あふれる風味にサクサクとどんどん食べられてしまう。

  東京湾の様々な地魚の中で、アナゴはシャコと並ぶ代表的な魚介だろう。中でも東京湾奥の羽田沖で水揚げされるものは「江戸前のアナゴ」として珍重される、東京湾屈指のブランド魚介である。前述のマコガレイやイサギ、太刀魚が主に底引き網で漁獲されるのに対し、アナゴの漁獲方法は筒漁。餌を仕込んだ筒を一本の縄にいくつもとりつけ、一晩沈めて翌朝引き上げて漁獲される。
  近年、江戸前のアナゴは減少気味で、韓国など輸入物や国内のほかの地域で水揚げされたものに押され気味だが、脂ののりと身の甘みはやはり、旬の江戸前ものに軍配が上がる。加えてアナゴは鮮度が肝心で、水揚げ地の近くでいただくのが一番。このように、漁場の海域に船を浮かべて天ぷらで味わう、というのが、アナゴのいちばん贅沢な食べ方なのかも知れない。

アナゴはかなり大振り。塩だけでいただくのがおすすめ

  ワタリガニのみそ汁とご飯、締めの果物が出されたところで、船は港内の遊覧へと出発した。近未来都市のみなとみらい地区を離れ、ライトアップされた赤レンガ倉庫、大型客船が停泊する大桟橋へ。最初は窓を開けて畳座敷から外を見ていたが、船の舳先近くに外に出られるスペースがあり、みんなで出てみると船の進行正面に、港・横浜の夜景がきらびやかに広がっている。さらに、大きくそびえるベイブリッジの、青く光り輝く橋脚の真下へ。普通の港内遊覧船では拝めない特等席の展望は、夜風の寒さもしばし忘れさせてくれるほどのすばらしさである。
  日本屈指の歴史と規模を誇る貿易港・横浜の夜景も東京湾の一面とすれば、今日いただいた様々な地魚もまた、東京湾の一面。その両方を味わって、眺めて楽しんだ、ちょっと季節はずれの屋形船の宴のひと時であった。(200810月29日食記)